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あの果てしない空の下  作者: kai
第三章
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15/16

15.戦う、戦う、戦う

『変態の話』


暇なので自室のベッドで呆然としている仁理。

仁理「暇だな。すっごく。」

その時、扉が勢いよく開く。

アンシー「ヒトリくぅん!!元気してるぅ?!!」

仁「ノックぐらいして?」

ア「いやぁ、ヒトリくんが寂しくしてるって聞いて!王都から小走りで駆けつけたよぉ!」

仁「何日かかったの?」

ア「半日!」

仁「おかしい。絆鶏でも最低3日かかるのに。」

ア「ところでぇ......ヒトリくぅん.........」

仁「な、何......?」

アンシーは、仁理の大腿部に優しく触れる。

ア「お姉さんがぁ......マッサージしてあげるぅ......///」

仁「うえぇえ触り方がキモい.........」

その時、再度扉が勢いよく開く。

ユフィ「アンシー様。お風呂の用意が出来ております。」

ア「でも、ヒトリくんに」

ユ「お風呂の、用意が、出来ております。」

ア「え、ちょ!」

アンシーを追い出し、扉を閉めるユフィ。

仁「ありがとう、ユフィさん。」

ユ「困ったものですね......お身体は平気ですか?」

仁「まだもうちょい痛いぐらいかな。あと一日もすれば動けそうです。」

ユ「それは良かったです。サフィア様も、一緒に出掛けたそうにしていましたから。」

仁「そりゃあ、埋め合わせしないとですね。」

疲弊しきった身体に鞭を打ち、呼吸を整える仁理。

(魔門は既に悲鳴を上げている。故にこのまま戦い続けるという選択肢は無い。しかし逃げたり降伏したりするのも論外。そして祝福も使いたくない。全て俺のエゴとプライドの至る所だ。なら選択肢は過運転(オーバードライブ)かこのまま負けるかしかない。)

なけなしの魔力を練って魔門を開放する。すると魔力が復活し出力が安定する。

「へぇ、奥の手があったのかい。」

思案の時間を稼ぐため刀を構える仁理。

(向こうが先に喧嘩を吹っ掛けてきた以上、主導権は相手方にある。此方に目的が無い故に、この戦闘の終了条件は“殺すこと”ではなく、まだ交渉の余地があることが幸いか。『ええじゃないか』を終わらせようにもとにかくヒントが足りないからな。)

女は依然、仁理の先制を待ちながらニヤニヤしている。

(......完全に戦いを愉しんでやがる。俺の手札はあと氷属性魔法と貫通魔法しか......)

ふと、仁理はある考えに思い至る。

(......祝福を使った所で、やることはただの単純な魔力圧縮。わざわざ発動せずとも再現可能なのでは?)

仁理の祝福である『 』の能力は、「認識可能なあらゆるものを0にする」という効果を持つ。効果対象は速度、体積、温度、接合力、距離、能力効果など多岐に渡るが、仁理は基本的にそれらを防御に用いている。

逆に、攻撃する際に代表される圧式『銀』や熱式『火威』のような技は、魔力などのエネルギーを圧縮し解放するという段階を踏むことが殆どである。そしてこの際、『 』が関与するのは圧縮の時であり、解放は『 』の解除を以て行われる。また、技名が違うのは圧縮する対象の差異や圧縮の程度によるものだ。

つまり、祝福無しでも再現可能な技が存在するのだ。

(となれば、物理攻撃に頼る必要も無いだろう。)

仁理が女に向けた刀の先端に、青い魔力が凝集する。

瞬間、その魔力が発火した。

「熱式『不知火(しらぬい)』」

炎の刃が女に弾かれて街路樹に衝突する。

幾度か追撃する仁理。しかし全て弾かれ有効打にはならない。

「圧縮した魔力の抵抗で発火させた炎攻撃。しかし君の魔力属性は氷。素直に氷魔法を使った方が良いんじゃないかな。」

「んじゃ、そうさせて貰おうかな。」

腕を大きく振って氷の天蓋を作る仁理。

先程とはうって変わり、直接攻撃を仕掛けて来ない仁理に女は怪訝な顔。

(妙だ。狙いは何にある......?)

瞬間、女が片膝をつく。

「な......っ!?」

「効いてきたな。」

「何を......?」

「酸欠と一酸化炭素中毒。身体が酸素の代わりに一酸化炭素を取り込んでしまうことで起きる酸素欠乏状態。」

仁理は、口の中から白い玉を取り出す。

「密閉空間で火災を引き起こしている上に、氷魔法である程度の酸素を此処に集めたからな。」

「そう......か.........」

ほどなくして、女が意識を失う。同時に、ドーム内の炎が全て鎮火した。

全ての氷を解除し、思いっ切り息を吸う仁理。

「空気うんま。」

踵を返して歩き出す。

「......最初からドライアイスでもぶつけてみりゃ良かったな.........」

その時、

「死亡確認ぐらいちゃんとした方がいいんじゃなーい?」

仁理に話し掛けたのは、背の高い銀髪の男。

「次から次へと。忙しいな。」

いつの間にか女の姿は消えている。

「僕は王都直属魔道士団副団長のルカ・ヴィオルテ。君は?」

(ヴィオルテ......アンシーの血縁か。)

「三星会会長のノワールだ。」

「三星会......聞いたこと無いな。出まかせ?」

「信じる必要は無い。」

「それじゃあ困るんだよねー。所属がわかんないと敵か味方かの判断がつかないからさ。」

「王都直属魔道士団がちゃんと王室公認の機関なら、俺たちは敵じゃない。」

「へぇ......?」

余裕の笑みを崩さないルカ。懐疑的ではあるが、実力には自信があるようだ。

(魔力の流れがおかしい。おそらく祝福持ちだな。)

「目的は?」

「現状の打破と仲間の救出。」

「じゃあなんでうちの団長ボコったんだよ。」

「そっちが喧嘩吹っ掛けてきたからだろ。」

(アンシーの血縁とこの図体、そして祝福持ち。なら加減する意味は無いだろう。)

祝福を起動し、当然のように臨戦態勢に入る仁理。

「ひゅ〜好戦的だね〜。」

魔力の流れが変わる。

「僕の祝福は『加算』。あらゆるものを増やすことが出来る。」

「祝福の開示に何の意味がある?」

「えー?知らないのー?マジかぁ人生損してるよ。」

「損してるのか。」

「良いかい?代償を支払えば願いが叶う、これは魔法の基本。魔法陣の展開、詠唱、魔力の消費、それらのいずれかを用いて魔法は完成する。勿論、祝福も同じ。代償を支払えば効果の底上げが出来る。詠唱、結界の展開、掌印、そして効果の開示。これらの法則をまとめて“契約”と呼ぶ。」

(制約と誓約みたいなもんか。そもそも契約は悪魔の領分の筈だが......この世界で悪魔崇拝は忌避されていないのか?)

「以上。質問は?」

「無い。」

(此処での勝利条件はルカに納得させること。何を?と訊かれたら返答に困るが、とにかく目的は殺すことでも勝つことでもない。)

「そっちは開示しないのー?」

「ンな(こす)い真似しねぇよ。地力で戦ってやる。」


#29『高難度:交錯する対偶の概念』


先制したのは仁理である。

「光式『螺鈿』」

閃光が3本、下からすくい上げるようにルカを襲う。

「おっと。」

上空に飛び上がって回避するルカ。

(そりゃ飛行ぐらい出来るか。)

仁理も浮遊し、すかさず『螺鈿』で追撃するが、ルカは軽々と避けてしまう。

「ちょっと〜。もうちょいしっかり狙ってくれな〜い?」

「難しいんだよ。そっちこそ、芋ってないでとっとと殴りに来いよ。」

(半径5m以内、もしくは触れられる範囲内に来たら祝福ごと無効化出来る。俺から近付くのも良いが、狙いに勘付かれたら距離を取られてイタチごっこになりかねないからな。既に建物をいくつか破壊してしまったし、これ以上被害を出すと手痛い仕打ちを喰らいそうだ。)

仁理はあくまで遠隔攻撃を続けて待ちの姿勢を貫くようだ。

対するルカはというと、

(ノワールの魔力属性は氷。ということはこの光が祝福かな。光を操作するだけの祝福なら遠距離でちまちまやってるのも納得がいく。なら何故「殴りに来いよ」と言った?更なる手札でもあるのか?何にせよ、無策に突っ込むのは得策じゃない。光は捌けるし、このまま様子見を続行しよう。)

と、ルカは観察の姿勢を貫こうとする。

すると、仁理が弓を絞る構えをとった。

「熱式『火威』」

蒼炎がルカの手前で見えない壁に衝突する。

「届かないよ。距離を加算してるからね。」

ルカが余裕綽々の表情を見せた次の瞬間、ガラスが割れるようなエフェクトと同時に、炎が貫通する。

「!?」

咄嗟に魔力でガードするルカ。防御力が及ばず、瞬く間に腕が炭化する。

ルカは手刀で腕を切り落とし、治癒魔法で再生させる。

(何だ!?何が起きた!?)

熱式『火威』は1500℃を超える炎の矢である。そして、その本質は威力ではなく、発動中の能力の貫通にある。

「次だ。構えろ。」

次の『火威』を構える仁理。

「なるほどね。」

ルカは久方ぶりに、命の危険を感じていた。

掌に魔力を集めるルカ。

刹那、青い閃光が空を穿つ。

「お望み通り!突っ込んでやるよ!!」

大きく旋回し、加速しながら仁理の元へ飛行する。

能力を無効化してやろうという野暮な考えは仁理に無かった。

拳が交差する。

(重いな。しっかり鍛えてるって感じがする。)

初撃で威力を悟った仁理は、二撃目以降、拳を横から叩いて受け流す。

(流すのが上手いな。かなり実戦の経験を積んでるんだろう。ただ、動きに無駄が多い。祝福頼りでまともに近接戦をしていなかったか、或いは互角な相手がいなかったかだな。)

この世界に来る以前、仁理は魔法や特殊な能力の存在しない平和な世界の日本に居た。これは偶然や運命の巡り合わせなどではなく、有巣仁理自身の能力によって、柊黒彦討伐の為に超常を無かったことにしたためである。

また、仁理が超常を無かったことにした際、それまでの積み重ねも無かったことになり、仁理の主観で時間が巻き戻った。その年数は約20年。つまり、仁理は前線を離れて異世界に転移するまで約20年のブランクがあるのだ。

また、巻き戻る際、能力ありきで存在出来ていた瑞希やリヴェイン、アンノウンのような者の魂が弾き出され様々な世界に転移したのだが、それはまた別のお話。

ルカが掌で受け止めた仁理の拳から衝撃が発生する。

ギリギリ腕が壊れなかったルカは苦い顔。

(来た!骨折は切り落とすにしろそのまま回復するにしろ相応のロスが生まれる!この隙に大技を叩き込む!)

咄嗟に距離を取るルカ。しかし直後、仁理の腕が歪に伸びてルカの腹に直撃する。

「!?」

息をつく暇を与えず乱打する仁理。一打一打の威力はそこまでだが、全ての攻撃が腹に命中している。

(僕の祝福は問題なく発動出来ているはずだ!なのに何故!?)

攻撃の軌道に腕を噛ませようと交差するルカ。

しかし、仁理の拳はルカの腕をすり抜けた。

「嘘だろ!?」

直後、拳はルカの顎に直撃し衝撃を放つ。大きく仰け反ったルカは祝福の維持が困難になり、仰向けに落下しはじめた。

そうはさせないと言わんばかりにルカの胸ぐらを掴み振りかぶる仁理。

瞬間、ルカの思考がかつてない速度で回る。

(何だ?何が起きた?光の操作と炎まではまだわかる。けど腕が伸びたのとすり抜けたのはわからない!いや、腕自体が伸びていた訳じゃない、恐らく空間を歪めていた!コイツの祝福は何だ?複数持ちか、或いは応用力の高い祝福か......?光と熱、そして空間歪曲......いや......)

ルカの出した結論は、

(―――“圧縮”か!!)

この間僅か0.2秒。ルカの祝福の発動が間に合い、仁理の拳は眼前で静止する。

「おっと。」

「空気抵抗を極大まで増加させた。お前はもう動けねーよ。」

「へぇ。」

(一応無視出来るが......まぁ一旦会話のフェーズか。)

「随分と楽しそうだな。」

ルカの両腕が治癒魔法により完治する。

「当然!幾年(いくとせ)ぶりの互角な相手だからね。」

「互角、ねぇ。」

言うほど互角か?と思う仁理。

「ルカ。あんたとベルモンド、どっちが強いんだ?」

「騎士団長は強いとか弱いとかの次元じゃないんだよね。」

「と、言うと?」

「出来ることに一貫性が無いんだよ。僕みたいに相手の攻撃を空中で止めたかと思えば、次の瞬間に此方の祝福を言い当てられる。体術と魔法は上澄み連中とほぼ変わらないけど、祝福が絡むとまず勝てないね。」

「成程なぁ。」

(おそらく、各能力に原本が居るなら『模倣』。そうじゃないなら、かなり都合の良い能力だな。もしくは......いや、よそう。今考えても仕方がない。)

「さて、終わりにしようか。」

仁理の疲労は既にピークに達している。集中を欠いた状態からの反撃は相手方に命の危険が迫ると察し、ルカの攻撃を大人しく受け止める仁理。

「そっちに悪意は無いみたいだし、殺すまではしないよ。ただ、解決するまで大人しくしててくれ。」

こればっかりは仕方ない、と思いながら、尚も歌い続ける民衆の中へ落ちていく仁理であった。



翌日。

「結局、収穫は無しか。」

報告書を見て溜め息を吐く仁理。

責任者の欄には『ゾア・オーバーラン』と書かれている。

「これあんたの名前?」

相変わらず口のない男に仁理は訊く。

「人の名前に難癖をつけるつもりかネ?」

「いや、本名を教える不利益を勘定しないのかと思ってな。」

「本名なんて書くわけが無いだろう。馬鹿なのかネ、君は。」

「一々棘があるな......ロクな幼少期を送ってなさそうだ。」

「それはお互い様だろう。ところで、例の件だが。」

「例の件?」

「予算の件だヨ。研究もタダじゃあないんだ。」

「ああ、アマゼツ経由で渡すよ。......そうだ、一つ提案がある。」

「提案?」

「三星会に来ないか。内科の学者が欲しくてね。」

「フム、中々面白そうな提案だがネ、そもそも私は君たちの目的を知らないんだヨ。」

「そういやそうだな。俺らの目的は崇理教と吸血鬼連合の打破だ。」

「ほう......悪魔教に人外魔境とは、中々に興味深いネ。その後は?」

「んー、まだ考えてないな。解散するつもりは無いから、現状維持になるかな。」

「つまり、いちおうは研究室を用意出来る、という訳だネ?」

「うむ。」

「なら協力させてもらおうじゃないか。ちょうど研究資金が底を尽きそうだったのでネ。」

「マジか。研究者ってそんなにしんどいの?」

「しんどいなんてモンじゃないヨ。世間は治癒魔法を信じすぎるあまりに、医学や薬学の価値を履き違えているのでネ。全くたまったもんじゃない。」

「Oh......強く生きてくれ。」

「そうさせていただこう。それじゃあ、私は行くヨ。まだまだ調べたいことが山ほどあるのでネ。」

「あーい気を付けてぇ。」



同刻、サフィアとアンシーは、ユフィが操縦する鳥車で王都へと向かっていた。

「ユフィ、止めて。」

サフィアが言う。

「どうしました?」

「何かがいたの。」

鳥車が停止し、サフィアが降車すると、深緑の毛深い物体が二足歩行で近寄ってきた。

「こんなところでどうしたの?」

深緑の小さな獣は、手に持った紙を広げて見せる。

「コレ、ヒロタ」

その紙は、闘技大会のチラシだった。

「闘技大会のチラシね。」

「トギ?」

顔を見合わせるユフィとアンシー。

「そう。強い人たちが集まって、一番を決めるの。」

「ツヨイヒト?カドゥモ、ツヨイ!」

「じゃあ、一緒に行く?」

「ウン!」

勝手に話を進めるサフィアに、ユフィとアンシーは困り顔。

「あ、あの、サフィア様。」

「ん?どうしたの?」

「この子、多分魔獣の子ですよ。安易に馴れ合うのも、王都に持ち込むのも危険です。」

「そうだよ。土上竜のこともあったし。」

「で、でも......」

どうやらサフィアは、庇護欲をそそるそのフォルムに絆されてしまったようだ。

はぁ、とユフィが首を横に振る。

「仕方ないですね。細心の注意を払いながら進みましょう。」

「だね。何かあったらお姉さんが何とかしよう。」

「うん。ありがとう、ユフィ、アンシーさん。」


「名前はなんていうの?」

「カドゥ」

「カドゥっていうの?良い名前ねぇ。」

「どこから来たの?」

先程まで警戒していたアンシーも、一転して興味津々である。

「チガウトコ、トウイ、トウイ」

「遠いところ?どれくらい?」

「シラン」

「そっかぁ。」

表情も変えず素っ気ない態度のように見えるが、サフィアとアンシーがカドゥを可愛いと感じるには、そのたどたどしい言葉だけで十分であった。

「カドゥちゃんは闘技大会に出るの?」

とアンシーが訊く。

すると、カドゥは腕を上げてマッスルポーズをしてみせた。

「カドゥ、ツヨイ!ミンナ、タオス!タノシイ!」

「へぇ、戦うのが好きなんだねぇ。」

「かっこいいわ!」

ベタベタにおだてまくる2人に気を良くしたのか、カドゥは嬉しそうな顔をする。

「カドゥ、イチバン!サイキョー!!」



翌日の正午。

「困ったもんだな。」

仁理は人気のない裏路地で途方に暮れていた。

相変わらず、通りから聞こえる音頭が耳につく。

(外で探せる場所は“黒亜先見隊”を総動員して探索したが収穫無しか。となると犯人(ホシ)は建物内か、或いは地下か。)

地図の×印を順に目で追う仁理。リヴェインとゾアによる目星は5箇所である。

(これでも見付からなければ手詰まりだな......自殺(リセット)も視野に入るか。)

瞬間、仁理の視界が大きく歪む。

「......ッ!!」

間一髪、何とか気を保って意識を戻した仁理。

(諦めるどころか、撤退を視野に入れるだけでアウトか......)

そして、次の瞬間。

「っお゛、ァ.........」

メキメキッ、という音が仁理の頭蓋から響いた。



同刻、正面の門前に到着したサフィア一行。

「門が閉まってますね。」

「おかしい......今まで閉められたことなんて無いのに。」

カドゥを抱っこしたサフィアが首を傾げる。

すると、

「おやおやおや!!これはこれは!!サフィア嬢ではありませんか!!!」

門前に現れたのは、アンノウン・アンダー・アンジェラレジアンである。

「アンノウンさん!」

「お知り合いですか?」

「ヒトリの知り合いみたいなの。すっごく信心深い人なのよ。」

「遠路はるばる!仁理様を探しにいらっしゃったのですね!!いやはや!!いやはやいやはやいやはやいやはやいやはや!!!実に!!実に実に慈悲深い!!」

会話もせず自己完結しているアンノウンにドン引きする3人。

「......しかし......私は貴方がたを通す訳にはいかないのです。」

「えぇ!?なんで!?」

「それが!!我が主!ノワール様の!お導きであるからです!!!」

「ノワール......!?」

聞き覚えのある名前に驚くユフィとアンシー。

そして、サフィアは静かに頷く。

「どうしても、ダメ?」

「ええ。どうしても、です。」

「......そう。」

次いで、サフィアはカドゥを下ろし、決意を固めた。

「誰だろうと何だろうと、ここは通してもらいます。たとえ力ずくになっても。」

「おおおおおお.........!!愛よ.........!!!」

周囲に闇が立ち込める。

(闇属性......?いや、違う。魔力じゃない。)

「皆様のお相手を“努め”させていただきます......“済世教(さいせいきょう)”最高司祭、アンノウン・アンダー・アンジェラレジアン、デス!!!」

皆の視界が暗転する。

拳の形を成して襲いかかる闇を難なく躱すサフィア。

(速い。というか、身体が無い腕は避けにくい。ヒトリの“凍掌(グレイシャルハンズ)”ほどじゃないけど。)

氷のナイフで闇を捌き、辺りを見回す。

周囲には誰も居ない。

(分断された......やっぱり搦手は厄介ね。)

一方、ユフィは、闇の腕に拘束されていた。

(油断した......!私の筋力ですらびくともしないなんて......!!)

一瞬、ユフィの手が左肩にかかる。

(......いや、早計か。今はアンシー様も居る。大丈夫。)

そして、当のアンシーはというと。

「あひゃひゃひゃ!やめて!!くすぐったい!!!」

「いやはや!アナタの肉体はあまりにも堅牢!!故に!!物理攻撃や魔法攻撃で攻略するのは無謀!!」

アンノウンの闇の腕にくすぐられていた。

サフィアは魔力を思いっきりぶつけてみるが、手応えは無い。

(垂れ幕を押してるような感覚ね。当たらないってわけじゃなくて、当たった上で効いてない感じ。ヒトリの貫通魔法なら突破できるのかもしれないけれど......)

一応、サフィアは貫通魔法を使用できる。しかし、仁理ほどの出力も無ければ、魔力消費を抑えられるほどの精密性も無いため、一発撃って終わりのくせに決定打も無いクソ技と化しているのだ。なお、これはサフィアに限った話ではないため、貫通魔法がまともに使える者は仁理とベスタぐらいしか居ない。

氷魔法と単純な魔力放出しか手段が無いサフィアとユフィに、拘束され身動きが取れないアンシー。手詰まりかと思われた次の瞬間、暗転した空間に咆哮が轟く。

「!?」

闇を引き裂いて、角を生やしたカドゥが現れた。

「カドゥ、ツヨイ!!!」

隆々になった腕が伸びてアンノウンに掴みかかる。

「コロス!!!」

「だめ!!!」

反射的に叫んで駆け寄るサフィア。

「サフィア様!?」

カドゥの肩を掴んで引き剥がそうとするサフィア。

しかしカドゥの力は強く、簡単に振り払われてしまう。

「ガアアアアアアア!!!!!」

アンノウンの首筋に噛み付き、引きちぎるカドゥ。

「カドゥ、イチバン!!サイキョ!!!」

あっさり事切れたアンノウンの上に立ち、高らかに吠えるカドゥ。一方で、3人は言葉を失っていた。

「アンノウンさんが......どうしよう.........」

サフィアの胸中は、絶望と焦燥で埋められていた。

言うまでもなく、アンノウンは仁理の知り合いである。関係値こそ預かり知るところではないが、サフィアはアンノウンの態度から、転移前の仁理の知り合いであったのだと判断していたのだ。

知り合いが殺されたとなれば仁理は悲しんでしまう。その上で、彼を殺したのが、サフィアと共に居た者だとしたら?

しかし、その思いは杞憂に終わることとなる。

「いやはや!!!いやはやいやはやいやはやいやはやいやはやいやはやいやはやいやはやいやはやいやはやいやはやいやはや!!いやはや!!!!!!!」

3人の背後に、アンノウンが現れた。

サフィアらは思わず目を疑った。確かにアンノウンはカドゥが仕留め、死体もそこに存在しているのだ。

「素晴らしい!!素晴らしい!!素ンン晴らしいッッ!!!正しく!!正しく正しく!!愛の祝福!!世界からの!!寵愛!!!!」

(どういうこと......?死体があるってことは分身じゃないよね......祝福?それとも.........)

サフィアのこめかみを嫌な汗が伝う。

再度掴みかかりに行くカドゥ。しかし、今度はアンノウンの闇に捕まり投げ飛ばされる。

「カドゥ、イチバン!!」

「素晴らしい!!素ン晴らしい!!!」

2人の様子に、もう収拾が付かないと踏んだサフィアが、王都の入口へと走り出した。

(鳥車を持っていく暇は無い!!入ってからのことは入ってから考える!!)

当然、行く手を闇に阻まれる。氷のナイフで応戦するが、斬っても斬っても湧いてくる。

その時だった。

「サフィア様!!」

切羽詰まったユフィの声。

振り返るが、アンノウンとカドゥが戦闘していること以外には、特に異変は無い。

「何!?どうしたの!?」

「上です!!」

ユフィの指さす先、門の上に、1人の人間が立っている。

目を凝らすサフィア。その者は、白髪を風に靡かせながら、氷属性の魔力を放っていた。

「アレは......?」

白髪の者が、大きく体勢を崩した。

「危ない!」

「待って!!」

走り出そうとしたサフィアをアンシーが制止する。

白髪はそのまま落下し、受身を取らず顔面から着地した。

近くで見ると、身体の所々から流血を伴って骨のような突起が出ているのがわかる。

「受身は取らねぇ主義なんだ。」

男の声。瞬間、ぐしゃ、と音がしてアンシーの右肩が弾け飛ぶ。

「.........へ?」

一瞬、何が起きたかわからないアンシー。

致傷部位を見て、事の重大さに気付く。

「ッ......あああああああ!!!!!!」

腹に掌底が捩じ込まれ、勢いよく後ろに弾き飛ばされる。受身が取れないアンシーの身体で、鳥車が大破した。

「グアアアアアアアアア!!!!」

白髪の男にカドゥが飛びかかるが、喉を掴まれ空高く投げ飛ばされた。

一方アンノウンは、涙を流している。

「おおおお.........なんと.........なんと美しい......!!」

「なに.........?」

ようやく思考が回り始めたサフィア。

(嘘......月まで投げ飛ばされても平気なアンシーさんが......一撃.........?)

視線が、アンシーから男へと戻る。

「やろうぜ。なぁ!!」

その顔は、

「.........ヒトリ......?」

有巣仁理、その人であった。


#30『祝福』

「フゥー.........」

大きく息を吐く。ヨーロッパの気候に近い異世界の空気は、未だ日本を忘れない仁理の肺に気持ち良く染み渡る。

「会長はん、えらいお疲れですねぇ。」

話し掛けたのはキリカ。コードネームは“ラピスラズリ”である。

「複製が余計なことをしたからなぁ。こりゃ事後処理が大変だぞぉ。」

ちなみに、これは仁理とサフィアの口論の翌朝、鳥車が出発した直後である。

「あの、遠征中に代わりに置きはったらしいやつですか?うち今日入りたてなんでイチから聞かしてもろてええですか?」

「まぁ良いよ。移動しながらね。」


リヴェインの用意した飛行船は、小ぶりな割に快適なものである。

小さくなっていく屋敷に思いを馳せながら、仁理はシャンパンの入ったグラスを揺らす。

「単純な話、一人じゃ足りないんだよな。今の俺は祝福無しじゃそんなに強くないし、三星会も資金と人手が足りないから、鍛錬と活動を兼ねて俺が前線に出たい。」

「けど、そうすると今度はサフィアはんの護衛ができへんから、複製を?」

「Yeah。イガルの一件、正確にはベスタ(ガーネット)を勧誘した直後にすり替えた。そして、本体は魔力放出過多による反動なんて無かったんだが、変なことをされないために複製には寝たきりになってもらった。」

「ただ、思ったより復帰が早うて、戻るのが間に合わへんかったと。」

「その通り。アマゼツから報告が入ったのが一昨日の晩、戻って来たのが昨日の晩だからな。ちょうどお前が加入したぐらいの頃かな。」

「ほんなら初めましてだったんですねぇ?えらい失礼なことしてましたわ。すみません。」

「いやぁ、もうちょい砕けた態度のが好きよ。なんなら俺のガワ被って勝手に家出されるよりはマシだし。」

「改めて言うとえらい緊急事態ですねぇ。どないします?」

「んー.........」

仁理の目に、黒亜先見隊の隊員が一人映る。

「え、なんスか?」

「そういや、ナノマシンで変装出来るよな?」

「ッスね。」

少し考えた後、仁理は頷く。

「複製は俺と同じスペ......能力を使えるし、“備忘録”で転写した記憶もある。つまり、幹部ですら接触したら危ないわけだ。よって、下っ端に幹部の代わりをさせる。」

「良いッスね。適当なの用意しますよ。」

「よろしく〜。」

「何や、記憶も能力も複製してはるなんて、倫理的に問題が出そうな複製ですねぇ?」

「じゃないと違和感を抱かれるだろ。けどまぁ、魂は入ってないしギリ大丈夫だろ。ギリ。」

「んー、ギリダメなんとちゃいます?」

「それは、まぁ。うん。ね。」


Tips:内通者

偽物が得た情報、やり取りなどはエイミー・クロードを通して三星会に共有されている。

協力を要請した理由は単純で、偽物を看破できる可能性が最も高いのがエイミーであるためである。

なお、エイミーはこれを快く承諾した。曰く、「仁理くんには恩があるからね。」とのこと。

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