不安
『クレトラ男爵の傍には必ず娘がいる。そして、男爵と彼女は装飾品の話をしていた』
深夜。クレトラ男爵の調査の為、サモエドは父のドーベルと情報を共有していた。
「クレトラ男爵家にはお抱えの宝石商はいるのですか?」
サモエドの疑問にドーベルは首を振る。
「クレトラ家に定期的に出入りしているのは、食料を卸す業者くらいなものだった」
庶民からしてみれば、貴族は一様に華々しい生活をしていると思うかもしれないが、実のところは豪商よりも下の生活をしている貴族も多い。
貴族とは簡単に言えば『領地を持つ者』なのだが、貧相な領地では富など産みだせない。
そして件のクレトラの領地は特産品があるわけでもなく、観光地でもない。まあ、言ってしまえばクレトラ男爵家とは貧乏貴族である。
趣味で宝石を買い求める程の贅などできはしない。
「クレトラ男爵家については国王陛下も調査をしているんだが、どうもクレトラ男爵は自身の領地ではなく王都の宝石店にわざわざ通っているらしく、しかも宝石を買うのではなく、売りに行っているようだ」
「家財を売っているということですか?」
「売った貴金属を検めたが、どうやら殿下達がベリー嬢に貢いだものだそうだ」
サモエドの顔が顰められる。
「殿下から頂いた物を売るのですか?」
他の貴公子達からの物であれば構わないが、仮にも王族からの贈り物を売るのはとんでもなく不敬に当たる。
「男爵と取引のある宝石商が言うには、男爵は見た事もない大きなルビーを持ち込んできた事があるそうだ。未知数の価値に、ルビーに関しては流石に宝石商も買い取ることが出来なかったそうだが。……頭が痛くなる話だが、そのルビーは恐らく王家の宝物庫にあったものだろうと陛下は仰っていた」
他にも王太子がベリーに貢いでいるかもしれないので、後日宝物庫の中身を目録で確認することになっているんだとドーベルはぼやく。
「売りに来た時の男爵の様子はわかりますか?」
「嬉しそうにしていたそうだ。こんなにも高価な貢物を貰える娘が誇らしいと言っていたらしいな」
「……お父様はクレトラ男爵とお会いしたことはありますか?」
「ないな。だから、男爵がただの痴れ者なのか、腹に一物ある曲者なのかわからない」
サモエドはリボンに指を絡める。
「動くのは、シエルにもう少し調べてもらってからの方が良いですね」
「そうだな。……それにしても…」
ドーベルはサモエドを改めて見る。
「シエルのことも上手く使うようになったな、サミー」
「シエルが優秀な諜報員なだけですよ。ジャックに続きシエルまで……お父様は私に過保護です」
サモエドはシェパードが王立学園に入学する際、彼にジャックを貸したので、ドーベルは新たにサモエドに護衛としてシエルを与えたのだ。
「お父様はシエルのことはお兄様の護衛にするつもりだったのでしょう?」
ドーベルは苦笑する。
「まあ、お前は第二王子のファルト殿下の元に嫁ぐことになったんだ、ジャックとシエルは嫁入り道具として持って行くがいい。なに、遠慮はいらん。優秀な者は他にも多くいる」
諜報員は極力情報を外に漏らさないので、バラク家の子飼いの諜報員の素性はおろか、何人いるかすらサモエドもシェパードも知らない。
今だってシェパードはシエルのことは『黄色い花の庭師』という認識であろう。サモエドもシエルを貰うまではそう思っていた。
「世界とは本当に恐ろしいと思います。まさか庭師だと思っていた人が、凄腕の諜報員だったなんて。惰性で生きていたら、そのうち悪意ある者に上手く利用され呑まれてしまいそうです」
「そうだな、それゆえ情報は大切なんだ。上手く生き延びなさい、サモエド」
時は止まることなく、動き続ける。
そして情勢も変わっていく。
***
お茶会まで一週間を切った頃、理事会に提出する書類を脇に抱え廊下を歩いていたシェパードの元に、大きな眼鏡をかけた一人の少女が顔を真っ赤にしてやってきた。
「副会長!」
運動をしているわけでもないのに息を切らせながら、ずれ落ちた眼鏡を戻す彼女に、シェパードは「何かあったのか?」と尋ねた。
彼女はルラン・キンス伯爵令嬢で、一年生の生徒会役員である。
「あ、あのですね。お茶会で……ご一緒される方はいらっしゃるのですか?」
「私か?パートナーには妹を呼ぼうと思っているよ」
最近まで『ジャム塗れの手袋』と揶揄されていたシェパードの評判はまだ持ち直しておらず、御令嬢からの秋波もさっぱりだったのだ。
その事をシェパードも理解していたので、特に焦ることもなく最初からサモエドにパートナーを頼む予定であった。
そんな、妹ではあるがパートナーを決めていたシェパードに「うぐっ」とルランの喉が鳴った。
「す、すみませんでした。何でもないです……」
「ああ、もしかしてパートナーを探していたのか」
ルランの肩がびくりと揺れる。そして「はい」とか細い声で肯定した。
「はは、悪かったね。生徒会役員の仕事が忙しすぎてパートナー探しができなかったみたいだな」
「いえ…そうではないんですが……私は引っ込み思案で…」
ルランは耳まで真っ赤になって俯いてしまう。
生徒会役員になるだけあって、彼女はとても優秀な人物なのだから、もっと胸を張ればいいのにとシェパードは思う。
「私で良ければ、パートナーになろう」
「えっ!良いんですか?」
「私なら構わないよ。君の方こそ私のような評判の悪い者をパートナーにして大丈夫なのか?」
ルランは一年生だから、去年までのシェパードの評判を知らないのだろう。申し訳ない気がしてならないシェパードだが、ルランは嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます!副会長!」
「本当に手袋はクリーニングされたみたいね」
一部始終を見ていたかのようなタイミングで、レイラ・セレーナ侯爵令嬢が姿を見せた。
彼女の傍らには他の王太子の婚約者候補達の姿もあった。
「皆さんお揃いで、どうかされたのですか」
「いいえ、バラク様を偶々見かけたので」
立ち入り禁止とまではいかないが、生徒会役員以外の生徒が滅多に近寄らない理事室傍の廊下で、偶然鉢合わせるなんてあり得ない。彼女らが生徒会を経由せず理事長に直談判しようとしたのは明白だった。
生徒会が今まで行ってきた彼女たちへの不当な扱いを考えると、当たり前だが生徒会は信用されていないらしい。
シェパードは自嘲気味に笑い、書類の一枚を彼女たちに見せた。
「それは?」
「アクリ殿下からの要望書です。レイラ嬢を学園から追放せよと書かれています」
御令嬢らがざわめく。
そんな彼女たちを安心させるようにシェパードは微笑み、派手な音をたてながらそれを破いてしまう。
「あ…!」
レイラは目を見開き、シェパードの行動を止めようと手を差し出したが、彼に躊躇が無かったので、それはあっという間に細切れの紙くずになってしまった。
「よ…よろしいの?殿下の直筆なのに」
不敬に当たりますわよ、とレイラは小さく呟く。
「理事室で破くのも此処で破くのも同じですよ。それよりも、不安がっている貴女方に私の気持ちを知っていただく方が大事ですから」
「……」
暫しの沈黙のあと、レイラは「バラク様にお願いがあります」と口にした。
「今度のお茶会、つつがなく終えれるよう、ご尽力下さい」
「ええ、承りました。それが生徒会役員である私達の仕事ですから」
普段は強がって平気な顔をしている令嬢達だが、本当は不安で仕方がないのだ。
だって相手は王太子なのだから。
「……そう言えば、遅くなりましたが……妹君の第二王子ファルト殿下との御婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます。ファルト殿下にもきちんとお伝えしておきます」
わざとここで第二王子の名を出した令嬢達の気持ちをシェパードは受け取ると、彼自身もファルトの名を強調させてお礼を言った。
王太子と結婚する可能性のある彼女たち…未来の王妃として日々教育を受けてきた誇りある彼女たちが、王太子と政敵になり得る第二王子ファルトに助けを求めるに至った経緯。それは部外者であるシェパードさえ少し考えるだけでも切なくなってくるのだった。




