11.受肉
『価値観の話』
おやつを食べながら談笑する仁理とサフィア。
仁理「サフィア様は人を信じすぎる節がありますね。」
サフィア「そう?私は普通だと思うけど。」
仁「そんなことはありません。危険な人に連れ去られたり、乱暴されることも有り得ますし。」
サ「そういえば、エルフはほとんど嘘をつかないし、無闇に危害を加えようとしないって聞いたことがあるわ。」
仁「へぇ。種族柄なんですね。」
サ「人間はどうなの?」
仁「初対面の人を警戒するのは当然ですね。さっき言ったような理由で。」
サ「けど、ヒトリは私を信じたじゃない。」
仁「まぁ、抵抗するだけの力がありますし。」
サ「ふふ。自信満々なのね。頼もしいわ。」
仁「信じるんだ......」
ビルの屋上でネギアの頭を両手で挟んでいるエンドロール、もとい有巣仁理。
「リルと砂時計を狙う理由は?」
「砂時計の......契約印で......ボティス様を......受肉......させるため......」
「契約印......よく見ておけば良かったな。」
仁理はネギアから手を離し、天を仰ぐ。
「どのみち、彼らが悪魔を剥がせるとは思えないし、せっかくだから神っぽい所も見せたいよね。良い感じのタイミングで出ようかな。」
しかし、仁理の脳裏にある考えが過ぎる。
「......いや、もう少し謙虚に行こうか。」
そう言い、呑気に伸びをする仁理だった。
焼けた肉の匂いが鼻を突く。
広場に到着したサフィアとアンシーが目撃したのは、焼けた死体と綺麗な死体、そして、焼けた死体の方を貪るリルの姿だった。
「リル......?」
「綺麗な死体はヒトリ君が言った“アニア”って人だろうね。」
と、妙に冷静なアンシーが小声で言う。
すると直後、リルの耳が動き、目線が此方へ向いた。
身構えるアンシー。
「リル。」
サフィアが話しかけると、リルの耳が少し動く。
よく見ると、頬が血で汚れているのがわかる。
「そんなの食べちゃダメだよ。」
近付こうとするサフィア。
「待って。」
しかし、アンシーが制止する。
「様子がおかしい。」
「そんなの、見ればわかるわ。」
「違う。」
立ち上がり、口元を拭うリル。
「アレ、リルちゃんじゃない。」
「獣人の肉体は素晴らしいな。内緒話までハッキリ聞こえる。」
リルの口から発されたその言葉は、およそリルのそれとは似ても似つかないものだった。
一方、およそ簡単に理解出来る状況ではないが、サフィアは助ける命に優先順位を付けた。
「ヒトリは、どこにいるの?」
「ヒトリ......有巣仁理か。知らんな。この肉体も先刻まで探していたようだが。」
「じゃあ、あなたは誰?」
「ボティス。」
聞き覚えの無い名前にサフィアとアンシーは戸惑う。
(アニアって人を殺したのはこの人なのかな。だとしたら、味方?)
「危ない!」
サフィアの思考を遮るようにアンシーが叫んだ次の瞬間、ボティスが大きく腕を振った。
即座に飛び退く2人。直後、地面が大きく抉れた。
「なに!?どういうこと!?」
「次が来る!構えて!!」
「アイシクルウォール!!」
サフィアが氷の壁を展開するが、呆気なく崩壊。不可視の攻撃がサフィアの腹に直撃する。
即座に救助を捨ててボティスに殴り掛かるアンシー。
しかし、
「甘いな。」
展開された魔法陣により難なく攻撃を止められる。
「くっ!!」
「少し席を外していろ。」
ボティスによってアンシーは空へと投げ上げられる。
「ごめん!!ちょっと時間が掛かるかも!!」
一方、治癒魔法と氷魔法による応急処置で出血を止めたサフィア。
「わかった!なんとかする!!」
声を上げたことで傷が痛む。
(とは言ったけど、どうすればいいの......?)
再度大きく腕を振るボティス。
サフィアは横に走り、回避に成功した。
(あの攻撃は魔法でも防げない。ならどうやって近付けば?)
次の攻撃。今度は逆向きに走って回避するサフィア。
「避けてばかりか?つまらんな、お前は。」
(そもそも、近付いたとしてどうやって勝つ?そもそも勝ってどうなる?アンシーの攻撃は防がれたし、どうすればいいのかもわからない。......いえ、考えても仕方ない!!)
「渾沌、空を裂く樹氷」
ボティスの攻撃。今度は範囲が広く、避けきれなかったサフィアのふくらはぎが僅かに裂ける。
「ん゛......瞬く燐光!穿天の氷河!!」
サフィアの詠唱が耳に届き、手を止めるボティス。
「ほう......?」
「術式展開!!」
掌印を結ぶサフィア。
辺りを青い魔力が覆う。
「四界氷結!!!」
一面が凍結し、ドーム状の魔力壁により閉鎖される。
すぐさまダッシュでボティスに近付くサフィア。
「せっかく結界を展開したのに、」
しかし、手刀により一手で引き裂かれる。
「馬鹿の一つ覚えか。」
直後、サフィアの姿が氷像に置き換わる。
「ほう?」
後ろから斧で斬り掛かるサフィア。
気付いたボティスはそちらを斬るが、それもブラフ。
本命は、
「下よ!!」
瞬間、氷で出来た竜の頭が大きく口を開けて出現。
口を閉じ、ボティスを呑み込む。
「やった!」
しかし、安心したのも束の間、
「こんなもので拘束したつもりか?」
ボティスはいとも容易く竜頭を破って出て来る。
「“勝って兜の緒を締めよ”。追撃をしなかったのがお前の敗因だ。」
「アイシクルランス!!」
氷の槍が伸びてボティスの頬を掠める。
腕を振るボティス。直撃したサフィアは、氷像となって砕ける。
「小癪な。」
一方、サフィアの本体は結界の隅で治癒魔法をかけ続けていた。
(私の勝利条件はアンシーを待つこと!それと、アンシーにこの場を任せて助けを呼びに行くこと!!)
空を仰ぎ見るが、結界に阻まれて上空は見えない。
(信じるしか、ない!!)
大量の分身が出現し、ボティスに突撃する。
「波及する氷紋、空を裂く樹氷、交差する天命」
一手に葬られる氷の分身。
そして、サフィアの魔力が高まる。
「アイシクルジェイル!!」
氷の鎖がサフィアの足元から出現し、ボティスに巻き付き動きを止める。
「ほう?」
少しだけ力を込めてみるボティス。
鎖は壊れない。
「良い。」
しかし次の瞬間、氷の鎖は破られた。
「相手が私でなければな。」
「な......っ!?」
「遊びは終わりだ。」
ボティスが腕を振ると、結界が破壊される。
「結界が!!」
しかし直後、広場に衝撃が走る。
舞い上がる砂煙。その中に立つのはアンシー・ヴィオルテである。
「ごめん、遅れた。」
「アンシー!?」
「わかっていたことだが、敢えて言おう。」
「......化け物が。」
#21『高難度:輪廻拒む尖角』
「まぁ、驚くよね。」
肩を回し身体を伸ばすアンシー。
「あぁ。まさか祝福も魔法も無しでここまでとはな。」
「いや、驚いたのは私の方だよ。」
アンシーは、サフィアから氷の剣を受け取る。
「まさか、律儀に月へ投げてくれるなんて。」
「ハッ。お前でなければ手応えがなかろう?」
「よく言うよ。サフィアちゃん程度も殺せない羽虫の分際で。」
緊張。
直後、ボティスが腕を振る。
その攻撃を、アンシーは剣で容易く弾いた。
「ほう。防ぐか。」
斬り掛かるアンシー。しかし、剣はボティスの皮膚に到達する寸前で止まる。
そして、ボティスの拳がアンシーの腹に直撃する。
回避が間に合わなかったアンシーは、真っ直ぐ後ろに着地する。
「速い。けど、軽いね。」
アンシーに目立ったダメージは無い。
「貴女の能力は加速と減速。風圧を加速させた空気の刃や、攻撃を減速させる防護壁。」
「不正解だ。」
「ふふ。どのみち、私には攻略出来ないね。」
瞬間、影の刃がボティスに襲い掛かる。
当然ボティスには命中せず無傷だ。
「ふむ。少々厄介ですねぇ。」
攻撃の主は、ベスタ・カースである。
「ベスタさん!」
「能力は時間の操作。」
『万世の備忘録』を閉じるベスタ。
「魔法による貫通が出来ない以上、我々では突破が不可能だ。惜しむらくは、ベルモンド殿やヒトリ君に任せたい所ですが。」
備忘録を仕舞い、杖を出す。
「生憎、ベルモンド殿は他の騎士団員や領主らの護衛に回っています。やれやれ、と言わざるを得ませんね。」
「馬鹿は長々と喋る。」
「良いでしょう。減るものでもない。」
ボティスが明らかに苛立っているのがわかる。
ベスタは、杖で地面を数度ほど叩く。
「詰まる所、我々はヒトリ君を待つしか無いのです。」
広場に響く、杖の音。
「しかし、ヒトリ君はおそらく、貴女が気に入らないでしょうねぇ。」
心拍を掌握されているような、不快な音。
「能力頼りで強者ぶっている、“怠惰”な貴女には。」
「何が言いたい!!」
青い魔力が展開する。
調子付いて両腕を大きく広げるベスタ。
「いえいえ!何も言いませんよ!!しかし貴女!凄まじい程に短気ですねぇ!!」
その言葉で、深呼吸をするボティス。
「おや?気に障りましたか?煽ったつもりは無かったのですがねぇ!」
サフィアは、空気がヒリつくのを肌で感じた。
「悪魔なのに......実に人間らしい感情だ。」
その言葉が、
「言わせておけば!!!」
ボティスの逆鱗に触れた。
「会心でしたか!!」
軽々と攻撃をいなしていくベスタ。
「攻撃が単調ですよ!激昂でまともに命中させることも出来ませんか!!」
「やかましい!!」
爪で攻撃を仕掛けるボティス。しかし、ベスタには全く命中しない。
「動きが緩慢!力任せな大振りの攻撃!!正しく!才能にかまけて努力を怠った怠惰な戦闘!!」
「一緒にするな!!!」
ベスタの杖にボティスの攻撃が止められる。
「何と一緒にされるのが嫌なのですかねぇ?」
ベスタの笑みが、より一層不気味に映る。
「ベルフェゴール......ですか?」
より高濃度の魔力がボティスから放たれる。
「魔力の操作が疎かですよ!ヒトリ君なら最後まで魔力を感知させずに戦闘を終えられる!!」
「だから!!一緒にするなと言っている!!!」
「ええ!!顔が似ていますからねぇ!!!」
両者の魔力が激突する。
(ベスタさんの魔力は密度が高い......逆に、ボティスの魔力は雑。さっきベスタさんが言った通り、努力不足。......いや!違う!)
冷静に分析するサフィアだが、主目的を思い出した。
(なに冷静に分析してるの!ヒトリを探さなきゃ!)
踵を返して走り出そうとするサフィア。
しかし、
「粛に。」
先刻の長髪の男が行く手を阻んだ。
「大人しく見ていてください。」
「く......っ!」
一方、ベスタとボティスは拮抗している。
「私も概ねヒトリ君の意見に同意なのですよ!外付けの力に頼るのは美しくない!研鑽と試行錯誤こそが人を美しくする!!」
「努力で才能は覆らない!」
「ええそうですとも!しかし!才ある者が努力を怠れば!努力を怠らなかった才無き者に敗北するのは必然!!」
「才能が全てだ!強き能力を持つ者が覇者だ!!」
「ええそうですとも!それは否定しません!!しかし!!!」
周囲を暗闇が覆う。
「彼は、才あるが故に努力を怠らない。」
影の手は全てボティスの前で霧散する。
「契約や祝福の力は覆らない!魔法で破られることはない!!」
ボティスの反撃をものともしないベスタ。
「だからこそ無粋!!だからこそ!浪漫が無い!!」
ボティスの爪がベスタを切り裂く。
しかし、ベスタは影となり蒸発。その後、本体がボティスの背後に現れた。
「だからこそ、使用者を弱くしてしまう。」
瞬間、ベスタの背後に瞬間移動したボティスが、爪でベスタの胸を貫く。
しかし、
「残像ですよ。」
建物の屋上から影が伸びる。
ボティスが飛び、またベスタが切り裂かれる。
「それも残像です。戦い方がなっていませんね、せっかく時間を止めているのに、本体が見付からなければ意味が無い。」
一層、濃い魔力の波が押し寄せる。
「殺してやる!!!」
瞬間、巨大な氷の掌がボティスを掴んだ。
「な......ッ!?」
唖然とする一同。
「おやおや。」
ある種の確信を持って頷くベスタ。
魔力が霧散し、辺りが静寂に包まれる。
「殺す、殺してやる、ぶっ飛ばす、殴る、死ね。」
高い足音が響く。
「氷......?ヒトリ......じゃない。」
「軽い。それに稚拙だ。馬鹿馬鹿しい。」
一同の前に現れたのは、
「まぁ、所詮は悪魔。程度も知れているか。」
黒衣を身にまとった女剣士である。
氷の腕を割るボティス。
「何者だ。」
「あまり、無闇に名乗るものではないのだがな。」
自爆により焼け焦げ損壊したネギアの死体と、胸部を裂かれ中身を引きずり出されたアニアの死体。生存者はサフィア、アンシー、ベスタの3人と、先程の様子からおそらくリルに受肉していると思われる悪魔。
「おそらく、お前が最後だろう。」
女剣士の姿を装った有巣仁理は、瞬時に状況を把握し、悪魔がラスボスであると判断した。
「我が名はノワール。別名を、氷の剣士と云う。」
#22『誰も知らない高みから』
「ノワール?巫山戯た名」
瞬間、ノワール、もとい仁理は、ボティスの顔面を掴み、
「を......ッ!?」
遥か頭上、斜め上に投げ飛ばした。
「すまない。到着が遅れた。」
「ノワール......さん?」
仁理は、何も無い空中に元の肉体を出現させる。
「ヒトリ!!」
駆け寄るサフィアとアンシー。
「そこに落ちていた。介抱してやれ。」
ノワールとは別に仁理の肉体が出現したことで、ベスタは面食らう。
「......何者かは知りませんが、任せてよろしいですか。」
「ああ、問題無い。」
「さて。」
イガルから少し離れた平原の遥か上空で、仁理とボティスは相対していた。
「ベルモンド・バーンズがやる気にならないせいで、私が本気を出さなきゃいけなくなった訳だが。」
と言いつつも、仁理は不服そうではない。寧ろ、楽しそうに見える。
「君はどうかな、悪魔くん。」
ボティスは何も言わずに殴り掛かる。
仁理は、その拳を容易く止めた。
「血の気が多いね。もう少し雑談を楽しみたいのだけれど。」
「断る。」
抵抗虚しく投げ飛ばされるボティス。そして、地面スレスレで蹴り上げられる。
「悪魔の契約印に付属する能力とは別に、特殊な術式である“契約魔法”が存在するよね。」
時間を止めても問題なく動ける仁理に、ボティスはたじろぐ。
「アレは確か任意の対価を出して任意の効果を受け取る等価交換の儀式だったっけ。制約と誓約とか縛りとかみたいな。」
空気の刃を飛ばすボティス。しかし、仁理の前で掻き消される。
「く......ッ!」
「やってみようかな。」
仁理が左手で掌印を結ぶと、無数の魔法陣が現れ黒い鎖を吐き出す。
その鎖は、逃げようとするボティスを捕らえて磔にする。
「あられもない姿だが、構わんだろう。リルだし。」
しかし、鎖はノータイムで破られた。
「Oh」
「抜かったな!」
近接戦を仕掛けるボティス。
仁理は、氷の直剣でいなす。
「有巣仁理!貴様の顔が憎い!!」
「ノワールだぞ。無粋なことをするな。」
「憎い憎い憎い憎い憎い!!!」
閑散とした夜空に火花が散る。
「獣人に受肉したのは失敗だったな。」
鍔迫り合いに入る2人。
「おそらくだが、獣人は純粋な人間やエルフより自制心と論理的思考力が弱い。」
ボティスの顎を蹴り上げる。
「騎碁が弱いんだ。それに、負け続けたら号泣する。」
反撃を受け止め、手に力を込める。
「ぐ......ッ!」
「目の前に食糧があれば食うのを我慢出来ないし、動くものを追い掛けるのに躊躇しない。」
地面に投げ飛ばし、頭を掴んで叩きつける。
「理性的な部分が弱いのに反し、本能に叩き込まれた掟には従順。弱肉強食や群れの規則、或いは、恐怖や戦闘に関する部分だな。」
仁理が投げ飛ばすと、ボティスは再び仁理に殴り掛かる。
しかし、
「止まれ。」
ボティスの身体は仁理の眼前で止まった。
「何......?」
「“契約”なんだよね。」
仁理はボティスの手を開き、両手で揉む。
「我々社会的生物には、社会の中で叩き込まれる“契約”がある。人間なら『倫理』、悪魔なら『対価』、エルフなら『誠実』、そして獣人は『従属』。特に獣人は人間と交わる過程で頭の悪さが問題になったから、人間と迎合出来るように進化したんだろうね。」
大きく脚を振り上げる仁理。
「さ、お座りだ。」
ボティスは回避行動すら取れず無防備にかかと落としを受けた。地面に叩き付けられ、クレーターを作る。
「我々が本質的に互いを理解出来ることはない。人間である俺は、初対面の人を信じて助けようとするエルフの少女を理解出来ないし、たかがゲームで負けたぐらいで大声を上げながら泣く猫の獣人を理解出来ない。我々はそれぞれ別々のルールに従い、同じ空の下に居るだけだ。」
起き上がるのに難儀するボティス。
その背中に仁理の拳が入る。
「けれど、共存出来ているんだ。エルフはその長寿と燃費の良さで長期的な目で優れ、獣人は肉体強度と戦闘センスの高さで短期的な目で優れる。そして人間はその思慮の深さと社会性により種として優れる。」
「......は、話の着地点が見えないぞ。」
「じゃ、簡潔に言おうか。」
再度、ボティスの背中を殴る仁理。
「悪魔の入る余地は無いってことだよ。」
「クッソ......!!」
ボティスを中心として魔法陣が展開するが、仁理の蹴りで破られる。
「させないよ。」
「おのれ......!!」
「さて、そろそろ本題に入ろうかな。」
仁理はボティスの首を掴み持ち上げる。
「ぐぅ......!!」
「俺はその身体と、その身体の持ち主を取り返す必要がある訳だ。」
ボティスを横に投げ飛ばす。ボティスは受身を取るが、よろけて反撃に入れない。
「何を......!!」
「魂同士の境目に“空白”を挟んだ。」
自分の掌を顔面に当てる仁理。
「さ、入れ替わるよ。」
仁理の身体から力が抜ける。
直後、仁理の前には、先程まで自分が入っていた肉体が全裸の状態で横たわっていた。
「悪いね。服は流石に返してもらう。」
「ぐ......重い......」
「BMIが16を割っている肉体を女体化し、更に魔力をギリギリまで使い果たしたんだ。そりゃ動けないだろうね。」
「何故......貴様は......!!」
「根性だよ。」
「......チッ。」
仁理は、リルの脳に刻まれた記憶を読み取ってみる。
「成程。道理で、“器”に選ばれる訳だ。寸分の狂いなく綺麗に記憶が残っている上に、さっきまで受肉していたお前の記憶が無い。肉体の持つ耐性が高いから、受肉によって形状が変わらないんだろう。」
「やけに説明口調だな......」
「こうしないと思考が纏まらないんだ。すまないね。」
瞬間、ボティスの周りに魔法陣が展開する。
「おっと。」
飛び退く仁理。
数秒後、ボティスは平然と立ち上がる。
「感謝しよう。どうやら君は頭が良いようだ。」
「へぇ、巻き戻したか。」
「しかし周到だな。記憶を削除しておくとは。」
「巻き戻したら復活しないか?」
「巻き戻したら私が消える。」
「そっか。」
仁理の拳がボティスの頬に命中する。
「ぶへっ!?」
「油断大敵だよ。」
次は顎に命中する。
「ぐ......ッ」
「そーれっ!!」
回し蹴りでボティスは大きく飛ばされる。
「流石獣人、身体が軽いね。脳が変形しないから能力を半分も使えないのは難儀だが。」
その言葉を聞き、ボティスは魔法陣を展開。
しかし、仁理が手をかざして即座に破壊する。
舌打ちするボティス。仁理が振る氷の剣を影の剣で受け、鍔迫り合いに入る。
「使えないんじゃなかったのか。」
「完全に使えねぇとは言ってねぇよ。」
影の剣が折れ、ボティスの肩が抉れる。
呻きながら即座に後退するボティス。腕が外れるが、すぐさま巻き戻して回復する。
「浅いな。」
その隙に仁理の追撃。剣はボティスの脇腹に刺さる。
「私を此処で殺した所で......私の魂は死なん。」
「契約印で呼ばれないと来られないだろう。この世界から弾き出すだけで十分だ。」
ボティスは剣をどかそうとするが、流石は獣人、リルの肉体はビクともしない。
「悪魔よ、お前は何故この世界に拘る。」
剣を捻じられボティスが呻く。
「特段、拘ってはいない。人間が私を信仰しているから、対価に見合う褒賞を与えるだけだ。」
「そうか。なら、お前には特に目的が無いんだな?」
「あぁ。それに、あの人間らの目的も知らん。」
「なら話は早い。」
剣を抜きボティスを突き飛ばす。
「ここからは正義でも誇りでもない、単なる力と力のぶつかり合いだ。」
パン、と手を叩く仁理。
「楽しもうぜ!悪魔!!」
周囲が異様な雰囲気に包まれる。
「開放結界!『無影廻廊』!!」
仁理が掌印を捻じると彼の後ろに白い手が寄り合わさった枯れ木が出現する。
「面白いな!人間!!」
ボティスと仁理の格闘戦が始まる。
能力による大技の展開などは無い、力と力のぶつけ合いである。
しかし数打の後、仁理の攻撃の方が僅かに速くなり、ボティスは顎に拳を喰らう。
呻きながら膝をつくボティス。しかし、仁理の追撃より前に立て直し、なんとか腕で蹴りを受ける。
「身体の使い方が上手いな、人間。」
「そりゃどうも。」
魔力の砲撃。ボティスは寸前で回避し、カウンターの拳を振る。
例により、容易く止める仁理。
「肉体のスペックが段違いだな。いわゆるハードウェアチートって所か。」
肘の辺りを掴んで投げ飛ばす。
「しかしつまらんな。本気か?」
「弱い身体を寄越したのは貴様だろうが......!!」
「そうだったな。悪い悪い。」
その場で地面に手を置く仁理。
「アイシクルジェイル」
氷の鎖がボティスを拘束する。
今度は肉体強度も魔力量も足りず、脱出出来ない。
いつの間にか、白い枯れ木は大きな一本の手の形になり、掌をボティスへと向けている。
「......終わりか。」
巨大な掌の真ん中に、白い魔力が集まり始めた。
「言い残すことはあるか?」
「無い。殺せ。」
「感慨が無いねえ。」
後ろ歩きで手の根元に寄る仁理。
「ワールドエンド」
「―――エクスプロード」
『戦闘狂の話』
庭で剣を振る仁理。その横で、瑞希が退屈そうに欠伸をする。
瑞希「有巣さんって本当に戦うのが好きですよね。」
仁理「生きてるって感じがするからな。」
瑞「何が楽しいんだか。ストレス掛かるだけでしょう。」
仁「思いっきり身体を動かすのが楽しいんだぞ。」
瑞「せっかく動かずに勝てる能力を持ってるのに?」
仁「チートで安直に無双するのは好きじゃないな。実力が拮抗した相手とボロボロになりながら戦いたい。そして河川敷の土手に寝っ転がって“楽しかったぜ”ってグータッチしたい。」
瑞「いや少年漫画か。」




