かしましい御令嬢たち
「もう体の調子はよろしいのですか?」
5日ぶりに生徒会支部に顔を出したシェパードに、ハイドが声をかけた。
「ええ、長らく休んでいて申し訳ない」
「いいえ、大丈夫ですよ。三年生のとあるクラスが2日学級閉鎖になっていましたから、あのクラスで流行った病気にバラク殿も感染したのかもしれませんね」
頭痛を訴え、多くの生徒が倒れたベリーのクラスは、病気の集団感染とされ2日ほど学級閉鎖になっていたのだ。今では皆すっかり元気になって登校しているようだが。
「何か変わった事はありましたか?」
「特にこれといって……、ああ、そう言えば学食が変わるそうですよ」
「学食?」
ハイドが1枚の書類をシェパードに渡す。
「学園に食材を卸している業者が変わったんですよ。なので、手に入る食材も変更したとかで」
「へえ」
これは生徒会で何かをする案件ではない。まあ、学食のレパートリーについて文句を言われたら改善に動かなければならないが。
そもそも、食に煩い連中は学食は食べずに、自前で雇っているシェフに作らせて食べているので、あまり問題になることはない。
「あの…副会長」
二年生で庶務のヘリムが怖ず怖ずと1枚の要望書をシェパードに渡す。
彼の様子を不思議に思いつつ、要望書に目を通したシェパードはため息をついた。
それは王太子・アクリからの要望書だった。要望書というよりも、命令書のそれにはレイラ・セレーナ侯爵令嬢を学園から追放しろという旨が書かれていた。
『王太子の婚約者候補という誉れ高き身でありながら、他の男に色目を使う淫売で淑女の欠片もないゆえ、学園に相応しくない』だそうだ。
「……何かあったのか?」
ヘリムはアクリやレイラと同じ二年生なので、何か事情を知っているかとシェパードは尋ねた。
まあ大方の理由はわかる。どうせベリーに唆されたのだろう。
「もうすぐ理事長主催のお茶会がありますでしょう」
……春と夏の中間。その頃この国は雨期となり、四六時中雨が降るようになる。
そんな憂鬱な気分を解消する為、毎年学園では全校生徒で雨期のお茶会を開く事になっていた。
そこではダンスも披露しなければならず、パートナーが必要となってくる。その関係で生徒のダンスパートナーという括りではあるが、学園外の部外者も参加することが出来る、ビッグイベントなのだ。
「そのお茶会で誰が誰をパートナーにするのか問題になっているようで」
レイラは確かにアクリの婚約者候補である。彼女がアクリにパートナーになるよう要請したのだろうか?
その疑問を口にすると、ヘリムは「いいえ」と首を振った。
「レイラ嬢は他の方をパートナーに選んでいます」
「まあ、そうだろうね。どうせ殿下はベリー嬢をパートナーにするだろうし。で、何が問題で殿下はこんなに怒っているんだ?」
ヘリムは頭を押さえながら、ため息をついた。
「……レイラ嬢が早々と他の方をパートナーに選んだことが癪に障ったようで」
つまり、彼女がアクリに縋るのではなく他の男をパートナーに選んだので怒っているのだそうだ。アクリ自身は当然の如くベリーをパートナーに選ぶので、レイラに縋られた所で断るだろうに。
「ちなみに、レイラ嬢のパートナーは誰なんだ?」
「三年生のイッセー・トキノ伯爵御令息です」
「トキノ殿か」
シェパードの同級生だ。レイラとトキノに接点があっただろうか、と思うが、二人が親戚関係ではないことしか分からない。
とにかく、こんな無茶苦茶な要望書をどうすれば良いのかとヘリムはほとほと困っていた。
「……まあ、握りつぶして良いんじゃないか?」
「しかし、王太子殿下の直々の要望書です。畏れ多くて…!」
ひょいっとハイドが覗き込む。
「そのまま理事に出せばいいと思いますよ。どうせ理事長が握りつぶして下さいますよ」
王太子の横暴は今に始まったことではありませんから、とハイドは笑った。
***
「本当、呆れてものが言えないな。王太子の婚約者候補者でありながら、他の男とパートナーを組むなんて」
1人の男子生徒が、誰に言うでもなく大きな独り言をニヤニヤしながら言っている。
ここは王立学園二年生の棟で、レイラ・セレーナ侯爵令嬢のクラスの前だ。
王太子の婚約者候補になる程度に身分のあるレイラに嫌味を言う愚か者など、どうせアクリの差し金だろう。
そして彼の顔をアクリの傍で見かけたことは無いので、側近候補ではなくただの下っ端なのだろうとレイラは思う。
「忌々しいですわね、レイラ様」
「しっ!」
席が隣の女子生徒にレイラは厳しい視線を向ける。
「あまり下手な事は仰らない方が良いですわ、セリン様。『メッキ』の目と耳が何処にあるか分りませんもの」
「そうですね。メッキはいやらしいですもの!」
メッキの話を始めた二人の傍にわらわらと御令嬢が集まってくる。
「本当、メッキって嫌ですわ。自分は金ですよという顔で鎮座しているんですもの」
「そうそう!価値のないお飾りの癖に。大っ嫌い!」
「私は抹茶が好みですわ。あのワイルドさが堪りませんの」
「わかります、わかります。でも私はやっぱり赤ワインかな。優しさが滲み出ているでしょう?」
「赤ワインはバラク公爵様がお持ちになったと噂ですよ?」
レイラやセリンも含め、かしましい彼女たちは、王太子婚約者候補の御令嬢達である。
ちなみに彼女らが言う『メッキ』とは王太子の事だ。大っぴらに悪口を言えないので彼らしい物に置き換え、こうして鬱憤を解消しているのだ。
彼女らが此処で言う抹茶やワインは王族が持つ個人の色を表している。
赤ワインはファルトで、抹茶は鶯色を持つ第三王子だ。
「バラク公爵様と言えば、手袋を綺麗にされたとか」
「ええ、私も驚きました。急に綺麗になったんですもの」
「赤ワインのお陰なのかしら?」
手袋はシェパードのことだ。側近候補達には王太子が身に着ける物を当てはめていて、『手袋』というのは王太子の右手を守るのがシェパード、と言う意味を含めている。
ちなみに
『剣』は次期騎士団長であるハンリー。
『(錆びた)短剣』はハンリーの弟であるフィン。
『杖』はアトマ教猊下の子息のハイド。
『(木の)盾』は国を守る要のマニージャ辺境伯爵嫡男のリンベル。
『(穴の開いた)靴下』は国を動かす要のラスコー公爵嫡男のリア。
『(泥はねだらけの)靴』は同じく国を動かす要のターリア侯爵子息のノーマン。
外国の王子、テュクル王子は渡り鳥の『ツバメ』をあてている。
そして
「赤ワインでジャムを洗い流したの?ふふっ、権力のある方って凄い事をするのね」
「私の父上もそれくらいの事をして下されば良いのに。でもメッキはもう無理ね、ジャムに侵蝕されすぎてアレを綺麗に磨けば屑鉄が出てきてしまうわ」
『ジャム』はベリーの事だ。
レイラは笑う。
「ジャムまみれでベトベトな物は放っておくのが一番ですわ」
セリンも笑う。
「ええ、そうですとも。虫が集るモノに固執することはありません」
他の王太子婚約者候補達も笑う。
「構えばこちらまでジャムでベトベトになってしまいますもの。嫌よ、そんな汚い」
楽しそうに笑う御令嬢達に、先程レイラの悪口を言っていた男子生徒はたじろいだ。
「は…はんっ!男に馬鹿にされて『メッキ』しかプレゼントされないなんて、お可哀想なことだな」
彼の言葉に、王太子の婚約者候補達は堪えきれずに声を上げて笑ってしまう。
「馬鹿にされてる!メッキが馬鹿にされてますよレイラ様」
「ええ、本当。まあメッキだから仕方ないわね!」
涙が出るほどに笑ったレイラは、男子生徒に向かって「ご安心なさって」と話しかける。
「私はメッキではなく、本当の宝石を手に入れましたの。私だけではありませんわ」
ねえ?と周りの御令嬢達に言えば、彼女らも頷く。
「ブランドだけ一人前の粗悪品は捨てましたので、今度のお茶会からは価値ある本物を用意しておりますのよ?」
「こんなに楽しみなお茶会も久しぶりですわ。ふふふっ」
その日の放課後、生徒会室ではアクリの胸に頬を寄せたベリーが「御令嬢なのに今までメッキしか持っていなかったなんて、可哀想!宝石商に騙されてたのかな?御令嬢なのに、本物が分からなかったのかな?」などと笑い、それを受けた貴公子達が「心が穢いと目も曇るから仕方ないね」などと笑い合う姿があったのだった。




