第3話:鉄の掟と、仁義の交渉
応接室に流れる重苦しい沈黙。
セドリックの灰色の瞳が、俺の細い身体から、座る姿勢、そして微細な視線の動きまでを鋭く観察している。
「……エレノア嬢。本当にそれが貴女の口から出る言葉か?」
「あ? 耳が遠いのか? もう一度言ってやろうか。俺はただ、筋の通らねぇことが嫌いなだけだ」
俺はテーブルの上に肘をつき、ふてぶてしく笑ってみせた。
令嬢の顔立ちに極道のふてぶてしさが混ざるその姿は、常人から見れば異様だろうが、セドリックは逆に興味深そうな表情を浮かべて、テーブルの向かい側の席に腰を下ろした。
「第二王子殿下は、君が王子との婚約を一方的に破棄されたショックで正気を失ったと仰せだった。しかし、どうやら全くの事実無根のようだな」
「クロードとかいうあのガキか? あいつは人の上に立つ器じゃねぇな。人の痛みが分からず、ただ権力を振りかざすだけ。俺たちの世界で言えば、ただの『チンピラ』だ。そんな奴に嫁ぐ筋合いはねぇ」
セドリックがわずかに目を丸くした。王族をチンピラ呼ばわりする令嬢など、この世界には存在しないからだろう。
彼はフッと小さく息を吐き、真剣な眼差しをこちらに向けた。
「……王族に対する侮辱罪に問われかねない発言だが、あいにくここには私と君しかいない。貴女のその強さ、どこで身につけた?」
「企業秘密ってやつだ。それより、お目付け役のあんた、俺をどうする気だ? 牢にでもぶち込むか?」
俺はあえて、彼を試すような言葉を投げかけた。
セドリックは腰の剣から手を離し、紅茶のカップを手に取った。
「私が報告する内容は一つだ。『エレノア嬢に異常なし』。むしろ、ローゼンバーグ公爵家に巣食う不正の芽を摘み取ったことについて、私は評価したいと考えている」
「ほう……話のわかる男じゃねぇか」
「だが、油断は禁物だ。第二王子殿下は、貴女が自分の意に沿わない態度をとったことを非常に不快に思っている。彼が次の手を打ってくる可能性は高い」
セドリックの低く落ち着いた声には、部下や国を守ろうとする強い意志が感じられた。俺はかつて所属していた組の幹部の顔を思い出し、どこか彼に親近感を覚える。
ヤクザも騎士も、組織を束ねるという点では同じだ。上に立つ者は、下の者に背中を見せなければならない。
「あんた、上に立つ者の責任ってやつをよく分かってるな。嫌いじゃねぇよ、その目」
「……光栄だ。ローゼンバーグ公爵家における貴女の権力を回復させるため、私も協力しよう」
このセドリックという男、ただ冷徹なだけではない。筋を通すという点において、俺と同質の匂いを持っていた。
* * *
会談を終えて数日後。
屋敷の広間へ、ローゼンバーグ公爵――エレノアの父親が呼び出された。
公爵は、これまでエレノアに対して冷淡だったが、今回は使用人たちの態度が一変したこと、そしてイザベラが俺の部屋に近づかなくなったことを耳にし、珍しく直接話がしたいと言ってきたのだ。
広い執務室に入ると、そこには豪華な椅子に座って書類を広げる公爵がいた。
「エレノア。最近、お前が屋敷の中で妙に威勢がいいと聞いた。一体どういうことだ?」
「何も難しい話じゃねぇよ。ただ、腐りきった組織の建て直しをしているだけだ。上に立つ者がしっかりしねぇと、下の者が勝手な真似をする。今のローゼンバーグ家は、看板が泣いてるぜ」
俺は公爵の目の前に立ち、一切目を逸らさずに言い放った。
公爵は眉をひそめ、冷たい声を出す。
「お前が何を言っているのか分からん。お前はただ、第二王子に嫁いでくれればそれでよかったのだ。これ以上、我が家の問題に口出しするな」
「親父、看板を守るのがトップの役目だろうが。お前がそれをしないなら、俺がこのエレノアの身体で、ローゼンバーグ家の『仁義』を通し直すまでだ」
その時、執務室のドアが再び大きな音を立てて開いた。
入ってきたのは、公爵の懐刀である執事長と、新たに雇われた怪しげな商人風の男だった。
「公爵様、大変です! 別の貴族派閥からの資金提供が滞り、我が家の財政が完全に破綻しかけております!」
その言葉を聞いた公爵の顔から、血の気がサッと引いていく。
どうやら、ローゼンバーグ家の裏側には、さらに大きな組織的な罠が仕組まれていたようだ。
俺はフッと笑みを浮かべ、二人を見据えた。
異世界の公爵家だろうと、ヤクザの若頭にとって、資金繰りのトラブルなど日常茶飯事だ。
「……おい、親父。金のトラブルなら、俺に任せな。綺麗にケリをつけてやるよ」




