12 差出人
『シャーロットに必要な時が来るかも知れないから渡しておくよ』
母様の死後、部屋に引きこもる私に父様はテラスハウスの鍵を置いていった。日の光を受け輝いていたそれは時を経て鈍色になり、今ようやく、その本来の役割を果たそうとしている。
物盗りの目的が父様の遺品なら、彼等の目的の品は昔住んでいたあの『ひみつの家』にあるはずだ。そこへ行き墓荒らしが探しているものを見つけ出す。そして、できるだけ目立つように廃棄する。そうすれば彼等もあきらめるだろう。そうでないと、彼等は領地にあるカントリーハウスまで来るかもしれない。
ただでさえ、伯父様には父様が好き勝手やって迷惑をかけ、母様の療養の面倒を見てもらい、一人になった私を育ててくれた恩がある。これ以上世話になるわけにはいかなかった。早く父様の遺品を見つけなければ。
しかし、父様の遺品を見つけるにあたり大きな問題があった。私は『ひみつの家』の場所をはっきりと覚えていなかった。六歳までしか住んでいなかったから当然だ。
伯父様に住所を聞けば、『徹底的に秘密にされたな……』と遠い目をしていた。父様は変なところで頑固なので聞き出そうとしても決して口を割らなかったらしい。怒り狂うお爺様の姿が想像できた。
でも、私も無策で出てきたわけじゃない。生前父様はラズローに住む私達に手紙を書いてくれた。母様の病状や父様の仕事を巡って、私と父様は折り合いが悪くなり、私がもらった手紙はどこかにおいやってしまった。しかし、母様は生前手紙を大切にとっていたし、母様の死後も父様は天国にいる母様を思って、母様宛てに分厚い手紙を出し続けた。
『ひみつの家』を探そうと決意した日、真っ先に母様の遺品を置いてある部屋に行って、父様からの手紙を取り出した。裏返したそこには蒸気機関車マークの封蝋。その下に書かれた住所はほとんど子爵のタウンハウスの住所だったが、数枚だけ見慣れぬ住所のものがあった。
『ハミルトンストリート セントラル地区 アレスタ』
「なんで番地書いていないのよ!」
伯父様の『徹底的に秘密にされたな……』という言葉が思い出されて、思わず拳を握った。
でも、どうにかなると思っていた。だって、生まれたときから住んでいた自分の家よ。見れば分かるでしょ。赤煉瓦と白亜の石のお洒落な壁と美しい三角屋根がしっかりと記憶に刻まれている。屋根には小鳥が止まって仲良くさえずっていた。お隣には父様より少し年上の事務弁護士のおじ様が住んでいたし、テラスハウスすぐ側のプラタナスの木が生えた園庭で陽が暮れるまで毎日遊んだことも覚えている。
脳裏に在りし日が蘇る。番地なんてなくてもどうにかなると思った。アレスタの食堂で働き始めて初めての休み。意気揚々とハミルトンストリートへ向かった私を待ち構えていたのは連綿と続く百棟以上ものテラスハウス。『行けば見つかる』なんて砂糖菓子よりも甘い私の考えはあっさり打ち砕かれた。
ここ二十年ほどで国内の鉄道普及を受け、地方で仕事を失った労働者がアレスタ市内に職を求めて移住してきていた。彼等の公共住宅に、弁護士や医者などの富裕層達が住む宅地の開発も併せて急ピッチで進んでいた。そのため、ハミルトンストリートでは同じ規格のテラスハウスが大量に並ぶことになったようだ。
一軒ずつ開けて回るわけにも行かず、私はアレスタに来てからしらみつぶしにそれらしい家を探して回っていた。最近の工業化による大量生産で人は個性をなくしてしまうと主張するヒューマニストに今だけ肩入れをしたくなる。
雲を掴むような無謀さを笑うように遠くから蒸気機関車の汽笛の音が聞こえる。蒸気機関車さえなければ、町がここまで様変わりすることはなかった。苛立ちに耳を塞ぎたくなる。
徐々に近づいてくる音を探せば、判子を押したような街に似合わず、精緻な装飾をされた高架がすぐ近くに走っていた。以前は閑静な住宅街だったはずが、今はこんなところにまで機関車が通っているらしい。
たくさんの車輪が地響きを立て通り過ぎていく。おびただしい蒸気が真っ赤な夕闇にくっきりと浮かび上がった。離れていても分かるいがらっぽい煙の匂いに顔をしかめた。
機関車の排煙のせいか、付近一帯の建物は煤で薄汚れて、記憶の中と一致するものは今のところ見当たらない。本当にここに私達が住んでいた家はあるのだろうか。自身の記憶すら疑わしく思えた。
薄灰色の雲のヴェールがかかった街路を進む足取りは重く気分は地の底だ。
気がつけば影はどんどんと伸びていた。遥か昔プラタナスに見守られながら園庭で遊んでいた頃はもっとゆっくり影は伸びていたはずなのに、私がアレスタを離れているうちにあっという間に早く伸びるようになったらしい。
徒労感に肩を落としながら、今日の捜索を終え下宿先へと戻った。ずっと握りしめたままの鍵をコートのポケットに戻しベッドへと倒れ込んだ。




