第8話 勇者、魔王から逃れるための画策をする
魔王城の大広間は、地上の常識とは異なる色彩と香りに満ちていた。
天井から吊るされたシャンデリアは青白い燐光を放つ魔石で構成され、広大な空間を幻想的な薄闇に沈めている。
「……お前ら……」
その宴の只中で、中心人物であるはずの勇者一行のテーブルは、葬式のように静まり返っていた。リアムがじとりとした目を三人に向け、三人はさっと視線を逸らす。
「何してたんだよ! 適度にバフとか掛けていいって言われただろ!」
「いや、なんか、平気そうだったし……?」
「平気なわけあるか!!」
ばん、とリアムが卓を叩いて、グラスが揺れて軽い音を立てる。
「普通に死にかけたし、そのせいで本気出す羽目になって、……」
そこで言葉を切ったリアムが、珍しく本気で嫌そうに舌打ちをする。先程の顛末が、よほど腹に据え兼ねているらしい。けれどもヒースをはじめとするパーティーの面々は、よくも悪くも、リアムの不機嫌に怯えるような性根の持ち主ではなかった。
「ああなるほど。だから結果としてあんなことに……ってこと? いやいや、リアムだって実際楽しんでたでしょ? 人のせいにしないでよ」
「それはあの……ご愁傷様ですけど……結果として魔王様はご機嫌になられた様子ですし……?」
「すまん。王にはいい感じに伝えておくから」
「くそ、お前ら……いや待てヴァネッサ、俺がここに残る前提で話を進めるな!!」
思わずと言うふうに叫んでから、リアムはやっと何かに気づいたようにあたりを見渡して、「……聞こえてないよな?」と怖々声を出す。ここがその『魔王』を崇める敵地のど真ん中であるということに、やっと気づいたらしい。ヒースは軽く杖を振った。
「はい」
「……? 何をした?」
「回復魔法のフリして認識阻害魔法かけたから、周りには会話が聞こえなくなったよ。続けてどうぞ」
「万能だなお前……」
リアムは素直に「助かる」とヒースに頭を下げ、それから、小声で続けた。
「ともかく、お前ら、仕事を放棄してた責任は取ってもらうぞ。『嫁』とかいうのがどこまで本気かわからんが」
「あのまま寝室に引きずっていかれてそうになってたじゃん。本気でしょ」
「やめろ」
「てか、僕らであそこから助けてあげたんだから十分仕事してない?」
ヒースは光で作った蔦を伸ばしてリアムを絡め取り、魔王の腕から奪い取った。ヴァネッサはリアムの前に立ってリアムを庇い、リゼは魔族の嫌がる聖なる結界をリアムの周りに張った。見事な連携プレーである。
魔王は当然ヒースたちに怒りを向けたが、手合わせ以外での戦闘行為が協定違反に当たることを思い出したのだろう、結局剣を向けてくることはなかった。
そんなヒースの主張を無視して、「とにかく」とリアムは続ける。
「任務は完了した。この宴の後、つーか、いますぐにでも出立したい」
「まあ、いつ夜這いされてもおかしくないですものね」
「言うな怖いから!」
「……まあ、調印も済んだし、この宴までで充分仕事はしたとも言える。急な知らせが入ったことにすれば不可能ではないかもしれないが、あの魔王がそれを許すかどうか……」
「許されなくても、別に、帰ればいいんじゃない?」
真面目に考え込むヴァネッサに、ヒースは軽く首を傾げた。
「手出しをしてこないことはわかったわけだし、万が一止められても、俺が適当にやっつけるし」
「ヒースくんは好戦的ですねえ」
「駄目だ。少なくとも後者は駄目だ。我々は、友好のための使者なんだぞ。進んで両国関係を破壊してどうする」
ヴァネッサの言葉に、リアムが「先に関係を破壊しようとしてきたのは向こうだと思うんだが」と最もな愚痴を言う。ヴァネッサは視線を逸らした。
「そこはまあ……身分の違いもあるからな。諦めろ」
「うーん……じゃあ、リアムに犠牲になってもらうのが、一番丸く収まるってこと?」
「おい!?」
ヒースの問いに、リアムが悲痛な声を上げる。そこで、ずっと考え込んでいたリゼが、「言い訳が立てばいいのでしょう」と口を開いた。
「『急な知らせ』では嘘ですから、本国の許可もなしに強行はできない。……でも、『本当に』危急の要件であれば、どうでしょう?」
「……危急の要件?」
「はい」
頷くリゼに、リアムが縋るような視線を向ける。リゼはにっこりと微笑んだ。
「うまくすれば、リアムさんへの求婚そのものを、取り消させることもできるかもしれませんよ」




