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箱庭の魔法使い-Snail and the Angel-  作者: 横谷昌資
箱庭の魔法使い-Atavism of Twilight-
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第三話 その瞳、潤いにつき-To Be Only Yours-・2

「また、駅のホームで言い争いになったみたいっす」

 シャハシュピール。遅れて帰ってきた龍介の沈んだ表情を見て、自分には何ができるだろうと秀明は思う。

「冴。ちょっと買い物を頼まれてくれるかい」

「わかった」

 龍介の心を読む必要があるのだろうと瞬時に理解した冴は、秀明が適当に走り書きしたメモを手に店を出ていった。

「それで、まことコンビがなんだって?」

「はあ。それが」(帰り道)(駅のホームで)「あの二人、帰りでなんすけど」

「ふむ」

「駅のホームで、今度は谷先輩が」

「自殺を?」

「っていうのを楠本が止めようとしてて、でも駅員さんからするとお互いに突き落とそうとしている——ように見えたとかなんとか」

 龍介の想起域では部活の同級生仲間から聞いた話が事件のイメージをまとめさせていた。つまり龍介は又聞きである。だからどこまでが事実なのかはいくら龍介の心をまさぐっても秀明にはよくわからない。

 だがここから連想されるものが秀明にはある。

「命を弄ぶ男ふたり」

 という秀明の言葉に、はて、と龍介は首を傾けた。

「楠本は女っすよ。どっちもまことっすけど」

「そういう話があるのさ。戯曲がね」

「参考までにどんな話ですか?」

「登場人物は二人」と、秀明はざっとあらすじの説明を始めた。「眼鏡の男と、包帯の男」

「ふむ」

「どちらも愛する女性とトラブルになって、二人とも電車に飛び込んで自殺しようとする」

「ふむ、ふむ」ふと“命を弄ぶ”というタイトルから疑問に思ったことを龍介は訊ねた。「ホラーっぽい話っすか?」

「いや、これは喜劇として書かれた」

「じゃ、オチは?」

「一応、ハッピーエンド。眼鏡も包帯も、命について考えるようになった結果、とりあえず生きていこうと決意する」

「先輩たちもそうなるといいんだけど……とにかく、猫だよなぁ……」

 それで、と、龍介は身を乗り出した。

「もうちょっとそのお話、具体的に」

「そうだな……」ちょっと秀明は考えた。「眼鏡の男は俳優。包帯の男は科学者」

「ふむ」

「眼鏡の男には愛する女がいた。しかし俳優であることからありもしないスキャンダルに塗れる。そしてその女は思い違いで自殺してしまうんだ。そして包帯の男は人工ダイヤモンドの研究中に事故が起こり包帯男になる。愛する女はそれでもあなたのことが好きという。その想いで包帯は死のうとする」

 龍介は怪訝そうな顔になる。

「スキャンダルより本人の話を聞くべきだし、好きな子がそれでも好きだって自分のこと言ってくれるなら、こんないいことないんじゃないすか」

「今回のまことコンビに通ずるものはあるんじゃないのか」

 ふむ、と、龍介は考える。

(猫がどうしたかは今の時点ではまだわからない)「楠本はなんとなくわかるとして。パニクってるし」(失恋の達人の谷先輩)(こっちは違うような)「谷先輩には当てはまらないような」

「谷先輩としてはやっぱり振られる度に傷ついてるんじゃないのかい」

「それは、まあ、俺はやっぱりそう思うけど」

「もし仮に、さっき、楠本さんが彼を好きだと言ったとしたら?」

 誠に自殺願望が芽生えたのは、真琴から想いを告げられたからなのではないかと秀明は思ったのだ。細かいことまではわからないにしても、今の誠が死にたくなる出来事があるとすれば、答えはそこにあるような気がした。自分が悪事を働いていることで愛を得ようとしているという罪悪感によるものなのではないか。

 そして“互いに互いを突き落とそうとしていた”というのは、これは半分はその通りだったのだろう、それは誠からすれば真実を知られることを恐れたが故の行動で、真琴からすれば自分の想いが原因で死を選ぼうとした誠に対する怒りが故の行動なのかもしれないと思う。もっとも、誠が真琴の想いに応えるのにそう時間はかからないはずだとも秀明は考えた。ただいずれにしてもこれだけでは少し情報が足りないし、推測が性急すぎるとも考える。

 うーんと龍介は唸った。

「仮にそうなら……え、それで谷先輩が死にたくなるのはなんで?」

 しまった、と、秀明は心の中で舌打ちをした。誠の真琴とカッツェに対する罪悪感のことは秀明にしかわかっていないことだったとようやく気づいた。

 だがここで会話を中断するわけにはいかない。ワンテンポも遅らせることなく秀明は半ば自動的に答えた。

「幸せだと死にたくなるってこともあるだろう」と、抽象的な話題に持っていくことにした。

「そんなことあるかなぁ?」

「ま、名作だから、機会があったら読んでみるといいよ」

「はあ」

 龍介には秀明が命を弄ぶ男ふたりという物語をどうして連想したのかいまいちよくわからなかったが、読んでみたらわかるのかもという発想も生まれていたため、その場は事なきを得たようで秀明はホッとする。

 気をつけなければならない。ここのところあの二人のことを考えていたから油断してしまっていた。今、龍介の心をいくらまさぐっても彼から自分に対して特別な違和感などは何ら向けられていないようなのはかなりの救いだったが、しかし分岐点はいつもどこにでもある。それはおそらく、自分のささやかな失敗によるものになるはずだと秀明はいつも自分を戒めていた。

 改めて秀明は超能力者として気を引き締めた。どんなことがあっても自分の秘密を他人に悟られるわけにはいかない。

 そのとき、龍介のスマホが鳴った。

「あ、兄貴だ」

「どうぞ」と、秀明は少し距離を置く。

「もしもし?」

「ああ、龍。元気かい」

「元気だよ。どうしたの?」

「いやもう仕事が大変で。ちょっと話させてくれよ」

「個人情報に引っかからない範囲で、何がどう大変なのか教えてよ」

「うーん。そうだな……。依頼主さんが、ある人を警察に突き出すって言ってるんだよね」

「穏やかじゃないね」

「まあ探偵業は穏やかではないものではあるんだけど」

「もしそうしたらどうなるの? その人捕まっちゃうの?」

「いやそれだけで警察が動くことはまずないけど、最悪、俺が書類送検されちゃうな。なんといっても付きまとってるわけだから。無関係なら尚更」

 ぞわっとしたが、ふと龍介は気がついた。

「その依頼主さんって、もしかして、楠本真琴?」

「え、どうして。知り合いかもとは思ってたけど」

「こっちもその話題でちょっぴり盛り上がってるんだよね。楠本、飼い猫がいなくなっちゃって大パニック」

「同級生?」

「クラスメイト」

「早く見つけてあげたいんだけども」

「でも、それだとこっちも兄貴の話聞きたいなぁ。楠本を安心させてやれたらって」

「申し訳ないけどそれは個人情報なんだよ。細かい話については教えてはあげられない」

「でも。ある人を警察に突き出すって言ってるんでしょ。誰?」

「うーん、そうだなぁ……まあ、話せるところで言うと。いつもその猫ちゃんを見て不審な動きをしていたらしいサラリーマンを疑ってるようなんだよね」

「犯人ぽいの?」

「それを今調べてるんだ。これ以上は言えない。俺は無関係であってほしいと思うよ」

「尾行みたいなこともしてるの?」

「うん。今は一昨日から中国に出張してるから帰国待ちだけど。あー、これ以上は言えないよ」

「了解。それで、少しはスッキリした?」

「少しね。細かい話が少しできたのもあるし。じゃあ店長さんによろしくね」

「はーい」

 と、龍介は電話を切って秀明のもとへとやってくる。

「すんません」

「いや、大丈夫だよ」実際、今の会話を盗み聞きできたのは秀明にとって重大なきっかけに繋がった。「どうも楠本さんは面倒なことをしでかしそうだね」

「あ、聞いてました?」

「そりゃこの距離だもの」

「うーん。パニックになってるからなぁ」

「龍が助けてやったらいいよ。これも縁だし」

(でも、どうやって?)「でも、どうやって?」

「それを今からちょっと考えてみようか。俺も気になってるんだよね。——俺も、ちっちゃい頃、猫を亡くしたことがあってね。実はその子もカッツェって名前だったんだよ」

 秀明がなぜあの二人を気にするのかようやくわかった龍介は、そんな経験のある秀明に同情心が芽生えた。

「お願いしまっす」

「よし」

 と、そこで龍介は気になってちょっと質問した。

「“カッツェ”ってどういう意味すか?」

 秀明は、ふふ、と笑う。

「ドイツ語で、猫のこと」

「猫に猫って名前つけたんすか」

「ま、それはさておき」

 とにかく——もはや傍観者に徹することは秀明にはできなかった。

 二人はどんな言葉を真琴にかければいいのかを考え始めるのだった。

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