第二話 力の音叉-May I Murder You?-・5
翌朝。龍介の作ってくれた朝食を食べている最中、その電話はかかってきた。
「もしもし黒澤くん?」
「柾屋くん」
酷く暗い声だったため、秀明の心に警戒信号が光る。
「どうしたんだい」
「会いたいんだよね」
「あ、今日?」
「今から」
「今から? 放課後かい」
「いや——今から」
「ということは学校をサボれと」
「お願い。どうしても。お願い」
「わかった」
やがて電話を切る。
「先輩、サボるんすか?」
「友人の危機なんでね」
それもただの友人ではない。超能力者としての同胞だ。
朝食を一気に掻っ込み、すぐに秀明は待ち合わせ場所へと出かけた。
「柾屋くん」
どうやら肇はもうとっくに指定の場所に到着していたようだった。
「どうしたの」
「——柾屋くんは」
「うん」
そして、肇は言った。
「人を殺したっていう人に、会ったことはある?」
ある、とは答えた。正確には一方的に精神感応しただけだが、殺人者の心を読み取ったことは少ないながらも珍しいことではない。
「何があった」
そう思い肇の心をまさぐってもひたすら死のイメージを充満させているだけで詳細はわからない。言葉で説明させる必要があった。
やがて二人は歩き出す。その最中、肇は説明を始める。
「本郷くんは、高校入って初めてできたガチの男友達で。二年生になってようやくできたんだ。すごい嬉しかった」
「最初は一緒にいるだけで良かったし、遊べるのが嬉しかった」
「でも、家に連れて来たら、本郷くんが僕に告白してきて——自分は男の子の方が好きで、要するに肇のことが好きだって」
「どうしても断れなかった」
「だからセックスした」
「気持ちよかったけど、気持ち悪かった。僕はゲイじゃないし、そもそも本郷くんのことがそういう好きだったわけじゃないし。でも、それからも続いていった」
「純愛って言うけど、結局レイプだった。僕は嫌だったから。嫌だって、言えなかったけど」
「だから三回目のセックスの後——殺した」
家に到着し、玄関のドアを開けてもらうと、腐臭がした。玄関でこんな臭いがするぐらいだから、現場に入ればどうなるかを覚悟しなければならない、と秀明は考える。
肇が動いたのは、昨日秀明の感情を無自覚に感応し、その超能力者としての奇っ怪な感情を読み取ることで同じ超能力者としての自分に困惑という謎の感情が生まれたからだった。そしてそれはすぐに秀明ならなんとかしてくれるのでないかという期待に繋がったのだった。
なんとしてでも——肇を救済したい。人を殺したという罪から逃れることはできなくても、少しでも肇の罪が軽くなるように肇を助けたかった。
いくら精神感応能力を持っているとはいえ、本人が想起しないことは読み取れない。あるいは防衛機制としての忘却があったのかもしれない。自分自身に対する偽装——その自分の感情を読み取ることで、肇が自分に救済を求めたことを秀明は理解していた。
肇の部屋のドアを開ける。
凄まじい腐臭。
ベッドの上では心臓の上に包丁が刺されたままの全裸の涼真の死体がそこにあった。その死体は腐敗を始めており、当然、虫が湧き始めていた。
しばらくの間、二人で死体を見つめていた。
「黒澤くん」
と、秀明は肇の肩を掴んだ。
「警察に行こう。俺も一緒に行く」
「どうして僕なんかのために」
「だって、それは」
「黒澤くん……?」
少女の声が聞こえたので、ギョッとして二人は部屋の入り口を振り向く。するとそこには真季がいた。
「なんで、ここに。家が」
「急に休んだから、心配で、住所を聞いて——これは、本郷くんは」
(本郷くん)(死体)(虫が湧いてる)(包丁)(全裸)(黒澤くんが殺した)(セックスの後)(黒澤くんはゲイ)(痴情のもつれ)(だから私の男性恐怖症が反応しなかったのか)
違う、と秀明は叫びそうになったのをなんとか堪えた。もちろん堪えられたのは大正解だった。しかし、ある意味、大失敗だった。
「関屋さん。あ、あの——」
自分が恋をしているのは、真季。
真季に腕を伸ばす肇。
その肇の手を……真季は、「いや!」と叫び、咄嗟に払い除けた。
それはあまりにも原始的な“嫌悪”の感情——。
一瞬、肇の視界が、頭の中が真っ白になり——そして、スパークした。
「待て黒澤くん!」
しかし肇はもはや自動的に動いていた。涼真の心臓に刺さった包丁を抜いて何の躊躇いもなく自分の頸動脈を掻き切った。大量の血が噴き出る。その血が部屋中に満ちる。秀明にも真季にも真っ赤な血が飛ぶ。
「い、いやあっ!」
そのとき、直前の自分の行動を後悔する真季だったが、一方で、肇に対する生理的な嫌悪感はそのまま続いていた。
そんな朝だった。
——イル・フラウト・マジコ。シオンの花の前で秀明は独りごつ。
「運命なんて感じてないで、客と店員の立場を守ればよかったよ。そしたら、こんな破滅は訪れなかっただろう」
今は放課後。そのまま秀明は警察へ連絡し、事情聴取をされ、無関係であることがすぐに判明したため全てのあらましを説明したのち解放された。またお話を伺うことがあるかと思います、と警察官に言われたが、望むところだった。死んでしまったとはいえ肇の誤解を解くことが自分にできるなら、できることはしてあげたかった。
そしてそのまま今日は休日になり、さっきまでシャンゼリゼでコーヒーを五杯飲んだ。覚醒したかった。とにかく、頭をはっきりさせたかった。
シオンの花が換気扇の風に揺れる。
「音叉か。コントロール。それが君にできたら。その術を教えてあげることができたなら」
「でも結局それは叶わなかった。深入りしなければよかった。そしたら君が逮捕されるだけで済んで、君は死なずに済んで、君が関屋さんに嫌われることもなく」
「関屋さんが今後ピアニストになるかどうかはわからない。あるいは忘却するのか。あるいは乗り越えるか、無視するか——あるいはこの負のエネルギーを元に大爆発していくのか。それは将来のことだ。君にはもう訪れない将来の話」
「もっと早く俺が動くべきだったのかもしれない。でも、全てはもう、後の祭り——」
「はい柾屋くん」
と、後ろに七瀬が現れた。
「やあ神谷くん」
「今日はシオンか。えーと花言葉は……『追憶』『遠方にある人を思う』『君を忘れない』、か。選んだ決め手は?」
「なんとなく、さ」
「なんとなく、ね」
「シャンゼリゼに付き合ってくれないかい。奢るよ」
「大丈夫? お巡りさんのお世話になったって聞いたけど」
「まあ、今後のことは今後の俺に任せるさ。ここで君と会えたのも——運命だ」
すると七瀬は、ちょっと考えながら答えた。
「マジコでならしょっちゅう遭遇するから、運命って言ってもファンタジーなジャンルじゃなさそうね」
それはそうだと思う。だがそう思う一方で、秀明は不思議な返答をした。
「そうだね。ファンタジーだね」
というわけで二人はマジコを後にする。シオンはただただそこにあり続ける。




