第3話 - 心に誓いましょう
コツ、コツ、コツ……
春の心地よい日差しを受けながら、男は王宮の廊下を歩く。その足取りは貴族のように優雅だが、どこか日陰者のような警戒心を孕んでいる。
男は使用人に案内され、王宮内でも一際豪奢な扉をくぐる。外装とは裏腹に、内装は妙に質素で落ち着いている。といっても、“身分が高いにしては”質素なだけだが。
男は部屋の奥に足を踏み入れる。暖かな光を受ける大きなベッドに、壮齢の美しい女性が横たわっていた。
男はベッドのわきに膝をつき、柔らかな微笑みを女性に向ける。
「こんにちは、女王陛下。お加減はいかがですか?」
女王は気だるそうに、視線だけを男に向ける。どうやら首を動かすのもつらいようだ。一か月前よりしわが増えた顔で自嘲気味に微笑む。
「よくはないな。日に日に悪くなっている気さえする」
よくはないと言うわりに、その声には覇気がある。男は少しだけほっとしたように顔を綻ばせる。
「お話しになる元気はおありのようですね」
「元気なものか。起き上がることすらままならん」
女王は眉間にしわを寄せ、優しい象牙色の天蓋を睨む。
「薬もろくに効いていない……。このまま明日が来ないのではないかと、柄にもなく不安になるときがあるよ」
「そんな、縁起でもない」
「だが、人は突然いなくなるものだ」
それは女王の経験からくる言葉だ。男はそれを察し、小さく目を伏せる。
女王は再び男に目を向け、眉間のしわをふっと解く。
「お前とフレデリックには苦労をかけるな」
「私はそれほどでも。フレデリック殿下が、立派に指揮を執られておりますから」
「フレデリックも同じことを言う。『クレメンスがいるから大丈夫だ』と」
「それは……勿体なきお言葉でございます」
その男……クレメンスは恭しく頭を下げる。後ろへ流した髪の一束が、はらりと垂れ下がる。
女王は小さく笑みをこぼす。
「それはフレデリックに言え。謙遜すると思うがな」
「私もそう思います」
二人は冗談めかして笑い合う。息の合う様子は、二人が支え合ってきた時間の濃さを感じさせる。
女王はふぅと息をつく。そして笑みを消し、真剣さを帯びた朱色の瞳をクレメンスに向ける。
「クレメンス。……もうしばらくの間、国を頼んだぞ」
クレメンスは居住まいを正し、恭しく頭を下げる。
「神に誓って、クラリタニアの平和を守ります」
「神など信じていないくせに」
クレメンスは顔を上げ、情けなく眉尻を下げて微笑む。
「お見通しでしたか。では……私の心に誓いましょう」
「お前はそれでいい」
女王が穏やかに目を細める。窓から差し込む暖かな日差しも、その誓いを後押ししているようだった。




