13 鉄道駅
ガラス屋根の天井から差す弱い光を受け、プラットホームには無骨な黒の蒸気機関車が鈍い光を放っていた。巨大な車輪はどっしりと構え、鏡のように磨かれた車体の表面にはラズロー駅の質実剛健で機能性を追求した構内が鮮明に映し出されていた。
鉄道の誕生以前、国内の輸送を支えたのは運河だ。その運河を経営する会社の多くが軒を連ねるラズローは国内最後に蒸気機関車がたどり着いた土地と言われている。アレスタに至るまでの渓谷や沼など難所の膨大な工事費用に加え、運河会社からの強い反発により鉄道敷設が遅れたと言われている。
しかし、八年前にガルシア鉄道、五年前にカーライル鉄道が線路を通すと多くの人が利用し、以前からそこにあったように駅は街に溶け込んだ。鉄道建設前の激しい反対運動の面影はない。
毎日見ている深紅の車体がシンボルのカーライル鉄道と違い、ガルシア鉄道は先頭車両は黒、後ろの客車はクリーム色とブラウンに塗られていた。
『ガルシア鉄道の駅は駅舎も車体も飾り気がなくてどれも地味なのよね』
エマはそう言っていたけれど、機能美にまで昇華したガルシア鉄道のスタイルは嫌いではない。多額の工事費と予想集客数が釣り合わないと、多くの鉄道会社が最後まで見向きもしなかった土地に鉄道を通してくれた恩義は鉄道嫌いでも一応感じていた。
おかげでカーライル鉄道の食堂に勤務している身だが、アレスタに出てくる際も、昨日アレスタからラズローに戻ってくる際もガルシア鉄道を利用した。
アレスタに来る前は、ハミルトンストリートに行けば見覚えのあるものがあるだろうと思っていたがあてが外れてしまった。そのため、子爵のカントリーハウスに行き、母様の持ち物や父様の死後タウンハウスから引き上げた遺品を調べようとラズロー行きの列車に乗ったのは昨日のこと。伯父様にもたまに戻ってくるように言っていたのでいい機会だった。
久しぶりに伯父と直接会い近況報告できたのはよかったが、肝心の遺品探しに関する手がかりは何もなし。やはり父様は徹底して『ひみつの家』の場所に関するものを残していなかった。
『私も十五年前にその徒労感を味わったぞ』
伯父様が遠い目をしていた。これならアレスタで引き続きハミルトンストリートを徘徊していた方がまだ実りがあったかもしれない。
「無駄足だったわね」
父様への恨み言を呟きながら、最低限の荷物を詰めこんだ革の旅行バッグ片手に、ガルシア鉄道ラズロー駅の中を進んだ。
昨夜無理な体勢で作業をしていたせいか体の節々が傷んだ。腰を押さえながら、目当てのアレスタ行きの蒸気機関車を探す。
それにしても、鉄道嫌いと言えど、鉄道を使わないと故郷に帰ることも難しいなんてままならないわね。切符を握る手に力が入り、端がくしゃりと皺が寄った。
自分が乗るアレスタ行きの機関車を探してプラットホームを歩けば、待合室から一番離れた場所、十番線に見覚えのある機関車が到着していた。故郷を出る時にもお世話になった黒の機関車が出発を今か今かと待ち構えていた。
乗客が少ないため車掌やポーターは離れていて、どのコンパートメントにするかゆっくりと吟味できる。じっくり確認しながら、二等客車の空っぽのコンパートメントへ体を滑り込ませた。
蒸気機関車の客車は馬車の車体をくっつけたようなもので、その車体一つ一つをコンパートメントと呼ぶ。二等客車のコンパートメントは、片側三人ずつ、向かい合わせで六人乗れば満席となった。出口が一つですむほど車内は狭いが、一人で使うには十分な広さだ。
出入り口とは反対の窓側に座り小さく息をついた。
目的地であり、この路線の終着駅であるアレスタまでは約四時間。昨日こちらに来る時、アレスタ駅構内の貸本屋で暇つぶしとして借りた推理小説を鞄から出した。安物の紙で手触りは悪いが読む分には問題ない。機関車がアレスタに着くまでに読み切れるだろう。
しおりの挟んだページを開けば、探偵が第三の犠牲者を前に唇を噛みしめていた。文字を追おうとした瞬間、がたんと入り口から大きな音がした。
振り向けば、海老茶のフロックコートを着た痩躯な紳士が扉に手をかけていた。かぶっているハットや革靴を見て、上流階級にはいかないものの十分な稼ぎがある中産階級と予想する。
「こちらよろしいですか、レディ」
害のなさそうな笑みを浮かべた男は、返事を待たずにコンパートメントへと乗り込むと、ハットを軽く上げ優雅に挨拶をした。扉近くへ荷物を下ろして深く椅子に腰掛けるとゆったりと膝を組む。コンパートメント唯一の出入り口の前に男の足が伸びた。
視線を本に落としながらも、私は突然の同乗者に頭を悩ませた。別のコンパートメントへ移るか否か。機関車は一旦発車すれば、外から鍵をかけられ降りることは元よりコンパートメント間を移動することができない。女性が一人で乗るにはやや不用心な作りとなっていた。
数年ほど前に隣国で蒸気機関車の走行中に殺人事件が起こり、ようやく密室の危険性が問題視されるようになった。鉄道会社は各コンパートメントのしきりに窓ガラスを設置し、隣のコンパートメントの様子を見られるようにしたり、緊急非常装置を各コンパートメントに取り付け、その紐をひけば車掌に連絡が行くようにしたりして対策を打ってはいるが、どちらも安全とは言いがたい。
一度機関車が動き出せば密室になってしまい止まるまで降りられないことに変わりはないのだ。
他の乗客が訪れにくい奥の空のコンパートメントを選んだのに、この男性は乗ってきた。手前のコンパートメントにはまだ空きがあったはずだ。あまり乗客が多いと言えないラズローで全て埋まったとは考えにくい。
……考えすぎかしら。
窓から『アレスタ行きまもなく発車します』と告げる駅員の声や石炭がくべられ強く吹き始めた蒸気の音が聞こえてくる。駅員が次々とコンパートメントの扉を閉め、鍵をかけていく音もする。
手にしている本をしまって、出口に座る男に一言断り通してもらい、また無人のコンパートメントを探すにはどう考えたって時間が足りない。
しかし、ここで不安に駆られながら同乗者が降りるのを待つくらいなら。
そう思い腰を浮かせた瞬間、男の置いていた革の鞄が椅子から転がり落ちた。




