第1話 - 害獣駆除屋の青年
「シャーッ!!」
芋が散乱した畑の中心で、小さな獣が毛を逆立てる。犬にしては熊であり、熊にしては犬である。その獣が畑を荒らしたことは、火を見るよりも明らかだ。
その精一杯の威嚇をものともせず、一人の青年が獣に近づく。真っ黒な影のような姿は、獣よりよほど恐ろしい。
獣は怯えるように身を縮める……が、次の瞬間、青年に向かって勢いよく走り出した。
「グルアアァァァァ!!!」
獣が牙を剥く。一見愛らしい姿に反して、その雄叫びは勇ましい。
獣は目にも止まらぬ速さで青年に飛びかかる。そのまま青年の袖のない腕に噛みつく――ことはなかった。
「キャン!」
獣が小さく声を漏らす。それが聞こえたとき、既に獣の腹部には青年の刃が深く刺さっていた。
一部始終を見ていたはずの依頼主は、ぽかんと口を開けている。青年がいつナイフを取り出したのか、それがいつ獣に向けられたのか、全くわからなかった。
青年は刃を抜かず、じっとりとした目で獣を見つめる。ピクピクと震える体が完全に動かなくなったとき、青年はようやく銀色の刃を引き抜いた。
「終わりました。死体もこちらで片付けていいですか?」
若さに似合わない無機質な声に、女性は蓄えたしわを深めてにこやかにうなずく。
「もちろん。いつもありがとねぇ、ノクスくん」
青年はナイフの向きを変え、腰の鞘にすっとしまう。獣の手足を掴み、小さなポーチから取り出した麻袋に丁寧に入れる。
麻袋を肩に担ぎ、青年は作物を踏まないよう慎重に畑を出る。無愛想な顔からは想像できない美しい所作で、女性に軽く頭を下げる。
「ご依頼ありがとうございました」
「こちらこそ。またよろしくね」
女性は優しい笑みで青年に手を振る。青年は手を振り返すことなく、もう一度会釈をして女性に背を向けた。
ノクスは害獣駆除を生業とする青年だ。平和の国クラリタニアの中で、彼ほどの戦闘能力を持つ者は珍しい。戦争を放棄し、軍隊も持たないこの国で、戦闘力など大して役に立たないからだ。
それなのにノクスが戦闘能力を持つ理由は、彼の《《本当の仕事》》にある。
小さな家の前に着き、ノクスは分厚い木の扉を音もなく開く。寝起きだけを目的とした家は、ベッドの他には獣の解体場と、依頼を受けるための簡素な机しかない。
その木の机に、ニタニタと笑う人影がある。頬杖をつく青年は、待っていましたと言わんばかりに大きく腕を上げた。
「ぃよーぅノクス! お疲れさん!」
「ラウル……仕事か?」
「話が早いねぇ。もーちょっと雑談してもよくない?」
そう言いながらも、ラウルは臙脂色のローブの袖から、四つ折りの小さな紙を早々と取り出す。
「田舎で薬売りしてるおじいさん。元軍事科学者で爆薬の開発者。軍が解体された後は腰に効く薬とか作ってたみたいだけど、実は違法薬物も作ってたんだってさ」
「腰に効く違法薬物か……」
「違う違う。腰に効くやつは合法。噂によるとめっちゃ効くらしいよ。オレも買っとこうかな~」
「腰が悪いのか?」
「将来のためだよ」
ノクスは真面目に会話をしながら紙を受け取り、広げて目を通す。名前、居所、ラウルが描いたうますぎる似顔絵を覚え、ラウルが勝手につけたろうそくにかざす。白い紙が端から黒くなり、一瞬にして灰になった。
「今夜行く」
「ヨロ~。そうだ、飯行かね? 朝から何も食ってなくてさー」
「これでよければ食べるか?」
ノクスは麻袋を机に置く。中身を覗いたラウルは、あからさまに嫌そうに赤い目を細める。
「丸のまま出すなよ……」
「今駆除してきた。新鮮さは保証する」
「さすがに焼くよな? 生じゃないよな??」
「この鮮度なら生でも食べられ……」
「焼きで」
獣の生肉は珍味なのだが、どうにもこの友人には理解されない。ノクスは少し寂しい気持ちになりながら、麻袋を解体場に運んだ。




