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あの果てしない空の下  作者: kai
第二章
9/14

9.陥落

『魔道騎士の話』


食事中のサフィアと仁理。

サフィア「そういえば、ヒトリはいつも“私は騎士ではありません”って言ってるけど、なんで?」

仁理「騎士になりたくないからですね。」

サ「騎士になるとなにか困ることがあるの?」

仁「んー、なんかお堅い印象ですし、高潔な精神もありませんし、そもそも私の専門は魔法なので。」

サ「前2つはそうだけれど......魔法を使う騎士もいるのよ?」

仁「魔法を使う騎士?騎士は剣で戦うものではないのですか?」

サ「ええ。確かに剣を使うのが一般的だけれど、魔法が専門だったり、どの武器でも使えたりする人も居るらしいの。魔法を使う騎士を“魔道騎士”と呼ぶこともあるらしいわ。」

仁「魔道騎士......」

サ「なってみる?」

仁「遠慮しておきます。」


後日、ベスタと戦い「コイツだ!」と思う仁理だった。

数日後。

「あの女が生きてたぁ!?」

夕食の席で、生姜焼きを頬張りながら言う瑞希。

「声でっか。」

「え、え!?魔法陣壊してリスポーン無効化したんですよね!?」

「んー、でも事実として復活してんだよなぁ。」

仁理に促され渋々トマトを食べるリル。

「そんな......でも、衛兵に捕まってるんですよね?」

「認識阻害がちゃんと無効化出来てりゃな。」

釈然としないまま次の肉を頬張る瑞希。

「......逆、とかないですかね。」

「というと?」

「魔法陣の方が認識阻害で、祝福がリスポーンとか。」

「ありそう。というか、魔法で認識阻害とかも有り得るんじゃね。」

「どうでしょう......専門家ではないのでそこまでは。」

その時、扉が勢いよく開き、白衣の女性が倒れ込む。

「だ、誰か......食べ物を......」

仁理と瑞希は困惑し、顔を見合せた。


#17『氷の剣士』


熱いままの生姜焼きを爆速で平らげる女性。

「ありがとう。ヒトリ君、ミズキ君。」

「そんないきなり食べたら腹壊しますよ。」

「その時はその時さ。」

女性は生姜焼きを食べ終え、食器を置く。

「私はエイミー・クロード。ハインツの姉に当たる。」

「よろしくお願いします。」

「よろしくです。」

「礼儀正しいね。感心感心。」

立ち上がるエイミー。

「お礼に、私の研究室に招待しよう。」

「遠慮しておきます。皿洗いがあるので。」

即答した仁理に驚くエイミー。

「興味無いのかい?てっきり魔法が好きなものだと思っていたのだが。」

「そもそも貴方の研究対象が魔法だとは聞いていませんよ。」

「あぁ、そうか。そりゃそうだ、私たちは今が初対面だったね。」

変なヤツだ、と2人は断定した。

「けれど、来てもらうよ。裏の森の中にある魔法陣を直さなければならないからね。」

「......おっと?」



「一つ、問おう。」

物々しい薬品棚が立ち並ぶ研究室。

その中を闊歩するエイミーと、後ろを歩く仁理。

「魔法を扱う上で、最も大切な要素は何だと思う?」

「出力。」

即答する仁理。

しかし、エイミーは否定する。

「違う、操作精度だ。」

回転するタイプの椅子に座るエイミー。掌の上で魔力を練るが、拳大ほどに圧縮したところで蒸散してしまう。

一方、仁理は余所見をしていた。すぐそばにある標本棚の中に、一際大きな魔力を放つ肉塊があるのだ。

「やってみてくれ。」

「......へ?何を?」

「魔力を練ってくれ。掌の上で。」

「あ、あぁ、はい。」

掌の上に出現する魔力の炎。

(アレ何なんだろう......?)

「ほう......」

天井に届くほどに膨張した魔力の波は、同程度の長さの糸状に集約された。

(動物の肉?にしては形が変だな。何かしらの臓器か?)

「素晴らしい......!これほどの精度を持つ者はベスタ・カース以外に見たことが無い......!!」

「そんなに?」

「あぁ!そんなに、だ!魔力操作の精度は出力や総生成量とは違って鍛えるほど強くなるような単純なものではないからねぇ!!」

筆舌の限りを尽くして褒められ良い気になる仁理。

「ま、まぁ......!暇さえあれば魔力操作の練習をしていましたし!食事中も便所中も練習してましたし!」

「ほう!凄まじい熱意!キミはもしかして......」

仁理の顔を覗き込むエイミー。

「......もしかして?」

「私の、同志なのかな?」

「同志??」

「あぁ!生涯を掛けて魔法を研究し!人々の生活をより良く」

「いえ。全然。」

「......人々の」

「いいえ。全く。」

フラスコに発生する泡の音が響く。

「......じゃあ、何が目的なんだい?そこまで操作を極めるのなら、何か目的があるのだろう?」

「目的......?んー......」

腕を組み考える仁理。

(取り敢えず強くなる、じゃあ意味無いよな......問題は強くなって何するかだもんなぁ。でも正直に戦いを楽しむためって言ったらキレられそうだ。)

何かエイミーを納得させられる答えが無いかと部屋を見回す。すると、白い綿毛のようなものが目に入る。

(......これだ!)

「サフィア様の盾となるため......ですかね。」

「何故?」

食い気味に訊くエイミー。

(しまった!そこまでは考えてない!)

「え、えぇっと......」

エイミーの視線が突き刺さる。

「助けていただいた恩があるから......」

「......やれやれ。」

椅子を回転させ背を向けるエイミー。

「全く、男というものは。」

(男女関係なくね?)

「あぁ、皆までは言わなくて良い。」

「え?」

「わかっているよ。サフィアは可愛いからね。」

(何もわかってねぇなこの人。)

仁理の視線が再び肉塊に戻る。

「気になるかい?」

「ええ。見たことのない物なので。」

「まぁ、死体に縁の無い無辜の市民には珍しいだろうね。」

肉塊を棚から取り、仁理に渡すエイミー。

「魔臓。ヒトの魔力の源泉だ。」

(つまり俺らで言うところの丹田か!どうりで見覚えが無い訳だ。そもそも魔力の性質が違うもんな。)

「魔臓......」

「これが気になるとはお目が高いね。」

丸い形の魔臓は、中央に穴が空いており、よく見ると血管以外に複雑な筋を張り巡らせている。

(神経......じゃないよな。魔力を伝える回路かな?)

「魔臓には練った魔力を送り出すための“魔門”と呼ばれる穴がある。」

「魔門?」

「あぁ。そして、魔力の総生成量はこの魔門の耐久性能で決まる。」

「成程。下痢でケツの穴が切れるみたいなものですかね。」

「あぁ。おおよそそういう認識で大丈夫だ。」

(なら、これを保護すれば......)

「これを包むなり広げるなりして保護すれば、総生成量はぐんと上がる。」

エイミーの瞳が仁理を見据える。

「魔力の糸なら、可能だとは思わないか。」



拘置所の衛兵を次々と斬り伏せていくアニア。

「『逆流する砂時計』。」

堂々と正面から出て行く。

「そして......悪魔の子。」

そこで、アニアの姿が消える。

「あれま、見失うてしもたわ。」

ハルの眼が僅かに開く。

その時、

「後は私に預けていただこうか。」

ハルの背後に現れた、空色の外套に長い白髪の男。

「キミ、誰や。」

男はハルの前に歩み出る。

「知る必要は無い。」

男の姿が消える。

「......けったいやね。」


白髪の男、もとい仁理は、森の中に居た。

「ちょっとクサかったかなぁ。」

空色の外套は本来黒の外套を氷属性の魔力で染めた物であり、白髪は貫通魔法を応用した無属性の魔力で染めた物である。

「まぁ、大丈夫だろ。ダークヒーローは得てしてクサいものだ。」

「あら、何が臭いのかしら?」

アニアの声。

奸計(かんけい)の匂いだ。」

「関係......?」

「貴様の目的を訊こうか。」

「簡単に教えるとでも?」

間。

刹那、ダガーナイフが宙を舞う。

「......へ?」

アニアの右腕が切り落とされていた。

(何が起きた!?何をされた!?)

「遅いな。改めて相対すれば大したことは無い。」

「......チッ。」

相手を格上だと断定し姿をくらまそうとするアニア。

しかし、能力は発動しなかった。

「何!?」

「それは封じた。闇属性魔法の類だろう?」

「な......ッ!?」

姿を消す技。その話をエイミーにすると、彼女に心当たりがあった。


「姿を消す技......そして蘇生。回数は?」

「何度でも出来るようでした。」

「ふむ......なら、蘇生ではないかもね。」

「というと?」

「闇属性の魔法、影分身だ。これなら、他の分身魔法とは違い、本体を隠したまま分身が戦闘出来る。」

「影分身......」


「お前の能力の絡繰は祝福でも魔法陣でもない。闇属性の魔法だ。影で分身を作り出し本体は影の中に潜む術式だろう?」

「何故、それを......!」

「生憎、」

目の前の仁理が氷像と化し崩壊する。

そして、アニアの背後に仁理が現れた。

「似た技を知っているのでな。」

「な......ッ!?」

両手を合わせ掌印を結ぶ仁理。

「四界氷結」

周囲が氷に覆われる。直後、アニアの姿が崩れ、本体が影から弾き出された。

「やるわね!」

ダガーナイフを抜き斬り掛かるアニア。仁理は、氷の剣で悠々と受け止める。

「仕組みを紐解けば単純な物だ。」

四界氷結。氷属性魔法の持つ大技の一つであり、本来なら複雑な魔力操作と長い詠唱を要する大掛かりな術式である。

その効果は、周囲の水分を冷却することで氷属性の対象範囲を拡張するというもの。しかし、副次効果が存在する。

「使いづらいだろう。魔力。」

高濃度の氷属性魔力で周囲を埋め尽くすため、氷属性以外の魔力の使用が困難になるのだ。

「前回は結界の真上に居たからか上手く行かなかったがな。」

「なんの!!」

焦って考え無しに斬り掛かろうとするアニア。

しかし、足元が凍結した。

「なに!?触れて無いのに!?」

「そこは“あら”だろ。」

氷の鎖がアニアの両腕に巻き付き、左右に引く。

「目的を話せ。」

喉元に剣を突き立てる仁理。

「言うわけないでしょう!」

「例の犬の獣人だろう?」

図星を突かれ、アニアは思わず口を噤む。

「誰の差し金だ?」

「独断よ。」

「獣人で何をしようとしていた?」

「......」

答えないアニアに、仁理はもう情報を引き出せないと判断した。

「終わりか。呆気のない。」

白い魔力が周囲を埋め尽くす。

「なに......これ......!?」

「ディ・アクティベイト」

氷が解除されアニアが解放される。

逃げ出そうとするが、魔力に気圧され足がもつれる。

「エクスプロード」

瞬間、魔力が一つの小さな塊と化す。

「オーバードライブ」


閃光が夜闇を裂く。

直後、地響きが轟いた。

「ふむ。物騒なものだね。」

「どうせ森なんだし良いでしょう。」

エイミーの背後に仁理が現れる。

「ダークヒーロー?とやらはもう良いのかい?」

仁理は既にいつもの恰好に戻っていた。

「安売りしないんでね。」

「ふぅン?」

石の台座に陣を描き終え、エイミーが振り向く。

「さて、仕上げだ。」

「らじゃ。」

2人で手をかざし、魔力を注ぎ込む。

直後、白い膜が周囲に広がって行った。

「これで当分は大丈夫だろう。」

「すみません、壊してしまって。」

「いや、じきに取り替えるつもりだったから大丈夫だよ。交換が少し早まっただけだ。」

結界が定着し、周囲が元の景色に戻る。

「そもそも、何用の結界なんです?」

「規格外の魔獣を弾くものだよ。例えば、土上竜みたいな。」

「へぇ。」

生返事をする仁理。

「さては、興味無いね?」

「さぁ、どうでしょうかね。」



翌朝。

朝露が頬を撫でる。

そして、仁理は細い指で自身の下腹部を撫でる。

「良かった。特に反動も無いか。」

「やぁやぁ!ヒトリ君!今日も壮健だねぇ!!」

両手を広げて近付いて来るエイミー。

そして、仁理の肩に腕を預けた。

「ふむ、特に反動も無さそうだ。」

「それさっき言いましたよ。」

「私は言っていなかった。」

「はぁ。」

「さ!朝食が出来ているそうだよ!今朝の献立は焼き魚だよ!」


箸で綺麗に骨を取り去る瑞希。

「危機的状況に陥った我々を颯爽と助けた蒼衣の剣士!言うなれば“氷の剣士”といったところか!」

エイミーはボロボロになった魚をスプーンで食べる。

「剣で戦うのくせにまさかあんなに高威力の貫通魔法が撃てるだなんて!私は感動したよ!!」

瑞希と同じく箸を使う仁理。だが、瑞希ほど綺麗には食べられておらず、骨の感触に眉を顰める。

「しかし正体を明かしてくれなかった!なんと残念な!彼の強さの秘訣を知りたかったのに!」

そして、骨ごと魚を食べるリル。

「リル、骨刺さるよ。」

「だいじょぶ!」

あ、と口の中を見せるリル。

仁理による朝晩の歯磨きによって、リルの口腔内は綺麗な状態を維持している。

「とにかく、アニアは討伐......」

その時、瑞希は魔力の気配を感じて窓の外を見る。

「どうした?」

「何か......」

部屋を出て外へと向かう瑞希。

他の3人も後を追う。


屋敷の正門より外、石畳の道を、鳥車がゆっくり走ってくる。

「アレは......?」

操縦するアンシーは、暗い顔をしている。

大きく息を吸う仁理。

「......おっと。」

鳥車が停まる。

アンシーは何も言わない。

中を覗く4人。


そこには、3つの屍があった。



#18『シルヴァ領中央都市・イガル』


砂時計を重ねがけすることで鳥車出発前に戻った仁理、瑞希、リル、エイミーの4人は、アニアの主目的がリルであることを鑑みて(主にエイミーが同行を嫌がって)、瑞希とエイミーを屋敷に残し、残りのメンバーと砂時計でハインツに同行していた。

(前の周回では、出発から7日程度しか経過していないのに3人の死体を載せた鳥車が帰って来た......つまり、アンシーに守られていながら、他の3人は爆速でやられた、ということになる。)

「ぷにぷに〜!」

仁理とリルは、氷で作ったスライムで遊んでいた。

「それ、どうやってるの?」

「水と氷の割合を半々ぐらいに調整するんです。」

「な、なるほど......?」

サフィアは手の中で氷を作ってみるが、固体にしかならない。

「お!見えて来たぞ!」

窓の外を見るハインツ。

皆も同じ方を見る。

仁理の目に映ったのは、大きな柱が中央にそびえ立つ広大な都市であった。



「あれ見て!」

サフィアが指さす先では、木製の枠に布を張った風車が回っている。

「風の魔鉱石を使った風車だな。」

とハインツ。

(エネルギー効率悪いんじゃね?と思ったが、ギヤを噛ませて路面からの衝撃を軽減するミニ四駆みたいに、風車を噛ませることで機器への負担を軽減するんだろうな。)

「あれで円時計を動かしているらしいぞ。」

「円時計?砂時計や日時計とは違うの?」

サフィアが訊くと、ハインツは指を振る。

「ふふふ、円時計は砂時計とは違って細かい時刻を見ることが出来て、日時計と違って曇りや雨の日でも時刻がわかる優れものなのだ!」

「へぇすごい!お母様って物知りなのね!」

「ふっふっふ、そうだろうそうだろう!」

(水晶振動子を使う技術はまだ無いんだろうなぁ。)


荷物を宿に預けた後、一同は宿の前でベスタと遭遇した。

「ようこそ!シルヴァ領中央都市イガルへ!!」

と、両腕を大きく広げてベスタが言う。

「えぇ......」

「いやぁこんなに早く再会出来るとは!これぞ運命の巡り合わせ!!」

(エイミーが嫌がるのもわかるなぁ......)

「しかし残念です!すぐにでも貴方と魔法について語り合い夜を明かしたい所ですが!生憎本日はこの後すぐ会食と直後に会談が用意されているのです!!......しかし、」

そして、ベスタは上体を傾けリルの顔を覗き込む。

「相応しく無い者が居ますねぇ。」

「ひっ......」

リルの背筋を悪寒が伝う。

やれやれ、と言わんばかりに仁理は溜め息をつく。

「まぁ、会食の場でリルは大人しく出来ないでしょうし、その間はいつも通り私が面倒を見ましょう。」

しかし、サフィアは心配そうな顔。

「でもヒトリ、なにが起きるかわからないし、離れるのは良くないわ。」

「おそらく何かしら異変があるのは確定でしょうし、我々が先回りして調査しておきますよ。」

「でも!」

そこで仁理は、砂時計をサフィアに渡す。

「俺に何かあれば、よろしくお願いしますね。」

(......ずるいよ。)

自信に満ちた仁理の顔に、サフィアは何も言い返せなくなった。

「本当に大丈夫なのか?」

ハインツが訊くと、仁理は迷わず頷く。

「ええ。領主の方々の居る場にリルを放り込んで主に恥をかかせる訳にはいきませんし、私もそういった場は苦手ですので。それに、アンシーさんも居るでしょう。」

「でも......私は前の時間で......」

「それはそれ、これはこれ。今回はきっと大丈夫ですよ。では。」

心配する皆を振り払うように、仁理はリルの手を握り行ってしまった。

「ヒトリ......」

「心配なのはわかる。けど、あの状態のヒトリを説得するのは無理だ。」

「......うん。」

サフィアを励ますハインツ。

「ところで、」

そこで、ベスタが割って入った。

「先程ヒトリ君が言及した“何かしらの異変”とは何なんです?」

ハインツは、仁理らが直面した『逆流する砂時計』を巡る事件について伝えた。

「ふむ。」

『万世の備忘録』を開くベスタ。

「砂時計の記憶にありますね。どうやら嘘はないようだ。」

「それ、すっごく便利ね。」

「ええ。てっきり消えた時間軸の記憶は覗けないと思っていたのでダメ元でしたが、出来事準拠ではなく記憶準拠だったとは。」

パタ、と本を閉じるベスタ。

「では、ヒトリ君を信じて我々は会食に向かいましょう!」

サフィアの心配をよそに、ベスタは楽しそうに一行を囃し立てるのだった。



仁理とリルは宿で動きやすさを重視した黒い戦闘服に着替えた後、街へ出ていた。

「リル。アニアの匂いは覚えてるか。」

「うん。覚えてるよ。」

「偉いな。その他異変にも、気付いたらすぐ言え。」

「わかた!」

「此処からは別行動。変なヤツを見付けたら極力戦闘は避け情報共有につとめること。」

「......?わかた!」

(わかってねぇなコイツ。)

「戦闘は避ける。合流する。OK?」

「おーけー......?おーけー!」

大きく跳躍し屋根の上を軽々と走っていくリル。

(昼間に黒服は失敗だったか......?)

などと考えながら、仁理はフードを被り路地裏へと入って行った。



「サフィア嬢!今日も麗しいですなぁ!」

「カビキラさん。先日はお世話になりました。」

「いえいえ!アレは紳士として当然の務め!目の前で泣く美女を放置する男など言語道断ですので!発破を掛けてやっただけですよ!!」

「ふふ。お優しいのね。」

「いやはや、照れますなぁ!!」

そんな会話もあり、他にはやれ領地がどうだの領民がどうだのという会話が続き、会食は滞りなく進んでいた。


一方の仁理、

(色んな路地を回ったが......あまり目立った異変は無いか。寧ろ、ゴミも捨てられていないしホームレスも居ない治安の良い街にしか見えんな。)

そして仁理は、中央広場に辿り着いた。

(あの時計台......おそらく街の中央だな。)

時刻はちょうど右を指している。

(太陽の位置的に3時じゃないよな。おそらく、円1周で24時間なのだろう。だとすると正午か。)

正午の鐘がなる。

すると、時計の前の足場に人が現れた。

その人はおそらく整えてられていない長い銀髪の少年である。顔面や重そうなワ装の袖から覗く腕には、呪印のような刺青がまばらに刻まれている。

(始まった、って感じがするな。)

明らさまな異変に身構える仁理。

「あれ、誰ですかね?」

仁理が隣の人に訊く。

「さぁ?」

隣の男性は肩をすくめてみせた。

「広場にお集まりの皆々様!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!!」

念の為『 』発動の準備をする仁理。

すると、少年は脇から何かを持ち上げた。

「おっと。」

「此方に御座るは獣人の少女!!」

少年が持ち上げたのは拘束されたリルだ。

すぐさま指を銃の形にして少年の方に向ける仁理。

「ぱん。」

少年の頭が砕け、広場にはどよめきが起こる。

氷の鎖を作ってリルを回収する仁理。

「大丈夫か。」

氷のナイフで拘束を解く。

「ごめんなさい......」

「謝罪は後。周囲の避難誘導を。」

「ひな......?」

「全員逃がせ。」

「わかた!」

その時、時計台の足場の縁に掛かる手が見える。

「みんなーー!!!にげてーーー!!!」

とんでもない声量でリルが叫ぶ。

リルに追い立てられ逃げ出す市民。その背後で、魔力を纏い白髪になる仁理。そしてその前に着地する少年。

「勘がいいね。相当場数を踏んでいると見える。」

「何モンだ。」

やや食い気味に言う仁理。

その様子に、少年は不気味に笑う。

「良いねぇ。嫌いじゃない。」

「俺はお前のこと嫌いだけどな。」

「あぁ、さっきの子は君の友達だもんね。そうかそうか。そうだよね。」

両手を広げる少年。呪印が僅かに光る。

「でもね、ボクらもあの子が欲しいんだ。分かってくれ。」

「話通じねぇな、お前。」

「へぇ。じゃあ、どうするの?」

場の緊張が高まる。

仁理が手を叩いた。

「四界氷結!」

周囲を氷と魔力が覆い尽くす。

「初手で大技!いいねぇ!(うま)いねぇ!!」

少年が振る拳をバックステップで難なく避ける仁理。拳は行き場を失い地面にめり込む。

瞬間、地面が隆起し棘が生える。

(土属性!)

氷壁で遮られて棘が砕ける。

直後、破片が仁理に襲いかかった。

即座に氷壁を展開し防御に成功する仁理。瞬間、少年が氷壁の目の前まで迫る。

(おそらく氷壁は土属性魔法の対象外!『四界氷結』の妨害効果と併せて完全に無力化出来る!)

少年の掌が氷壁に触れたその時、

「おっと......」

氷の棘が仁理の脇腹を貫いた。

「祝福か......!」

「正ッ解ッ!!」

即座に氷を解除し治癒をかける仁理。傷は即座に回復する。

掌に触れないように、何度か少年と打ち合う。

「キミ、やっぱり強いね。」

「治癒魔法か?それとも触れられないことか?」

「どっちも!」

大きく飛び退き地面に張られた氷を斧に変える少年。

斬られる直前で仁理は氷を解除し、少年の腹に棘を刺す。

「ぐうッ!!」

そして、仁理は少年の顔面に触れた。

「タッチ。」

少年の顔から呪印が消える。

「な、何を......!!」

直後、少年の姿が禿げた中年に変わる。

「そういう祝福でね。」

「クソがぁ......ッ!!」

もう一度仁理が触れると、中年は粉々になって風にさらわれた。

「戦い方が雑。素人も良いトコだ。速くもない強くもない、祝福頼りの怠惰な野郎だ。」

その時、

「キミも祝福頼りじゃないか。」

先程の少年と同じ声。

振り返ると、何人も同じ姿の少年が居る。

「お前の敗因は2つ。1つは、能力のタネを見せたこと。」

ダン、と地面にヒビが入る。

「もう1つは、俺に喧嘩を売ったことだ。」

両手を合わせる仁理。

「開放結界」

捻って掌印に変えた。

「『無影廻廊』」



領主達は会食を終え、会談を進めていた。

会談とはいっても内容は殆ど雑談で、全ての領主を集めて話すほどのものなのかは不明である。

しかし、領民との交流や仕事、勉強の話など、周囲の大人が優しく聞いてくれることもあって、サフィアは会話を楽しんでいた。

「そういえば、」

会話も絶え絶えになって来た頃、主催の女性領主、シンジエッタ・シルヴァがある話題を持ち出した。

「アリス・ヒトリについて、皆はどう思う?」

それまでまばらに話していた領主達が一気に静かになる。

そこで、カビキラが口を開いた。

「いけすかない男ですが、覚悟は感じますな。」

「ほう。どの辺りが“いけすかない”と?」

ワイングラスを揺らすカビキラ。

「心底が読めん上に得体が知れんのですよ。私の挑発に乗らず不要な戦闘を避けるかと思えば、ベスタ第三席との戦闘は楽しんでいるように見えました。それに、ベルモンドと戦った時とベスタ第三席と戦った時で全く実力が違う。」

「確かに、『風刃』で片手を負傷する程度の者が、数日後にベスタと戦って腕を斬り落とすなど通常なら有り得ない事態だろう。」

皆の視線がベスタに向かう。

「私は手加減などしておりません!!魔力切れを起こして三日三晩腹痛に悩まされるほど!全身全霊を賭して戦いましたよ!!」

ベスタが貫通魔法を使ったことについて、領主達は当時、全員が王都に滞在していたため承知の上である。

殆どの魔法使いには、貫通魔法は“魔力を全て使い切る技”だと認識されている。その実、貫通魔法の起こす効果は“出力上限の突破に際した魔門の焼き切れ”であり、全身に魔力が行き渡らなくなり力が入らなくなる魔力切れの効果はあくまで副次効果である。どのみち貫通魔法は最後に使う技であるが、魔力を全て使い切ると認識している前者の方は、貫通魔法を『全力の象徴』『奥義』という認識が強い。

しかし同時に、魔門の焼き切れ後に魔力の糸を使った仁理の存在が考察の足を引っ張る。実際は、魔力切れ後でも魔力を練ること自体は可能であるが、激痛を伴う上にすぐ蒸散する歪な魔力になるため推奨されないのだ。

ただ、問題は領主達に魔法使い、ひいては人体構造の有識者が少ないことである。

「全身全霊ぃ?本当ですかな?贔屓の者だから手加減したのでは?」

領主ガザム・カスクートが放ったその言葉に、シンジエッタが食ってかかる。

「手加減に何か問題が?」

「問題でしょう!」

ドン、と机を叩くガザム。

「現在の騎士団は人手不足!しかもアリス・ヒトリは誰がどう見ても席官級の逸材!逃した魚の大きさを自覚しておらんのですか!!」

はぁ、と溜め息をつくシンジエッタの発言を待たず、ベルモンドが口を開いた。

「騎士団の方でも理解してますよ。『四界氷結』を単独で使える数少ない魔法使いである上に、全ての技が詠唱無しと来た。俺との戦いや吸血鬼の撃退から推察されるような貫通魔法の応用に異常な拘りがあることを鑑みても、武人としてはベスタに並ぶ優秀な人材でしょう。」

「であれば!」

「しかし、彼の精神の根幹は騎士道には無い。騎士としては不適切な人材です。」

「......この際、騎士道などどうでも良いでしょう。人手不足の方が問題だ。」

「彼は、」

ベスタが割って入った。

「緊急時に周囲の市民を容赦なく巻き込める人間です。加えて、目的を果たすために手段を選ばない人間でもあります。そんな人間を、市街地での警護が主である騎士にする訳にはいかないでしょう。」

そうですか、と勢いを失い押し黙るガザム。

そこで、

「ヒトリは、優しい人です。」

それまで黙っていたサフィアが口を開いた。

「サフィア嬢。」

「右も左もわからない、見ず知らずの土地で、すごく不安なはずなのに、迷子の私を助けてくれました。」


白い手が組み合わさり枯れ木の形を成す。

仁理を中心に、周囲に夜闇が広がる。

「外殼を閉じない結界......こんなものがあるとは。」

「異世界産なもんでね。」


「ヒトリは、自分がどれだけ傷付いても、どれだけ苦しくても私を助けてくれました。実際、祝賀会の後、戦いの後遺症のせいで、領地に帰って2日間は寝込んでいました。」


1人を残して、全ての少年が液状化して死亡する。

「二度と魔法が使えない身体にしてあげよう。」

「嫌だね。死ぬより前に戦えなくなっちゃ困るんだ。」


「ヒトリは、周りの人を巻き込むことなんてしないと思います。」


「この際市民の被害はどうでも良い!街ごと消し飛ばしてやるよ!」

「やれるもんならやってみろよ!!アリス・ヒトリ!!」


「だから、騎士団に行ってほしくないけど、否定したいです。ヒトリは、私の......私だけの騎士様だから。」

一瞬、沈黙が流れる。

「素晴らしい!!」

ベスタの一言を皮切りに、拍手喝采が巻き起こる。

「感動いたしました!!その雄弁!勇姿!その覚悟!!まさしく絆!!そして信頼!!!」

「さすが、サフィア嬢だな。」

「先程の発言を撤回いたします!素晴らしい信頼関係!」

「まぁ!私にはわかってましたけれども!!」

止まない拍手に照れるサフィア。

大団円の中で、会談は終わりを迎えた。


「んー!長かった!」

「お疲れ、サフィア。」

「凄かったよサフィアちゃん!」

「流石、我が主人です。」

その時、サフィアは全速力で走って来るリルの姿に気付いた。

「リル。どうしたの?」

「サフィア!ヒトリが!」

「ヒトリがどうしたの?」

「待て、時計台が......!」

ハインツが指さす先、本来なら街のどこからでも目に付くほど高い時計台があるはずの場所に、該当の建物が存在しない。

「嘘......!」

「あっち!!」

そちらに向けて走り出すリル。

そして、それを追いかける一同。


中央広場があるはずの場所よりかなり手前から、建物が途絶え地面は石畳から荒野のような更地に変わっている。

「何......あれ......」

遮蔽物が無いため中央が見える。しかし、逸る気持ちを抑えられず、サフィアは歩き始めた。

「戻れ、サフィア。」

「サフィア様!」

皆の制止を振りほどくように走り出すサフィアは、更地の中央に立つ十字架を見る。

「何が......?」

正面からは何も見えない。

身体を傾けて後ろを覗くと、白い水溜まりが大量に出来ている。

不安が早鐘を打つ。いつの間にか、他の者も後に着いてきている。

「......み、見るの......?」

とアンシー。そしてハインツは、

「......やり直す前に、見た方が良い。」

恐る恐る、十字架の後ろに回る一同。

一同が目の当たりにしたのは、磔にされ下半身を捻じ切られ、骨が歪み目をくり抜かれ、身体中の穴という穴から血を吹き出している仁理の姿だった。

「嘘......っぷ」

口元を押さえるサフィア。

「っぐ、おぇ」

耐えきれず嘔吐する。

周囲の者も、絶句したまま、サフィアを気にする余裕は無いようだ。

数秒ほど、沈黙が流れたその時、

「.........サ......」

仁理が口を開いた。

「......ヒトリ?」

込み上がる物を呑み込み、サフィアの顔が苦痛に歪む。

「.........た.........スれ.........」

サフィアの唇が震える。

皆が砂時計に手を掛けた。

「......わかった。絶対に助けるから。」



砂が、落ち始めた。

『犬と猫の話』


クロード領に帰還した次の日。

仕事がひと段落し、自室で紅茶を楽しむユフィ。

そこで、扉が勢いよく開いた。

リル「ネコ女!勝負しろ!!」

ユフィ「騒がしいですよワンちゃん。大体、何で勝負するんですか。」

リ「リルのほうが頭がいいことをヒトリにしょーめいする!そのために騎碁(きご)(※)で勝負する!」

ユ「はぁ......まぁ、良いですよ。」

数分後。

リ「なんで!?なんで勝てない!?」

ユ「よくこの短時間で5敗も出来ますね。」

リ「おかしい!ずるした!ヒトリに言いつける!!」

部屋を勢いよく出て行くリル。

ユ「ヒトリ様はまだ寝ていますが......」


※騎碁:チェスの異世界版で、白軍VS黒軍のボードゲーム。駒ごとに動きが決まっており、相手の王を取れば勝ち。チェスとは違い魔法使いや獣人の駒がある。

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