プロローグ - パンよりも必要なもの
「パンをめぐんでください」
地味な、しかし仕立てのいいシャツを着た男に、少年は両手をそろえて差し出す。ボサボサの髪も、布切れのような薄汚れた服も、木の枝のような手足も、それが少年の日常であることを物語っている。
男はただ少年をじっと見つめる。優しげに見える垂れ目は、よく見ると今日の空のようにどんよりと曇っている。
「パンをめぐんでください」
少年は同じ言葉を繰り返す。きっと男はパンをくれない……そう、心のどこかで思いながら。
「……パンが欲しいの?」
男が少年の前に膝をつく。ゴミ虫を見るような目で去っていくという、少年の予想は外れた。
「はい」
少年ははっきりと答える。次に待っているのはパンか硬貨か、もしくは拳か。
しかし、また予想が外れる。男は肩をすくめ、少年の前に両手を広げる。
「あいにくパンは持っていないんだ。ごめんね」
「そう、ですか。ありがとうございます」
少年はその場を去ろうとする。駄目ならすぐに次を探すのが、この世界で生きるコツだ。
しかし背を向ける前に男に呼び止められる。
「ああ、待って。パンはないけど……パンよりも必要なものならあげられるよ」
少年は大きく目を見開く。今日を生きるためのパンより必要なものなど、少年は知らない。
男は少年に手を差し伸べる。他の大人とは違う、哀れみでも嫌悪でもない笑みをたたえて。
「仕事をあげよう。私と一緒に、この国を……平和を守ってくれないかい?」




