第6話 - 静寂の破壊者
シャッ、シャッ、シャッ……
獣の解体場に、ナイフを研ぐ小さな音だけが響く。ノクスはこの静かな時間が好きだ。一つの雑念もなく、純粋に刃に集中できる。最近は心配事が多いから尚更だ。
ノクスは砥石からナイフを上げ、鋭い刃をじっと見つめる。あとほんの数ミリだけ研ごうか、そう思ったとき――
「よーぅノクス! 依頼持ってきてやったぞ!」
……至高の静寂は、一瞬で破壊された。
乱雑に開かれた扉がギィギィと揺れる。ノクスはゆっくりナイフを下ろし、騒音の元凶を睨む。そのまなざしは、害獣駆除のときよりも鋭く恐ろしい。
「何しに来た、ラウル……」
「うえぇぇ……めちゃくちゃ怒ってんじゃん。なんかごめん」
ラウルは身を縮めて扉を閉める。拗ねたように口を尖らせ、机に一枚の紙を置く。
「次の“害獣”。隣の領地を所有する貴族だって。王家への反乱を企ててるとかで、早めに駆除してほしいってさ」
ノクスはナイフを鞘に納め、腰に差して机に向かう。もう怒りは収まっているのだが、ラウルは尖った茶髪をさらに逆立ててノクスから離れる。相当怖かったようだ。
ノクスは紙にざっと目を通し、明かりにしているろうそくの方に足を向ける。
「わかった。今夜……」
「でもさぁ、ちょっと変なんだよ」
ノクスは驚いて足を止める。ラウルが依頼内容に対し、個人的な意見を言うのは珍しい。エクセクトレスの実行部隊は、私情を排除して与えられた任務をこなすものだからだ。
それでも言いたいことがあるのだろうと、ノクスはラウルに体を向ける。
「変?」
「うん。この貴族さ、王家に忠実なことで有名なんだ。真面目で頭が回るし、領民からの信頼も厚い。だからいつもより詳しく調べたんだけど、王家への反乱を企ててるなんて話は聞かなかった。少なくとも、オレの情報網では」
ラウルの仕事は情報収集だ。駆除対象の外見、性格、居所、日程、癖に至るまで、あらゆることを調べ上げて駆除担当者に渡す。ラウルの力がなければ、ノクスも駆除を迅速に行えない。
ラウルの情報が間違っていたことはない。その彼の情報網にないということは、依頼理由が間違っている……もしくは、本当は駆除対象ではない可能性がある。
「組織には確認したのか?」
「した。間違いないって」
ノクスは考える。可能性があるとしたら……
「組織にとって都合が悪い、別の理由がある……?」
「オレはそう睨んでる。そんなことがまかり通っていいわけないんだけどな。エクセクトレスは、秩序と平和の組織なんだから」
ノクスは腕を組んで考える。あの人が私利私欲のために組織を使うとは思っていない。が、あの人だからこそ嘘ぐらいつくとも思っている。
(構成員には言えない事情があるのか、それとも……)
「まっ、気にしなくていいと思うけどな」
ラウルは空気を切り替えるように、パッと明るい笑みを浮かべる。
「一応、きな臭い動きがあるかもよーってことだけ覚えといて。とりあえず今夜ヨロシク~」
「ああ……」
ラウルはひらひらと手を振り扉から出ていく。再び訪れた静寂は、求めていたものよりずっと重く、濁っている。
ノクスはろうそくの方へ歩き、悶々とする心を貴族の情報が書かれた紙と共に燃やした。




