第7話 勇者、魔王に突然プロポーズされる
「いや、最初に反応するところがそこか?」
ヴァネッサが思わずというふうにツッコミを入れ、それから、「ん?」と首をひねる。
「……というか、それですませていい歳の差か? エセルヴォルドとやら、年齢不詳と言っていたような」
「魔法使いには珍しい話ではありませんよ。若いうちは魔法の習得や研究に夢中でそれどころではない……というか、五十年ぐらいかけてやっと情緒が人並みに育つ場合も多いというか」
リゼはひとりで納得して頷いた。
「故に、魔法使いの世界では、年の差婚は珍しくないんです。そもそも、一定以上の魔力を持つ魔法使いは、研究したさにまず自分の寿命を克服しようとするため、老化を極端に遅くする魔法を身につけますからね。人生が長くなれば、婚期も遅くなる。見た目が若いままであれば、若い相手とも結婚できる」
「最後はなんというか……それでいいのか……?」
「それでいいといいますか、それが現実といいますか……」
リゼは軽く頭を抑えて首を振り、「とにかく」と話をもとに戻した。
「ですから、その若さで恋心を自覚しているヒースくんは、とっても偉いと思いますよ!」
リゼが、にこにこ笑ってヒースの頭を撫でる。けれどもヴァネッサのほうは、「そうか?」と懐疑的だった。
「私はそうは思わないがな」
「そうは思わない……とは?」
「こいつの感情は、本当に恋なのか?」
ヴァネッサは軽く眉を寄せた。
「言ったらなんだが『刷り込み』じゃないのか。強く……美しい、かはわからないが」
「師匠は格好いいよ。黒髪の偉丈夫で、ちょっと目つきは悪いけど顔はいいし、体格もいい。リアムよりも大きいからね。ぱっと見は魔法使いより剣士とかに見えるかも」
「そ、そうか」
ヒースの早口での説明に、ヴァネッサが気圧されたように顔を引く。そして、「とにかく」と話を元に戻した。
「そういう『絶対』の存在に対する恩義、あるいは執着を、恋と誤認するのはよくあることだ」
「……詳しいのね?」
リゼが意外そうに首を傾け、ヴァネッサは「騎士団でもよくあるからな」とため息を吐く。
「上下関係が強く存在する組織の業とでも言うべきかな。評価者に気に入られたい、他の誰より好かれたい。そういう感情から、指導者というものはよくモテるんだよ。お前の場合は、そのうえ養い親でもあるんだろう? 親に対する信頼と愛着も重なれば、それは確かに唯一無二だ。しかし」
ヴァネッサは一度言葉を切って、教え諭すようにヒースを見て言った。
「唯一無二の感情が、恋情とは限らない」
ヒースは、流石に顔を顰めた。
「……随分、好き勝手言ってくれるね」
「そうだな。不躾である自覚はある。しかし、お前の立場は、大人から見ればそれぐらい不安なものなのだと理解して欲しい。確かにお前はものを知らない、世界を知らない、師匠に盲目になりすぎている」
ヴァネッサの言葉は淡々としていて、その分、その正しさがヒースの身に染み入るようだと思う。
「だから、私は、お前の師匠の言いたいことが理解できる。お前は自由を行使すべきだ──世界を見るべきなんだ」
世界、の単語に、脳裏にあの光景が煌めく。エセルヴォルドが見せてくれた世界。エセルヴォルドが美しいと言った世界だ。
「お前の師匠が、お前の刷り込みじみた愛情を受け取るのは簡単だよ。それでも、お前の意志を尊重するのは……それこそ、無類の愛情が故ではないのか」
そう、ヴァネッサは正しい。そしてエセルヴォルドも、この上なく正しいことをしているのだ。
『意志の尊重』。
だけど、それは確かに『愛』かもしれないけど、でも──……むすっとしたままそっぽを向くヒースを慰めるように、「まあまあ」とリゼが優しく微笑む。
「『自由』も『尊重』も、確かに、見た目のいい言葉ですけどね。でもそれって、放任と紙一重ですよ。そこには、彼の意志が感じられない。その『意志の欠如』を、ヒースくんが『感情の欠如』と受け取るのもまた当然です。『愛しているなら手放すはず』も、『愛しているなら手放せないはず』も、同様に真であるのですから。……だから、私は、ヒースくんの戦略は、とても正しかったと思います」
ヒースは別に、『戦略』とやらを立てて行動したつもりはないのだが。そんなヒースに、ぴっと人差し指を立てたリゼが言う。
「安寧とは、恋から最も遠い感情です」
ヒースは、眉を寄せて首を傾ける。
「……どういうこと?」
「お師匠さまにとって、あなたはその場にいて当然のものだったのでしょう。いくら『好きにするように』と口にしていようとも、いなくなって初めて実感する、それによって自分の思いに気づく……というのは恋の常道です」
「なるほど?」
と、口では言いながら、ヒースはリゼの言葉を殆ど鼻で笑った。リゼはエセルヴォルドを知らないし、あの心底どちらでもよさそうな口調のどうにもならなさを知らない。エセルヴォルドはもう、ヒースのことなど気にしてもいないかもしれない。乾いた笑いを浮かべるヒースに、リゼが付け加える。
「それと、もうひとつ」
にこり、と、リゼは悪戯っぽく微笑んだ。
「奪われそうになったら惜しくなるのは、人の常です。……ですから、そうですね。あなたは風評被害だと言っていましたが……リアムの言っていた『嫁探し』、王都で名を挙げて婿がねとして求められてみるようなことを、本当にするのも悪くないかも……」
そのとき。
──キイン、と、高い魔力波を伴う音が響いて、ヒースははっと闘技場へ視線を移した。完全に意識から抜け落ちていた。
視線の先で、勇者リアムの剣が魔王の喉笛に突きつけられ、魔王がそれを手掴みで受け止めている。魔王がニヤリと笑みを深め、そのまま、聖剣ごとリアムを引き寄せる。
「──!」
ヒースは咄嗟にリアムの周りに防護魔法を掛けようとしたが、リゼが杖を掴んでそれを止めてくる。どうして? 思う前に、魔王が勇者の腰を引き寄せるようにして、ひどく楽しげに声を上げた。
魔王の赤い瞳が、爛々と──熱に浮かされたように、輝いている。
「気に入った!」
リアムがひどく嫌そうに顔を顰めるのが、ここからでもはっきり見える。おそらくは必死で逃れようとしているのだろうリアムを意に介さず、魔王はそのままリアムを抱き上げた。
「……っ!?!?」
魔王の腕に腰掛けさせられるような姿勢で、リアムが愕然と魔王を見下ろす。
「おい、お前、なんのつもりだ!?」
リアムの声が、虚しく闘技場に響き渡る。その声すら楽しむように、魔王は、歌い上げるように言い放った。
「……勇者リアムとやら、このままここで暮らせ。俺の嫁になれ!!」
うおおおお! と、地鳴りに近い、魔族たちの歓声が闘技場を包み込む。ぽかんと成り行きを見守るヒースの横で、リゼが、思わず、と言ったように呟いた。
「……ええと、そう、あんな感じで」
「……、……なるほど?」
確かに、ほんの少しでも気になる対象であれば、あんなことを言われたら、まあまあ苛立ちはするだろう。エセルヴォルドにそれが適用されるとはあまり思えないが。ヒースは軽く頷いた。
「参考にするよ」
「いや、お前らなあ……」
呑気な会話を交わすリゼとヒースに、ヴァネッサが呆れた声を出す。
「あの光景に対する反応はそれでいいのか? どうするんだこれ??」
「僕に聞かれても困るよ。置いて帰る?」
「……とにかく、一旦リアムを助けられないか?」
いま一瞬『それでもいいか』と思ったな、と思いながら、ヒースはヴァネッサの依頼に従って、リアムを助けようと杖を振る。
「……というか、ですけど」
──それを横目に、一度考え事にふけるとすぐに思考転換ができない質のリゼが小さく呟いた言葉は、誰の耳にも届かない。
「話を聞く限り、ですが。ヒースくん、あなたのお師匠様は、一度もあなたに、『出ていけ』と……どころか『独り立ちしたほうがいい』さえ言っていないんですよ」
不自然なぐらい徹底している。少なくともリゼにはそう思えた。
「だから、そもそも……」
「リゼ!」
「あ、はい」
そもそも。
結論を出す前に、リゼの思考は遮られる。リゼは慌てて、必死に魔王から逃れようとするリアムを助けるための魔法に協力し──そして結局、ヒースの師匠であるエセルヴォルドの真意について考えていたことすら、すっかり忘れてしまったのだった。




