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あの果てしない空の下  作者: kai
第三章
14/14

14.戦闘狂

『傘の話』


雨が降る中、買い出しに出るため傘を手に取った瑞希と、それを見る仁理。

瑞希「あれ、開く用のボタンがありませんね。」

仁理「中世ヨーロッパにワンタッチ式の傘がある訳がないだろ。貸せ。」

慣れた手つきで傘を開いて固定する仁理。

仁「これは和傘だな。素材が撥水加工を施した紙のやつ。多分ワモンの技術だな。」

瑞「なるほど。日本でいえばいつのものなんです?」

仁「傘自体は大昔だが、開閉出来るようになったのはたしか安土桃山時代ぐらいかな。」

瑞「じゃあなんで開けるんです?」

仁「......伏黒恵の記憶だろう。」

瑞「......多分伏黒くんは開けないと思いますけどね。」

鳥車に揺られ、窓から入ってくる風を浴びる仁理。

ちなみに、操縦しているのはアンノウンである。

「イエス!!」

仁理は大きく伸びをして、窓枠に肘を置く。

「んで、何で無堂は着いて来たんだ?」

正面に座る瑞希と目が合う。

「もうメイド服は着たくないので。」

「消極的な理由で定職を捨てるなよ。」

「それより、有巣さんの話をしましょう。」


#27『有巣仁理』


依然としてリルは昼寝を続けている。

「この際ですから、貴方がサフィアさんと喧嘩別れしたことは咎めません。有巣さんが戦闘好きなのは重々承知ですし、それを真っ向から否定されたら嫌になるのもわかります。それに、他人の不幸や迷惑を顧みず自己利益の追求のためだけに行動するのも、今に始まったことではありませんから。」

「ハハ、言うね。」

「私が気になるのはもっと根幹の部分です。そもそも有巣さんは何を目標にしているのか、何故そのような性質に落ち着いたのかという所です。」

「成程な。」

間。次に、仁理が口を開いた。

「俺の目標は、美しく死ぬこと。」

「美しく?」

「ああ。役割(ロール)を全うし潔く死ぬ。出来るなら戦闘の中が良いな。」

役割(ロール)......あー......」

瑞希の中で何か合点がいったようだ。

「要するに、今回はヒロインと仲違いしてお互いの尊さに気付く......みたいな展開がしたいと?」

「Exactly。」

「なーんか、不思議ですね。危機感が無いというか、演技じみてるというか。まぁ死ぬことが最終目標なので当然っちゃ当然なんですけど。」

「死ぬまでの暇潰しだからな。」

「暇潰しでサフィアさんが悲しんでいるんですがそれは。」

「それはまぁ......そのうち仲直りするからさ。」

「なるほど。」

ふー、と長く息を吐く瑞希。

「その言葉が聞けて安心しました。そのうち、が何時(いつ)になるかは現状決まってなさそうなので触れませんが。」

「サフィアは絶対に俺を連れ戻しに来る。」

「はいはい。私は寝ますから、変なことしないでくださいね。」

「するように見えるか?」

「騒ぐなってことですよ。」

「はぁい......」



「クソがッ!!」

思いっきり机を叩くのはミラ・グラミィだ。

ちょうどその時、ベスタが入室する。

「またご乱心ですねぇ。」

「当たり前でしょ!仇敵(ネギア)があんな状態になってるのに、殺すことすら許されないなんて!」

モノクルの位置を直すベスタ。

「流石は獣人!随分と野蛮ですねぇ。」

「何、喧嘩売ってんの?」

「いえ。喧嘩するまでもありませんよ。」

しばし睨み合う二人。

ミラが折れ、溜め息を吐く。

「ごめん。取り乱した。」

「いえいえ。落ち着けたのなら何よりです。」

「......あのさ。なんで僕じゃなくぽっと出のやつを土上竜戦に連れていったの。」

「ぽっと出ではありません。ちゃんと決闘で私に勝てる実力者ですよ。」

「そもそもあの決闘、手を抜いたでしょ。」

モノクルが光を反射する。

「なんで。」

「今後のために、彼のことを知る必要があると判断しました。」

「じゃあなんで負けたの。」

「私の予想を上回ったのですよ。まさか彼の祝福に攻撃能力があるとは思わなかった。」

「その片眼鏡、無能なんだから外せば?」

「とんでもない!これは私の個性の象徴ですよ!!」

「はぁ。」

俯くミラ。

「どれだけアリス・ヒトリが強くても、僕を差し置いて連れてく理由にはなんないよね。」

ベスタの方を向いたミラの視線が覇気を帯びている。

「あるでしょ、隠してること。」

やれやれ、と言わんばかりにベスタは首を振る。

「貴女が冷静さを欠くからですよ。5年前の失態を忘れたのですか?」

「冷静で居れるわけないじゃん。土上竜は僕の村を沈めたんだよ?」

「いかなる理由でも、上官が部下の足を引っ張るなど言語道断ですよ。今回も貴女の独断先行を防ぐために情報を秘匿したのです。」

「じゃあ、僕の気持ちはどうなるの?」

立ち上がるミラ。

「こんなに辛いのに!なんで僕に機会をくれなかったの?」

しばしの沈黙。ベスタは一向に口を開かない。

「何とか言ってよ!!」

その様子に、ミラは激情を見せる。

「いつもみたいにバカにしてよ!!僕が悪いって言ってよ!!」

ミラがベスタの肩を掴む。

ベスタはびくともしない。むしろ、眉ひとつ動かさずミラを見下ろしていた。

「......もういい。」

部屋を後にするミラ。

残ったベスタは溜め息を吐き、ゆっくりとした動作でモノクルを拭いた。



王都にある飲食店にて食事をする仁理、瑞希、リルそしてアンノウンの4人。

そして、雑に切られたステーキを頬張る仁理。

「で、行くアテはあるんです?」

瑞希のナイフが皿に到達する。

「取り敢えずアンノウンのとこの修道院に居候かな。」

ステーキの筋が噛みきれず難儀する瑞希。

「まぁ、その先は無堂次第だけどな。」

「?」

「口止まってるぞ。」

既に食べ終わっている仁理に促され、瑞希も慌ててステーキを平らげた。

「さて無堂、2つに1つだ。“俺”に着いて来るか、“俺ら”に着いて来るか。」

「......どういう意味ですか?」

「つまり、俺と秘密を共有出来るかどうか。そして一切口外しないと約束出来るかだ。」

迷いなく首を縦に振る瑞希。

「最初から、貴方に着いて行くつもりですよ、有巣さん。」

「ッハハ。やっぱそう言うと思った。」


歩くこと数十分。4人は王都の外れにある教会の前に立った。

そして、息も絶え絶えの仁理。

「ッアァ〜疲れた......」

「幸先が不安ですね......」

瑞希に背中を撫でられ、アンノウンが差し出した水を飲み、リルの頭を撫でてようやく息を整えた仁理。

「死ぬかと思った。」

「あんなに動いてるのになんで体力付かないんでしょうね。」

「さぁ......おそらく魔力のせい......?」

次に、アンノウンが聖堂の扉を開ける。

「仁理様、こちらに。」

聖堂の中に入る4人。

中に入ると、黒薔薇のステンドグラスと、街の外れには似つかわしくないほど広い空間が目に入る。しかし、人の気配は無い。

「ここに何があるんですか?」

「無堂。」

仁理が少し歩き、振り返る。

「俺の“ごっこ遊び”に付き合ってくれるか。」

意味ありげな言葉に少し視線を動かして考える瑞希。

しかし、おそらく深い意味は無いのだろうと思考を振り払う。

「内容によります。」

次の瞬間、仁理の掌に真っ黒なキューブが出現した。

「マフィアごっこ。この国の......ひいては世界中の害悪団体と抗争する遊び。」

「なるほど。」

仁理がキューブを差し出す。

瑞希は少し躊躇って、それを受け取った。

「......良いですよ。乗りかかった船ですし。」

満足げに頷く仁理。

「素晴らしいね。」

次の瞬間、音もなく床に地下へと続く階段が出現する。

「ど、どういう原理......?」

「っしゃ、行くぞ〜。」

「ひみつ基地!!」

「えぇ......?」


階段を降りること数分、4人は大きな扉の前に辿り着く。

「ここは?」

瑞希の質問に、仁理は首を横に振る。

「俺も知らん。」

「知らないんですか!?あんなに意気揚々としてたのに!?」

「まぁ良いだろ。取り敢えず入ろうぜ〜。」

「もう、調子良いんですから。」

「あ、あと、あんま騒ぐなよ。目ぇ付けられるからな。」

「?」

瑞希が聞き返す暇を塗りつぶすように、アンノウンが影の手で扉を開ける。

そこには、多数の修道女と黒い装備の者が居た。そして正面にはリヴェイン、ベスタ、キリカの3人が並んでいる。

「やあ諸君!息災かな?」

仁理の身体をナノマシンが覆い、黒い外套に変わる。

「良いねぇ!服装を統一した部下が増えると影の組織感が増すねぇ!」

席官が横にはけ、正面に大きな椅子が見える。

「さて、連絡を始める前に、今日は新たな席官を紹介しよう。」

仁理が瑞希の肩を持ち、皆の方に向ける。

「三星会最高評議会第六席に就任した“タンザナイト”だ。みんな仲良くしてね!」

「......えぇ!?」

話に着いて行けない瑞希を差し置いて拍手が巻き起こる。

「せ、席官って......?」

「最高幹部!君にはその6番目になってもらう。」

「な、なんでですか!?私てっきり下っ端になるものとばかり......」

「実戦経験だよ。在野から強者を発掘するには、この世界じゃ平和すぎるんでね。」

「そ、そうなんですか......?」

踵を返し、段を上がって椅子に座る仁理。

「さて、我々三星会の当面の目標は崇理教と吸血鬼連合を討伐することである訳だ。その前段階として、我々は資金を稼ぐ必要がある。ビスマス率いる“済世教”とアマゼツ率いる“黒亜先見隊”、そして新たにラピスラズリ率いる“アオイ商会”が資金源になる訳だが、これに加えて更に、ガーネット、もといベスタ・カース主催の闘技大会を利用することにした。」

足を組む仁理。

「毎年恒例だが今回は訳が違う。例年より多くの投資家や権力者の協賛が得られたからな。大きな規模で開催出来ることは間違いないだろう。それに我々も一枚噛むことになった。」

ベスタが一歩前へ出て話し始める。

「闘技大会の優勝賞金は金貨100枚!市場価値は100万コール!全て協賛で集まった賞金です!これを我々の自演によって全て回収するのが今回の計画です!」

おぉ、と声が上がる。

「加えて!闘技大会の運営はアオイ商会の主催で行います!!毎年恒例の闘技大会に新進気鋭の組織が参入したとなれば話題性は抜群!そして収益も我々のものになり商会は有名に!!」

おぉ!と声が上がる。

「そして、商会長のラピスラズリが自ら出場することで宣伝になる、と。」

仁理が補足すると拍手が起こる。

しかし、

「そ、そんなんうち聞いてへんけど......?」

ラピスラズリことキリカは困り顔。

「安心しろ。予選までは2週間。その間にベスタと俺で戦闘の基礎を叩き込む。」

「それで安心できるほど会長はんのことよう知らんけどなぁ......」

不安そうなキリカを置いて、集会は終わりを迎えるのだった。


直後。

「いいかキリカ、魔力は操作精度だぞ。」

「ええ。魔法使いは魔力を糸に出来てからが本番ですよ。」

修道院の庭で、キリカは仁理とベスタから魔力操作の指南を受けていた。

「圧縮した魔力は互いに引き付け合う。故に、魔力の糸を建物に引っ掛けて高速移動することも可能ですよ。」

その言葉に面食らう仁理。

「マジ?それなら血液混ぜてインチキしてた俺が馬鹿みたいじゃん。」

「ええ、馬鹿ですよ。」

「悲しい。」

キリカの掌に集まった魔力が霧散する。

「えらい難しいわぁ。」

「2週間あるし焦らなくて良いぞ。」

「......2週間じゃ間に合わへんと思うわ。」

その時、瑞希とリルが建物から出て来る。

「有巣さん。」

「ん?どうした?」

瑞希は少し目を細めている。

「なんか今日明るくないですか?」

「俺?」

「いや、空気が。」

「んー、まぁ快晴だし?」

雲ひとつ無い大空を仰ぎ見る仁理。確かに日差しは眩しい。

「いや、そうじゃなくて。こう......何というか、心理的に?」

「えぇ?」

その時、リルが弾かれたように後ろを振り向く。

「リル?」

リルの耳がピョコピョコと動く。

「なんか聞こえる。」

「聞こえる?」

ベスタに視線を向ける仁理。

「大通りの方角ですねぇ。どんな音が聞こえるんです?」

しかし、ベスタの問いかけに反応しないリル。

様子がおかしい、そう感じた瞬間だった。

「踊る阿呆に見る阿呆!!」

リルが、力いっぱいに叫んだ。

(―――不味い!!)

「耳塞げ!!!」

仁理の指示に従いリル以外の3人は耳を塞ぐ。

「雨が降ろうが屁の河童♪」

直後、此方を向いたリルの顔面が大きく崩れ、白く染まっておたふくの形になる。

同時に、瑞希とキリカの顔面も崩れ、それぞれ招き猫と布袋尊に変身した。

「気にせんでええじゃないか♪ほっておいてええじゃないか♪」

「ベスタ!!逃げるぞ!!」

同時に魔力の糸を放ち、建物を伝ってその場を離れる仁理とベスタ。


「同じ阿呆なら踊らにゃ損♪」



#28『ええじゃないか』


仁理とベスタ、リヴェイン、そしてアンノウンの4人は、大通りに面する建物の屋上に居た。

「流れ的に一波乱あるだろうなとは思ってたけどさぁ。」

縁にしゃがみ、通りを見下ろす仁理。

通りには、おたふくや翁、カエルからウサギまで、様々なモチーフの、人か人じゃないかギリギリの形をした人間が跋扈し、先刻の4フレーズを繰り返し歌っている。

「どうすんのこれ。」

「これは困ったことになりましたね。」

流石のリヴェインもお手上げといった様子だ。

その時、

「おや、私以外にも生存者が居たとは。」

4人の前に、口の無い白塗りの顔の男が現れた。

「どちら様でしょうか。」

ベスタが訊く。

「すぐそこの診療所の者だヨ。しかしすまない、生憎名刺を持っていないものでネ。」

特に警戒するでもなく頭を搔く男。名前を教える気は無さそうだが、どうやら敵対するつもりもなさそうだと仁理は判断した。

「それどうやって喋ってんの?」

「少年、天才の行動は常に凡人の理解の外にあるものだヨ。」

「返答になってないが。」

「それより、キミたちは何故アレの影響を受けていないんだネ?」

「何故?何故と言われてもな。」

振り返って後ろの3人の顔を順に見る仁理。

「おそらくこれは神からの祝福!!そして我々に与えられた試練!!!」

「少し黙りたまえ。此処は理性的に話し合う場だヨ。」

諭されたアンノウンはもの凄い速度で男に近付き、上体を傾けて顔を覗き込む。

「実に!勤勉!!」

「あまり耳許で騒ぐんじゃないヨ。」

「アンノウン、下がれ。」

「はい。我が主の仰せのままに。」

やれやれ、と口が無いのにも関わらず溜め息を吐き、男は通りを見下ろす。

「アレを見たまえ。」

男の指さす先を見る4人。

最初にリヴェインが気付く。

「犬が吠えていますね。」

「本当だ。」

仁理も、喉が裂けんばかりに力いっぱい吠える犬を見付けた。しかし、その声は通りのどんちゃん騒ぎに呑まれて聞こえない。

「何と可哀想な!!おそらく平穏を破られ理解を超えた事象に混乱しているのでしょう!!!」

「ふむ、つまり人以外には効果が無いということでさかねぇ。」

顎を撫でながら言うベスタを、男は首肯する。

「概ねそうだろうネ。先刻絆鶏(はんけい)で試したが同じ結果だったヨ。」

「成程なぁ。」

言わずもがな、5人の疑念は同じ所に向いていた。

「我々に効かないのにも理由がある筈だと考えるのが自然だろうネ。」

めいめいに思考を巡らせる5人。

最初に口を開いたのは口の無い男である。

「私の身体は見ての通り改造を重ねていてネ。もしかすると、人として判定されていない可能性がある。」

「それなら、私も同じです。」

リヴェインが言う。

「“本体”はリュック(ここ)にありますが、今操っている身体は人のそれとはかけ離れています。」

「成程。やはり我々は人外だから効かないと云うことか。なら他の3人はどうだろうネ。」

んー、と唸る仁理。

「......そもそも、この現象はおそらく『ええじゃないか』を起源とするものだろうな。」

「『ええじゃないか』?それは何だネ?」

「『ええじゃないか』とは、かつて俺が居た世界にある日本という国で、大昔にあった町での騒動の名称だ。」

「フム、ならキミは異世界からの転移者か。」

「ああ。」

「それで、その『ええじゃないか』の詳細は?」

「『ええじゃないか』が起きたのは、飢饉が続いた頃だ。当時は医療や科学が十分に発達しておらず、魔法も存在しない世界であるため疫病や気候変動を乗り切るすべが無くてな。民衆は神仏に祈るしかなかった。」

話す仁理の傍ら、騒ぎの列はとどまるところを知らない。

「当然、そんなことで飢饉は解決しなかった。故に、当時の勤勉で敬虔な民衆でも流石に嫌気がさしてな、祈るのを諦めたんだ。」

「成程。『ええじゃないか』とは、“解決せずともええじゃないか”という意味なのだネ。」

「そうなるな。」

溜め息混じりに言う仁理。

そこで、あることに気付く。

「......諦念、か。」

「ほう?詳しく聞こうか。」

「『ええじゃないか』は民衆が問題解決を諦めることで起きる。詰まる所、既に諦めている者や諦めを知らぬ者の口からその言葉は出ない訳だ。」

「フム。つまり、対象者の精神状態が影響の有無を左右すると、そう考えた訳だネ?」

「ああ、おそらくな。」

通りの喧騒は更に大きくなっている。

「取り敢えず、私は彼らで色々試してみることにするヨ。何か判ることがありそうだからネ。」

「被検体は5体程度にしておけよ。頭数があるとはいえ、いきなり大人数が消えちゃ可哀想だ。」

「ああ、最低限にしておくヨ。」

そう言い、口の無い男は通りに飛び降りた。

「ガーネットとビスマスは門の封鎖を。既に出たヤツが居たら街の中に押し込め。」

「了解です。」

「我らが主の仰せのままに!!」

ベスタは魔力の糸で飛び去り、アンノウンは影に潜って移動していく。

「どこまで予想通りだ?」

「会長が解決するところまで、ですよ。」

「......そうか。行っていいぞ。」

そして、リヴェインも通りに飛び降りた。

伸びをする仁理。歌の勢いは先程から衰えていない。

(こんな事象が自然に発生して良い筈がない。故に、発生源は人間か魔道具のどちらかで、人間なら大元は祝福か契約印だろう。尤も、ミーム汚染の類だろうから、俺の『 』(しゅくふく)があれば対処自体は簡単なんだが。)

『踊る阿呆に見る阿呆♪雨が降ろうが屁の河童♪』

「さて、誰の作為だろうな。」

そう言い、仁理は喧騒の中に身を落とすのだった。



部屋の扉がノックされる。

「サフィアちゃ〜ん......」

そっと扉を開けるアンシー。一方のサフィアは、ベッドに小さく座って俯いていた。

「大丈夫?」

サフィアからの返答は無い。どうやら塞ぎ込んでいるようだ。

サフィアの背中を撫でるアンシー。

「寂しいよね。」

サフィアは自身の腕の中に顔をうずめる。

「ヒトリ君はさ、たぶん、戦うのが好きなんだよね。ベスタと戦った時も楽しそうだったもん。」

舞っていた白い羽が机に落ちる。

「仕方ないなんて言えないけどさ。ヒトリ君はどうやっても止まらなかったと思うんだ。」

白い羽は机の上でピタリと止まって動かない。

「......じゃあ、どうすれば良かったの。」

「大事なのは“どうすれば良かったか”じゃない。」

アンシーは自分の谷間に手を入れ、チラシを取り出しサフィアに渡す。

「これからどうするか、だよ。」

少し汗で滲んだチラシには、王都で開催される闘技大会のことが書かれていた。

「......汗の匂い。」

「ごめん......」



『気にせんでええじゃないか♪ほっておいてええじゃないか♪』

民衆の中を進む仁理。

歩きがてら、ナノマシンを触手状にして適当に何人か叩くが、民衆はビクともしない。

『同じ阿呆なら踊らにゃ損♪』

(極端な破壊耐性。魔力も受け付けないと来た。)

適当に目の前の招き猫にタッチしてみる。しかし、目立った反応も手応えも無い。

(『 』(くうはく)も効果無しか。もうお手上げかな。)

『 』をフル活用し、有象無象をすり抜けながら通りを進む。

(そもそも『 』が祝福の体裁を保ってんのが悪い。ゴリ押しで解決しても面白くないからこれで良いんだが、そもそも解決出来なければ話が変わってくる可能性がある。)

「......あ、魔力探知忘れてたな。」

目に魔力を込める仁理。

案の定、民衆にまとわりつく濃い魔力が視える。

(白か。サフィアから教わった通りなら光属性。光属性の魔法は本来、遠距離攻撃と支援がメインの筈だが......“地獄への道は善意で舗装されている”とはよく言ったものだな。)

その時、白い魔力の中に濃い黒色の魔力が見えた。

瞬間、岩の割れる音。

「ッぶねぇ。」

間一髪、回避した仁理。

最小限の退避で体勢を立て直し、被っているフードを引く。そして、ナノマシンで口元を覆って顔を隠した。

対面したのは濃い闇属性の魔力を纏った大柄の女である。彼女が殴った地面には、成人が2人収まる程度の凹みが出来ていた。

「速いね、キミ。」

「そりゃどうも。」

ちなみに、仁理は身長168cmに対して体重45kg。超軽量の引き撃ち特化ビルドである。

(とんでもねぇパワーだな。アンシーには劣るが。)

「やっぱり加減が難しいね。」

女は緩慢な動作で拳についた小石をはらう。

「あんた何モンだ。」

「ここで名乗る理由はないよ。」

「なってねぇな。男は女の名前を呼びたいもんだぜ。」

「私みたいな筋肉達磨を女として見てくれるのか。物好きもいたもんだ。」

筋肉達磨と言いつつ、女の肉体はかなり引き締まっている。

しかし、この場でそんなことは関係ない。彼らの会話はただの試し行為でしかないのだ。

石を拾って投げる女。現在の民衆は怪我をしないからと回避行動をとる仁理。

(魔力操作が雑すぎる。ただ、馬鹿みたいな魔力量と出力でそれを補っているな。)

次の石が連続で投げつけられる。仁理はジャンプや左右の動きで、出来るだけ女との距離を維持したまま回避を続けた。

(馬鹿の一つ覚え、お手本のような力押し。しかし魔力に底が見えんな。)

表情は変わらないが、露骨にテンションが上がる仁理。

「良い腕だな。相当鍛えたと見える。」

「君も中々だよ。ここまで当たらないのは久々だ。」

女も心なしか嬉しそうに見える。

「んじゃ、次は俺の番だ。」

ナノマシンを、十字架の先端に円が付いた形の杖にする仁理。

「妙な形の武器だね。」

「羨んでも貸さないぞ。」

「私には短いから遠慮しておくよ。」

杖の先端、大きな輪の真ん中から高密度の魔力弾が飛ぶ。

女はそれを容易く弾くが、被弾した腕部の装甲が炎上する。

「おっと。」

装甲を叩いて消火する。その隙を逃さず、仁理は魔力の刃を伸ばして横薙ぎをした。

建物が巻き込まれて倒壊する。しかし、女は装甲が両断されただけで、ダメージは無い。

「おぉ。まさか切られるとは。」

腹の辺りで両断された装備が落下し、真っ白な肌と黒のショーツ、そして綺麗な形の腹筋が露見する。

「良い腹筋だな。」

「ありがとう。そっちこそ、良い魔力だね。」

「どうも。」

杖の先端に魔力の刃を付けて鎌にする仁理。当然、そのまま斬り掛かる。

一方、魔力を纏って防御する女。直後、出力負けして仁理が弾かれた。

(マジか......)

基本的に、異なる属性の魔力同士は弾かれ合う性質がある。

原理は単純で、それらは性質が異なるため混ざらないというだけの話である。無堂瑞希のような例外を除けば、相容れない魔力は互いの侵犯を阻害しようとする。そして、魔力同士が押しあった場合は通常、より密度の高い方が勝つ。

しかし、今回はイレギュラーが起きた。女の魔力出力があまりにも高すぎて、炎を出せるほど密度の高い仁理の魔力ですら押し負けたのだ。

ちなみに、魔力出力とは一定時間内に放出できる魔力量の多さであり、それを決定するのは肉体の持つ魔力抵抗力がいかに低いかである。

「とんでもねぇな。」

「君も大概だよ。良く身体がもつね。」

「治癒魔法ガンガンに回してるからな。」

「へぇ。じゃあ私とお揃いだ。」

(治癒魔法ガンガンに回しててこんだけの魔力量......?)

流石の仁理も困り顔。

女は意に介さず、上半身の装備を外して仁理に殴りかかった。

杖で応戦する仁理。右手首が悲鳴を上げる。

(全力の魔力強化でコレか......!)

幾度ものやり取りを重ねる内、仁理の魔力に底が見え始めた。

舌打ちする仁理。

(流石に無茶か......)

次の一撃を受けて回避しよう、と消極的に攻撃を受けた仁理。しかし、魔力操作が限界を迎えてナノマシンがバラバラに砕け散る。

「あ。」

瞬間、仁理の視界に入ったのは、仁理を迎え入れんばかりに広げられた両腕と、少しばかり汗ばんだ真っ白な谷間。

無論、それを良しとせず仁理は後ろに飛び退く。

「おっと、避けられたか。」

「そら避けるだろ。谷間で圧死なんて喜劇でも見たことが無い。」

「別に、殺すつもりはなかったんだけどねぇ。」

ぺちっ、と自分の太腿を叩く女。

(やっぱ魔力量に底が見えんな。このままオーバードライブしてもリソース不足でこっちが先にぶっ倒れそうだ。)

魔力での戦闘を諦めて腰の刀を抜く仁理。万が一に備えて、魔力を必要としない武具も持ち歩いているのだ。

臨戦態勢の仁理を見て女は満足気な顔。

「さて、第二幕といこう。」

『扉を開けさせたい話』


サフィアの部屋の扉をノックするハインツ。

ハインツ「雪だるま作ろ〜♪」

ユフィ「今朝から歌ってますけど、それ何なんです?」

ハ「ヒトリが歌ってたんだよ。ドアを開けて〜♪って。」

ユ「“ドア”って何なんですかね。」

ハ「多分、扉じゃないかな。文脈的に。」

ふざけたリズムで扉をノックし続けるハインツ。

ハ「一緒に遊ぼう♪どおして♪出てこないのぉ〜♪」

ユ「......やっぱり、返事が無いですね。」

ハ「サフィア。昼食は台所に置いておくから、後で食べるんだぞ。」

その時、アンシーが歩いて来る。

アンシー「どうしたの?」

ハ「いや、サフィアが塞ぎ込んでてな。」

ア「えっ、何かあったの?」

ユ「今朝、ヒトリ様が出て行ってしまわれたのです。」

ア「ありゃ、ヒトリ君が。そりゃ大変だ。」

ハ「お前冷静だな。『ヒトリ君を追いかけないと!!』とか言いそうなのに。」

ア「ふふん!これでも私は冷静な大人なのだよ!」

ユ「冷静な大人は自分を冷静だとは評価しないと思うのですが。」

ア「ま、サフィアちゃんのことは私に任せなさいよ!お姉さんがどーんと解決してあげよう!」

ハインツ・ユフィ(不安だ......)

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