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箱庭の魔法使い-Snail and the Angel-  作者: 横谷昌資
箱庭の魔法使い-Swans Reflecting Elephants-
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第三話 命の価値は-Strange Medicine-・1

「絶版でなかなかきれいな状態ではありますが、でも毎冬同じ文面同じ内容のものが発売されますからね。ピンポイントでこのイラストのものが欲しいって人がどれだけいるかを考えると……まあ、三百円ってところでしょうか」

「ふむ。まあ百円で買ったから二百円の得ではある。売ります」

「ありがとうございます」

 辰彦から本を受け取り、三百円を彼に渡す。

「どうもです店長さん」

「いえいえ。お得になったなら何より」

「これだから背取りはやめられない」

「なんと言っても龍のお兄さんですからね。これでも頑張ってる方なんですよ」

「ありがとうございます店長さん」

 と、辰彦は軽く頭を下げた。

「それにしても日曜日の真っ昼間とはいえ、辰彦さんも暇そうですね」

「ああ、もう。あれなんですよね……せっかく探偵になったんだからもっと推理がしたいものなんですけど、もう、浮気調査ばっかりでね」

「探偵なんてそんなものでしょう?」

「先輩たちにもよく言われますよ。探偵が推理小説で推理するのは小説だからだって」

「今はどんな依頼を?」

「それは守秘義務があるので」

 とは言え頭にイメージが浮かぶこと自体が止められるわけではないし、まさかそれを目の前の弟の上司に読み取られてるとは夢にも思わず辰彦は今の自分の仕事を思い浮かべる。今、辰彦は、秀明の学校の宮島拓矢みやじまたくやという三年生の学年主任とPTA会長の子安久子こやすひさこの浮気調査をしている最中だった。よりにもよって秀明たちの学校の大人たちであり、当然、龍介の通っている学校だ、細心の注意を払ってこの浮気調査の話題をするならしなければならないと辰彦は強く自分を戒めた。

「まあ、探偵の口の堅さを侮る俺ではありませんよ」

 というわけで秀明はこの話題を止める。辰彦としてはありがたかった。

「そうですねぇ」

「まあ依頼主さんが幸せになれるような結末を他人事ながら願いますよ」

「そうしてくれると励みになります。どうせみんな不幸になるんですけどね。それじゃ俺はこれで」

「またどうぞ」

 辰彦が去ってしばらくしてからやってきた小学生の女の子が、その直前の本を買いにやってきたのは秀明としてもちょっと驚くことだった。

「これ、お願いします」

「五百円です」

「高ーい」

「絶版できれいな状態だからねぇ。このイラストのものが欲しかったの?」

「うん。あ、はい。お兄ちゃんがうっかり捨てちゃって」

「それは残念だね」

 少女の想起域に秀明の学校の生徒会長・真弓伊織まゆみいおりが浮かんだ。

「でもまた買えばいいから」

「でも、冬にならないと発売されないからねこの本」

「サンタクロースっているんでしょうか? だもんね」少女は本をひらひらとさせる。ふと名札を見ると刺繍で真弓加奈子まゆみかなこと縫われていた。「でも、すぐ見つかってよかったです」

「ブックオフとかの方が安いよ。こんなこと言うのもあれなんだけど」

「この絵のものを捨てられちゃったの」

「なるほどね〜」

 というわけで秀明はサンタクロースっているんでしょうか?を紙袋に入れて加奈子に渡す。

「この本、好きなの」

「うん、好き。お兄ちゃんが初めて買ってくれたの」

 どうやら伊織は妹思いらしい。

「お兄ちゃん?」

「うん。生徒会長さんなんだよ」

 だが伊織がいつも極々小さな水筒にコークハイを入れて登校してきていることを秀明と、そしてさっき辰彦の表層意識に浮かんだ宮島拓矢は知っている。教師の拓矢がなぜそれを問題視しないのかと言えば、伊織に久子との浮気現場を目撃されたことをネタに口止めされているからだった。

 伊織も別にアルコール依存症というわけではなかったが、単純にコークハイが好きだった。ウイスキーといってもほんのちょっぴりなのだが、しかし嗅覚の鋭い拓矢はコロコロと転がった水筒からウイスキーの香りを感じ取った。もちろんその場で追求を始めたが、逆に追求されたことで黙認するほかなかった。伊織としては教師を揺する気など毛頭ないが、学校に酒を持ってきていることがバレたら高校生としての自分の立場は危うすぎる。しかし一方で、うまくやり過ごせたことでそれ以降も伊織はちびちびとコークハイを隠れて飲んでいるのだった。こんなことは当然兄を愛する加奈子は夢にも思わないし、もしそれが彼女にバレたらその愛は一気に消失するだろうことを秀明は思う。伊織も受験生の生徒会長として色々ストレスが溜まっていることも想像に難くないが、だからと言って学校に酒を持ってくることはないだろうにと秀明は他人事ながら心配が止まらない。

「お兄さん、サンタクロースっていくつまで信じてた?」

 ふと加奈子がそう投げかけた質問に、秀明は即答する。

「あいにく、サンタを信じたことのない人生でね」

「えー、つまんない」

「我ながらつまらないと思うよ。うちは親が直接プレゼントを渡すタイプだったからね」

「私はねぇ、一昨年まで信じてたんだけど。一昨年、その前か。二年生のクリスマスの夜まで信じてたんだけど、そのときついにお兄ちゃんがサンタさんだって判明しちゃったんだよね」

「それは残念だったね」

「でもお兄ちゃんがサンタさんなのは嬉しかったかな」

「じゃ、幸運だったね」

「そうだね! お兄ちゃん大好きだもん! だからねぇ、今でも信じてる振りをしてるの」

「かわいい妹だね」

「え、加奈子かわいい?」

 おそらく現在小学校四年生の加奈子は、確かに小学生の女児ではあったがそれにしてもちょっと幼かった。これはおそらく、事実上二人暮らしの伊織に相当溺愛されている結果なのであろうと秀明は推測する。真弓家の両親は揃って仕事に忙殺されているようで、週末以外はあまり兄妹と会うことはないようだった。

 秀明がなぜ伊織に注目するのかというと、無論生徒会長の伊織が目立つ存在だからである。全校集会の際、生徒会長の言を聞くにあたって暇だから彼の心を読み解くのがなんとなく習慣になっていた。コークハイの件も拓矢の件も久子の件もそれで秀明にはわかったということだった。

「じゃあね店長さん」

「うん。またおいで」

「またね〜」

 といって加奈子は去っていく。

 こういう場合、辰彦がパパッと拓矢と久子の浮気調査を達成していれば、伊織のコークハイ問題はなかったことになるのかな、と、他人事ながらちょっと邪悪な発想がつい浮かんでしまう秀明であった。それだけ加奈子の個性が魅力的だったということであった。

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