執事の会話
最近、この界隈で有名な御者がいる。シルクハットに真っ赤な花を飾った男だ。
彼はとても朗らかで、新参者の癖にあっという間に古参の者達と馴染んでしまった。
今日も仕事終わりの一杯を楽しみに、同業者同士が酒場に集まった。
道の情報を共有する為か、この辺りの御者は仲間意識が強く、仕事内容を気軽に話し合えるのが特徴だった。
客商売なので流石にお客の名前までは出さないが、どこそこに行ったなどは普通に話題に登る。
1人の少々くたびれた男が酒をあおりながら、愚痴を始める。
「うちを贔屓にしてくれてる貴族様がいらっしゃるんだがな」
「おう、どうした?」
真っ赤な花の男は、愚痴りだした男に酒を注いでいく。
「とんでもなく娘命!って旦那なんだよ。二人いるらしくてよ、上の姉は学園に行っちまってるから、今は下の妹を毎日連れ回してるんだそうだ」
「貴族のお嬢さんって事は可愛いんだろう?良いなあ」
真っ赤な花の男が相槌を打つと、愚痴る男は「どうだろうなあ」と頭を傾げた。
「確かに着てるもんは可愛いがなあ。顔はベールでさっぱりわかんねえんだ」
「へえ。その娘さんとは話したことあんのか?」
「いんや、ないねえ。馬車の中から父親と会話しているのは聞こえてくるけどさ」
「どんな?」
「いたって普通さ。アクセサリーの話をしてたよ。あとは来年……」
***
「クレトラ男爵にはお二人お嬢様がいらっしゃるのね?」
真っ赤な花の男は、本日も巧みに馬を操り、お客に快適な馬車での移動を提供する。
本日のお客はワンピースを着た貴族の令嬢。
「はい。まあ一介の御者の話です、本当の娘かなどはわかりませんが」
「それは調べればわかる事です。それよりも大事なのは、男爵が片時も離さず下の妹を連れているという点ですわ」
「その娘の性格までは流石にわかりませんでした」
申し訳ありません、と頭を下げる男に、令嬢は頭を振る。
「いいえ、今回も貴重な情報をありがとう、シエル」
「そう言ってもらえるとありがたいです、サモエドお嬢様」
馬車は人通りのない林に差し掛かり、やがて停まる。
馬車の戸がノックされ、サモエドが声をかければカチャリと開かれた。
扉の向こうには勿論真っ赤な花が飾られたシルクハットを被った御者。しかしよく見ると執事のジャックだ。
彼はシルクハットを徐にとると、それをサモエドの同乗者・シエルに渡した。
受け取ったシエルはそれを被り、ジャックと入れ違いに外に出た。
「中々の手綱捌きだったな、ジャック。公爵家を首にされても御者になれるな?」
「御冗談を、シエルさん」
真っ赤な花が飾られたシルクハットを被った男は御者の席に座り、馬車の運転を始める。
シエルとは、50代のバラク公爵家子飼いの諜報員で、諜報員上がりのジャックにとっては先輩である。
シエルは必ず目立つ何かを身に着け、それに他人の注意を引きつけ、自身の顔などが印象に残らないようにしている。
今だって、真っ赤な花を飾ったシルクハットのお陰で、ジャックとシエルが交代したことなんて誰も気づきはしないだろう。
「シエルからの情報で、クレトラ男爵には私と同じ歳の娘もいて、いつも連れ回っているそうよ」
「お嬢様と同じ歳ですか?」
「来年、学園に入学するらしいから、同じ歳でしょうね。アクセサリーに興味がある……か」
サモエドは髪に結いつけたエンジ色の格子柄のリボンを指で弄る。これが最近の彼女が考え込む時の仕草になっている。
余談だが、格子柄のリボンはファルトからの贈り物だ。最近どっさりと色々な柄のエンジ色のリボンが届いたのだ。
サモエドはちらりとジャックの顔を見る。それを受けたジャックは「ベリー嬢のほうでしたら」と話す。
「彼女は耳飾りと指輪をしていますね」
「いつも同じ?」
「そう……ですね」
ベリーは虜にした王太子や他の貴公子達から贈り物をされているのだが、受け取った物を身に着けているのをジャックは見た事が無かった。
ジャックはちらりと主人の髪を見る。
サモエドなどはファルトから貰ったリボンを毎日付けているというのに。
「特定の誰かを決めていないからでしょうか?」
「そうね……」
カタン、と馬車が停まる。
着いた先は教会だ。専用の馬車があるバラク家に『お抱えでもない御者』であるシエルの操る馬車が通うのは不自然なため、屋敷の外で乗り、屋敷の外で降りるという行動をサモエドは選んだのだ。
「引き続き探って頂戴」
「畏まりました」
シエルは一礼すると、馬車を操り街へ消えていった。
「サミー!」
声をかけられて振り向けば、太陽光に照らされキラキラとした黒髪の少女が笑顔で小さく手を振っていた。
「桜、早かったのですね」
サモエドもジャックを伴って嬉しそうに歩み寄る。本日、二人は教会で待ち合わせをしていたのだ。
「もしかしたら、ハンクさんと会えるかもと思いまして」
「ハンクさんは毎日教会に来ていらっしゃるの?」
シェパードが元に戻ったので、最近のサモエドは教会に足繁く通う事はしていない。用心に野菜は毎食取りいれているが、それは使用人に頼んでいるのだ。
「うーん、毎日ではないの。お仕事が忙しいみたいで……って、あ!いた!」
桜が視線をサモエドの後ろに向けたので、サモエドも反射的に其方を振り向く。
そこには、桜が言っていた通りの騎士然とした爽やかな青年が手を振りながら歩いて来ていた。
「「あ」」
そしてハンクとジャックは同時に声を出した。
「どうしたの、ジャック」
「あの、お嬢様…此方の方は……」
「お知り合いなの?オノクル公爵様の執事をされているそうよ」
ジャックは「執事……」と呟いてハンクを見る。ハンクは苦笑していた。
「其方はバラク家の執事の方とお見受け致しますが」
「……はい。ジャックと申します。お見知りおきを」
「初めまして、オノクル公爵の執事をしているハンクです」
初めまして、と言う割には完全に顔見知りの二人に、執事同士交流があるのかしらとサモエドと桜は思う。
ハンクはジャックと挨拶を終えると、サモエドの方を振り向いた。
サモエドは微笑む。それを受け、ハンクは丁寧にお辞儀をして挨拶をする。
「バラク公爵家の御令嬢とお見受け致します。私はオノクル家で執事をしています、ハンク・レオと申します。以後お見知りおきを」
「サモエド・バラクです。ご丁寧な挨拶をありがとうございます」
二人の自己紹介を終えたのを見計らい、桜はハンクの名を呼んだ。
「これからサモエド様と街へ行こうと思っているのですが、ハンクさんもご一緒にどうですか?」
ハンクはちらりとサモエドの方を見て、頷く。
「是非ご一緒させて下さい」
彼の了承の言葉に、桜は嬉しそうにお礼を言った。
「……ハンリー様、何のお戯れでしょうか」
「やはり君にはバレているか」
サモエドと桜が楽しそうに街を歩く後ろで、執事たちは小声で会話を始める。
「貴方様の事はバラク公爵様のお供で夜会に行った折り、お見かけ致しました」
「参ったな。お嬢様方とは面識が無かったから良かったんだけど」
「差し出がましいことかと存じますが…」
ジャックは何故ハンリーが身分を隠しているのか訊ねる。
「オノクル公爵家の御嫡男のハンリー様なら、桜様と仲を深めても何ら問題はないと思うのですが」
「誤解しないで欲しい、桜嬢とはそんな関係じゃないよ」
はあ、とジャックは曖昧な相槌を打つ。
「彼女と最初に会った時は、彼女が丁度ターリア侯爵御令息と婚約を解消して間もない頃だったんだ。ターリア侯爵御令息はうちの弟と親友でね」
ノーマンからのあまりに酷い仕打ちを受けた桜は、ノーマンの周囲の者を嫌悪しているかもしれないとハンリーは咄嗟に思ったそうだ。
「親友の兄、よりも親友の父親の執事の方が良いだろう?」
ハンリーとしては、その場限りの嘘のつもりだったのだが、『オノクル公爵』に思いのほか桜が喰いついてしまったのだ。
「桜様はオノクル公爵様の大ファンですからね」
「ああ…周知なのか、それは」
「サモエドお嬢様も桜様からよくそのお話を聞かされていますよ」
「そう」
ハンリーは気恥ずかしそうに俯いた。
お嬢様二人がとある店に立ち寄りたいと言うので、二人の執事はそれに付き添う。
店は髪飾りの専門店だった。
「私とは縁のない場所だから、色々と珍しいな」
興味津々に店内を回るハンリーにジャックは苦笑する。そして
「おや?」
桜もだがサモエドもリボンを物色していたので、ジャックは不思議に思った。
「お嬢様、ファルト様からの贈り物のリボンがまだ沢山ありますが」
「ええ。私用ではないの。ファルト殿下に贈ろうと思って」
それを聞いたハンリーが動きを止める。
「やはり殿下はリボンなんてしないかしら?リボンは私に下さったあの一本だけしか持っていないと仰っていたし」
リボンで髪を括っている貴族の男は案外多い。だが、全員がそうであるとは限らない。
購入を止めようとするサモエドに、ハンリーは堪らず近寄り声をかける。
「殿下は喜ばれると思います」
「そうですか?」
「ええ。婚約者の方からの贈り物を喜ばない者などおりますまい」
サモエドはエンジ色の格子柄のリボンを指に絡め、「そうね」と頷いた。
「では、この色のリボンをいくつか頂きましょう」
彼女は山吹色のリボンを持ち、店主に話しかけたのだった。
前回、誤字の指摘ありがとうございました。
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