悪戯
「王妃と第二王子のお茶会か……」
支部に移り平穏な毎日を過ごし始めたシェパードのもとに舞い込んだバラク公爵からの手紙。
シェパードはすぐにこれがサモエドと第二王子との顔合わせだと気が付いた。
現在サモエドは王太子であるアクリの婚約者候補だが、『候補』ゆえにすぐに辞退できる立場だ。
王太子の傍にベリーがいる現状、王太子の婚約者候補ではなく第二王子の婚約者候補の方が無難だろうとシェパードも父の選択に納得した。
―――――お茶会は五日後か。お茶会で何かしらトラブルがあれば、それのフォローで私も学園での作業が暫く出来なくなるかもしれない…。『あの』申請は茶会までには済ませておかないと……
そんな事を思いつつ頭の中でスケジュールを組み直しながらシェパードが寮の階段を下っていると、階段の踊り場で王太子と出くわした。
「殿下、おはようございます」
「おはよう、シェパード。もう登校か?早いな」
現在の時刻は7時15分。学校の始業ベルは9時なので、確かに少し早い。
「お茶会に行く予定が出来ましたので、仕事を進めておこうと思いまして」
「君がお茶会に出るなんて珍しい……ああ、もしかして君には妹か姉でもいたのかい?それのエスコートの為かな?」
うちの妹は貴方様の婚約者候補ですが存在すらお忘れで?とは流石に言えず、シェパードは曖昧に笑う。
「妹がいます。私の家では早くに母が亡くなりましたから、妹の付き添いは私の仕事なのです」
「君は姦しい場所に興味がない男だ。妹のお守をしながら、興味の無い場所に行くなど苦痛ではないか?行かなくてもいいよシェパード」
そう言うわけには……、と言い淀むシェパードにアクリは言葉を重ねる。
「君は優秀な人材だから、将来は僕の父上と君の父上のような関係を築きたいと思っている。僕の権限でその苦痛なお茶会をつぶしてあげるよ。主催者の名は?」
貴方様のお母さまですよ、と言いかけたが面倒になりそうだったので止めておく。
「私達の母のような方からのお誘いなのです。妹も楽しみにしていますから、ご容赦ください」
嘘ではない。国母だ。
「妹思いなんだな、君は。妹の名はなんという?」
「サモエドと申します。亡き母に似て気の強そうな顔をしていますが、中身はとても家族思いな優しい娘です」
アクリは笑う。
「妹に騙されているようだねシェパード。優しいなんてまやかしだよ」
「もしかして妹の事を思い出されましたか、殿下?」
「いや、思い出すも何も会ったことは無いが」
あるだろ、婚約者候補だから顔見せしてんだろ、というツッコみは飲み込み。
「では、何故まやかしなどと仰るのですか?」
ふふふ、とアクリは笑う。
「優しい女性というのは、ベリー嬢のような女性の事をいうんだよ」
「確かに私の妹はベリー嬢とは『欠片』も似ておりませんね」
欠片、という部分を強調するシェパードに「そうだろう、そうだろう」とアクリは満足顔で、皮肉だと気が付いていない様子だ。
「ベリー嬢のような女性は滅多にいない。傍にいる君ならわかるだろう?」
「ええ、貴族の御令嬢の中でベリー嬢のような女性はいないでしょうね」
『いてたまるか』と心の中で愚痴る。
「シェパードはお父上のバラク公爵に似て素晴らしい審美眼を持っているようだ。そんな君の貴重な時間を、君の妹とはいえ、邪魔するのはやはり許せないね。そうだ、そのお茶会と同じ日に私もお茶会を開くとしよう。そこに君を呼べば、妹側のお茶会欠席の理由になるだろう」
変な展開になってきたので、シェパードは笑顔を貼りつけたまま、頭の中はフル回転を始める。
「まだ学園に通う年齢ではない『幼い』妹を、一人で行かせ不手際をしたら、先方にご迷惑がかかります。これはバラク公爵家の威信にもかかわることなのです」
わざとに話を大きく盛っていき
「殿下の心優しきご提案、大変ありがたく存じます。しかし、ここは殿下に甘えるのではなく、次期公爵家を背負う者として、ひいては将来国王陛下の右腕を目指している者として真摯に与えられた役目を果たしたいのです」
王太子の自尊心を満たしつつ、自分の主張は曲げない。
あくまで、貴方の事を思っての事なのです、という風に装えたら合格だと父に教わった交渉術の一つ。これがシェパードの精一杯だった。
「(これが駄目なら、気が引けるが嘘の日時を教えて、日程が被らないようにしよう)」
そこまで考えていたシェパードだったが、アクリは満足そうに笑った。
「良い心がけだな、シェパード。将来を楽しみにしている」
朝から生徒会の仕事をするのはきついだろうが、頑張れよと激励し、去っていったのだった。
その背中を見送りながら、シェパードはつい漏らす。
「今朝やろうと思っている生徒会の仕事は、貴方様の肩代わり分なんですが……」
ため息をつき、シェパードは一人で学園に向かった。
まだ朝が早いので、生徒たちはいないようだ。途中、学園の庭を整備している庭師や、見回りをしている教師と挨拶をする程度だった。
生徒会室のある棟に支部の教室はある。
しかしシェパードはそこに行く前に、少しより道をする事にした。サモエドの指令であるところの『悪戯』をするために。
***
「一年生の棟で虫が大量発生しました」
そんな報告をシェパードが聞いたのは、その日の放課後だった。
新しく生徒会のメンバーとなった一年生達が、少し顔色を悪くして一枚の提案書を差し出してくる。
「また湧いてくる可能性があるので、燻煙式の殺虫剤をしたいです」
「そうか。大量に発生した虫の、取り敢えずの処理はどうした?」
「教員と虫に耐性がある生徒たちで何とか……。大変だったんですよ、授業どころじゃなくて」
「朝から一年生の棟がやけに煩いと思っていたが、それだったのか」
シェパードは言いながらそれを受け取ると、少々思案する素振りの後にハイドに声をかけた。
「提案書に複数の教師のサインと美化委員長のサインがあるから、こちらが改めて精査するまでもないだろう。一応他の棟でも一斉にしようか?」
燻煙式の殺虫剤は強烈な刺激臭がし、数か月はその臭いが残る。その際、別の匂いで誤魔化そうとお香を焚くのだが、そのお香がとても良い匂いに調合されているので、殺虫剤に対して不満を言う者は少ない。
虫が居なくなる、お香で良い匂いがする、と良いとこどりのようではあるが、そのお香がとても高く、予算が嵩むので連発できないのが辛いところだ。
「前回一斉に燻煙式の殺虫剤を使用したのは……三年前ですね。……殺虫剤用の積み立て金も溜まっていますし、まあ、頃合いかもしれませんね」
会計簿を確認しながら、ハイドはOKサインを出した。
シェパードは書類を受け取ると一年生達を自分の机に手招きする。
「生徒側が提案する事案を我々が精査し、その提案が推し進めるべきものであれば要望書や、学園内で処理できる程度ならば許可申請書を書き、理事会に伝える。これも仕事の一環だから、覚えてくれ」
一年生達に教えながら、生徒会長の代理として、副会長の彼が学園の理事宛てに殺虫剤の許可申請書を書いていく。
「他にどのような提案が来たりするのですか?」
「階段の修理や、教師の不正についてもあったな。修理程度なら許可書、建て替えとなると要望書……になると思う。迷った時は顧問の教師に判断を仰げばいいから。ちなみに教師の不正に関しては要望書だが…前回来た案件は完全に生徒の私怨だったので、精査段階で弾いたな」
シェパードの向かいの席で仕事をしていたハイドが「些細な事なら花壇のこともありますよ」と付け加える。
「花壇に花を植えたい、くらいなら要望書を書く必要はありませんよ。それは美化委員案件ですからね。美化委員に充てている予算で何とかして下さいと言えば良いのです」
わかりました!と元気よく一年生が答えた。
生徒会を頂点に、それを支えるいくつかの『専門委員会』があり王立学園の治安を保っているのだ。
「この学園での生徒会の権限はかなりのものなので、不正はしないようにして下さい。ただでさえ、去年から生徒会は評判が悪いですからね」
去年、つまり王太子が生徒会長になってからだ。
「一人の生徒を特別優遇したり、気に食わないからと不当に差別するのは、絶対にお止めなさい。良いですね?」
ハイドの圧が凄い。生徒会メンバー達(その頃はシェパードも加担)による『過剰なまでのベリー優遇』の尻ぬぐいは、毒に侵されていなかった彼とヘリムの二人でしていたからに他ならない。
「申し訳ない、エレッツ殿、ヘリムも…」
「過ぎた事ですよ、バラク殿」
「ええ、過ぎた事です」
頭を下げる副会長と、遠い目をする書記と庶務。
その頃の事情を知らない一年生達は不思議そうに三人を見ていた。




