引っ越し作業とノーマンと桜
支部を作る許可をとり、シェパード達はすぐに引越しの作業を開始した。
殿下はトイレに立ち、室内では他の男がベリーの寵愛を得ようとご機嫌をとっている。
「ベリー嬢の声はまるで天使が奏でるハープのような音だね」
過剰な表現を使うのはノーマン・ターリアだ。
「ええっと……、ノーマンは病院に行った方が良いよ?」
「ふふふ、俺を心配してくれるの?女神だね、本当に」
「んもー!こっちは本気で心配してるんだよー?」
ポカポカと力の入っていない拳でノーマンの腕を叩きながら、ベリーはぷくーっと頬を膨らませる。
「可愛い人。ずっと俺の傍にいて欲しいな……」
「ひゃあ!何するにょ、あっもー!突然頭撫でるから噛んじゃったじゃないのー!止めなさい!メっだよ?」
「あはは、可愛いなあ。可愛い!」
殿下が居なくなればすぐにこれだ。
シェパードの中でベリーの項目『毒女、容姿は平凡、無礼、育ちが悪い』に『多情』が追加された。
さっさとここから出ていきたいという気持ちで、生徒会支部に移る為の引越し作業がすこぶる捗る。
ふとシェパードはベリーを口説く男の顔を横目で見る。
(そう言えばノーマンは前の婚約者を……)
国王陛下の執り成しによって『悪戯の範疇』として表向きには無かったことになったが、平然と学園に通っている事には驚いた。
元婚約者の御令嬢はサモエドと同じ歳だったから、来年にはこの学園に入学してくるだろう。今年二年生のノーマンはまだ来年も在籍しているのに、どうするつもりなのだろうか。
まあ、何も考えていないんだろうなあとシェパードは推測する。
「ノーマンは可愛い婚約者がいるでしょー?私なんかに構ってたら、振られちゃうぞー」
「あはは、もう振られちゃったよ。俺は捨てられたんだ……おまけに俺の父親に色々と吹き込んでくれたみたいで、凄く叱られてさ……」
「えっごめん!大丈夫?辛かったよね、元気出して?」
「君が元気づけてくれたら、嬉しいな」
シェパードとヘリムは黙々と引っ越し作業をしていく。
「でも、ノーマンみたいに格好良い人を捨てる女の子っているんだね。それにしても酷い子!こんなにノーマンを傷つけて!最低だよお…!」
「慰めてくれてありがとう……やはり君は心優しき女神だよ、ベリー嬢。女性は怖いと臆病になっていたけど…君のおかげで癒されるよ……」
今此処にはいないハイドは引っ越し先の教室を掃除している。
「もー、また調子の良い事言って……。でも良いよ、今日は優しくしてあげるね」
良い子良い子、とベリーに頭を撫でられ、ノーマンは恍惚の表情をしている。
と、そこにアクリがトイレから戻ってきた。
「ベリー嬢、どうかした?」
ノーマンの頭を撫でるベリーを見て、明らかに不機嫌そうな声だ。
「うにゅーっ!黒いオーラだしちゃ駄目だよ、しまってしまって~!あのね、ノーマンが婚約者の子に酷い振られ方して、傷ついてるの。力になってあげたいなって……」
「何て優しい女性なんだ!でもベリー嬢以外の女性なんて皆そんなものさ。天使の君が地上に降りてきてくれて、本当に嬉しいよ」
「はわわわ~!」
シェパードの手が止まった。
引っ越し作業が終わったのだ。
「殿下、では支部の方に行ってきます。本日をもって私は此方に顔を見せる機会が減りますが、仕事は顧問の教師を通してしておきますので」
「ああ、頼んだぞ。……それで、ノーマンの元婚約者の名は?ベリー嬢が望むなら僕が父上に頼んで叱責してもらうよ」
「確か『桃』と言う名だったような…」
シェパードはヘリムを連れて、あっさりと生徒会室を離脱したのだった。
二人で廊下を歩いていると、ヘリムが「副会長」とシェパードに声をかけた。
「どうした?」
「僕も支部の方で仕事をして良いですか?」
「構わないよ。殿下も文句は言わないだろうし」
ヘリムはほっとしたような顔をした。
***
バラク公爵邸
「ねえ、ジャック」
「はい」
そろそろシェパードの元に戻ろうと、使用人用の出入り口へ歩いていた執事のジャックに、サモエドが声をかけた。
「アトマ教と国王様と確執があったりする?」
「さて…。表向きには特に聞いたことがありませんが、どうかしましたか?」
サモエドは少し考えるそぶりをしてから「あのね」と話し始める。
「教会のお野菜に効果があった事がわかったでしょう?だったら、教会に協力を仰いだ方が効率的だと思わない?」
「…なる程」
単純に考えればその通りだ。だが、それは…
「バラク公爵様にお訊ねした方が良いとは思いますが…私の個人的な意見としては、少し難しいかもしれません」
ただでさえ、アトマ教はこの国の国民に圧倒的な支持を得ている団体だ。国王がアトマ教に頭を下げてしまったら、国民に国王よりもアトマ教の方が権威を持っていると思われてしまう。
政治力と武力で内政外政を行い、国民の命と財産を守るのが国王の役目であり、祈りにより、国民の心を守るのが教会の役目だ。
それはとても微妙なバランスで成立していて、教会の方に力が集中することは避けなければならない。
「面倒ね」
「そういうものですよ。さて、私はシェパード様の元へ行きます。何か伝言はありますか?」
「お兄様はしっかりした人だから、私なんかがアドバイスすることなんてないわ。頑張ってねって言っておいてくれる?」
丁度、扉を開けようとした時、ノッカーが鳴らされた。
その対応をしたジャックは一通の手紙を受け取り、サモエドに差し出す。
「お茶会のお誘いだそうですよ」
「誰かしら?」
お誘いだけの割にはかなり分厚い手紙に、サモエドは首を傾げながら差出人を確認する。
母親がいないサモエドの元に、お茶会のお誘いがあるのはとても珍しいことだった。
「秋津伯爵家の御令嬢、桜様からだそうです」
「まあ!」
桜とは、まだサモエドの母親が存命だった頃に出席したお茶会で知り合い、同じ歳だと言う事で今も友好関係を築いている。
この手紙もただのお誘いのメッセージだけではなく、友人が友人に送る手紙ゆえに分厚いのだろう。
父親と相談した後ではないと参加するかどうかを決められないので、返事は保留にし、便箋がたんまり詰まっていそうな分厚い手紙を持って、サモエドは一人で自室に戻った。
封筒を開けると、折りたたまれた5枚の便箋が覗いた。
ノーマンから酷い扱いを受けた桜のことを心配していたサモエドは、急いでそれに目を走らせ「あらら」と呟いた。
どうやら桜はとても良い出会いをしたそうだ。
暇な時に読んでいる恋愛小説に『失恋の傷を治すのは、新しい恋との出会いだ』と書かれていたことをふと思い出す。
まだ恋の欠片もしたことのないサモエドには理解できない格言であったが、桜の手紙を見ていると、間違いではないのだろうと思った。
ただし、桜の場合は新しい恋ではなく、趣味友との出会いだったようだが。
お茶会というのも名ばかりで、その話をサモエドと共有したい、秋津三姉妹とお喋りしませんか、というお誘いらしい。
これならお父様も反対はしないでしょうね、と思いながらサモエドは便箋を丁寧に封筒に仕舞ったのだった。
誤字を教えてくれてありがとうございました!




