第5話 - 平和を蝕む毒
(それならば……この問いかけをするべきではないのだろうか)
ノクスは眉間にしわを寄せる。せっかく和らいだ空気をまた暗くしてしまうかもしれない。
しかし聞かないのも薄情な気がして、結局口にしてしまう。
「女王陛下のご容体はいかがですか?」
フレデリックの表情が曇る。ノクスはフレデリックが言葉を紡ぐ前に、問いの答えを察した。
フレデリックは一瞬辺りを見渡し、重々しく口を開く。
「……よくないね。気丈にしておられるけど、日に日に悪化しているみたいだ」
ノクスの眉間のしわが深くなる。やはり聞くべきではなかったと、ノクスは少し後悔した。
女王はフレデリックと同じく、エクセクトレスを仲間だと言い、訓練にもよく顔を出していた。それ故に、ノクスも彼女のことをよく知っている。
豪快で明るく、騎士にも劣らない剣技を持つ女傑。戦争を終わらせ、武器を捨てるという勇敢な選択を取った人物でもある。男性社会に苦言を呈し、性別ではなく実力で評価すべきと、女性の雇用を積極的に推し進めている。
そんな女王が倒れたのは、約一か月前。王宮の廊下で、歩けないほどのめまいを起こしたという。その前から稀に体調を崩していたそうだが、ここまでのことになる予兆はなかった。
ノクスの知る女王は、病どころか落ち込むことすらなかった。床に伏しているなど、未だに信じられない。
ノクスはウサギの脚にナイフを入れようとする。しかしこの話をしながら作業をするのは憚られ、そっとナイフを下げる。
「病……なのですよね」
「医者はそう言っている。けど……正直、毒でも盛られているんじゃないかと思うときはあるよ。それくらい突然だったし、原因もわからないなんておかしいじゃないか」
フレデリックはぎゅっと拳を握る。必死に憤りを抑えているのだと、感情に鈍感なノクスにも伝わってくる。
見ていることしかできないのが歯がゆいのかもしれない。目の前で大切な人がただ弱っていくなど、耐えがたいことだ。
しかし、フレデリックはパッと表情を明るくする。
「でも大丈夫だよ。母上のことだから、すぐ復活するさ」
その言葉は祈りのようにも聞こえる。手を貸せたらいいが、残念ながらノクスにもできることはない。
「……そうですか」
ノクスはとても明るく返せず目を伏せる。フレデリックと同じように、女王の復活を心の中で祈った。
「それ、食べないの?」
フレデリックが皮を剥がれたウサギを指さす。その様子は焼かれるウサギを見ていたときと同じで、女王のことはもう切り替えたかのように見える。さすが、国を背負う立場の人は強いとノクスは思う。
「王子の前だとか気にしなくていいよ」
「では……いただきます」
ノクスはウサギの脚の肉を切り取り、口に運ぶ。あっさりしていて美味しい。
「まだ戻らなくて大丈夫なのですか?」
「大丈夫だよ。仕事のことなら、クレメンスがいるから」
ノクスは二口目を運ぶ手を止める。古い記憶が蘇り、ふっと心が温かくなる。
「師匠……閣下はお元気ですか?」
「元気だよ。朝から晩まで働いてるのに、ピンピンしてる。僕も見習いたいね」
ノクスはほっとして二口目を運ぶ。ノクスにとってのクレメンスは、フレデリックにとっての女王のようなものだ。彼は、ノクスに生きる意味を与えたのだから。
ノクスはうっすら口元を綻ばせる。
「あの方なら毒の耐性もありますから、多少のことでは倒れないでしょう」
「エクセクトレスはみんなそうだよねー。あれは訓練で身につくものなの?」
「幼いころから、少しずつ毒に慣れることで耐性ができます」
「そうか……。成人してから訓練しても遅い?」
「わかりかねますが……どちらにしても殿下がすることではありません」
フレデリックは残念そうに口を尖らせる。そんなにウサギの肉が食べたかったのだろうか。
「殿下!」
凛々しい女性の声と共に、ザッザと力強い足音が近づいてくる。フレデリックは慌てて振り返り、いたずらがばれた子供のようにへらへらと笑う。
「見つかっちゃった。じゃあノクス、またね!」
「はい、また」
フレデリックはブーツどころか、ズボンにまで泥を跳ねさせて女性の元へ走る。女性に怒られないといいが。
ノクスはフレデリックとのやり取りを振り返りながら、ウサギの肉を噛みちぎる。
『正直、毒でも盛られているんじゃないかと思うときはあるよ』
その言葉を反芻したとき、ノクスはふと思い出す。たしか先日“駆除”した薬売りの毒は、毎日摂取することでじわじわと体を蝕むものだった。
(さすがに偶然か……?)
もし本当に女王の体調不良が病ではなく、あの薬売りが作った毒ならば――
そう考えて、ノクスは小さく首を横に振る。医者が病だと言っているのなら、きっとそれが正しい。
(それに……俺には何もできない)
王都を離れ、この小さな町で害獣駆除をしている自分には……。
ノクスはウサギの脚にかぶりつく。先ほど美味しいと思ったはずの肉が、今は妙に味気なく感じた。




