10 鉄道狂2
助け船を出してくれたのはアルフレッドさんだった。
「鉄道会社がこのヴィルフォード帝国に誕生したのは十年前。最初は鉄の塊と警戒していた国民も次第に鉄道の便利さに気づき始めた。それで、二十前近くに鉄道の建設がブームになった」
「その話は祖父から聞いたことがあります」
鉄道ブームのせいで運河の経営がたちいかなくなったと恨み辛みがやや籠もっていた。自分の知っている情報に肩の力を少し抜いた。
「国のありとあらゆるところに線路を敷くためには膨大な資金が必要だ。鉄道会社は資金を集めるため鉄道株を売り出したが、鉄道の有用性や将来性を鑑み、会社の予想を超えて値はどんどんと上がっていった。それにつられて、最初は金がある貴族や中産階級だけが買っていた鉄道株を、次第に庶民まで買い始めた」
「買った翌日には値段が倍になっていたって年配の人から聞いたことあるね。夢みたいな話だね」
羨ましそうなハリスの声が聞こえた。
「うちのパパは日々の貯蓄全てを鉄道株に費やしたわ」
肩をすくめたエマになるほどと頷く。確実に値が上がるのなら、日々の生活がきつい庶民は、なおさら飛びついたことだろう。
「値はさらにあがっていき、一時期売り出し価格の百倍程までに上がっていた」
自分の給金で計算して、思わず口が開いてしまった。
「しかし、国内のあらかたの場所に線路を引き終えると、各社客の奪い合いが始まり、成長し続けていた鉄道株に陰りが見え始めた。すると、実際の価値以上に大高騰していた鉄道株はどうなったと思う」
急にアルフレッドさんの視線がこちらへ向くとあごでしゃくられた。答えを求められ、視線を天井に向けながら考える。
「……売り払われる?」
「そうだ、一人売れば二人売り、二人売れば四人売り。次から次へと加速度的に鉄道株は売り払われた。そのため、あっという間に鉄道株は大暴落。多くの人間が気づく頃には大枚をはたいて買った株が紙くず同然になった。楽してもうけようとしたバカ達が痛い目を見たってわけだな」
辛辣なコメントにエマの目が臨戦態勢のマングースのように細くなる。しかし、アルフレッドさんは鉄道株に踊らされた人たちを心底軽蔑しているのか怯むことなく鼻を鳴らした。
「鉄道狂ってのは投資目的で鉄道株を購入した奴らのことだ。当時カーライル鉄道の筆頭株主だったウォルマンは、筆頭株主という特権を使って事前に業績不振の情報を手に入れ、株価に影響がでる直前にここの株を全て売却し膨大な利益を得た。その後、その利益でライバル会社であるガルシア鉄道株を安く買い叩いた」
投資家としては優秀なのかも知れないが、さぞや四方八方から恨みを買っただろう。
「そうして、ガルシア鉄道はウォルマンのものとなった。だから、あの会社は鉄道狂の鉄道と呼ばれている」
両社がライバル意識を持っていたのは知っていたが、そんなことがあったのか。私が思う以上に因縁の仲だったらしい。
「すでに死んでしまった人を悪く言うのは申し訳ないけどウォルマンのやり方は汚いから私は嫌いよ」
どうやらスイッチが入ったらしく、エマが乗り出してガルシア鉄道を早いと褒めたアルフレッドさんにくってかかる。
「ガルシア鉄道買収騒ぎの時は小さくてよく知らないけれど、常にあそこはお金の匂いがして下品なのよ」
吐き捨てるように言うエマをアルフレッドさんは無表情に見下ろしている。
「あなたの言うとおり、確かに速度は早いけれど果たしてあの機関車は安全かしら。金に物を言わせて競技会開いてどこの誰とも知れない輩が作ったエンジンを採用したのよ。安全性は確保できてるいのかしら」
エマがここまで感情的になることは珍しく、相当ガルシア鉄道がお気に召さないらしい。彼女の父親が貯金全てを鉄道株に費やしていたのなら、彼女の家庭は何かしらの苦労があったのかもしれない。
「しかも、自分の身内を縁故入社させているとか。身内で固めて、金を振りかざす輩の作った機関車なんかに命を預けられないわ」
同意を求めるようにエマがぐるりとこちらに振り返ると、追うようにアルフレッドの視線もこちらに注がれる。多分、私の右横にいるハリスさんは面白い見世物を見るような顔をしているにちがいない。
「えっと……。事故は……うちの方が多いと支配人が言っていたような……」
「シャーロット! 貴方どっちの味方よ!」
信じられないといわんばかりにエマがだんっと足を踏みならした。
まなじりがつり上がった彼女を見て、地雷を踏んでしまったと焦るもカウンター越しの黒い男は小さく鼻で笑った。
「こちらのお嬢さんは案外ものごとを公正に見られるようだな」
エマの愛嬌がある顔にどんどんと皺が入っていく。
それを横目に私はアルフレッドさんの『案外』という言葉に顔をしかめた。その言葉の後ろには『鉄道反対派なのに』という台詞が潜んでいるのだろうか。
勧誘を受けてはいるものの私は鉄道反対派ではない。しかし、客が絶えないこの食堂で人目を憚りながら誤解を解く方法なんて思いつかず訂正できないままでいた。
私たちの反応を見てか、アルフレッドさんはすでに冷めてしまったコーヒーカップの中身をさっと飲み干した。
「これ以上お嬢さん方の機嫌を損ねて鉄道警察でも呼ばれたら厄介だ。帰る」
三人でしていた会話はしっかり聞こえていたらしい。
「汚れると面倒くさいとか言わず、次はもっと黒控えめできたら女性陣の機嫌もいいんじゃない?」
びっくりするくらい単純な黒づくめの理由に呆れきながらも、カウンターの内側でハリスさんの足をぎゅっと踏んだ。聞こえていると分かっていたなら会話を止めてくださいよ。
「お金があっても、やっぱり人間性がないとだめよ!」
姿が見えなくなるまでアルフレッドさんを睨んでいたエマはカウンターからマグカップを回収すると辺りに水が飛び散るのもかまわずじゃぶじゃぶと洗い始めた。
エマは退勤するまで不機嫌だった。彼女は職場であるこのカーライル鉄道を愛しているらしく、鉄道嫌いな私やこの世から鉄道を排除しようとしている支配人やハリスさんとは大違いだ。
淡々と説明していたアルフレッドさんから鉄道に対しての好悪の感情は読み取れなかった。彼はどちらなのだろう。




