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11 ひみつの家

 食堂で働き始めてから休みのありがたさを噛みしめた。ラズローにいた時は子爵の手伝いのようなことをして過ごしていたが、まるで子供のお遊びに等しかったと思い知らされた。


 毎日立ちっぱなしで給仕をし、時には重い荷物を運び、休みを迎える頃にはへとへとになっていた。だからこそ、貴重な休みは体を休めて過ごしたいのだけれど、そうはいかない。


 アレスタ市ウェストエリア、ハミルトンストリート。街路の真ん中に立てば左右に赤茶のレンガと白亜の石の壁で作られたテラスハウスがまるで判子を押したように幾重にも連なっていた。


 驚くことにこのテラスハウスはこの区画全体に広がっている。ここの土地を百年前女王から下賜されたウィルシュナー伯爵が土地の開発と称して、地区一帯に住宅を建築、分譲や貸し出しを行っていた。


 その巨大な区画の真ん中を走るハミルトンストリートから幾筋もの小道が枝分かれしていた。休日になる度に私はその通りを端からしらみつぶしに見て回っていた。先日は東側の通りの四本目までチェックしたから今日は五本目の通りだ。


 馬車がひっきりなしに行き交い、砂埃が舞うのを背に、経年で欠けた石畳の小道へ入っていく。頭の中に浮かぶテラスハウスは出来たばかりでまだ真新しさに輝いていたが、今目の前にあるテラスハウスは薄汚れて重く暗い印象を受ける。


 職場の人には仕事を探してこのアレスタに出てきたと言っていたが、実は私は六歳までこのアレスタに住んでいた。その時住んでいた家を探すためにアレスタへやって来たのだ。


 事の発端は私が世話になっているラズロー子爵のところにアレスタのタウンハウスが荒らされたという知らせが届いたことだ。単なる物盗りかと思えば、盗られたものは一切ない。広間の絵画や白磁の壺など素人目に見ても高く売れそうなのに物盗りは食指が動かなかったらしい。


 何も被害がないものだから、子爵もどうしたものかと考えあぐねていれば、次に屋敷に飛び込んだのはウェスター寺院に埋葬されている父様の墓が荒らされたという知らせだった。


 生前父様を支援していたこともあり、子爵は自分達に恨みを持つ者の仕業だろうかなんて言っていたが、私には墓荒らしの目的は父様のように思えた。


 私たち親子は前子爵やその息子である現子爵の好意によりアレスタのタウンハウスに暮らしていた。母の病気が悪化し、地方療養ということで私と母はラズローで暮らすことになったが、すでにアレスタの鉄道会社に勤め、責任ある立場になっていた父様はそのままアレスタに残り、タウンハウスから仕事に行っていたらしい。物盗りはそんな父様の遺品を狙ったように思えた。


 父様と子爵の関係は公にされていなかったため物盗りはよく調べたと思う。だが、残念。父様はラズロー子爵のタウンハウス以外にもう一つ住まいがあった。近しい者しか存在を知らないその家はハミルトントリートにできたばかりの赤煉瓦と白亜の石で作られた美しいテラスハウス。


 住む家が二つあるという我が家の面倒くさい事情は全て父様、前ラズロー子爵次男坊の盛大なわがままだった。


 前ラズロー子爵の次男である父様は生まれながらにして貴族教育を受け、伯爵令嬢との婚約が幼い頃に決まっていたらしい。しかし、寄宿学校へ行く途中、当時破竹の勢いで広がっていた蒸気機関車に乗ったのが運命の分かれ道。


 巨大で無骨な緑色の箱が馬車も叶わないスピードでたくさんの人や荷物を乗せて力強く進んでいく姿に衝撃を受けた。何日も見知らぬ人と過ごさないといけない窮屈な馬車移動に辟易していた父様はいたく感動したらしい。

 そして、あっさりと貴族の既定路線を外れ鉄道を作りたいと言い出した。


 家名に泥を塗る気か、貴族として許されざる行為だと誰も彼もが止めた中、唯一応援したのは婚約者である伯爵令嬢の母様だった。


『何かに夢中になれるのは素晴らしいことですわ』


 父に惚れていた母はあっさり自分の地位を棄て、鉄道の心臓部である蒸気機関の研究を行っている研究所に勤務し始めた父とアレスタへ行ったという。


 これに目を剥いたのは当時子爵であったお爺様で、伯爵令嬢を連れてそこら辺でのたれ死なれたら大変だと、アレスタのタウンハウスの管理を任せるという名目でそこに住むように命じた。さすがに伯爵令嬢である母に無理をさせる訳にはいかないと父様も子爵家の管理下で暮らすことに妥協したようだった。


 しかし、アレスタが社交界シーズンになるとお爺様や伯父様達がこちらにやってくる。そのまま暮らしてもよかっただろうが父様は『だって、顔を合わせづらいじゃないか。父上も兄上もまだ怒りを解いてないからね』と、どこ吹く風で自分達用の小さなテラスハウスを用意した。


『……タウンハウスは子爵家の持ち物であって僕たちのじゃない。僕たちの家が欲しいだろ。普段はあっちの管理をしなきゃいけないけど、この期間だけは親子三人で自由だ。ほら、シャーロット、壁に落書きしても誰も怒らないぞ』


 満面の笑顔で言い切った父様の顔は今も忘れない。


『それ、父様がしたいだけでしょ? 母様に怒られるわ』

『職場で備品の買い換えを行ってね。余った物をもらってきたんだ』


 私の話を聞こえないふりをして差しだしてきたのはどこか年代を感じさせる木箱に入った赤や黄色、白といった色とりどりのチョーク。


『一緒に怒られてくれるかい?』

『……いいわよ!』


 当時の私にはそれがきらきらと輝く宝石箱に見えた。

 落書きに熱中する私達は当然母様に見つかり呆れられたが、最後は親子三人で家の僅かな壁や床にたくさんの落書きをした。

 その時の『ひみつの家』がこのアレスタのどこかにあるはずなのだ。

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