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14 奇妙な乗り合わせ

 蝶番が鈍い音を立て、左右に勢いよく開いた鞄から荷物が飛び出した。さして大きくもない六人乗りのコンパートメントに衣服やブラシ、メモ帳や煙草などが散乱した。


「これは申し訳ない!」


 男が焦りながら荷物を拾い始めるので、私は中途半端に腰を浮かべた体勢のまま固まった。さすがに、落とし物を跨いで機関車を降りるのは申し訳ない。足下に転がってきたものを男へと手渡した。


「ありがとうございます」

「……いえ」


 男と同乗するのが嫌でコンパートメントを移ろうとしていた身としては、純粋に感謝されると後ろめたい気持ちになってしまう。


「助かります、レディ。私の鞄に入れておいてもらえますか」


 見れば、男は土まみれの床を転がった煙草をシガレットケースに戻している。土埃に汚れた煙草を吸う気なのか、見かけによらず気が動転しているのか。端から見ては判断がつかなかった。


 男の衛生観念がやや気になるが言われた通りに両開きに開いている鞄へ落とし物を入れていく。ハンカチや石けんなどを鞄に入れていれば、足下にレモンほどの大きさの石が落ちていることに気づいた。誰かの靴底についてきた小石が落ちていることはあれど、こんな大きな石が床に落ちているわけはないから、これも男の持ち物なのだろう。


 手に取れば、灰色でごつごつしたそれはところどころ光を反射して翡翠色に輝いた。


「あぁ、ありがとうございます、綺麗でしょう。ロージャ鉱山で産出されたフローライトの原石です。加工前でただの石のように見えますが、磨けば社交シーズンのご婦人の胸元を飾ることも出来る一品なんですよ。欠けなくてよかった」


 片手で持っていたのを急いで両手で丁寧に包み込む。そんな貴重な物なら厳重に管理して欲しい。


「あの、これはどこへ?」 

「鞄の中に入れておいてください」


 そのまま入れていいのだろうか。意外と男の扱いが雑で驚くが、可能な限り速やかに手を離したいので質問もせずそっと鞄の中へ入れた。原石といっても、石だしある程度頑丈なのだろうか。


 そんなことを考えていれば、機関車の扉を閉める音がすぐそこまで迫っていた。床に散らばっていた荷物はあらかた片付いたがこれでは今降りても他のコンパートメントに移る時間はない。


 ……次の駅の停車中に移れば大丈夫かしら。


 小さく息をついて元いた席についたその時、コンパートメントの入り口に黒い大きな影が差した。


「え?」


 視界に飛び込んできたそれに小さな驚きの声が漏れる。扉近くにいた男は私以上に驚いたようで激しく跳ねた。真っ黒のコートに真っ黒のジャケット、やはりベストも真っ黒なその男は、最初に食堂にやってきた時同様不機嫌さを隠そうとしないアルフレッドさんだった。


 片田舎であるこのラズローで知人に会うなんて。驚きに声を失っていれば、アルフレッドさんはすでに二人いるこのコンパートメントの扉に手をかけた。黒づくめの男の出現にうろたえている男が落とし物を自身にざっと引き寄せると同時に、アルフレッドさんが彼の背丈には不釣り合いの扉をくぐった。


 先に乗っていた私達が目を白黒させているのなんて気にせず、アルフレッドさんは無言でコンパートメントに乗り込むと自分で扉を閉め、男の前、私の隣一席を空けた向こう側に深く腰をかけ、大きく足を組んだ。先程の男と同じ行動だが、いかんせん体が大きいから圧迫感が凄まじい。フロックコートの男はちらりとアルフレッドさんを見やると僅かに体を横にずらした。


 コンパートメント移っておけばよかったわ。


 思わず視線を天井にやる。アルフレッドさんとはハリスさんを交えて話したことがあるが、気安く話せる仲ではないし、腕を組み鬱陶しそうに目を細めて窓の視線にやっている姿は会話を拒否していた。


 こんな態度を気にせずに話しかけられるのはハリスさんくらいだ。乾いた笑いが漏れそうになるのをぐっと堪え、私も視線を反対側、自身のすぐ右側にある窓の外へやった。


 一瞬視界に入った防犯ガラス越しに隣のコンパートメントが見えたが、やはりあちらに乗客はいない。斜め前の男と言い、アルフレッドさんと言い何故このコンパートメントなのか。


 シュッシュッと言う排気の音がホームにこだまし、ベルの甲高い音が鳴り響いた。出発の合図がまるで最終通告のようだ。規則的な振動共に機関車が緩やかに前進し始めた。これで次の駅まではどうやっても降りることができない。あとは野となれ山となれ。


 投げやりな気持ちの私、挙動不審なフロックコートの男、絶頂不機嫌なアルフレッドさんを乗せ、機関車は駅を出発する。ラズロー駅を出てすぐ、早速の難所の上り坂に不安そうに椅子がガタガタと揺れた。

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