第19話:風薫る庭園と、和解の盃
第二王子・クロードの失脚から数日。
王国の東部も、そして王都のローゼンバーグ家にも、すっかり穏やかな日常が戻っていた。
領民たちからの信頼を取り戻した公爵家は、今や第二王子派の圧力に怯えることもなくなり、活気を取り戻している。これまでエレノアを冷遇していた使用人たちも、彼女の強さと威厳を前にすっかり態度を改め、今では心から仕えてくれるようになった。
「……おい、花瓶のガーベラ、水は変えたか?」
庭園でお茶を飲みながら、俺――エレノアはいつもの侍女に声をかけた。侍女はビクッとしながらも、笑顔で深く頭を下げる。
「は、はい! エレノア様! 今朝、一番綺麗な水に取り替えました!」
「ああ、頼んだぜ。枯れたら看板が泣いてるからな」
その言葉に侍女は苦笑いを浮かべつつも、嬉しそうに立ち去っていく。
ドレスを着て紅茶を飲む姿も、今ではすっかり板についていた。
そこへ、セドリックが執務室の書類を抱えてやってきた。彼の灰色の瞳には、もう過去の焦燥感はなく、ただ私を見つめる優しい光だけが宿っている。
「エレノア、領地の復興支援に関する書類がまとまったよ。これで今年の税収も安定するだろう」
「親父もこれで少しは肩の荷が下りるだろうな。トップのくせにすぐ弱音を吐くからよ」
俺がふてぶてしく笑うと、セドリックも小さく笑い声を漏らした。
彼は私の隣に腰を下ろし、私の左手薬指にはめられたプラチナの指輪にそっと触れた。
「私個人の話だが……父上や一族の者たちも、君との結婚を正式に認めてくれたよ。ローゼンバーグ公爵も、アステリア家との繋がりを歓迎している」
「ほう、親父のやつ、ようやく話のわかる男になったじゃねぇか」
俺は長い銀髪をかき上げ、熱々の紅茶を一口飲んだ。
かつてヤクザの若頭として組の看板を背負っていた俺にとって、この異世界での公爵家の立て直しや結婚という展開は、どこか手打ちの席のようでありながら、それ以上に温かいものに感じられた。
その時、庭園の入り口から公爵――エレノアの父親が、少し申し訳なさそうな表情で歩み寄ってきた。
「エレノア……そしてセドリック卿。これまで、お前には冷たく当たってすまなかった。屋敷の立て直しから領地の資金繰りまで、すべてお前がやってくれたおかげだ。本当に感謝している」
親父がこんな風に頭を下げるなんて珍しい。俺は驚きつつも、エレノアの身体のままでふんぞり返るのをやめ、真っ直ぐに彼を見据えた。
「親父、看板を守るのがトップの役目だろうが。これからはしっかりしろよ。次はねぇからな」
「……ああ、肝に銘じておくよ」
公爵は苦笑いしながら頭を下げ、それから私たちに、和解の証として最高級のぶどう酒を差し入れてくれた。
俺はセドリックとグラスを合わせ、乾杯の代わりに小さく微笑んだ。
最強の騎士と、元極道の令嬢。この異世界で華麗に通した仁義は、多くの人々との和解という形に結実したのだ。




