教練所にて
王宮には多くの部屋や離宮があるが、使用用途で大きく4つに区分することが出来る。
政治をする(社交も含む)場所、王族の住居、兵舎、来賓を滞在させる場所だ。
同じ敷地にあるが、要所に見張りの兵が立っており、簡単に行き来することは出来ない。
「ひゃあ~!ひっろ~い」
初めて立ち入る兵舎に、ベリーは興味津々と言った風にはしゃぎながら辺りを見渡した。
明るい彼女とは対照的に、フィンとリアは不安で仕方がなかった。
だって、天から降りてきたような美少女を連れて来てしまったのだから!
「さっきから兵士さん達がちらちら見てくるね……」
ベリーが不思議そうな声で言うものだから、リアは苦笑する。
「ベリー嬢がいるからですよ」
「ええ~?もしかして兵舎って女の子が来ないところなの?私目立っちゃってる??」
「兵士は自由恋愛を許されていますから、恋人が見学にくるので珍しい事ではありません。でも…ベリー嬢はその……可憐でとてもお美しい方だから皆が見ているのだと思います」
フィンが照れたように言うのを、ベリーは「もー、からかわないで!」と否定した。
確かに彼らの言うように3人は目立っていた。理由はベリーではなく、騎士団長の子息であるフィンがいるからだが。
やがて3人は開けた場所に出る。教練所だ。
「ここを過ぎれば長い廊下があって、政治を行う区間に入れます。王族の居住部分には正攻法では入れないと思いますので、何か手立てを考えないと……」
「遂に、なのね!待っててアクリ…!」
「フィンじゃないか」
不意に声をかけられ、フィンの身体が硬直する。
フィン以外ベリーとリアが振り返れば、軍服を着た爽やかな青年が立っていた。
「フィンのお兄さんですか?」
こげ茶の髪色や顔立ちが似ているので、ベリーが思った事をそのまま言えば、爽やか青年は肯定した。
「初めましてお嬢さん。ハンリー・オノクルと申します。弟のフィンがお世話になっているようで」
「あ、あああの!ベリー・クレトラです!今年17歳で、趣味は美味しい物を沢山食べる事かなっえへっ!ってあ!もうまた私ったら余計な事言っちゃった!誤解しないでね?別に食いしん坊なわけではないの!私子供が大好きで孤児院によく顔だしてて、そこで子供たちと遊ぶから、力を付けなきゃいけなくて。だ・か・ら、沢山食べてるんですよ?」
1人であたふた、きゃーきゃーと騒ぐベリーを、フィンやリアは微笑ましそうに見つめる。
ハンリーも笑顔は崩さず「ところで」と本題に入った。
「フィンは体を鍛える為に此処に来たのか?そちらのクレトラ令嬢とラスコー殿は見学…ああ、もしかしてラスコー殿も訓練ですか?」
フィンとリアはぎょっとした顔をし、勢いよく否定した。
「違います、あ…あの…」
しかし二の句が出てこない。そんな二人を尻目に、ベリーはにこにこ笑いながらハンリーのもとに一歩踏み出し
「きゃっ」
「おっと、大丈夫ですか?」
つまずき、よろけながらハンリーの腕の中に納まった。
ごめんなさい、と申し訳なさそうに謝りながら、上目遣いで首をこてんっと傾げた。
ああ……
フィンとリアは天を仰ぐ。これでまたベリーの虜となる男が増えたと確信したからだ。
自分たちはこれでやられているのだから。
「ベリー嬢ったら…、男達をみな夢中にさせてしまうおつもりなんだろうか」
「仕方ないさ、フィン。この世にベリー嬢以上の女性がいないんだからさ」
肩を上げて「やれやれ」という風に話す。
その間にもベリーは口元に手を置き、うるうると瞳を潤ませて熱心にハンリーを見つめている。
しかしハンリーは先程と同じ笑顔のままで「此処は足元が危ないですからね」とベリーの身体を離した。
「他のご婦人もよくこうしてつまずくんですよ」
あっさりと離され、ベリーは目をぱちくりさせる。
「ハンリー…さん?私ね、足を挫いちゃったみたいなの」
「それはいけない、フィン!手当をしてあげなさい」
指名されたフィンは嬉しそうに駆け寄り、ベリーの手を取る。
「あの!」
フィンがベリーをエスコートしようとするが、ベリーはそれを遮った。
「折角だから、ハンリーさんにしてもらいたいなって」
「私に?何故ですか?」
「こうして出会えたんだから、仲良くなりたいもん……」
ダメ?
先程と同じ上目遣いのそれ。きっとこの角度がベリーのとっておきなのだろう。
「すみませんが、私も暇ではないので」
そのとっておきを、ハンリーはいとも簡単に苦笑で躱す。
「そう……ごめんなさい。私、邪魔でしたよね?」
しおらしく謝ったベリーを見て怒ったのはフィンとリアだ。
「兄上、女性に対して失礼ですよ!」
「そうですよ、オノクル殿。もっと気の利いた言葉がありましょう」
しょんぼりしたベリーを二人が慰め、抗議の声を上げる。
キャンキャンと煩い子供たちに、ハンリーはため息をついた。そして
「フィン」
一瞬でぴりっと空気が張り詰める。
「鍛錬ではなく、学友と遊びに来ただけなら帰るんだ。ラスコー殿もクレトラ令嬢もここは遊びの場ではないのです。遊び半分で来られたら本当に怪我をしてしまいますよ」
ハンリーに先程までの笑顔はなかった。
「「……っ」」
ハンリーに気圧され、フィンとリアの顔が強張った。流石のベリーも口を噤んだままだった。
***
ベリーらを追いだしたハンリーは、彼らの姿が見えなくなるやいなや、兵士たちに換気を命じた。
「(微量だが、クレトラ令嬢から毒の気配を感じた)」
先程ベリーが倒れ込んできた腕、胸、腹の部分をハンカチで払う。
「(まさかファルト殿下と共に遠目で見た、学園での彼らの奇行原因はこれか?)」
奇行とは、珍味の分類に入るベリーに多くの貴公子が群がる様子のことだ。
あの時は距離があったため、ハンリーも流石に毒に気づくことが出来なかったのだ。
「国王に報告……いや、先に父上に言うべきか」
軍服が汚れていない事を確認すると、会議に出ているオノクル公爵のもとへ行くため、足早にその場から立ち去ったのだった。
一方、ベリー、フィン、リアの3人はハンリーに追い出され、結局アクリに会うことが叶わず、とぼとぼと歩いていた。
その学園の寮に戻る道すがら、「今日はごめんね、二人とも」というベリーの言葉が皮切りとなり、ハンリーへの悪口大会が始まった。
「次期騎士団長だから、気が大きくなっているんだろうね」
「そうですよ!兄上と言えど許せることと許せない事がある。今日の事は殿下に報告し、処罰していただきましょう。ベリー嬢を傷つけたとなれば、殿下が黙っていませんからね」
「ふえええん、ありがとうね二人とも!」
「ベリー嬢、泣かないで」
「兄に変わり、俺が謝罪しますベリー嬢」
ひっくひっくと可愛らしく泣きしゃっくりをするベリーは、二人の手を取り胸に抱く。
「男の人にあんなに素っ気なくされたの、初めてで……怖かったよお」
「ベリー嬢…!」
「申し訳ありません、俺があんな所に連れて行ったばかりに」
ベリーは首を振る。
「もとはと言えば私の我が侭だもん!フィンのせいじゃないよ……私の方こそごめんね?私のせいでお兄さんとぎくしゃくしちゃうね……?」
「構いません!あのような兄で俺は恥ずかしいです!」
「彼が次期騎士団長ってところが末恐ろしいよね。ねえ、フィン。彼を蹴落として君が騎士団長になるべきじゃないかい?」
「え……」
きょとんとしたフィンに、追い打ちのようにベリーがきゃーっと囃したてた。
「それが良いよ、フィン!私も応援する!」
「騎士団長ってのはね、紳士的な人間がなるべきなんだ。ハンリー殿にはそれが欠けている…素質が無いんだよ」
それに比べて……
ベリーとリアの目がフィンに向けられる。
「フィンなら歴代最高の騎士団長になれるよ!私が保証する!」
天使に満面の笑みでそう言われ、フィンは高揚した。
「そうですね……俺、頑張ります」
フィンはベリーに向き合うと、膝を折り、彼女の手の甲に口付けた。
「貴女の為に、俺は騎士団長になることを誓いましょう」
まるで祝福するかのように鳩が一斉に飛び立つ。フィンがベリーの顔を見上げると、彼女は自愛の笑みを浮かべていた。
「頑張ってね、フィン」
「はい、ベリー……様」
その夜、寮でアクリと合流した3人は今日の顛末を伝えた。
そこでアクリは激怒し、父王とオノクル公爵に『ハンリーを廃嫡し、フィンを次期騎士団長にしてほしい』という旨の手紙を送ってしまう。
以降、次期騎士団長のハンリーは王太子アクリの傍に立つことは無く、第二王子ファルトの後ろが定位置となるのだった。




