6.この果てしない道の先
「王都直属騎士団副団長、アンシー・ヴィオルテ殿。」
アンシーが礼をする。
「同・第三席、ベスタ・カース殿。」
ベスタが礼をする。
「クロード領近衛騎士、ヒトリ・アリス殿。」
「いえいえ国王様、“アリス・ヒトリ”ですよ。ワモン式です。」
目敏く指摘するベスタを仁理が小突く。
「おぉ、それはすまない。訂正して、アリス・ヒトリ殿。」
仁理が礼をする。
「貴殿らの土上竜討伐、並びに魔道具の回収における活躍は見事なものであった。よって、国王フリューゲル・E・ネレシアより勲章を授与する。」
授与式を終え、立食会に招かれた仁理は、ベスタに案内されて会場前まで来ていた。
「そういえば、ベスタさん。」
「はい。」
「“〜殿”って目下の人への敬称ですよね。」
「ええ。そうですよ。」
「ベスタさんはアンシーさんやベルモンドさんを“アンシー殿”“ベルモンド殿”と呼びますよね。」
「ええ。そうですよ。」
「......そうですか。」
当然、と言わんばかりの顔をするベスタ。
「死骸の件、残念でしたね。」
「全くです!討伐直後に蒸発して消えるだなんて!」
土上竜討伐後、ベスタらが到着する前に土上竜の死骸が消えてしまっていたのだ。
死骸を解剖したいと思っていたベスタは残念がった。『千里の拡大鏡』を覗きながら地団駄までした。しかし、魔道具があると聞いて喜んだ。しかし仁理により無力化されまた地団駄を踏んだ。
「『万世の備忘録』が無ければ発狂するところでした!いやあ良かった良かった!」
「それ非生物も対象に取れるのインチキ過ぎません?」
「貴方がそれ言います?」
「何も言い返せませんねぇ......」
そして、会場の前に到着した2人。
扉の向こうでは、会場の賑やかさが伝わって来る。
「本当に普段着で良かったのですか?」
「貴方も普段着でしょう。」
「これは誉れ高き騎士団の制服ですから!」
「思ってないでしょう。改造してますし。」
「その指摘は無粋というものですよ。ささ!入りましょう!!」
#11『月の光の届く場所』
(そういえば、まだ一週間ちょいしか経ってないのか。)
「ヒトリ様!肉食べよ!」
「はいはい、後でね。」
(怒涛の数日間だったな。騎士団の1番から3番までと戦って、吸血鬼と戦って、土上竜と戦って。)
「ヒトリ君!凄かったね!!」
「痛いですよアンシーさん......」
「あ!ごめんごめん!ささ、あっちだよ!」
「ありがとうございます。」
(あれ?戦ってばっかだな......というか、主人公ムーブかましてね!?当初の目的見失ってね!?んまぁ、楽しかったから良いけどさ......)
「ヒトリ様、あちらです。」
「ありがとうございます、ユフィさん。」
(何より、俺は戦いが好きだ。それに、仲間も好きだ。慕ってくれるリルに、騎士団で上手く立ち回ってくれたアンシーさん、修行をつけてくれたユフィさん、そして何より......)
「サフィア様。」
(サフィア。この世界で初めて俺を助けてくれた人。そして、これからも俺を助けてくれる人。)
「もう!なんで普段着なの!?」
「詰襟は苦手で......」
ポカポカと仁理の胸元を叩くサフィア。
いつものワ装で来た仁理に対し、サフィアは青の装飾が入った白いドレスを着ている。
「サフィア様はやはり白ですね。」
「それ褒めてる?」
「ええ、褒めてますよ。」
一歩下がるサフィア。
ドレスを少し持ち上げて見せる。
「......どう?」
仁理はいつも通り、控えめに笑う。
「ふふ、可愛いですよ。」
「んぅ......」
「あ、照れてるぅ〜!」
「......照れるよ、そりゃ......」
(......おっと?)
その時、ピアノの音が聞こえてくる。
「お!折角だし、踊りましょうか。」
「でも、練習してないわ。」
「こんなの出鱈目で良いんですよ。死にはしませんから。」
サフィアの手を引いて少し開けた場所に出る。
仁理はうろ覚えの、社交ダンスのポジションを取り、何となく微かに思い出せるステップを踏んでいく。
「踊れるんだ......どこかで踊ったことある?」
「うろ覚えの出鱈目ですよ。ある訳ないじゃないですか。」
嘘である。しかし、そんな野暮なことを一々考えないのが有巣仁理である。
少し余裕が出て来たのか、サフィアの顔から緊張が消える。
「色んなことがありましたね。」
「ええ。ゆっくり観光する時間も無かったわ。」
仁理のサポートでサフィアが回る。
「結局、治癒魔法は成功せずでした。」
「これからで良いじゃない。時間ならいっぱいあるんだもの。」
「ふふ、そうですね。」
優しく微笑むその瞳を、サフィアはどこか物憂げに感じた。
「前の世界に、戻りたいと思う?ほらお父さんとかお母さんとか。」
少し考えた後、仁理は首を横に振った。
「んー、少しだけ。」
「......そっか。」
手を握り直すサフィア。
「......恋人が居ました。」
「......そう。」
「酷いことを言いますが、別に、俺が好きで付き合った訳じゃありませんでした。親を失い弟を失い、頼る友もおらず金もなく途方に暮れていた所を拾われたんです。」
サフィアは何も言わない。
「......当初は正直、お金目当てでした。」
「嘘。」
そう指摘され、仁理は面食らう。
「嘘って顔してる。本当は?」
少し考えた後、深く息を吐く。
「......寂しそうに見えたんです。元気そうに喋るのに、何故でしょうね。」
サフィアの足が止まる。
「......サフィア様?」
「探そう。帰る方法。」
意を決して言うサフィア。
しかし、仁理は首を横に振った。
「戻らなくて良いの?」
少し、返答に間が空く。
「今のところは。」
「......そっか。」
沈黙する2人。
「少し、夜風を浴びてきます。」
見慣れたアスファルト。
思ったよりも暗い街灯。
(そんなに時間は経ってないんだろうなぁ。)
見慣れた住宅が目に入る。
しかし、
「アキトくん!おかえり!」
「ただいま、双葉。」
宮本双葉は、知らない男と一緒に居た。
どうしても確かめたくて、『 』で自身に認識阻害を掛け、壁をすり抜けて家に忍び込む。
写真は全て双葉と“アキト”のもの。仁理の存在を感じさせる物は一つも無い。
仁理が用意したソファも、交際初日にウキウキで買ったタンブラーも、ベッドも、冷蔵庫も、そして双葉のカチューシャも全て違う。
カレンダーを見るに、失踪からたった一週間程度しか経過していないのにも関わらず、仁理を捜索した気配すら無い。
仁理は、最初から居なかったことになっていた。
「どうでしたか。」
「......ベスタか。」
星空を見上げ、仁理は手すりに身体を預ける。
仁理は、何も言わなかった。
「世界を移動出来るなんて、とんでもない祝福ですねぇ。」
「......いつもみたいに“素晴らしい”って言えよ。」
「今の貴方の顔を見て言える筈が無いでしょう。」
「意外と、情はあるんだな。」
その時、サフィアが出て来た。
「ヒトリ。」
サフィアは、仁理の背中をさする。
「大丈夫?」
俯く仁理。
「まぁ、そんなもんですね。」
ベスタが静かに“備忘録”を閉じた。
そして、何も言わずに室内へ戻る。
「今更、悲しくなんてならないと思っていました。」
サフィアは手を下ろし、俯く。
「俺は、俺の痕跡を消す気で戻ったんです。」
雲が月明かりを隠す。
「......必要、ありませんでした。」
サフィアはただそっと、仁理の肩を抱き寄せた。
「ヒトリ様......」
リルは心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫?」
アンシーも、心配そうな顔をする。
ユフィは何も言わずそっぽを向く。
「ありがとうございます。」
仁理はそっと、皆を順に抱き締めた。
「大丈夫。私は大丈夫です。」
ただじっと、涙を飲み込んで。
「......サフィア様。」
「......なに?」
「もう一度、俺と踊ってくれませんか。」
「ええ。もちろん。」
「すみません、憂さ晴らしに付き合わせてしまって。」
「ううん。むしろ私の方が謝らなくちゃいけないわ。」
「......何故か聞いても?」
サフィアは、少し目を伏せる。
「私ね、ヒトリが戻って来たとき、すごく嬉しかったの。突然パーティを抜け出して、もしかするとこのまま向こうの世界に行って、もう戻って来ないんじゃないかって思ってたから。」
ドレスが揺れて鮮やかに光る。
「なにも、お祝いパーティの途中で行くことないじゃないって、でもヒトリがそうしたいなら止められないから、どうしようもなくて。」
微笑むサフィア。
「でもこっちに戻って来た。向こうに居場所が無くなって、帰る理由が無くなったから。」
そして、サフィアの頬を涙が伝う。
「最低よね。貴方はこんなに苦しいのに。私はそれを喜んじゃった。」
サフィアの足が止まる。
「ごめんなさい。」
「サフィア様......」
仁理の目線が僅かに泳ぐ。
「気にしないでください。私はそもそも此方に残る気でいましたし。それに、身近な人が居なくなるのを嫌がるのは自然なことです。」
仁理の肩を掴み、身を寄せるサフィア。
そっと、仁理は抱き締めた。
「ヒトリ。」
「......はい。」
「私は、ヒトリのこと、忘れないからね。」
「嬉しいです。」
翌朝。
「ぐえぇ......頭が痛いのじゃ......」
「のじゃ?」
仁理は、二日酔いに苦しんでいた。
「ちくしょう!めっちゃいい雰囲気だったのに!!めっちゃ物語の締めみたいな感じ出てたのに!!」
「ふふ、締まらないですね。」
ユフィが手際良くジャージを畳む中、仁理は眠気をなんとか振り払ってワ装に着替える。
「酒なんて二度と呑まねぇからぁ!!」
「みんな言いますよね。それで禁酒出来た人なんて見たことも聞いたこともありませんが。」
「うるせぇやい!」
「もう!朝イチから騒がしいんだから。」
サフィアが扉を開けて入って来る。
「うわぁヒトリ酷い顔。」
「え?もの凄い悪口言われました?」
「まぁ、男としては酷い顔ですね。」
「ユフィさん!?それどういう意味です!?」
やけにテンションの高い仁理を見て、サフィアが笑う。
「ヒトリ、明るくなったね。」
「......はい、そうですね。」
「あぁ!照れてる!」
「ぐっ......!これ結構効くな......!?」
「あはは!じゃあ、先に外へ出てるから。」
一足先に部屋を出るサフィア。
「では、我々も荷物を纏めて行きましょうか。」
「はーい。」
その直後、仁理、ユフィ、アンシーは山積みの荷物を抱え、サフィアに連れ回されていた。
「なんっっで王都出る当日に有り得ない量の爆買いをするんですか!?」
「だって、みんなで色々見て回りたいじゃない?」
「回答になってない......!」
一方、リルも色んな物を欲しがって仁理の袖を引っ張る。
「ヒトリ様!リルあれ欲しい!」
「それサフィア様に言って......」
その時、通りの向こうからベスタが歩いてくる。
「おやおや!これはこれは奇遇ですねぇサフィア嬢!」
「ベスタさん!」
「そういえば今日でしたねぇ。いやはや、もっとゆっくりして行かれてもよろしいのでは?」
「お母様が寂しがるから。早く帰ろうかなって。」
「お母様思いなんですねぇ!素晴らしい!」
そして、ベスタは仁理の顔を覗き込む。
「主の我儘に付き合わされて大変でしょう?」
「まぁ、可愛いもんですよ。」
「ハッハ!なんとお優しい!では!私は業務に戻ります!皆様!またの機会にお会いしましょう!!」
「お元気で!」
手を振るサフィア。
「調子の良いもんだな......」
王都を出る鳥車に乗り込む一同。
「あれ、アンシーさんも来るの?」
「うん!ヒトリ君と一緒にいたいからねぇ!」
「寄るな寄るな暑苦しい。」
「えぇーん!冷たい!」
「やっぱり、自分の鳥車を買った方が良いのかな。」
そう呟くサフィア。
対して、
「どうでしょう。絆鶏のお世話も大変ですし、借り物で良いのでは?」
と言うユフィ。
「帰ったらお母様に聞いてみようかしら。」
「そうですね。」
その会話を聞いて、仁理の脳裏を疑問符が駆け抜ける。
「ん?お母様?」
「ええ。ハインツお母様よ?」
ハインツ・フォー・クロード。クロード領領主で、曰くサフィアの義母であるらしい人物。
「てっきり、男性の方かと思っていました。」
「男性っぽい名前ですから、そう思うのも仕方ないでしょう。」
「お母様はすごく可愛いのよ!」
「可愛い......?」
おおよそ親に使う形容詞ではない。しかし、発言者はサフィアだ、と仁理はバッサリ思考を切った。
「それは楽しみですね。」
「......好きになっちゃダメよ?」
「そんな人を面食いみたいに......」
「それにしても、何も無いですね。」
窓の外を見る仁理。
「土上竜が地形を丸ごと壊してしまったらしいですからね。」
仁理には、ユフィの目が遥か遠くを見ているように映った。
「何か、あったんですか?」
「......いえ、何も。」
心中を隠すように俯くユフィ。
一方、2人でこれでもかとリルを撫で回すサフィアとアンシーだった。
「でっかぁああい!!」
リルが窓の外を見て叫ぶ。
「声でっか。」
リルが指さす先の平原には、巨大なクレーターがある。
「あれは......ヒトリ様が開けた穴ですね。」
「なんか恥ずかしいですね。粗相の跡を見られている気分です。」
と真顔で言う仁理。
「もう少し粗相を恥ずかしがった方がいいんじゃないかな......?」
「ユフィさん。」
「はい。」
「撫でて良いですか。」
「駄目です。」
沈黙する両者。
「ちょっとだけ。」
「駄目です。」
また沈黙する両者。
「おねがぁい♡」
「張っ倒しますよ。」
「すみません......」
不意に、仁理は屋敷の人員構成が気になった。
「そういえば、屋敷にはどんな人がいるんです?」
「えーっと、今お屋敷にいるのはお母様とメイドさんかな。」
「メイド......」
メイドは、語源を「未婚の女性」を表す英語の「maiden」に持つ、「使用人」に近いものを示す語である。
(外来語......みんな使わないから俺も使わないようにしていたが......杞憂だったか?)
「メイドさんはどのくらい居るんですか?」
「1人よ。」
「へー1人......えっ、1人?」
「ええ。」
「他は?執事さんとか、護衛とか。」
「いないわ。」
「Oh......よく回りますね、家事。」
「優秀だから!それに、いつもはユフィもいるもの。」
(そうか、ユフィさんも使用人なのか。)
「あ、でもリルとアンシーさんが加わると大変かも。」
「なら、私も手伝いますよ。掃除くらいなら出来ますし、手持ち無沙汰になりますから。」
「ふふ、頼もしいわ!ありがとう。」
“頼もしい”という言葉で屋敷の広さを察し、腹を括る仁理であった。
「よしよぉし。ユフィはいい子ねぇ。」
ユフィを撫でるサフィア。
「さ、サフィアさま......」
「うんうん!可愛いねぇ!」
ユフィの喉がゴロゴロと鳴る。
「ずるい!ズルいぞちくしょう!」
「へっ!」
「笑った!今ユフィさんが俺のこと嘲笑したぁ!」
「もう、しょうがないでしょ。ユフィは気まぐれなのよ。」
「仕方ねぇ、リルで我慢するか......」
仕方なくリルを撫でる仁理。
「んぅ〜♡」
「あら〜可愛い〜♡」
「お姉さんも撫でようかな!」
「アンシーへたくそだから嫌!!」
「えぇんなぁんでよぉ!!」
手持ち無沙汰になり、ふと御者の背中を見る仁理。
筋肉質で広いその背中は、いかに御者が力仕事を続けているかを示している。
(そうか、絆鶏は大型の鳥類だし、躾も力仕事になるのか。)
仁理は、御者が失踪した晩の餌やりを思い出していた。
(そういえば、失踪の理由が不明だな。)
皆の記憶から存在が消え、世界から居なかったことになる事案に、心当たりがあった。
(......まさか。そんな。)
「着きましたよ、ヒトリ様。」
「あ、はーい!」
#12『空の果てより遠い場所で』
(馬鹿みたいにデカい門!馬鹿みたいに広い庭!)
「おぉ!!」
興奮して走り出すリル。
「いきなり走ると危ないよー!」
(そして......!威厳のある......!)
屋敷へと真っ直ぐ繋がる石畳の上で、2人の女性が待っている。
(威厳のある......?)
華奢で小柄な身体の、可愛い系の美人。
「お母様!ただいま!」
そして、ちょっとそこらを散歩する時に着るようなラフな格好。
「おう!おかえり、サフィア!」
(こ、この人が......?)
「えーとそれで......ヒトリ君はどの子?」
「あ、私です。」
「おぉ!君がヒトリ君!」
仁理の手が握られる。
(手が小さい......!)
「オレはハインツ・フォー・クロード!義理だけどサフィアの母親をやってます!よろしくな!」
(オレ......?)
「え、えっと、わ、私は、有巣仁理です。」
「そう緊張するなって!な!」
背中を叩くハインツ。
「ええ、緊張しすぎですよ。もっと肩の力抜いて。」
「そうは言われても......」
発言したメイドに視線を向ける仁理。
(メイド服似合うなぁ......!というか細ッ!?俺より細いんじゃないか!?)
華奢な四肢と綺麗に手入れされた長い黒髪。端正な顔立ちは髪で片目が隠されて目立たないが見事なものである。おまけに泣き黒子もある。
(......ん?なんか見覚えが......)
目が合う2人。
「あ。」
「え?」
そのメイドは他でもない、前の世界で親の顔より見たあの顔をしていた。
「いや無堂じゃねぇか!!」
「あ、ああ有巣さん!?なんで此処に!?」
#12『再会』
一章リザルト
人員変動
・死亡:アスモデウス(悪魔)
・加入:有巣仁理、リル、アンシー・ヴィオルテ
戦闘
・有巣仁理の勝率:70%(勝7、分2、負1)(ダメージ量、もしくは決闘のルールに準拠)
・最大与ダメージ:有巣仁理
・最大被ダメージ:「少女と鯨」(土上竜)
・最大破壊半径:有巣仁理
・キル数最多:アンノウン・アンダー・アンジェラレジアン
・回復量最多:ベスタ・カース




