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あの果てしない空の下  作者: kai
第一章
5/14

5.竜と鯨とそれから私

ベスタとの決着の翌朝。

魔力もある程度回復し動けるようになったため、仁理は皆の元へと戻っていた。

「サフィア様。」

「えっと......とりあえず!勝てて良かったわ!」

仁理が咎めているのは魔鉱石の件だ。

「誤魔化さないでください。」

ベッドでリルが寝返りをうつ。

「まぁ、過ぎたことですしこれ以上は咎めませんが。」

「次からはしません......」

「......次なんて無ければ良いのですが。」

その時、突然扉が開く。

「お邪魔しますよ!」

元気よく入室したのはベスタだ。

「邪魔するなら帰ってください。」

「人付き合いとは得てして厄介なものですよヒトリ君!ささ、座って座って!!」

勝手に椅子を用意し勝手に紅茶を淹れるベスタ。

「図々しいなこいつ。」

「全くですね。」

とユフィ。

「ささ!積もる話をしましょうヒトリ君!問題は平積みですよ!!」

「“山積み”では......?」


#9『王都直属騎士団』


「それで、ベスタさんは何をしに来たんです?」

「良いですかヒトリ君!常に結論を急ぐ必要はありません!積もる話をしましょうと言ったでしょう!」

「ということは、主題はあるんですね。」

「ええ!察しが良くて助かります!ですがその前に、私の話を聞いてはいただけませんか!」

「どうぞ。」

サフィアとユフィが顔を見合わせる。

「それでは、昨日の決闘の話をしましょうか。」

先程までとは一転し、落ち着いた雰囲気を纏うベスタ。

「あの決闘の目的は、ヒトリ君を騎士団に引き込むことでした。そしてこれは王室からの勅命です。」

「なんでヒトリ?」

「強いからですよサフィア嬢。もっと言えば、現在の騎士団が弱いから、突然現れた得体の知れない者だとしても、力ずくで引き込もうとしたのです。」

リルが勢いよく紅茶を啜ってむせたため、仁理がタオルで顔を拭く。

「なんで騎士団が弱いの?」

「流石はサフィア嬢、良い質問ですね。」

ベスタからクッキーを受け取ったリルは、迷わず大口で頬張る。

「直接的な原因は5年前、土上竜の討伐作戦まで遡ります。」

「土上竜......」

確認するように仁理が呟く。

「はい。皆様が目撃した、あの土上竜です。その討伐作戦の際、我々騎士団は席官を6人失いました。」

「6人!?」

アンシーが思わず身を乗り出す。

「落ち着いてくださいアンシー殿。」

「は、はい......」

「当時私は騎士団長、副団長は現在の第五席でした。しかし、第三席から第八席までが土上竜に敗れ帰らぬ人となった。」

「じゃあ、アンシーさんとベルモンドさんはその後に入団したの?」

サフィアの質問を首肯するベスタ。

「ええ。アンシー殿は現在から2年前、ベルモンド殿は1年前でしたか。第四席のシグルズ殿もベルモンド殿と同時期の筈です。」

ふと、ユフィが口を開く。

「何故、後発のベルモンド殿が団長に?」

「これが厄介でしてね。席官の序列は強さのみで決まるのです。そのせいで、やる気のないベルモンド殿と騎士団の過去すら知らないアンシー殿が最高幹部となってしまっています。」

全員の視線がアンシーに集まる。

「あっ......ハイ......」

「そこで王室は!ちゃんと敬語が使えて!かつベルモンド殿に攻撃を当てられるほどの実力を持つヒトリ君に目を付けた!!」

「へぇ。」

仁理に撫でられリルが嬉しそうな声を出す。

「ふむ、やはり興味なさそうですね。」

「まぁ、はい。」

「実際、私もヒトリ君を騎士団に勧誘したいのは山々なのですよ!突然異世界から転移して来たのに!すぐさまこの世界に順応しものの数日で魔法を使いこなせるようになるなんて素晴らしい逸材ですから!」

「異世界!?」

「いせっ......?」

今度は全員の視線が一斉に仁理へと集まった。

「おや、まだ話していなかったんですか?」

「お前わざとだろ......」

「はて、なんの事やら。」


「騎士団の話はそんなものです。話を変えましょう。」

周囲を置き去りにし『万世の備忘録』を開くベスタ。

「して、ヒトリさんは前の世界で魔法を使っていましたね?」

(そうか、コイツ......)

「まぁ、大まかに言えば、はい。」

「その“大まかに言えば”の部分は置いておくとして、前の世界と今の世界では魔法の技術体系はおろか魔力の性質すら違いますから、習得が速いことに何ら説得力は無い訳ですよ。」

モノクルの位置を直す。

「しかし貫通魔法の構造式は同じ。そこで、貴方は貫通魔法を撃つ感覚から逆算して魔力操作を極めた......という憶測ですが、合っていますか?」

「ええ。正しいですよ。」

「事実として、貴方の成長速度は群を抜いて速い。祝福によって所々記載漏れがあるのを鑑みても不自然なんですよ。」

昨日の決闘で、仁理は氷魔法をふんだんに使って戦闘していた。氷の斧とモーニングスターを作ったり、氷で結界を生成したり、空気を凍結させたりと、およそ魔力操作を覚えて数日の素人がする戦い方ではない。

「そこで、私は貴方が悪魔ではないか、と疑っている訳です。」

「いや、人間です。」

即答する仁理。

(アレ(アスモデウス)と同族扱いはされたくないなぁ......)

「では、貫通魔法の起源も知らないのですか?」

「貫通魔法の起源は天使です。大元は悪魔を殺すために開発された火力特化の神聖魔法で、それを使いやすいよう人間が微調整しただけの代物の筈ですよ。」

「......ほう?」

一言一句の違いも無く、仁理が実際に天界へ渡って掴んだ事実である。

しかし、

「では、“天使”とは何です?」

(しまったあああ!!!!!)

この世界に“天使”の概念は無かった。

「えぇ?神様の使い、的な?」

そもそも“天使”とは人が勝手に付けた定義の名前である。故に、実物を考慮された設定は存在しない。

そこで、『万世の備忘録』を再度捲るベスタ。

すると、目の色が変わる。

「本当にありますね。天の使いと書いて“天使(テンシ)”の記述が。」

ホッと胸を撫で下ろす仁理。

「ま、なら冤罪ですね。この件は気にしないでください。」

と本を閉じるベスタ。

しかし、部屋を出ようと立ち上がった所で仁理の方を振り向く。

「ん?今、“悪魔を殺すために開発された”と言いました?」

「え、は、はい。」

ベスタが仁理の肩を掴む。

「悪魔を殺す手段があると!!!?」

その話題に、それまで話を聞き流していたサフィアやユフィも流石に前のめりになる。

「え、えぇ......恐らくは?」


椅子に戻るベスタ。

「ん゛ん゛。すみません、少々取り乱しましたね。」

「え、ええ......お構いなく。」

先程ベスタに掴まれた衝撃で仁理の服が紅茶色に染まっている。

「それで?どうやって殺すんです?」

「いや、そもそもどうして殺したいんです?」

「どうして?!そりゃ!我々にとって最も忌むべき存在が悪魔と悪魔崇拝だからですよ!!」

「あー、悪魔教か......」

「彼らの目的は不明ですが!悪魔本体が存在することが確定した以上!街中で呼び出されてはたまったものではない!!」

(俺の過去で確定したのかな?だとしたら大声で話してんのはマズい気がするが。)

「そこで!!悪魔を倒す方法があれぱ!彼らも臆して悪魔召喚を諦めるはず!!」

「成程。」

「して、悪魔を殺す方法は?」

皆の期待に満ちた眼差しが仁理に集まる。

「理屈自体は簡単ですよ。貫通魔法の出力を上げて、悪魔の契約印を崩壊させれば良い。」

「契約印を崩壊させる!!その発想は無かった!!」

懐からメモ帳を取り出しメモを始めるベスタ。

「確かに!契約印自体は単なる術式!!貫通魔法で崩壊させられる!!」

「けど注意は必要ですよ。出力が足りなければ受肉体だけ消し飛びますからね。」

「ふむふむ!!して、どれほどの出力が必要なのです?!」

あー......と記憶の糸を辿る仁理。

「俺は......次元の壁が揺らぐぐらい?の出力で倒しました。」

「......は?」

次元の壁が揺らぐほどの出力。物理的な被害に換算すると、ブラックホールに匹敵する。当然、地上で撃てば地球などひとたまりもない。

そして、技術レベル的にそのことを想像すら出来ない一同。当然、沈黙が流れる。

「あー......ま、理論上は無理ですね......契約印がただの門でしかない以上、本体を殺すには別次元に干渉しなきゃいけないので。」

溜め息をつき、ペンを置くベスタ。

「そうですか。徒労ですね。」

「すみません。」

「貴方が謝る必要はありません。不可能ということが判っただけでも有意義だ。」

メモ帳を仕舞うベスタ。

「では、最後の話をしましょう。」


「土上竜の討伐!?」

「ええ!ヒトリ君には有意義なことを教えて頂きましたから!騎士団が協力致します!!」

しかし、サフィアが首を傾げる。

「でも、前騎士団は負けたって......」

「ええ!私が最高戦力の頃は火力が不足していましたからねぇ!」

貫通魔法ですら足りないのか、と仁理は驚く。

「そこで、1つご協力願いたいことが。」

「ご協力......?」

一同、息を呑む。

「ベルモンド・バーンズを説得してください。」

しかし、「いや、」と仁理が首を横に振った。

「ヒトリ?」

「ほう、代替案を提示出来ると?」

ふー、と仁理は鋭く息を吐く。

「そもそも、私の祝福が使えない理由は判りますか?」

「いえ。存じ上げませんが。」

「そうですか。考えたことも?」

「......まさか!」

「何の“まさか”かは知りませんが......すみません、使えることを隠していました。」

「私の目は節穴だった!!“備忘録”に祝福の情報のみ記載されていない可能性を鑑みていなかった!!」

再度備忘録を開くベスタ。

「では何故!土上竜に使わなかったのです!?」

「私の祝福は座標で効果範囲を指定します。そのため、動きながらでは狙いを定めづらい。加えて、爆撃では皆を巻き込んでしまうためです。」

「なるほど。では、単独なら討伐出来る、と?」

「ダメよ!」

そう叫びながら立ち上がったのはサフィアだ。

「そんなの危険過ぎるわ!」

(本来の実力を隠して来た弊害が......!!)

ユフィも立ち上がる。

「私も同感です!ヒトリ様を一人では行かせられない!」

頷くアンシー。しかし、ベスタは食ってかかる。

「現状、土上竜を討伐するにはヒトリ君かベルモンド殿を頼るしかない。ならばより話の通じるヒトリ君に頼むべきです。」

「そもそも土上竜を倒す必要なんて無い!迂回すれば良いもの!!」

「倒さなければならない!!!」

怒髪天を突く勢いで叫ぶベスタ。その剣幕に、サフィアは怯んだ。

「土上竜は特定の縄張りを持たず世界中を回遊する魔獣です!!故に王都を襲撃される可能性だってある!!!王都は確かにベルモンド殿が守ります!しかし!!そんなモノを放置しておけば周囲の領地にも人民にも甚大な被害が出てしまう!!!」

「ヒトリには関係無い!!!」

尚も引かない両者。

「それに!!」

「そこまで!!」

肩で息をする2人に、仁理が割って入る。

「ヒトリ......!」

「決闘で決めましょう。しかし、人目に付かぬよう内密に。」


その夜、仁理とアンシーが闘技場の舞台で向き合っていた。

観客席にはサフィア、ユフィ、リル、ベスタの4人。サフィアとユフィが単騎出撃に反対派で、リルとベスタが賛成派だ。

「そういえば、何故反対するんです?」

「そもそもヒトリ君の祝福を信用してないから。」

身体を伸ばす仁理。

「ま、見ていなければ仕方ないか。」

「見てないわけじゃないよ。ベルモンドさんに攻撃を当てたのは祝福の力でしょ。」

ぐっ、と身体を縮めるアンシー。

「私は祝福も魔法も使わないから関係ない!!」

パン!という音と共に土煙が上がる。

直後、アンシーの身体は仁理の目の前で静止していた。

「リルの証言は取るに足らない、と?」

胸ぐらを掴み反対方向に投げる。

アンシーは、先程走り出したのと同じ勢いで壁に激突した。

「アンシーさん!」

「ほう......!」

立ち上がろうとするがよろけて転ぶアンシー。

「立てないでしょう。」

「なんで......!?」

「貴方に掛かる重力を僅かに傾けました。......と言っても、」

瞬間、仁理がアンシーの目の前に出現する。

「重力が何か解らないかもしれませんがね。」

重力の奔流がアンシーに襲いかかる。

「ぐ......ふっ......!!」

アンシーはなんとか抵抗しようとするが、逃れようと足掻くごとに重力は強まる。

地面が凹み、足元の安定感を失ったアンシーが転倒する。同時に仁理が技を解き、アンシーは解放された。

「っ、おぇ」

アンシーの嘔吐。急激な重力の変化に身体が追い付かなかったのだ。

「大丈夫か。」

仁理はアンシーに歩み寄り、背中をさする。

「降参した方が良い。」

しかし、アンシーは迷わず首を横に振る。

「嫌だ......!」

瞬間、アンシーの肉体に衝撃が走る。

ドン、という爆発のような重低音が観客席まで響いた。

「アンシーさん!!」

アンシーは、力を失い倒れていた。



翌朝、一同は王都の門前に居た。

「ヒトリ......」

「大丈夫ですよ。無理ならすぐ撤退しますし。」

「もう少し休まなくて大丈夫?」

「ええ。すぐ終わるので。」

仁理は優しくサフィアの頭を撫でる。

「ヒトリ君。」

ベスタが仁理に歩み寄る。

「はい。」

「討伐後の死体処理は騎士団で行います。何の目印も無い平原ですし対象はかなりの大きさですから、位置情報の共有は必要ありません。」

「承知しました。」

背を向けて歩き出す仁理。

「あ、」

その時、ふとある事を思い立って振り返る。

「祝福の件は内密にお願いします。」

「まぁ、公表したらまた大変なことになりそうですし、了承しましょう。」

「それと、報酬は弾んでくださいね。」

「ええ!勿論ですとも!」



#10『高難度:誰が為に竜泳ぐ』


(周りから見ればご都合主義なのは解ってる。土上竜と対面した時に『 』(くうはく)を使わなかったのは舐めプしてたからだ。)

空中移動を続ける仁理。地上では土上竜が悠々と泳いでいる。

(危機感が足りなかった。念の為誰にもバレないよう細工はしていたが、まさか過去を覗ける者が居るとは。)

ぐっ、と空中を掴む仁理。身体を回転させて引き上げると、土上竜が勢いよく空に舞った。

「光式『極日虹(きょくじつこう)』」

大量の光の柱が一斉に土上竜を貫く。

土上竜は、煙を上げながら落下し地面を凹ませた。

(凹んだ、ということは、土を変化させる能力は死んだら解除されるんだろうか。)

地面が揺れる。

次の瞬間、2体目の土上竜が出現し、仁理を呑み込まんと口を開いた。

(群れだったか!)

空間圧縮で地面スレスレに逃げる仁理。

そして、大きく右腕を振りかぶる。

「氷式『雪花(ゆきはな)』」

腕を振り上げると、巨大な氷の柱が土上竜を呑み込んだ。

「ふふん。」

仁理は、氷の柱の出来に満足したようだ。

(たまには大規模なのも良いな。大怪獣バトルみたいで楽しい。)


一方、王都待機組は高台に移動していた。

「さて、そろそろ始まった頃ですかね。」

双眼鏡を懐から取り出すベスタ。

「それは?」

「『千里の拡大鏡』、遮蔽物が無ければ遥か遠くの景色を見ることが出来る魔道具です。」

さてさて、と拡大鏡を覗く。

「おや、もう始まっていますね。」

即座にリルが飛び付く。

「どうなった!?どうなった?!」

「2体討伐していますね。」

「リルも見る!!」

「ええ、どうぞ。」

「2体?......2体!?」

驚いて同じことを2回言うサフィア。

「え!?大丈夫なの!?」

「ヒトリ様すごい!!」

「私にも見せて!!」

サフィアはリルから拡大鏡を受け取りすぐさま覗く。


空中に浮上し逆さになる仁理。

「2体目も居るなら3体目も居るよなぁ!!」

仁理が叫んだ直後、ちょうど地中から土上竜が飛び出した。

両手を重ねて光を集める。

「かめはめ波!!」

ビームが土上竜を粉砕し、そのまま地面を抉る。

抉られた地面から次の土上竜が出現する。

「虚式『茈』!!」

紫色の巨大な球体が土上竜をすり潰す。

「アイ......アム......」

衝撃に触発され、仁理の両脇から2体の土上竜が出現する。

「アトミック」

青色の光が周囲を覆い尽くし、土上竜らを跡形もなく消し飛ばした。


「なに、あれ......?」

「ヒトリ様めっちゃ強ーい!!」

ドン引きのサフィアとは対照的に、両手を上げ大はしゃぎのリル。

「でも、どういう祝福なんだろう?」

「良い質問ですね!」

「ひゃあっ!?」

急にサフィアの後ろで喋るベスタ。

「彼の祝福に名前はありません!しかし便宜上『空白』と呼ばれています!」

「『空白』?」

「ええ!有する効果は「認識可能なあらゆるものを“0”にする」というものです!」

「ゼロに?」

再び拡大鏡を覗くサフィア。

「でも、それでどうやって相手を潰すんだろう?」

「フフフ......どうやっているんでしょうねぇ。」

仁理が発生させる重力の原理は2通り。1つは「体積を0にして(近付けて)密度を極大化し重力を増加させる」、もう1つは「圧力に対する反作用を0にして抵抗出来なくする」というものである。しかし、この世界では物理学が発展しておらず、密度と重力の関係性が明確になっていないため説明が出来ない。

「しかし、いくら潰しても次が出て来ますねぇ。」

「どれ、お姉さんにも見せてごらん。」

声の主はアンシーだ。

「アンシーさん!もう良くなったの?」

「絶好調よ!あれもヒトリ君の愛だと思えば♡」

「だとしたら随分と“重い”愛ですねぇ。」

「ええ。物理的に。」

拡大鏡を覗くアンシー。

「おぉ!何やってるかわかんないねぇ!!」

「でしょうね。」

「でもこれ大丈夫なのかな?」

拡大鏡を受け取るベスタ。

「本人の体力は大丈夫でしょう。楽しそうですし。しかし、この規模だと通常の群れではないかもしれませんねぇ。」

先程までとは一転、アンシーが心配そうな顔をする。

「と、言うと?」

「山ほどの大きさを持つ生物が複数体。その群れの食料を確保するのは物理的に不可能です。」

「たしかに......お腹ぺこぺこで死んじゃう!」

珍しくリルが理解を示した。

「ええ。ですのでおそらくは、何かしらの魔道具の力かと。」

「おお!賢い!」

ユフィが拡大鏡を受け取る。

「では、ヒトリ様にそれを伝えなければならないのでは?」

「伝えた所でなんとかなる?」

サフィアが示した疑念を示すが、

「ええ、存在さえわかれば何とかなります。ヒトリ君なら。」

ベスタがハッキリと否定する。

すると、アンシーが準備運動を始めた。

「んじゃお姉さんちょっと走って来ようかな!」

「待って!」

しかし、サフィアが待ったを掛けた。

「飛べる私が行った方がいいんじゃないかな?」

「いえ、魔力が持たないでしょう。それに、彼の主であるサフィア嬢を行かせる訳にはいきません。」

「......はい。」

ベスタの言い分はもっともである、とサフィアも引き下がる。

「んじゃ!行ってきます!」

「気を付けてね!」


「砲式『白』」

3体討伐、

「熱式『火威』」

5体討伐、

「熱式『天照』」

4体討伐、

「『(タチ)』」

1体討伐。

(潰しても潰してもキリが無いな......!?)

「『彗星(メテオ)』!!」

しかし満更でもない仁理。

その時、

「おーーい!!!ヒトリくーーん!!!」

星の雨を掻い潜ってアンシーの声が届く。

「アンシーさん!?なんで!?!」

「たぶん!魔道具のせいだと思う!!!」

「うーん言葉足らず!!」

しかし、それだけで十分。

即座に、仁理は地面に向けて手をかざす。

「“円”!!」

地面に、綺麗な円形の亀裂が走る。

即座に飛び退き来た道を全速力で戻るアンシー。

「圧式『銀』」

圧式『銀』。魔力や周囲の気体を圧縮し密度を高める技である。『 』(くうはく)無しでも発動出来るが、圧力解放の際に発生する爆発の威力が月とスッポンほど違う。

そして解放のステップには、別の名前が付いている。

一瞬、音が消える。

「“王の雫”」


既に来た道を半分ほど戻っていたアンシーの背中に、とてつもない衝撃が響く。

「んぐっ......!!なに......!?」


王都で拡大鏡を覗いていたリルが、目を抑えて転がる。

「があっ!!!痛い!!!」

「おっと。」

地面スレスレで拡大鏡を拾うベスタ。

「一体何が......?」

ベスタが拡大鏡を覗く。しかし、一面を白銀の光で覆われ何も見えない。

その眩しさに思わず顔を顰める。

「この光量は確かに、獣人の視覚だと厳しいですねぇ。」

「どうなったの!?ヒトリは大丈夫なの!?」

サフィアが拡大鏡を取ろうとするが、ベスタに手で止められる。

「大丈夫どころか!寧ろ元気すぎるくらいです!」


光が収まるのを待たず、仁理は空中を駆けていた。

青く光る眼で氷以外の魔力を探す。

(魔道具の魔力が氷属性なら知らん!)

その時、仁理の眼に黒い魔力が映る。

「ビンゴ!!」

魔力の根源を掴む。

同時に、光が収まった。

瞳孔が開き通常の光量に目が慣れてくる。

「これは......!」

仁理の手の中にあるのは、一冊の絵本だった。



「むかしむかしあるところに、仲良く暮らす家族がいました。」

家と父、母、娘の絵。

サフィアはページを捲る。

「お父さんとお母さんは病気がちで、娘はいつもひとりで遊んでいました。」

氷嚢で額を冷やす父と母、そして傍で人形遊びをする娘の絵。

サフィアはページを捲る。

「ある日、外で遊んでいた娘は、遠くで声が聞こえるのに気付きました。」

森の中を歩く娘の絵。

サフィアはページを捲る。

「声の方に歩いてみるとそこは海でした。そして、声を出していたのは鯨さんでした。」

浜辺に打ち上げられた鯨の絵。

サフィアはページを捲る。

「鯨さんは言いました。『怖いよう、怖いよう、海に帰りたいよう』。娘はどうにかしてやりたいと思い、力いっぱい押しました。」

鯨を押す娘の絵。

サフィアはページを捲る。

「『わあい!海に戻れたよ!ありがとう!』。なんとか海に戻った鯨は大喜び!『困った時はいつでも呼んでね!僕が助けに行くよ!』。そう言い、鯨さんは海に潜っていきました。」

沖合から手を振る鯨と、手を振り返す娘の絵。

サフィアはページを捲る。

「何日か経ち、お父さんとお母さんの病気が酷くなりました。『ごめんねえ、一緒に遊んでやれなくて。』。『ごめんねえ、寂しいでしょう。』」

いかにも体調が悪そうな父と母が娘を抱きしめる絵。

サフィアはページを捲る。

「『このままじゃお父さんとお母さんが死んじゃう!』。そう思い、娘は街に薬を買いに行くことにしました。」

カゴを持って家を出る娘の絵。

サフィアはページを捲る。

「街で薬を買った娘。しかし、帰り道でいじわるな男の子に会いました。『お前弱っちいな!』。『お菓子よこせよ!』」

2人の悪ガキが娘を威圧する絵。

サフィアはページを捲る。

「男の子は娘をいじめます。すると、娘は泣き出してしまいました。『このままじゃお父さんとお母さんのお薬が取られちゃう!』」

2人の悪ガキに虐められる娘の絵。

サフィアはページを捲る。

「ついに、娘は鯨さんを呼びました。『鯨さん!助けて!』。すると、大きな鯨が現れ、男の子を呑み込んでしまいました。」

鯨の口に2人の悪ガキが呑み込まれる絵。

サフィアはページを捲る。

「しかし、鯨は急に止まれず、勢いあまって街まで呑み込んでしまいます。『鯨さん!やめて!』。そういう娘でしたが、鯨さんは『無理だよお!急には止まれないよお!』と言います。」

街を呑み込む鯨の絵。

サフィアはページを捲る。

しかし、その先のページは白紙になっている。

「おっと。」

「先が無い......」

本を受け取り白紙のページを捲るベスタ。

その後、ベスタと仁理がそれぞれ魔力を当ててみるが、目立った変化は無い。

「元々未完ですか。」

「ええ。おそらくは。」

ベスタは机の真ん中に本を置く。

「魔道具とは、人の思いを吸って出来るものです。作者が物語を完結させることが出来なかった不満か、それとも読者が完結しない物語に抱いた不満か、真相は定かではありませんが、はた迷惑な話です。」

そして、仁理が続ける。

「まぁ、この繋ぎだと着地点が見えませんし、未完に終わるのも必然に近いでしょう。街ごと呑み込んだら取り返しはつかなくなりますし。」

「ええ。概ね賛成です。取り返しが付かなくなるまえに回収出来て良かった。」

そして、リルが本を手に取る。

「かわいそう。」

「何が可哀想だった?」

優しい声で訊く仁理。

「みんなかわいそうだった。」

同じく、アンシーも暗い顔。

「病気がちで寝たきりの両親、そのせいで独りぼっちの娘、鯨に呑まれた街の人。」

サフィアも頷く。

「ええ。男の子も、女の子をいじめたとはいえあんまりよ。」

「過ぎた力を使えば周りを巻き込む、ですか。」

そう、ユフィが纏めた。

その言葉が仁理に刺さる。

「すっごく心当たりが......」

「そ、そんなことないわよ!ね、ねぇ?」

サフィアの言葉で、皆の表情が緩む。

「いえ、実際に痛感しますよ。結局、発端はベルモンドさんとの決闘に祝福を使ったことですし。」

「そんなことないでしょう。あそこで負けていたらサフィア様が結婚することになっていましたし。」

「ユフィさんは優しいですね......」

「ま!」

パン、とベスタが手を叩く。

「万事解決!皆さんは領地に帰れる!私は魔道具の研究が捗る!“雨降って地固まる”ですよ!ささ!そうと決まれば研究室に!!」

「ベスタさん。」

仁理が呼び止め、おや?と振り返るベスタ。

「それ、無力化しておきます。」

「いえ、私の方で管理しますよ!安心してください!これでも魔道具の管理には定評が!」

パッとベスタの後ろに現れる仁理。

手には当該の絵本を持っている

「あっ!いつの間に!?」

「はい、破壊。」

仁理が指で叩くと、魔道具が魔力を失う。

「あぁ!私の魔道具がぁ!!」

「貴方のじゃありません!!」

先程までとは一転、朗らかに笑う一同であった。

Tips:魔道具『未完の寓話』集

絵本型の魔道具で、現在確認されている個体の持つ魔力属性は全て闇。中に記された物語に出て来る物を召喚したり、物語になぞらえて儀式を遂行することが出来る。また、その殆どは魔道具化しやすくするために敢えて未完にしているのではないかという説がある。

今回回収された「少女と鯨」を含め、騎士団に保管されている『未完の寓話』は3冊。残る2冊のタイトルは「絆鶏狩りのニーア」「古びた杖」である。

ベスタが『万世の備忘録』を用いて調べたところ、『未完の寓話』は騎士団が保管する3冊だけではないことが判明した。残る本の冊数は不明だが、「少女と鯨」の危険度を鑑みると早急な回収が推奨される。

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