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あの果てしない空の下  作者: kai
第三章
13/14

13.三星会会長・有巣仁理

『様式美の話』


ナノマシンの運用を練習するため、リヴェインに指導を受けた仁理。

仁理「しかし驚いたな。異世界ものだと思っていたらSFが始まるとは。」

リヴェイン「おや、気に入っていただけませんでしたか。」

仁「そりゃな。ピザの上にパイナップル乗せられた気分だ。」

リ「すみません。蒸気機関もまだ発明されていない中世の世界には不相応でしたか。」

仁「言うまでもなくな。というか、変な技術を流通させたりしてないだろうな。」

リ「ご安心を。言い付け通り世界観は守っていますよ。」

仁「不安だなぁ。しかし、急激な技術の発展は人の倫理や道徳を置いてけぼりにするからな。人間はなんでも殺しの道具にする。」

リ「難しいものですね。技術の発展は進歩と同時に人の進化を妨げる枷となると。」

仁「今後、SFチックな技術が開発出来ても仲間内でしか使用しないってことでよろしく。」

リ「承知しました。機密保持に徹底して参ります。」

クロード邸に戻って数日が経過したある日。仁理は、ユフィと共に屋敷の裏の屋外演習場に来ていた。

「体調、すっかり良くなりましたね。」

「ええ。サフィア様とユフィさんには感謝しないとだ。」

サフィアとユフィの看病の末、魔力でガタガタになった仁理の身体はなんとか健康を取り戻した。

「しかし、ある程度動けるようになったとはいえ、もう少し休んでいた方が良いのでは?」

「それが、おそらくそうもいかないんですよ。」

「と、言いますと?」

「我々......特に私の仕事はサフィア様の護衛と屋敷の警備。崇理教や吸血鬼連合といったきな臭い組織の存在が危ぶまれる以上、おいそれと休む訳にはいきません。」

「......くれぐれも、無理はなさらないように。」

「ええ。ヤバくなったらやめますよ。」

指を銃の形にして魔力を放出する。しかし、魔力は途中で蒸散し、的には到達しなかった。

(イガルの一件では『 』(くうはく)で誤魔化していたからな。そのツケが回って来たか。)

「その使い方では効率が悪いのでは?」

「そう、思いますか?」

仁理の質問に、ユフィは首を傾げる。

「ええ、思います。術式を通した方が効率は良いかと。」

一方、仁理は大袈裟に首を振る。

「なってない。なってないよユフィさん。君は何もわかっていない。」

「?」

ユフィに顔を近付ける仁理。

「私が鍛えたいのは効率ではなく出力だ。」

「あ、あの......ち、近い、です......」

ユフィの手を取る仁理。

「ひ、ヒトリ様......?」

「魔力出力は肉体の持つ抵抗力で決まる。要は、肉や骨に魔力の流れが阻害されるんです。」

「は、はぁ......」

「しかし逆に、身体の外側を這わせれば外気に晒され揮発するため効率が著しく落ちる。」

「えと、効率は気にしないのでは......?」

「ユフィさん!!」

「ひゃい!?」

ユフィの顎を掴む仁理。

「魔力出力を上げる方法は?」

「ふぇ......ほの......ふぁ」

手を離す仁理。

ユフィは咳払いをする。

「......継続的な訓練です。身体を魔力に慣らすことで、一度に扱える魔力の量を増やすんですよ。」

「え〜マジ〜......?」

「マジです。」

自分の掌と睨めっこする仁理。

手首を流れる血管を見て、あることに思い至った。

「魔力の通り道を作れば良いのでは?」

「通り道......?」

仁理は、右手に複数の魔力の糸を這わせた。

そして、掌の中央に円形の魔力用出口を用意する。

「すごい......しかし、かなり魔力を使うのでは?」

「ですね。かなり圧縮しているので、見かけの数十倍は使っています。」

的に掌を向ける仁理。

魔力弾を発射しようとするが、魔力の糸が切れてしまう。同時に、仁理の腕は嫌な音を立てて血を噴きながら断裂した。

「おっと。」

「ヒトリ様!?」

駆け寄るユフィ。

一方の仁理は、冷静に治癒魔法を掛けた。

「治癒魔法......」

傷口から無くなった腕が生える。

「無くなった腕を生やすなんて......」

「治癒魔法の精度は魔力操作の影響を受けるみたいですね。」

掌を数回握る仁理。

その時、ユフィの動きが止まる。

「......ユフィさん?」

「ヒトリ様、何か隠していることがありますよね。」

「隠し事?」

視線を上に向け記憶を探る仁理。

(心当たりはノワールのこと。しかし、ベスタやサフィアから情報共有を受けていない限りユフィは気付かないだろう。気付いたとしても、ベッドの上で動けない間に指摘する筈。なら何だ?)

明らさまに言葉に詰まる仁理に手応えを感じたユフィ。

「ヒトリ様から、金属のような匂いがするのです。」

「金属?」

(―――ナノマシンか!)

大袈裟に自身の身体を探ってみる仁理。振袖の中身も開いて確認し、大きく振ってみる。

すると、ユフィは仁理の二の腕に触れた。

「ここ、ですよね。」

「......!!」

弾かれたように、氷のナイフを突き付ける仁理。

(腕が吹っ飛んだ時に確信を与えたのか......!)

すると、ユフィは仁理の手を包み込むように握った。

「良いですよ。ヒトリ様になら、殺されても。」

『誘い受け』。猫型の獣人に雌雄問わず見られる、気に入った異性を挑発し興奮を煽る行動である。

溜め息を吐き、ナイフを消す仁理。

「......別に、殺したりしませんよ。試すようなことをしてすみません。」

この時、ユフィはナノマシンについての確信を抱いていなかったものの、金属の匂いと、魔力によって仁理の肘から先のみが破裂したことに違和感を感じていた。そして、当てずっぽうではあるものの、仁理の二の腕の骨髄内に、骨組織より魔力抵抗の少ないナノマシンが潜んでいることを指摘した。

「......いえ、私も不用意なことをしました。」

獣人特有の観察眼と、獣人らしからぬ推理能力。そして、目の前の雄が自身より強いと知りながら違和感を指摘する無鉄砲さ。

「誰にもバラさないと、約束出来ますか。」

有巣仁理は、ユフィに魅せられてしまった。

「ええ。勿論です。」


#25『俺のための嘘』


「血液操作?」

「ええ。術式を介した氷の操作では氷が固体であるため動作に限界があり、魔力のみでの操作だと物理的な影響が与えられないんです。なので、魔力の伝導率が高い血液を魔力に混ぜ、本物の糸のような操作を可能にしているんですよ。」

「なるほど、血液も鉄の匂いがするからですね。」

この血液操作は、王都における吸血鬼連合との戦闘の際や、ベスタ・カースとの戦闘の際に使ったものである。

(嘘。しかし、ユフィは気付かないだろう。人という生き物は、目の前に転がった“納得のいく結論”に飛び付くものだからな。)

血液でボールを作ってみる仁理。

「操作がお上手ですね。」

「ありがとうございます。」

その時、ユフィが仁理の手首にある傷に気付いた。

「ここから血液を?」

「ええ。治すと一々痛いので、一通りの戦闘が終わるまで穴は残すんです。」

「そうなんですね......」

傷の近くを撫でるユフィ。

「......ユフィさん?」

沈黙を貫くユフィ。

その様子に、仁理はある確信を持つ。

(三星会という明確な裏の顔が出来た以上、ここで鈍感系主人公になる利点は薄い。何故なら、今後俺がボロを出した際、賢いユフィは勘付いてそれをダシに脅迫をしてくる可能性があるからだ。それに、ユフィに利用価値がある以上、他の者に手篭めにされる可能性も出て来る。ならば、此処で籠絡しておくべきだろう。)

仁理は、その顎を掴んで無理矢理目を合わせた。

「駄目ですよ、知り合って間も無い異性に手を出すのは。」

優しく微笑む仁理。ユフィは思わず目を逸らす。

「い、いえ、そんなことは......」

「ハハ、冗談ですよ。しかし、くれぐれも血液操作のことは秘密にしてください。吸血鬼も同じ技を使っていたので。」

「は、はい......」

的の方へ向かう仁理。

一方、ユフィは赤面して俯いている。

(案外いけるもんだな。)

ユフィから視線を外し、掌を的に向ける仁理。

(布石は打った。まぁ、利用する機会が無いことを祈るが。)

放たれた魔力弾は、綺麗に的を撃ち抜いていた。



ナノマシンの操作を練習する仁理を横目に、『万世の備忘録』を閉じるベスタ。

「会長殿はまた意地が悪い。」

「利用出来る物を全て利用する、その方が影の組織っぽいだろ。というか、心の内までわかるんだな、それ。」

「いえ、全く。私の推測です。」

「凄いなお前......」

モノクルを拭くベスタ。

「そういえば、偽名は考えたのか?」

「全然。」

「興味無さそうだもんなぁ......リヴェインとアンノウンの分も俺が考えとくから、ベスタから伝えといて。」

ベスタはモノクルを装着する。

「了解しました。」

「で、要件は?」

「此方です。」

ベスタは仁理にあるチラシを手渡す。

「近々、ベスタ・カースの名義で闘技大会を開きます。優勝賞金はなんと金貨100枚!」

「ひゃ〜高ぇ。」

ちなみに、金貨100枚は日本円で一億円ほどの価値である。

「表向きは騎士団の人手不足を解消するための人材発掘。しかし、我々の主目的は、投資家や商人との関係構築と資金稼ぎにある。」

「詰まる所、俺が出場して優勝賞金を掻っ攫うマッチポンプ......協賛で得た金貨100枚を丸ごと俺らの手に収める、いわば劇場型の興行な訳だ。」

「話が早くて助かります。騎士団は人材を確保し、三星会は資金を確保する。一矢二獣(いっしにじゅう)の大会です。」

「良いだろう。しかし、変装を用意する必要がある。リヴェインを呼んでくれ。」

「ええ、すぐに。」


仁理、リル、ベスタ、アンノウンの4人は、リヴェインの研究室へとやって来た。

「広。」

「素晴らしい!まさしくリヴェイン殿の叡智の結晶ですねぇ!」

とベスタ。

「実に!実に実に勤勉!!実に実に実に実に実に敬虔!!!」

とアンノウン。

そしてリルは、

「でっかあああい!!」

すぐに走り出してしまった。

「リル、あんま変な物触るなよ。」

「元気で良いですね。」

「気が気じゃねぇよ。」

ベスタとアンノウンが様々な物に目星を付けながら騒ぎ続ける中、仁理とリヴェインは意に介さず歩く。

「これなに?」

リルが指さしたのはルービックキューブのような物だ。

「“ルービックボム”です。」

「ルービックボム?」

「はい。勝手に動いて揃うパズルです。色が揃うと爆発するんですよ。」

リヴェインは、ルービックボムを仁理に手渡す。

「へえ、崩すごとにタイムリミットが伸びるとか?」

「よくお気付きになられましたね。流石会長です。」

仁理は軽快に口笛を吹く。

「ひゅ〜、わっる〜い子ちゃん♡」

「これは?」

次にリルが指さしたのは、ピンクのトゲトゲである。

「それは“風船ウニ”です。」

「フーセンウニ?」

「はい。表面に、触れると人の身体を膨らませる毒を仕込んでいます。」

「毒......!」

「怖がらせ大会で使えそうだな。」

「これは?」

次にリルが指さしたのは赤い石である。

「それは“賢者の石”です。」

「ケンジャのイシ?」

「はい。継続的に摂取すると不老になりますよ。」

明らかに実現不可能な効果に驚く仁理。

「どういう技術?」

「治癒魔法の応用で、老化した細胞を入れ替えるんですよ。」

「そんなことが出来るのか。」

「フロウ?ってなに?」

「歳を取らなくなりますよ。」

リルの視線が仁理に向く。

「......飲まないからな。」

そんなやり取りをしながら、ある機械の前で立ち止まる3人。

「注文通りの着色をしてありますよ。」

リヴェインは、金色のキューブを仁理に渡す。

「ありがとう。」

そして仁理はキューブに魔力を流し、胸を盛った上で黄と青の形にして着用する。

「んで、髪か。」

ナノマシンが付着し金髪の様相を呈する。

「ちゃんと声も変えようかな。CVは......」

魔力の糸を操作し、声帯を弄る。

「茅野芽衣で。」

そして、瞳が青に染まる。

「素晴らしい!まさしく神の御業!!実に!実に実に精密!!」

「ここまで完壁に変装出来るとは!流石会長殿!!」

相変わらず騒がしいアンノウンとベスタに飽き飽きする中、リヴェインが説明を付け加える。

「そのナノマシンには、少量の金鉱石で着色してあります。金は融点が高く、また熱伝導率が高いので炎系の技には注意してください。」

「火属性の魔法使いと戦う時はキンキンに冷やせと。」

「はい。」

仁理はナノマシンを格納する。

「偽名はどうします?」

ベスタが訊くと、仁理は少し考える。

「アリス・ワンダー。」

「本名と似た名前で良いんですか?」

「寧ろ似せた方が良い。偽名を本名に似せる馬鹿なんて居ないからな。」

「また面妖な。」

キューブを見つめる仁理。

「今、お前らの偽名を思い付いた。」

「それは!!素晴らしい!!!実に実に実に実に実に実に実に実に実に実にィ!!!」

騒ぐアンノウンをよそに、仁理は話を続ける。

「鉱石の名前にしようと思うんだ。」

皆に向き直る仁理。

「三星会最高評議会第一席、リヴェイン・ステイコール。別名“アマゼツ”。」

「ええ、良いですね。」

「同第二席、ベスタ・カース。別名“ガーネット”。」

「ガーネット......良い響きです。」

「同第三席、アンノウン・アンダー・アンジェラレジアン。別名“ビスマス”。」

「素晴らしい!!まさに我らが主からの祝福!!愛の!愛の証!!!」

「そして同第四席、リル。別名“オニキス”。」

「おにぎり!」

「オニキス。」

「オニキス!!」

「以後、裏での活動ではこの名を用いるように。俺からは以上。皆は?」

「では、私から一つ。」

挙手したのはリヴェインだ。

「今夜の“暇潰し”の相手が見つかりました。」

「良いね。」



その夜。

「いやぁ、手応えは無いが楽しいね。」

仁理とリルはリヴェインの案内の下、盗賊狩りを行っていた。

ナノマシンを用いて攻撃を防ぎながら頭を殴って気絶させる。近接メインの野良盗賊を相手取るだけなら、片手で済む簡単な戦闘である。

同行したのはリヴェインの部下。リヴェインと同じく全身を黒い装備で包んだ戦闘部隊2名と物資回収部隊4名の合計6名である。

「これで終わりか。アマゼツ、そっちは?」

「此方も制圧が完了しました。」

「相変わらず手際が良いね。」

「おや、オニキスはどちらへ?」

「あそこ。」

仁理が指さす先では、オニキス、もといリルが色んな物をひっくり返しながら暴れている。

「追い詰めたぞ!!」

「ひいっ!?やめてくれ!!」

「がうっ!!」

血飛沫が飛び散る。

「あんま殺し過ぎるなよ。金貨が汚れる。」

「わかってる!」

別の気配に気付き走り去るリルを見送り、肩をすくめる仁理。

「やれやれ。」

「ハハ。元気なのは良いことです。」

その時、仁理はすぐそばに檻があることに気付いた。

「檻があるな。暗くて気付かなかった。」

「何か居るのでしょうか。」

リヴェインがランタンを取り出し、二人で中を覗く。

中には、額に2本の角を持つ青髪の女性が居た。

「大丈夫ですか。」

女性は酷く怯えた様子である。

「お前怖がられてんぞ。」

「装備が怖いのでしょうか。」

「図体デカいからじゃね。」

「その可能性もありますね。もしくは男性恐怖症とか。」

「成程。」

改めて見ると、女性の服はボロボロで、身体には痣や縫い跡が大量にある。

「おそらく後者かな。しかし、」

檻の中に手を入れ、仁理は女性の服を捲る。

女性の腹には契約印が刻まれていた。

「ビンゴ、悪魔の器だ。しかし何故此処に?」

「我々の前で覚醒したリルさんの例からも、契約印が刻まれるのは崇理教の仕業ではないことがわかります。辺りを放浪していた所で拾われたのかと。」

「成程な。」

「解剖して詳しく調べましょうか?」

「いや、契約印はスケッチだけ取って此処で消そう。今はとにかく人手が欲しいし、情報も引き出したい。鬼なら尚更、仲間にして損は無いだろう。」

「承知しました。すぐに記録の用意をします。」

「OK。俺の方で解錠しとく。」

リヴェインが部下を呼びに行き、仁理はナノマシンによる解錠を試みる。

「あ、あの......」

その時、女が初めて口を開いた。

「んー?」

「け、消すんですか......?」

関西弁のイントネーションで言う女。

(さては話聞いてなかったな?)

「契約印をね。」

「う、うちは......?」

「んー、仲間にする、もしくは情報だけ提供してもらって解放かな。その場合は口止め料も渡すけど、どうする?」

「な、仲間にしてください!」

仁理の手が止まる。

「解放してもろても行くアテなんかあらへんし......」

「良いよ。此方としても助かる。ただ、」

「......ただ?」

「目の前で話し合っている人の話ぐらいは聞こうか。最低でもそれぐらいは出来ないとこの先やっていけないよ。」

「き、気ぃ付けます......」

「ほんなら下がって。」

「はい......」

ピッキングを諦めた仁理は、魔力を圧縮して剣を作る。

「苦労したんだぜこの技。」

剣をゆっくり差し込み、鉄棒を何本か溶断する。

「よし。」

女が出ようとする。

「ちょちょちょちょ!火傷するぞお前!」

「あっ、す、すいません......」

「カンニンしてやぁもう。危なっかしいったらあらへんわ。」

「えぇ......?」

すぐに氷で鉄格子を冷やし、女に手を差し伸べる。

「ほら、冷やしたから。」

「は、はい。」

仁理の手を取る女。その手は少し温かい。

「体温が高いな。」

「鬼なので......」

「基本鬼って体温高いの?」

「はい、まぁ......」

「へぇ。勉強になった。」

リヴェインが部下を一人連れて戻って来る。

「おや。」

同時に、一際大きな魔力の気配を察知した女。仁理も、女が向いた方を見る。

暗がりから現れたのは、大剣を携えた大男であった。

「ベスタよりデカいな。」

「ええ。巨人族でしょうか。」

ちなみに、ベスタは188cm、アンノウンは180cm、そしてリヴェインは185cm。一方、目の前の大男は少なくともリヴェインの1.5倍程度はある。

「下がれ。」

仁理の指示で、リヴェインは女を連れて下がる。

しかし大男は、自分に言われたと思ったのか、

「下がらぬよ。」

と言う。

「お前に言ってねぇよ。」

掌で魔力を練り始める仁理。

「取り敢えず構えろ。サシで()ってやる。」

「不遜な。貴様で我の相手が務まるのか?」

「お前の部下が一網打尽になってんのが答えだよ。」

「ほう、乱戦と一騎打ちでは勝手が違うのだがな。」

大剣を抜く大男。

「良いだろう。夜食には丁度良い。」

仁理の魔力が身長よりも長い太刀の形になる。

静止する両者。白い煙がたなびく。

瞬間、大剣が振り下ろされるが、

「何......?」

その刃は、真ん中で溶断された。

「突き詰めれば、魔力はただのエネルギー。故に、圧縮を重ねれば光と熱を帯びる。」

魔力の太刀は、青色の炎を纏っていた。

「直剣に使われる金属の融点は低い。何故なら、直剣は溶かして鋳型に流し込むことで作られるからだ。相応の熱さえ扱えるのなら、溶解させることなど容易い。」

「しかし、貴様の魔力属性は氷。火属性の魔法使いとは違って熱耐性を持たぬ筈だ。」

「馬鹿かお前は。氷で冷やしてりゃ一緒だろ。」

「......そうか。確かにな。ならば、」

腕に茶色の魔力を込める大男。

しかし次の瞬間、肘を仁理に切断される。

「させねぇよ。」

「ふむ、その心意気、見事なり。」

蒼炎が揺らめき、大男の首が飛ぶ。

「呆気ねぇな。」

戦闘の間にデッサンを終えていたリヴェインが近寄る。

「それほどの魔力圧縮が出来るとは。」

「圧縮に関係するのは出力じゃなく魔力量と操作精度だからな。」

大きく伸びをする仁理。

「これで全部?」

「ええ。もう人の気配はありません。」

仁理が女の腹に触れて契約印を消す。

「本当に消えた......」

「んじゃ帰るか。リルー帰るぞー。」

「はーい!!」


アジトに戻った一行。

回収した物資とサンプルを整頓しに行くリヴェインを尻目に、仁理は女を座らせ、傷跡を治癒魔法で消していく。

「名前を聞こうか。」

「キリカです。」

「キリカか。名字は?」

「名字はありません。平民なので。」

「へぇ。」

傷が消えていくのを眺めるキリカ。

「あ、あの......」

「んー?」

「貴方は......その、名前はなんて言いはるんです?」

「ノワール。」

「ノワール......名字は?」

「無いよ。偽名だからね。」

「偽名......本名は教えて頂けないんですね。」

「まぁ、仲良くなるまではね。」

「仲良うなるまで......頑張ります。」

頬に触れられるキリカ。

「助けてくれてありがとうございます。」

「ついでだよ。見捨てたら寝覚めが悪くなる。」

「ふふ、お優しいんですねぇ。」

「まさか。」

仁理は処置を終え、キリカの肩を叩く。

「終わり。で?どうするんだっけ。」

「仲間に入れてくれるって話でしょう?」

「あぁ、そうだったな。」

仁理がリヴェイン、もといアマゼツを呼ぶ。

「はい。」

「こいつに色々教えてやって。俺じゃ力不足だ。」

「承知しました。行きましょうか。」

「はい。ノワールはん、また会いましょ。」

「はーい。」



仁理が窓から部屋に戻ると、ベッドに座っているサフィアと目が合った。

「......私の部屋で何を?」

「それより、私に言うことがあるでしょ?」

衣装箪笥を開ける仁理。

「何を?」

「とぼけないで。最近頻繁に出掛けてることぐらい、知ってるのよ。」

「あー......」

仁理は言葉に詰まる。

「どこへ行ってるの?」

(下手な嘘は悪手だ。半分くらい本当のことを混ぜよう。)

「森に。」

「森でなにをしてるの?」

「魔獣狩りを。」

「そう。」

森にはエイミーが魔獣を退ける結界を張っているが、その効果はあくまで対処不可能な強さのものに限られる。故に、森で魔獣狩りをするのは領民の安全と仁理の鍛錬の2つの側面を持ち、不自然なことではない。

しかし、あくまで不自然ではないだけである。

「なら、今後一切、森への立ち入りを禁止します。」

「は?」

疲れた脳を必死で回して禁止の理由を考える仁理。

「......森の魔獣はそこまで強くない。私では苦戦すらしませんよ。」

「万が一、盗賊とか強い魔獣に遭遇したらどうするの?安全に逃げ切れるの?」

「逃げ切るくらいなら出来ます。舐めないでください。」

「舐めてるのはそっちでしょ。世界はそんなに甘くない。いつ不測の事態が起きるかわからない。」

反論が思い付かず、仁理の言葉が止まる。

「お願い。私の言う通りにして。」

「......わかりました。森へは立ち入りません。」

渋々、首を縦に振る仁理。

しかし、サフィアはその発言を是としなかった。

「今の発言で考えが変わったわ。今後一切、私無しでの外出を禁止します。」

「それは話が違うでしょう。」

「違わないわ。でないと貴方、また危ないことをするでしょう?」

仁理の顔が明らかに不快の色を呈する。

(困ったな。サフィア無しでの外出の禁止は事実上、不要不急の戦闘の禁止を意味する。俺の趣味であり生きる意味でもある戦闘を封じられてはたまったもんじゃない。)

「お言葉ですが」

「これは業務命令よ。大人しく言うことを聞いて。」

「例えサフィア様の命でも私生活まで支配される訳にはいきません。」

「これ以上私を心配させないで。」

「私が信用出来ないのですか?」

「できないわ。」

食い気味に言うサフィア。そのまま、言葉を続ける。

「だって貴方、負けたじゃない。」

その言葉は、仁理の逆鱗の一歩手前まで迫った。

「......は?」

「貴方の実力が信用できないの。だから私が守る。私が守るから、貴方は私の横とか後ろでニコニコしてれば良いの。」

仁理の言葉を待たず、サフィアは早口で捲し立てる。

「貴方はいつもいつも!ボロボロになりながら戦うじゃない!治癒魔法も使えないのに何も考えずに突っ込んで!吸血鬼との戦いだって崇理教との戦いだって!私がいなければ死んでたのよ!?」

「でも土上竜は」

「その後2日間寝たきりだったじゃない!いつも無理して戦って!周りの迷惑も考えずに!!」

「それは」

「全部私の言う通りにすれば良いの!!私がそばにいてあげるから!貴方は無理して戦わなくて良いのよ!!」

完全に言葉を失った仁理。

しかしサフィアは止まらない。

「いつも私が貴方を助けて来た!!知らない場所で途方に暮れてる貴方を拾ったのも!貴方が殺されないように魔法を教えたのも全部私!!全部私のおかげなの!!私がいなければ貴方はとっくのとうに死んでる!!!」

そこで、仁理の表情から反抗の色が消え、首を横に振る。

(駄目だサフィア。今のは言ってはいけなかった。)

その様子を見て、サフィアは自分の間違いに気付く。

「ごめんなさい......そんなつもりじゃ......」

「......じゃあ、どんなつもりなんですか。」

「私はただ貴方が心配なだけなの。貴方に辛い思いをしてほしくないの。だからお願い。私の言うことを聞いて。」

(なんとか反論しようと思ったが、この状態の人間には何を言っても無駄だろうな。)

「サフィア様。私たちはきっと疲れているんですよ。短い間に色んなことがありましたし。」

「そんなこと」

「取り敢えず、部屋に戻って寝ましょう。それで頭を冷やして、また朝になったら話の続きをしましょう。」

「......なにも、わかってくれないのね。」

部屋から出るサフィア。

扉を閉める勢いが明らかに強い。

(もう終わりかな。話し合いも意味を成さないだろう。)



翌朝。

「ヒトリ。」

仁理の部屋の扉をノックするサフィア。

しかし返事は無い。

「ヒトリ?寝てるの?」

静かに扉を開けるサフィア。

しかし、部屋に仁理は居なかった。

「......え?」

動悸。

すぐに、机の上にある手紙に気付く。

隣には仁理の作った翻訳用のメモが置いてある。おそらく、それを見ながら書いたのだろう。手紙には、ぎこちない字でサフィアへのメッセージが書かれていた。

『サフィア様。このような形でお別れすることになってすみません。しかし、もう私たちはどうあってもわかりあえないと思います。それに、このままではサフィア様自身にも悪影響が出るでしょう。なので私は、今日をもってあなたの護衛を辞めることにします。一方的に伝える形になって申し訳ありません。有巣仁理』

「なんで......」

5着のワ装も、刀も、黒い外套も全て、開いたままの衣装箪笥の中にある。そして、サフィアが持たせていた小遣いも机の上にある。つまり仁理は、ジャージを着て無一文の状態で屋敷を出たのだ。

机を叩くサフィア。叩いた部分が僅かに凹む。

「なんで......!」


#26『わたしのかんがえたさいじゃくのひとり』

『人種の話』


食事の席で雑談をする仁理と瑞希。

瑞希「そういえば、この世界、人種差別とかあるんですかね。」

仁理「あー、どうだろうな。一見見受けられないように思うが。」

瑞「まぁ、亜人とかいますし、肌の色は特に気にしないんでしょうかね。」

仁「というより、実力主義を徹底している気がするな。実際、アンシーとベスタは有色人種だし。」

ちなみに、アンシーはアジア人系、ベスタは黒人と白人の中間である。

仁「まぁ、ベスタに訊きゃ一発でわかるよな。」

瑞「デリケートな問題ですし、直接訊くのは良くないですよ。」

仁「デリケートかどうかを決めるのはベスタだぞ。」

瑞「というか、問題は獣人かエルフなんでしょうね。」

仁「いや、差別的なのは無さそうだったぞ。カビキラはサフィアに求婚してたし、騎士団の五席は獣人だろ。」

瑞「なるほど......差別してそう、ってのがそもそも差別だったのかもしれませんね。」

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