第10話:倉庫街の対峙と、令嬢の仁義
馬車を降りると、そこは冷たい雨が降りしきる古びた倉庫街だった。
アステリア騎士団の兵士たちが周囲を包囲している中、俺――エレノアとセドリックは、残党が立てこもる大きな倉庫の鉄扉の前に立っていた。
「……エレノア嬢、やはり危険だ。私が先導する」
セドリックは銀の剣を抜き、俺を自分の背中側へと庇うように立った。
その堂々とした立ち振る舞いは、組の若い衆を守るために盾となった、かつての俺の姿に重なる。けれど、俺が後ろに隠れているだけなんて性に合わない。
「甘ったれんな、セドリック。俺はただの飾り人形じゃねぇよ」
俺はネイビーブルーのドレスの裾を邪魔にならないようにたくし上げ、細い足で鉄の扉を力任せに蹴り破った。
――ドォンッ!
大きな金属音が響き、扉が吹き飛ぶ。
薄暗い倉庫の中では、第二王子・クロードの側近であったレイモンドを含む数十人の私兵たちが待ち構えていた。彼らは驚愕の表情で、ドレス姿の華奢な少女を見つめた。
「な、なぜ君がここにいる! アステリア騎士団まで……!」
レイモンドが杖を振り上げようとした瞬間、俺は闪光のような速さで間合いを詰めていた。
公爵令嬢の華奢な身体であっても、裏社会で培った体捌きと重心移動は失われていない。懐からサッとナイフを取り出し、彼の喉元へ突きつける。
「……おい、レイモンド。組のモンにゃ、筋を通せって教えたはずだが?」
「ひっ……!」
レイモンドはあまりの気迫に、杖を取り落として床にへたり込んだ。
それを見た周囲の私兵たちも、青い瞳に宿る本物の殺気に圧倒されて武器を下ろす。
「ローゼンバーグ家の領地を干からびさせようとした代償、しっかり払ってもらうぜ。あんたら、人の弱みに付け込んでカツアゲした挙げ句、王族を盾に逃げようとした。俺たちの世界じゃ、そんな筋の通らねぇ真似をする奴は、この街から消し去るルールなんだよ」
その時、倉庫の奥からバタバタと足音が響き、クロード本人が現れた。
「や、やめろ! 君たち、あの女を捕まえろ!」
クロードは震える声で叫ぶが、誰も動かない。
セドリックが一歩前に出て、クロードに冷たい視線を向けた。
「殿下、もう終わりです。あなたの犯した不正の証拠はすべて集めました。これ以上抗えば、王族としての立場も失われます」
「そんな……僕が、どうしてこんな田舎貴族の娘に……!」
クロードは膝をつき、顔を覆った。
哀れなものだ。人の上に立つ器を持ち合わせていない奴が、ただ権力だけを笠に着た結果がこれだ。
俺はクロードを見下ろし、持っていたナイフを鞘に収めた。
そして、その場を支配するような、低く落ち着いた声で言い放つ。
「あんたはここで大人しくしてろ。お上の処分が下るまでな。それと、二度とローゼンバーグ家に手を出そうとするなよ。次にやらかした時は、その時はこの令嬢のドレスの血で染まるぜ」
クロードは完全に戦意を喪失し、床に突っ伏した。
倉庫街の薄暗い空間に、再び静寂が戻る。
俺が息を吐くと、セドリックがそっと俺の肩を抱き寄せた。火薬の匂いではなく、雨と彼の体温が混ざった落ち着く匂いがする。
「……見事だった、エレノア。君のその強さは、やはり本物だね」
「……言っただろうが。看板を守るのが、上に立つ者の仁義だってな」
二人の未来が、この暗闇の中で確かなものへと変わり始めていた。




