シェパードとファルト
シェパードは頭痛で周りを観察するまでの余裕が無かった為、自分に起こった異変を中心に話し出す。
彼が言うには、最初は、何ら変わらない時間が過ぎていたそうだ。
違和感が出始めたのは、3時限目の頃。
「頭が次第に痛くなり、昼頃にはもう頭が割れるほどだった。医務室に行ったんだが、ベッドは全て使用されていた」
医務室の先生によると、3年生のとあるクラスの生徒の殆どが頭痛を訴え、やってきたのだそうだ。
「とあるクラス?」
「ベリー嬢のクラスだよ」
ベリーの出す毒に、殺虫の成分が効いたのだ。
「医務室に私の兄上はいましたか?」
ファルトの問いに、シェパードは頭を振った。
「王太子の御付きの使用人たちの姿がなかったので、恐らくいらっしゃらなかったかと。……毒の中毒になっているであろう生徒会の者達の姿もね」
ベリーのクラスメート達。つまり軽度の毒被害にある者達にしか効き目が無かったということだ。しかしまだ初日での事なのだ、じわじわと効果は現れるのかもしれない。
「でも、頭痛がしたと言う事は、まだお兄様は毒の影響下に在ったのですね。ジャックからの報告ではベリー様との浮いたお話は聞かなくなっておりましたが」
「あれからベリー嬢に全く魅力を感じなくなったからね。少しの影響下に在っても彼女への嫌悪感の方が勝っていたのかもしれない」
「シェパード殿もあの御令嬢には嫌悪感を抱かれているのですね」
うちのハンリーも同じような事を言っていたので、とファルトが付け加える。
サモエドの知るハンリーという男は、親友の桜からのオノクル公爵家情報のみなので、いつも爽やかに(甲冑を着て)笑っていると思っていた。これも桜の洗脳のせいかもしれないが、サモエドは『騎士は女性に優しい』イメージを持っていた。
「ハンリー様も御令嬢に対して嫌悪したりするのですね」
「ハンリーだって人です。特に彼は礼節を重んじる騎士なので、無礼な振る舞いをする人間が嫌いなんだそうですよ」
「ハンリー殿が嫌うのも無理もない」
シェパードは続ける。
「ベリー嬢の振る舞いはまるで孤児院に居る幼児並みです。私は過去、領地の院に慰問で何度か行きましたが、ベリー嬢は彼らと同じような事をしている」
クリームを手にべちゃべちゃに付け、べろべろ舐めたり、好きになったら我慢せず異性同性構わず体をベタベタしあったり。しかし嫌いなら徹底的に排除して。
欲しい物があれば、自分で努力はせずに誰かにおねだりをする。
「孤児院の子らは良いんですよ、その振る舞いで。幼い彼らは庇護の対象ですから。まあ、年長になればそれなりの振る舞いを身に着けてもらわないと独り立ちできないので困りますが」
しかし、ベリーは違う。
彼女はれっきとしたクレトラ男爵の御令嬢なのだ。貴族は領民を守る為に存在しているのだから、教養はきちんと身に着けなければならない。
「恐らく、クレトラ男爵は娘を貴族に嫁がせるつもりはなかったのだろうね」
貴族ではなく豪商の嫁となるのなら、そこまでの教養は必要ない。
シェパードの推測にファルトも頷く。そしてサモエドは「だったら…」と口を開いた。
「高い爵位を持つ殿方に囲まれているベリー様の現状を、クレトラ男爵はハラハラしながら見ているのでしょうか」
「そこまではわからないな。本人に訊かなければね」
クレトラ男爵がどのような性格をしているのかわからないので、この現状を『望んでいなかった幸運が舞い込んできた』と思っているかもしれない。
「では、後日約束を取り付けてクレトラ男爵に接触してみましょう」
サモエドの発言にシェパードは頷いたが、ファルトは驚いた様子で「貴女が行かれるのですか?」と疑問を口にする。
「いいえ、公爵令嬢という肩書の私が行けば本音は聞けませんから同席しません」
考えてみればその通りだ。だが、サモエドは自己犠牲を厭わず行動している節があるので、ファルトは心配だったのだ。
「教会にはご自分で行っていたでしょう、それに…生傷も絶えないご様子だったとハンリーから聞いております」
その言葉にシェパードは心痛な面持ちになる。だがそれとは対照的にサモエドは笑った。
「私が今ベリー様の毒について動いているのは、陛下のご依頼だからです。だから、そこまで無茶なことはしようと思っておりませんわ」
サモエドはファルトに「国王陛下には御内密にお願いします」と一言。
「教会に行ったのは私が行きたかったからです。お兄様に元に戻って欲しかったが為の行動ですわ」
「では、今は違うのですね?」
サモエドは頷く。
「この通り、お兄様は元に戻られましたし。……いいえ、まだ油断は出来ませんか?」
殺虫剤の成分で頭が痛くなったみたいですし…などとぶつぶつ考えるサモエドに、シェパードは「私の事はもう大丈夫だ、自衛する」と慌てる。
「とにかく、私は自分の大事な人に被害が及ばない限り、危ない橋を渡る真似はいたしません。そして今ベリー様の毒を調べているのは、バラク公爵家の者として、国王陛下から『学園での異変調査協力』を拝命され遂行しているにすぎません」
つまり
「申し訳ありませんが、王命ですが命を賭してまでやるつもりはありませんの」
本当に御内密にお願いしますよ!ともう一度念押しするサモエドに、ファルトはほっと胸をなで下ろした。
「それで大丈夫ですよ、サモエド嬢。父上も貴女に命をかけて行え等とは言いません。仮に身命を賭して行えと言うのなら、私が父上に抗議致しますのでご安心下さい」
サモエドの身に危険があるのなら婚約者として抗議する権利はある。
***
今、サモエドは殺虫剤散布による効果の報告書を書く為、便箋を取りに自室に行っている。
手早く報告書が仕上がるなら、ついでにファルトが国王に持って行こうかと提案したので、ここで全て書いてしまおう、ということになったからだ。
なので、バラク家の応接室にはシェパードとファルトが二人で向かい合ってお茶を飲んでいた。
学園の事など無難な話をしていたが、ファルトの目線が定まらない事に気が付いたシェパードは首をかしげる。この様子は何か隠し事があるか、言いたい事があるのに言えないかのどちらかだろう。
第二王子のファルトなら、バラク家次期当主のシェパードに訊ねたい事など多くあるだろう。後ろ盾の話だとか、忠誠の事だとか。今なら王太子の様子もつぶさに訊きたい筈だ。
どれだろう、と思う。シェパードはファルトの後ろ盾になるつもりでいるので、ファルトが望むならある程度の内情は話して聞かせて構わない。
まずはファルトと打ち解ける事が先決か、と恋バナ……まあサモエドの話になるが、それを話題にすることにした。
「妹の事ですが」
「は、はははい!!」
合わなかった視線が途端に合う。
あ、殿下はサモエドの話がしたかったのかとシェパードは悟った。
「妹を大切に思っていただき、ありがとうございます」
「婚約者として当たり前の事です。私の方からもバラク家にお礼を。王太子の婚約者候補を辞退し、私との婚約を受け入れて下さってありがとうございました」
それは父とサモエドに言って下さい、とシェパードは苦笑する。
「ところで、シェパード殿はサモエド嬢の事をその…愛称で呼んでいらっしゃるのですね」
「え?あ、ええ。私の他には親しい友人もそう呼んでいるみたいですよ」
「そうですか」
ちょっとの沈黙。
呼びたいんだろうな、と目の前でもじもじしているファルトを見てシェパードは思う。
「殿下も呼んでみたらよろしいかと。妹も喜びます」
「そ、そうでしょうか。サモエド嬢は嫌がりませんか?」
「大丈夫だと思いますよ。妹が最近しているエンジ色のリボンは殿下の物でしょう?とても大事な物だと言って、あれから毎日しているようなのです。しかしそれだとすぐに大事なリボンが痛んでしまうから、お出かけする時だけに付けるようにしてくれと使用人たちに言われているそうです」
ぱあああ、とファルトの顔が明るくなる。
「では、今度新しいリボンを贈らせていただきます。毎日付けても良いように沢山」
「そうしていただけると妹も喜びます」
「あの、サモエド嬢が好まれている事を教えて下さいませんか?逆に嫌いな事も」
などと、サモエドが少し早足で戻ってくるまでの間、サモエドの話題で二人は打ち解けるのであった。




