第5話:薔薇の香りと、鉄の制裁
商人ギルバートを追い詰め、ローゼンバーグ家の資金繰りに関する有力な情報を手に入れた翌日のことだ。
俺――エレノアは、屋敷の庭園でお茶を飲んでいた。もちろん出されたのは、最高級の茶葉を使った熱々の紅茶だ。
華奢なドレスを着てカップに口を付ける俺の姿は、周囲の者から見ればただの可憐な令嬢に映るだろう。だが、中身は数多の修羅場をくぐり抜けてきた極道の若頭である。
「……エレノア様、庭園に不審な馬車が近づいております」
いつもおどおどしていた専属の侍女が、少しだけ毅然とした態度で報告に来た。
俺は小さく頷き、カップをソーサーに置く。
「不審者か。いいぜ、正面から通してやれ。俺が直々に挨拶をしてやるよ」
馬車から降り立ったのは、華美な装飾が施されたマントを羽織った青年だった。
名は、レイモンド。第二王子クロードの側近であり、王立魔法学園のエリートでもあるらしい。だが、歩き方や視線の配り方から、裏でコソコソと不正を行っている典型的な小物であることはすぐに分かった。
レイモンドは取り巻きの護衛を数人引き連れ、庭園のテーブルへと近づいてきた。
「君がローゼンバーグ家の落ちこぼれ令嬢、エレノアかい? 随分と横柄な態度をとっていると聞いたが、随分と可愛らしいお嬢さんだね」
彼は薔薇の花束を取り出し、芝居がかった仕草で俺の前に差し出した。
甘ったるい香水の匂いが鼻をつく。俺は眉をひそめ、その花束を払いのけもせずに、冷たい目でレイモンドを見据えた。
「その臭ぇ香水を振りまいて、何の用だ? 薔薇が泣いてるぜ」
「……なんだって?」
レイモンドの顔から笑みが消える。俺は背もたれに深く寄りかかり、足を組んでふてぶてしく笑って見せた。
「ギルバートの商会を使って我が家に圧力をかけたのは、お前たちの仕業だろうが。クロードとかいうガキの知恵か、それともお前が勝手にやったネズミの真似事か?」
「き、君……! 第二王子殿下に対するその無礼な口の利き方は何だ! 不敬罪で牢に繋がれてもおかしくないぞ!」
レイモンドが杖を振り上げ、護衛たちが一斉に剣の柄に手をかけた。
庭園の空気が一瞬で張り詰める。
だが、俺の表情は微動だにしなかった。
ヤクザ時代に銃口を向けられることなど日常茶飯事だった俺にとって、こんな小僧たちの殺気などそよ風にも満たない。
「不敬罪? 笑わせるな。人の弱みに付け込んで領民の飯の種を奪うようなチンピラに、礼儀なんて教わる筋合いはねぇんだよ」
俺は立ち上がり、ゆっくりとレイモンドとの間合いを詰めた。
「あんた、魔法が使えるからっていい気になってるみたいだが、喧嘩ってのはな、力だけの問題じゃねぇ。上に立つ者の器と、覚悟の問題だ。お前たちのような温室育ちの甘ちゃんが、我が家に手を出した代償は高くつくぞ」
「た、ただの令嬢が、僕たちに逆らえると……!」
「逆らう? 違うね。これは『制裁』だ」
俺は懐から、エレノアが普段護身用として持ち歩かされていた細身のナイフを取り出し、テーブルに突き立てた。刃には、騎士団長セドリックの紋章が刻まれた革のケースが添えられている。これを見せれば、アステリア騎士団がこの事態を黙って見過ごさないというサインになる。
レイモンドは目を見開き、青ざめた。
「あ、アステリア騎士団の紋章……なぜ、君がそれを……!」
「昨日、セドリック卿と直接話を通したよ。お前たちのやっている裏工作の証拠は、すでに騎士団と公爵の手に渡っている。これ以上余計な真似をすれば、お前の商会だけじゃなく、お前の家名ごとこの街から消し去るが……どうする?」
レイモンドは額から冷や汗を流し、取り巻きの護衛たちを見回したが、護衛たちもアステリア騎士団の介入を恐れて剣から手を離した。
「わ、分かったよ……! 手を引けばいいんだろう! 二度とローゼンバーグ家には干渉しない!」
「……最初からそうやって筋を通せばいいんだよ。失せろ」
俺が低い声で言い放つと、レイモンドたちは逃げるように庭園を去っていった。
(……ふん。小物の駆除は終了だ)
俺は再び席に座り、まだ冷めきっていない紅茶を飲み干した。
だが、事態はこれで終わるはずがない。より大きな脅威が裏で動いている予感がしていた。
その時だった。
庭園の入り口から、バタバタと足音が響く。
現れたのは、息を切らせた騎士団長セドリックだった。彼の灰色の瞳には、これまで見せたことのないような切迫した色が浮かんでいた。
「エレノア嬢! 無事か!」
「……セドリック? どうした、そんなに慌てて」
「第二王子が、自ら君の元へ向かっている。……直接、君を連れ去るつもりだ」
俺は立ち上がり、フッと不敵な笑みを浮かべた。
待ってましたとばかりに、エレノアとしての細い腕を鳴らす。
「……上等だ。王族のガキの喧嘩の売り方、俺が直々に教え直してやろうじゃないか」




