第8話 - 対立の旗
石造りの美しい街に人が溢れている。その喧騒と活気は、さすがはクラリタニア最大の都市といったところだ。
時折ぶつかりそうになるほどの人混みは、ノクスが暮らす田舎にはない。人を器用に避けながら、ノクスは帰ってきたのだと実感する。
ふと上を見ると、色とりどりの旗飾りが空を横切っている。祭りの浮かれた空気を感じ、ノクスは目を細めて微笑んだ。
地方に住むエクセクトレスは、三か月に一度本部に顔を出す義務がある。ノクスは今日がその日だ。国の独立を祝う祭りと日にちが被ったのは偶然でしかない。
懐かしい気持ちはあまりない。ノクスが王都から田舎に引っ越したのは、ほんの半年前のことだ。エクセクトレスには、十七歳になると社会勉強として一人暮らしをするという規則がある。本当の誕生日も年齢も知らないノクスは、エクセクトレスに所属した日を「五歳の誕生日」としているのだが。
漂う食べ物の香りにつられそうになりながら、ノクスはエクセクトレス本部に向かう。それがあるのは、王都の中央にそびえる城のすぐ近くだ。
「武器を取れー!」
不意にそんな声が聞こえ、ノクスは進行方向の脇を見る。大通りの一角で、若者たちが大きな赤い旗を掲げて拳を突き上げている。
「戦いなくして平和はない!」
「平和を望むなら武器を取れ!」
「武力の放棄は平和の放棄だ!」
その集団の前を歩く人々は皆、一瞬だけ眉根を寄せて通り過ぎる。「またやってる」とでも言いたげだ。
そのまま歩いていると、別の一集団が同じように声を張り上げているのが聞こえてくる。
「攻撃は何も生まない!」
「平和を望むなら武器を捨てろ!」
「武力を許すな!」
先に見た集団と反対のことを叫ぶ彼らは、緑色の旗を掲げている。それが、彼らの思想を象徴する色なのだろう。
ノクスの眉間にしわが寄る。こういった大勢への呼びかけは、ノクスは正直苦手だ。
しかしこんなことが、今は国の至るところで行われている。以前からあったこの対立が激化している原因は、女王の病臥だろう。軍を持たざるべきとする「非武装派」の代表が倒れたことで、軍を持つべきとする「再軍備派」の勢いが増しているのだ。
赤い色は、再軍備派の代表である第二王子の色だ。彼はいつも服のどこかに赤い色を身につけている。
対して緑色はフレデリックの色だ。女王が倒れた今、非武装派の代表はフレデリックである。女王を象徴する黄色を掲げないのは、回復の見込みがないと踏んでいるのだろうか。
(どちらにしても、俺には関係ない)
どちらが正しいのかを決めるのは手足ではない。ノクスは国が“秩序”と決めたことに従うだけだ。
『秩序とは誰が決めると思う?』
先日駆除した貴族の言葉が蘇る。考えたところで意味はないと、わかっているはずなのに。
(早く行こう……)
ノクスは少しだけ歩幅を広くする。食べ物に目移りしなくて済むことだけが、唯一の救いだった。




