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公爵令嬢参る!  作者: まちせん
第一章 王立学園の毒
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水面下の話

サモエドの『教会の野菜』についての報告書を受け取った国王は、執務室で人払いをし、宰相でもあるバラク公爵のドーベルと二人でこれからの話をしていた。


「お主の娘は優秀だな、バラク公爵」

「勿体ないお言葉です」

「それで、お主の娘に任せておけば、この問題について解決できるだろうか?」

王の言葉にドーベルは「いいえ」と首を横に振るう。

「サモエドは観察眼に関しては優れていますが、なにぶんまだ14歳の娘…知識などが追い付いていません。違和感には気付けれど、全てを解決する手段等は思いつかないのではないかと」

ドーベルの返答に、国王は頷いた。

「やはりお主は冷静だな、バラク公爵。そんなお主の審美眼を通ったサモエドのこの報告には価値があるというものだ。彼女の力を知識の豊富な大人が有用に使わせていただくとしよう」


国王は教会のある方向に目を遣る。


「教会の野菜が必要だが、いきなり大量に発注すれば誰しも違和感を抱くであろう」

「そうですね。教会の力に依存するという弱気な姿勢は国民に見せるべきではありません」


暫し二人は考え込み、沈黙が流れる。

「その野菜に使われている農薬は何でできているのか分かるか?」

「サモエドが教会に問い合わせたところ『人間用の解毒剤由来です』とのことでした」

企業秘密ということだ。

「……開示を求めてみるか。良く分からないものを国民に食べさせる事に恐怖を感じる」

「それがよろしいかと」

これは成分を知る口実でもあるが、それ以上にベリーの毒が解けても、野菜を食べる事によって別の病気にかかっては困るからだ。

今のところ教会の敬虔な信徒や一部の平民たちが食べているようだが、問題行動をとる者が出ているという報告は特にない。恐らく大丈夫だろうが、こういう事は慎重すぎる方が良い。


「教会の方には『安全な農薬であると国王陛下が認める事により、貴族を通して地方に早く広まり、本当に野菜を必要としている飢餓に苦しむ者の口にも入るようになるでしょう』という方向で話を進めましょう」

王室と教会の力のバランスを考えると、力尽くはできない。それは外交に似ていて、上手くいくかは交渉術に掛かっている。もう少し煮詰めた方が良いだろうなとドーベルが思っていると、国王がしみじみと話し出した。


「お主の息子は野菜を食べ始めて1年で正常になったのだな」

「はい。しかし、報告によると息子よりもおそれながら王太子の方が重症だと聞き及んでおります」

「うむ」

国王の眉間に皺が寄る。

「アレが卒業するまであと1年と11か月……。卒業するまでに正常にならねば、廃嫡の覚悟もせねばならぬ」

まだ学園の中でだから、学生だからと誤魔化せている部分もある。

ノーマンに関してもギリギリそれに含まれるとし、あの始末だったのだ。


しかし事情を知らない被害者は堪ったモノではない。


今回のサモエドの報告書で『毒』だという説が濃厚になったが、国王も王太子が阿呆になった原因を自身の手駒を使って調べ、初期からクレトラ男爵令嬢がもたらす『人を虜にするという恐ろしい何か』は確認していた。そしてそれはその時点で極秘とし、限られた者にしか明かされていない。それゆえ加害者家族のターリア侯爵は勿論の事、被害者家族の秋津伯爵にすら本当の原因を伝えることができなかったのだ。

「秋津伯爵は相当怒っていたな」

「私も同じ歳の娘…サモエドがおりますので、気持ちは痛い程わかります」

「ターリア侯爵は相当参っていたな」

「私も同じ歳の、毒に侵されていた息子…シェパードがおりますので、これに対しても気持ちは痛い程わかります」

国王も頷く。

「まだ儂らは息子らの奇行の原因がわかっているだけでも、恵まれておる」

「そうですね」


はあ、と二人揃って太い息を吐く。

「アクリに不当に扱われている人物はセレーナ侯爵の御令嬢を筆頭に、爵位の高い貴族の御令嬢らしいが……」

学園に潜り込ませている諜報員から、王太子一派からの嫌がらせの被害に遭っている御令嬢の名がつらつらと書かれた報告が上がってきているが、そこには王太子の婚約者候補たちの名がほぼ全員揃っていた。

「我が愚息、シェパードはレイラ・セレーナ侯爵令嬢に冤罪をふっかけて卒業パーティーで糾弾する計画があると言っておりました」

「聞きたくないが、もしかしなくとも儂の愚息もその計画のメンバーに入っておるのか?」

「リーダーです、陛下」

国王は「もうやだ…!」と言わんばかりに両手で自身の顔を覆う。

「毒が消えたとしても、ここまで婚約者候補たちに嫌われる行動をとる阿呆に、誰か手を差し伸べてくれるだろうか」

指の間からチラッチラと意味深な視線を向けてくる国王を見て、ドーベルは少々疲れたようにため息をついた。

「…………一応、サモエドは殿下の婚約者候補です。しかし、陛下。婚約者候補の令嬢たちは、殿下に対してどのような感情があろうとも、立派に王妃の役目を果たすと思いますが」

国の為ならば私情など関係ない。御令嬢に限らず、貴族の者達はそのように教育されている。

それはアクリ王太子もだ。夫婦関係がギクシャクしようが、関係ない。

しかし国王は「それは婚姻すればの話だ」と苦々しく呟く。


「確かに妃になれば王妃の役目を果たす者たちばかりだと私も思う。しかし婚約者候補というのは比較的簡単に辞退できるだろう……」

「……セレーナ侯爵令嬢は辞退を?」

「お主にだから言うのだぞ?まだ表立っておらぬが、セレーナ侯爵どころか、不当に扱われている御令嬢たちの家から『辞退』を仄めかす話が出ておるのだ」


確かに『婚約者候補』とは『婚約者』という明確な立場ではなく、不明瞭であやふやなものだ。


そんな互いが牽制しあっている中で、王太子の『男爵令嬢を正妃にできる法律を作れ』という事件勃発だ。

ここまで王太子を突き動かす少女の出現に、候補者たちの家はさぞ、御令嬢に発破をかけたことだろう。

しかし御令嬢たちは王太子に不当に扱われ、やる気をなくしている。

そんな御令嬢の様子に不思議に思った家の者が、王太子の学園での様子を調べれば、相当阿呆な行動をしている事がすぐに判明し。廃嫡される可能性が高いのではと考える者も少なからずいて……。

それらを鑑みて候補者たちの家は、王太子妃に拘るのは止めた方が得策である、という考えになっているようだ。


項垂れてしまった国王に、ドーベルは掛ける言葉が見つからない……わけはなかった。


「今はまだ水面下でのやり取りなので、表面上は王太子が人気ですが、そのうち第二王子の人気が上がるでしょうね」


国王の子は現在王妃の産んだ息子が3人(王太子、第二王子、第四王子)。側室の産んだ息子が1人(第三王子)と娘が2人(第一王女。第二王女)。

代わりはそれなりにいるのだ。


国王も別にアクリに拘ってはいない。形式的に第一王子なので王太子にしているが、優秀ならば他の王子を王太子にしても良いと思っていた。

「そこでだバラク公爵。第二王子はお主の娘と同じ歳だ。どうだ?アクリではなく第二王子の婚約者候補になってみんか?王家はお主の娘がどうしても欲しい」


先程の意味深な視線は、廃嫡の可能性が出てきた王太子を捨てないでくれという意味ではなく、確実に王家に残れる者に乗り換える時期だと思わんか、という意味だったらしい。

王もまた、国の為ならば私情など関係ないと教育されている者の一人だということだ。



***



その日の深夜、屋敷に戻ったドーベルを屋敷の家令とサモエドが笑顔で出迎えた。

「お帰りなさいませ、お父様」

「お帰りなさいませ、旦那様」

「うむ」

子細は無かったかと家令に訊きながら、ドーベルはサモエドを伴って私室へ向かう。


「重要な書類は此方になります。サインが必要な物もありますので、お願いします」

家令に渡された書類に目を通しながら、ドーベルはサモエドに「国王陛下から提案があるそうだぞ」と話しかけた。


「提案?毒に関してですか?」

「いいや、一週間後に王妃殿下とごく身内だけのお茶会をしないかと」

「王妃様ですか?」


思ってもみなかった人物に、サモエドは目を見開く。

「何故ですか?」

「話があるそうだ」

しれっと答えるが、これは第二王子との顔合わせである。

娘を警戒させないよう、ドーベルは「難しく考えるな」と微笑みかけた。

「私は仕事で無理だがな、サモエドの他にシェパードも同席するよう言われている」

「お兄様も?」

「王妃様の方は第二王子を同席させ、シェパードに学園の事を聞きたいそうだ。第二王子の事は知っているか?」


私と同じ歳の……とサモエドが呟いたのを、ドーベルは「そうだ」と頷いた。


「第二王子は来年ご入学されるだろう、それで話を聞きたいのだろう。同じ歳ゆえ王子と学友になるかもしれないお前がいれば話が弾むだろう?そういうことだよサモエド」

「そうですか、わかりました。お兄様が一緒なら安心ですね」


第二王子同席のお茶会なのに、特に思うことがないサモエドに、やはりまだ子供だなとドーベルは思う。


「あっ、お茶会と言えば、秋津伯爵の御令嬢にも誘われているんでした」

手をぱちんと軽く叩き、昼に届いた招待状の事を伝えた。

「秋津か……落ち込んでいる御令嬢を励まそうという趣旨のお茶会か?」

「いいえ。どうやら桜様に素敵なお友達が出来たらしくって、そのお話がしたいと。お茶会というよりはお友達同士の集まりのようです。10日後ですので、王妃様とのお茶会には支障ありません」


罹患者のノーマンから被害を受けた、言わば毒の二次災害者である御令嬢。ドーベルは頷くと、執事のジャックを同行させることを条件に参加の許可を出す。


「秋津の御令嬢の事は私も気にしていたのだ、様子を見てきてほしい。沢山話を聞いて差し上げなさい」

「はい。ありがとうございますお父様」


国王の右腕であるバラク公爵の娘が出向くことにより、王の執り成しに不満をもっているであろう伯爵の考えが少しでも緩和してくれれば良いのだが、とドーベルは思うのだった。

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