2.吸血鬼
「えぇ!?謁見式は中止!?」
思わず大声を出すサフィア。
衛兵は気まずそうに頷く。
「国王様が体調を崩されまして。」
「本当?大丈夫なの?」
「2・3日安静にしていれば大丈夫だろう、と聞いております。」
「そう...良かった。」
これからどうする?と言わんばかりにサフィアは仁理の顔を見る。
一方、俺に言われても、と言わんばかりに仁理は肩をすくめるのだった。
#3『不死の武人』
すっかり日も高くなった昼下がり。
宿に併設された庭にて、仁理は魔力による身体強化の鍛錬をすると共に木刀を振っていた。
(魔力の感覚にも慣れてきたな。やっぱ切れ味が無いと抵抗もなくてスムーズだ。)
右腕から手の甲にかけて魔力の糸を張ってみる。
(魔力を単なるエネルギーとみなして行うバフより、拡張筋肉として運用する方がロスが少ないな。それに、もう少し魔力単体の出力が上がれば足の裏から噴出して飛ぶとかも出来るかも。)
その時、仁理は足音を聞いて振り向く。
視界に入ったのは、タオルと茶菓子を持ったユフィだ。
「休憩にしましょうか。」
「ありがとうございます。」
ユフィからタオルを受け取り、汗を拭う仁理。
「具合はどうですか。」
「結構良くなりました。魔力を分けてくださってありがとうございます。」
「いえいえ。まだ魔力に身体が慣れていないでしょうから、回復が遅いのも当然です。困った時はいつでも魔力をわけますよ。」
微笑むユフィを見て、仁理は違和感を覚えた。
(......ん?なんか好感度高くね?)
「......私たち、会って3日目ですよね?なんでそんなに良くしてくださるのですか?」
「何故......ふふ。何故でしょうね。」
(これは......どこかで好感度調整をしないとハーレムルート行きになるなぁ。)
次に、茶菓子が目に付いた仁理。
「これは?」
「王都名物、“絆鶏饅頭”です。」
「ハンケイ?って何です?」
「絆鶏とは、身体が大きく脚力に優れる代わりに空を飛べない鳥です。」
(ダチョウかな?)
「知能が高く、鳥車を引くのに用いられます。ちょうど、あの様に。」
ユフィが指さす先の通りには、赤茶色の大きな鳥が車に繋がれて立ち止まっている。
(ほなダチョウと違うか。)
「可愛いですね。」
「ええ。そうですね。」
絆鶏饅頭を頬張る仁理。
(いやこれ口ん中パサパサになるな......)
「今更ですが、これ、口の中が乾きますね。鍛錬中の人に勧めるものとして不適切でした。」
ちょうど、ユフィも同じことを考えたようだ。
「うん。パサパサする。」
「はい。パサパサしますね。」
なんとか飲み込み、紅茶をがぶ飲みする2人。
「こんな高級そうなカップで紅茶をがぶ飲みなんてアホみたいですね......」
仁理が言うと、ユフィは嬉しそうに目を細める。
「ふふ。いいじゃないですか。我々は従者ではあれど貴族ではありませんから。」
(......おや?やっぱ好感度高いな?)
しかし、まいっか!と仁理は開き直った。彼は、結論と対策の出ない謀計をしない男である。
そう考えていた仁理だが、ふとあることが気になった。
「そういえば、サフィア様はどちらに?」
「街に出られましたよ。魔導書を見てくる、と。」
「一人で行かせて大丈夫なんですかね?」
「大丈夫ですよ。気の置けない所はありますが、サフィア様も列記とした魔法使いですから。」
「なるほど。」
(誤用じゃない方の“気の置けない”だ!)
仁理の中でユフィの好感度が1上がった。
(いや、異世界だからそもそも誤用が存在しない可能性もあるな......)
仁理の中でユフィの好感度が1戻った。
引き続き、魔力操作の練習に戻る仁理。
今度は、坐禅を組んで精神を統一する“守一”を用いた訓練だ。
一方、ユフィはベンチに座って仁理を眺めていた。
「ヒトリ様。」
「様付けしなくて良いですよ。」
「では、貴方も敬語をやめてください。」
「......何ですか。」
「ふふ。素直でよろしい。」
(強いなコイツ......)
「ヒトリ様。その訓練は室内で行っては?」
「何故、そう思うのです?」
「屋外でそのような隙を晒すと危ないですよ。」
(なるほど。それでユフィさんはずっと俺のことを見ていたのか。)
「此処は王都ですし、ある程度の治安は騎士団の方々によって担保されているでしょう。それに、奇襲ごときに対応出来ないようではいけませんから。」
はぁ、と溜め息をつくユフィ。
「対応出来るようになる前に殺されては意味が無いでしょう。」
「その時はその時ですよ。潔く死にます。」
「......本当に、仕方の無い人。」
(ま、『 』があるしそんなことは起きえないんだがな。)
ユフィの心配をよそに、楽観的な仁理であった。
(......よし、体内での循環は良い感じに仕上がって来たな。)
仁理が勢いよく腕を振ると、パン、と音がする。
「な、何の音ですか!?」
「物体が音速を超えた時に、空気抵抗で鳴る音です。」
「ぶったい......?おん......?」
(そうか、世界観的にまだ物理学が発達していないのか。そりゃそうだよな。蒸気機関すら無さそうだし。)
「ま、めっちゃ速いってことですよ。」
えぇ?と困惑しながら、ユフィも腕を振ってみる。しかし、仁理のような快音は出ない。
「ど、どれだけ速く振れば......?」
「そうですね......」
パン、と仁理は手を叩いて見せる。
「今届きましたね?」
「何がです?」
「音。」
「あぁ、はい、そうですね。」
「これと同じ速さです。」
「これ......って......音!?音と同じ速さで!?」
再度、仁理は腕を振って音を鳴らす。
「鞭を振った時と同じ理屈ですよ。」
目を丸くして絶句するユフィだった。
木刀を振り、魔力を飛ばして岩に当てる仁理。
「ユフィさん。」
「はい。」
「エクスプロードしに」
「駄目です。」
2人の間をそよ風が通り抜ける。
「エクス」
「駄目です。」
再度、魔力が岩にぶつかって弾ける。
「......駄目かぁ。」
「連れて帰るのも一苦労なんですよ。いくら尋常じゃないくらい軽いからって、剣を持った成人男性を抱えて帰るのは獣人の私でも流石に疲れます。」
「そっかぁ。」
木刀を置いて両手で魔力を練り、氷を生成する仁理。
「そういえば、ユフィさんって何の獣人?」
岩に氷を投げつける仁理。
「私は猫の獣人です。」
氷が岩にぶつかって砕ける。
「へぇ。」
(やっべぇ会話が続かねぇ!魔力操作に意識持っていかれてる!)
仁理はマルチタスクが苦手である。
「猫、お嫌いですか?」
「んー、好きか嫌いかで言えば、好きです。」
「......そうですか。」
ユフィの尻尾が揺れる。
(いや可愛いなコイツ!!)
気を取り直して再度氷を生成した仁理。その様子を見て、ユフィが待ったをかけた。
「ん?どうしました?」
「いやいや、どうしました?じゃありませんよ。何ですかそれ。」
「氷ですが。」
「いや、そうじゃなくて。......ヒトリ様、魔力を知覚して2日目ですよね?なのになんで物質の生成まで?」
「正確には物質の生成じゃないんですがね。」
首を傾げるユフィ。
「空気を凍らせることが出来るって、ご存知です?」
「く、空気を......?」
仁理が指さした岩の近くに、白い煙が立ち込めている。
「ほら、溶けて空気に戻っているでしょう?」
「そ、そうなんですか......?」
全然理解出来てないユフィ。
一方、満足して守一に戻る仁理だった。
「ん?そういえば、ユフィさん。」
「はい。何でしょう。」
「サフィア様、帰って来ませんね。」
「......おや?」
目を見合わせる仁理とユフィ。
「これは......」
スゥ、と鋭く息を吸う仁理。
「......やっばいか〜も。」
2人が出した最初の心当たり、書店の前に、人だかりが出来ている。
「ヒトリ様。濃い血の匂いがします。」
「血の匂い......」
(手遅れの可能性があるのか。それとも......)
その時仁理は、野次馬の隙間から、深紅の剣が動いているのを目撃した。
「差し詰め、吸血鬼といった所か。」
剣の音が聞こえる。戦闘が起こっているのだ。
表情が険しくなり口調まで変わった仁理を見て、ユフィは並々ならぬ状況だと察した。
「指示を。」
「合図で上から乱入する。私は吸血鬼を、ユフィは相手方を。」
「は。」
一瞬、音が止んだ。
その隙に、仁理は氷を作って投げ込む。
「行くぞ。」
大きく飛び上がった仁理とユフィ。
野次馬の先の空間は想像より広い。そこには、複数の氷の塊と満身創痍のサフィア、そして深紅の髪の人物が居た。
「ヒトリ!ユフィ!」
着地と同時に吸血鬼に斬り掛かる仁理。
一方、ユフィはサフィアを抱えて後ろに跳ぶ。
「お前、吸血鬼だな。」
「ほう?随分と自信があるようだな。今は昼間、吸血鬼の活動時間ですらないというのに。」
全く情感の読めない男の瞳が仁理を撫でる。
「生憎、昼間に活動する吸血鬼を知ってんだ。」
(ま、もう居ねぇんだけど。)
「高位の吸血鬼を知っている割には、雑な魔力だな。」
「おっと。」
吸血鬼は剣を振り抜き仁理を投げ飛ばす。
大きく飛んだ仁理は、野次馬の一人に受け止められた。
「大丈夫か!?」
「問題ない。」
受け止められたことで負傷は免れた仁理。魔力による強化が上手く機能し、腕も無事である。
「筋力特化じゃないんでね。」
「言い訳か?見苦しいぞ。」
深紅の剣が形を崩し、斧に変わる。
(血液操作か。)
緊張。
次の瞬間、吸血鬼が仁理に斬り掛かる。
斧を切先でいなし、仁理はカウンターで吸血鬼の胸に斬り掛かる。
刹那、血液が仁理の刀を捕らえた。
拘束されると判断するや否や、仁理は刀を手放して真横に身を翻し、右手の親指から中指までを立てて魔法発動の姿勢に入る。
「ヒトリ......?」
「エクスプロード」
斧を大上段に構える吸血鬼。振り下ろすより僅かに早く、懐に入り込み吸血鬼の胸に指を突き立てた仁理。
「何......?」
周囲が青く染まる。
「ブレイブ」
鈍い音が響き、吸血鬼の胸に穴が空いた。
同時に、斧が仁理の左肩を抉った。
「ヒトリ!!」
両者の傷口から魔力が漏出する。
(この男......俺の肉体強化を貫通した......?)
(コイツ、何で原型を留めてんだ......!?)
エクスプロード・ブレイブとは、極小の範囲に魔力を集中させ、限界まで圧縮して放つ、貫通魔法の応用技である。消耗も少なく貫通力も高いため、仁理の汎用技の一つになっている。
ちなみに、今放ったのが初めてである。
(ヒトリ様......!たった2日でここまで......!)
仁理は午前中の殆どの行動を魔力操作訓練と並行して行っていた。付け焼き刃ではあるが、貫通魔法を用いれば申し分ない戦闘力を発揮出来る範囲内である。
「致し方無いか。エルフは諦めよう。」
吸血鬼は胸の穴を治さないままどこかへ消えた。
周囲から歓声が上がると共に、何人かがタオルや包帯を持ってやって来る。
そして、仁理にいち早く駆け寄るサフィアとユフィ。
左腕が切断されたにもかかわらず、仁理は眉一つ動かさず立ち尽くしていた。
「......これ、治りますかね?」
「馬鹿!」
(サフィアの傷が塞がっている。治癒魔法か。おそらく戦い方が上手かったんだろうな。)
仁理の腕を拾い上げ、肩に押し当てて手をかざすサフィア。当然、ユフィも同様の構えをとる。
(温かい......)
なんと、傷口が瞬時に塞がり右腕が繋がる。
そのことに驚いた仁理は、目を丸くして硬直した。
「本当に、魔力の属性が同じで良かった。」
胸を撫で下ろすサフィア。ユフィは仁理の身体を触り、他に怪我が無いかを確認している。
「属性が同じだと治癒効率上がるのですか?」
「そうよ。私たちは同じ氷だし、2人がかりだったからすぐ治ったの。」
はぇ〜と感嘆する仁理。
そして、確認を終えたユフィが溜め息をつく。
「流石に、無くなったり焼けたり血液が固まったりしたら戻せませんから、すぐに戦闘が終わって良かったです。」
「すみません、無茶して。」
素直に謝る仁理に、それ以上咎めることが出来なくなった2人。しかし、サフィアはあることが気になった。
「......ヒトリはなんで腕が切れても平気だったの?」
「えぇ?なんで、と言われましても。根性としか言いようがありませんね。」
「ヒトリ......私は貴方が怖いわ。」
店頭に並ぶ魔導書を見るサフィア。
読み書きが出来ないため暇な仁理は、気になっていたことを口にする。
「そういえば、何故あの吸血鬼と戦闘を?」
「あの人、昨日の闘技場でのことを言ってきたのよ。」
「どんな風に?」
「“言うことを聞かない従者なんてクビにしてしまえ”って。」
「あー......」
(そもそも、因果関係が違うんだよなぁ。)
昨日の一件は、カビキラが喧嘩を売る→サフィアが渋々ながら喧嘩を買うという流れである。
「外野がとやかく言うのは違いますよねぇ......」
「そうでしょ!だから私」
「いや、でも街中で戦闘に勃発するのは短気すぎるのでは?」
「でも、でも!」
「はぁ......私を庇ってくださったのは素直に嬉しいですけど、あなたが傷付いたら元も子も無いでしょう。主を傷付ける不出来な従者になってしまいます。」
「そ、それは......そうだけど......」
俯くサフィアを見かねて溜め息をつく仁理。
「今回は何とかなりましたが、今後は無闇に喧嘩を買わないこと。わかりました?」
「......はい。ごめんなさい。」
「ちゃんと謝れて偉いですよ。」
#4『吸血鬼連合』
ジャージに着替えてサフィアからレクチャーを受ける仁理。
「魔力の属性は、火、氷、風、土、雷、光、闇の基本7種と、火と氷とか、風と雷とか、それぞれの混合をあわせてたくさんあるの。魔力の属性によって使える魔法の種類が違うから、習得するときに意識しなくちゃいけないのよ。」
「なるほど。」
「そして、私たち3人は混ざってない純粋な氷属性。」
「これ、混ざってる人の方が圧倒的に有利なのでは?」
「いい意見ね。けどそんなことないわ。確かに混合の魔力を持つ人は色んな魔法を使えるけれど、そのぶん違う属性の魔力が干渉しあって、一つ一つの精度が落ちるの。」
「へぇ。引き算の美学ってやつですかね。」
「ふふ。そうね。」
(貫通魔法は適正属性が無いし、操作さえミスらなければ別に精度は関係ないんだがな。)
「じゃあ次は、訓練の大まかな方針を決めましょうか。」
「はい。」
「今、ヒトリは魔力の操作を練習してるでしょう?」
「そうですね。」
「けど、魔力操作を練習してる人なんてほとんどいないのよ。大抵の人は魔法を練習するから。」
「......え?」
(ベルモンドも吸血鬼も身体能力高かったし、みんな当たり前にやってるものだと思ってたんだがな。)
「ベルモンドさんもあの吸血鬼も魔力で身体を強化しながら戦ってたし、それを当たり前のように思うのは当然なんだけどね。」
(まぁ、言うなれば上澄みも上澄みなんだろうな。どっちもめっちゃ手加減されてたけど。)
おもむろに、魔力の糸を手首から出して窓に貼り付けてみる仁理。
「すごい......ここまで精密に......!」
「私の魔法は貫通魔法一本なので、練習のしようがないんですよね。この2日間の殆どを魔力操作の練習に費やしていたらこうなりました。」
(ま、血液操作と感覚が似てるから習得が早かっただけなんだけど。)
「治癒魔法に加えて、魔力による縫合や接着も視野に入れたいんです。」
「そうね!じゃあそれを活かすためにも、治癒魔法を練習しましょうか。」
「はい。」
そこから仁理が練習したのは主に治癒魔法だ。
あくまで、練習しただけだが。
「全ッ然上手くいかねぇ!」
治癒魔法の訓練開始から既に3日が経過していたが、仁理は未だ発動すら出来ずにいた。
「ヤケを起こさないでください。」
人差し指から血を流しながら、ユフィは平然としている。
「はぁ......」
仕方なく、仁理はユフィの指を魔力で縫合する。
「あら、諦めるのですか?」
「そもそも、自分の指で練習する方が」
「駄目ですよ。貴方はサフィア様の護衛なんですから。それに私の方は、いざとなれば自分で直せますので。」
一度治癒魔法で指を直し、もう一度氷のナイフで傷を入れるユフィ。
「出来るまで、何度でも付き合いますから。」
「そんな何の躊躇もなく......」
ユフィの行動に戸惑いながら、仁理は訓練を続けるのだった。
昼食を用意する為にユフィが室内へと戻ったその時、
「助けて!誰か助けて!!」
庭の入口を、切羽詰まった様子の少年が駆け抜けて行った。
「おや?」
少し歩いて、大通りに出た仁理。
「成程な。」
街に火が放たれている。その上、黒いローブの者が住民を襲っている。
(目的がわからん以上は対症療法にしかならん。警戒されんよう、変装して話の通じるヤツを捕まえるか。)
その時ふと、仁理は良い考えを思いつく。
「アンノウン。」
どぷっ、と地面から顔を覗かせるアンノウン。
「うわキモッ!?」
「愛に、報いるためならば。」
相変わらず話の通じないアンノウンにたじろぐが、仁理は何とか思考を振り払う。
「変装がしたいのですが。」
「ほう、闘技場で名が知れたから、ですね?」
「話が早くて助かります。」
アンノウンは指を鳴らし、仁理の服装を変える。
「おぉ。」
屈託のない黒に包まれ、仁理は感嘆する。
「いち早く異変を察知し街を救うダークヒーロー!!素晴らしい!素晴らしい!!」
「はいはい。で、どうしたもんかな。」
「私は多対一が得意なので、モブを殲滅しましょう。仁理様は!主犯格を!!」
「おけまる!」
「......とは言ったものの。」
巨大な黒い拳が暴れるのを背景に、仁理は街中を糸で移動していた。
(手掛かりすら無いな。せめて氷魔法を覚えていれば、消火して悠長に出来たんだが。)
その時、仁理の目に巨大な檻が飛び込む。
「おわぁ!?」
大きな音を立ててぶつかった仁理は、ちょうど中の獣人の少女と目が合う。
「は、はぁい......」
中に居る黒髪の獣人は、耳と尻尾を畳んでいる。
(警戒してるのか。いや、それはどうでも良い。)
糸を使って鍵を開けようと試みる仁理。
しかし、
「......そんな上手く行かねぇよなぁ。」
「何を、しているのかな?」
声に反応して振り返ると、赤髪の女が立っている。
(うおぉ!めっちゃネームドっぽい!)
「成程。お前が主犯格だな。」
「何のことかしら?それより、私のかわい子ちゃんに手を出さないでくれるかしら?」
(かわい子ちゃん......コイツか。)
目を合わせると、獣人は小さな声で「助けて」と言う。
(ま、乗りかかった船だ。)
赤髪の女に向き直る仁理。
「断る。」
血液の槍が仁理の頬を掠める。
(吸血鬼!しかも昼間に活動出来るタイプか!)
魔力の糸を建物に引っ掛けて自分の身体を持ち上げる仁理。
「随分とレベルが高いな。」
ノータイムで飛んでくる血液の槍を回避する。
「貴方も相当じゃない。」
魔力の糸を血液のナイフで切り、女は舌なめずりをする。
「ゾクゾクしちゃう。」
(当たり前のように切られるのかぁ......)
再度、魔力の糸をナイフで振り払う。
「“ハラハラする”の間違いだろ。」
「興奮するのよ。だって......」
血液の剣が真っ直ぐ伸びる。
「今この瞬間、貴方は私を想ってくれているじゃない?」
ギリギリ回避した仁理は、糸を用いて無理やり体勢を立て直す。
「いやぁ?そうでもないかも。」
手首から糸を出して近くの瓦礫を投げる仁理。
しかし女は回避も迎撃もするまでもなく、肉体の強度で瓦礫を砕いた。
「えぇ?モロ頭にいったのに。」
「この程度で倒せると本気で思ったの?」
(血液操作と肉体強度。魔力強化の有無を考慮しても流石に吸血鬼で間違いないか。)
「貴方、名前はなんて言うの?」
(仮名でも名乗っておくか。相手の名前も聞きたいし。)
しかし、偽名が思い付かない。
「ん?どうしたの?」
「え、えっと......」
(やっべぇ!思い付かねぇ!や、やっべぇ!......いや、仕方ない!)
「スパイダーマン!そっちは?」
(まんまパクリだけど仕方ない!これで通ってくれ!)
「ズィーベン。スパイダーマンね。明日の夕食までは覚えておくわ。」
(通った!行けた!GJ!)
「俺はお前の名前忘れねぇけどな!」
再度、瓦礫が頭にクリーンヒットするが、微動だにしない。
「うっひょ〜硬ぇ!」
「乙女に“硬い”なんて、デリカシーの無いことを言うのね!」
瞬間、仁理の前で空気が弾けた。
「なにッ!?」
そう言ったのはズィーベンだ。
(見えない攻撃......斬撃か?それとも空気の弾丸か。何にせよ、『 』で防げるのなら話にすらならんな。)
「生憎、そういう祝福持ちでね。」
優雅に着地する仁理。その様子を見て、ズィーベンが歯ぎしりをする。
「なんで!なんでお前が!私の寵愛を!!」
「寵愛?知らん要素だな。」
指を向ける仁理。
ズィーベンが何度も攻撃を飛ばすが、ことごとく『 』によって止められる。
「以上か?」
「まだまだ!!」
仁理の後ろの建物が細切れにされ、破片が仁理に襲いかかる。
「......フフ。アハハ!!なぁんだ、大したことないのねぇ!」
「んー?誰が、」
瓦礫の塊を弾き飛ばして出て来る仁理。
「大したこと無いって?」
「は?」
瞬間、ズィーベンの視界が歪む。
地面が凹み鮮血が散る。直後、ズィーベンの残骸は灰となって消滅を始めた。
「さて。」
檻を切断して少女を解放すると、仁理は手を差し伸べた。
「聞きたいことがある。」
「成程。主犯格は別なのですね。」
「はい!......たぶん。」
溜め息をつく仁理。
「......まぁ、警戒するに越したことはありませんし、何とかなるでしょう。」
「はい!ご主人様!」
「仁理です。」
「はい!ヒトリ様!」
「お前か。ズィーベンを殺したのは。」
仁理に話しかけたのは赤髪の男だ。しかし数日前の吸血鬼ではなく、髭をたくわえた老人の姿をしている。
「いくらなんでも話が早すぎじゃないか?」
男が剣を抜く。
「俺の名はドライ。吸血鬼連合『紅月』第三席のドライだ。お前らは?」
「仁理。ただの仁理だ。所属は無い。」
「リル。」
「そうか。会えて良かったぜ。美人さん。」
「おやおや!」
突如、屋根の上から響いた声に思わず振り向く3人。
「おやおやおやおやおやおやおやおやおやおや!!」
アンノウンは、頭を抱えて仰け反っている。
「ちょうど!ちょうどちょうど!!接敵させることが出来ました!!!これも一重に!愛ゆえ!!!」
上体を素早く起こし、アンノウンは直角にお辞儀をする。
「住民の避難はすんでおりますのでどうぞ!!愛に背く狂信者に!!心置き無く!!鉄槌を!!!」
「ぎゃう!?」
黒い手がリルを掴み、アンノウンと共に飛び去る。
「何だァ?アイツは......なっ!?」
一方、ドライが視線を奪われているうちに、仁理のチャージは完了していた。
「―――エクスプロード」
「まさか、アンノウンが根回しまで済ませていたとは。」
「私は!敬虔で忠実なる愛の信徒であり!!勤勉で!誠実な!盲信者ですから!!」
叫ぶアンノウンに仁理がタジタジしていると、サフィアとユフィが駆け寄ってくる。
「ヒトリ!」
仁理の肩を掴むサフィア。
「大丈夫?!怪我は無い?!」
「大丈夫です。街は吹き飛びましたけど......」
(アンノウンのお陰でスピード解決しちゃったなぁ。)
ふと横を見ると、アンノウンが居ない。
代わりに、リルが仁理をじっと見つめている。
(あ!美味しいとこ取られたなぁ......)
「ヒトリ様!お腹空いた!」
「ごはんにしましょうか。」
「やったぁ!」
「吸血鬼連合?本当にそう言ってたの?」
「はい。」
(おそらく数日前の吸血鬼も同じだろうが、あまりにも不確定要素すぎるな。)
「しかし、潰したり爆破したりしては情報が聞き出せないでしょう。」
ユフィの指摘に、仁理はバツが悪そうにする。
「私の実力ではそれしか出来ず......ドライに至っては逃走されましたし。」
わんぱくに肉を頬張るリル。
「とりあえず、明日は予定通り王都を出るってことで良いのよね?」
「ええ。他に行く宛もありませんし。」
「リルも行く!!」
サフィアに撫でられ、リルは嬉しそうにする。
「ふふ。もちろんよ。」
Tips:仁理の貫通魔法
貫通魔法は通常、魔力を多めに用いて指向性を持たせるものだが、仁理は全方位爆撃にすることで魔力ロスを減らしている。
範囲は平均して半径50mぐらい。本人曰く「まだ伸びる」とのこと。




