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家出した天才魔法使いは、師匠の溺愛をわからせられる  作者: 逢坂常


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第5話 魔法使い、魔王退治をする


 魔族領の最深部に聳える城は、夜の闇を固めて作ったかのように黒く、人間であれば近寄るだけで命が無いような、強い瘴気を纏っていた。

 その中心、謁見の間を兼ねた巨大な『闘技場』で、魔王シゼルと勇者リアムが、激しい剣戟を繰り広げている。周囲は角や牙、翼や尾といった異形を宿した人類とは一線を画する『魔族』によって埋め尽くされており、彼らが放つ興奮や熱気がまるで目に見えるかのようだ。

 そして、ヒース達勇者パーティーは、彼らからすこし離れた貴賓席を用意され、リアムの姿を見守っていた。


「……あふ」


 ……見守ることになっていた、のだが。


「こらこら、寝ないでよ?」


 欠伸を噛み殺したヒースを、勇者パーティーの『僧侶』役、金髪碧眼の楚々とした美人の聖女リゼが、苦笑しながら嗜める。ヒースは軽く目をこすった。


「別にいいだろ。一通り打ち合ったら終わりなんだから」

「魔族を満足させる程度に、ね。すぐ負けたら駄目なんですから」


 優しげな顔立ちといい、穏やかな口調と言い、どこか教師を思わせる立ち居振る舞いである。リゼは闘技場での打ち合いを見守りながら、心配そうな調子で続けた。


「見たところ、向こうの魔王様も、すこしも手加減してくれる気はないみたいだし。回復魔法や補助魔法は飛ばしてもいいって言っていましたから。すぐ打てるようにしておいてもらわないと」

「必要ないって」


 王家から借り受けた『聖剣』を手にしたリアムは、魔王ときちんと互角に打ち合っている。そのうえ、魔王の明らかに楽しんでいる表情から、『手を出すほうが嫌がられる』類の争いであることは一目瞭然だ。「リゼはなんにもわかってないなあ」と、ヒースはひらひら掌を振った。



 ──『魔王退治』が実際は定期的な相互不可侵条約更新のための『儀式』であるということを、ヒースは、勇者パーティーに入ったその日に知らされた。



 そもそも『魔王』とは、隣国ヴェドニカの王のことである。

 エルセリニアとヴェドニカは、島を二分する国家同士であり、長く相互不可侵条約を結んでいた。

 かつて全体が瘴気で支配されていた島に、エルセリニアの祖が降り立って、精霊たちと契約を結んだ。結果として、島の西側が瘴気のない土地に、東側が瘴気の濃い土地になった。元々は魔族しか住んでいなかった島に人間の居住地を作るその行為は、当然魔族側からすれば受け入れられないもの──かと思いきやそうでもなかった。

 広く島に蔓延していた瘴気が、東側に寄せられることにより、魔族の居住に相応しい濃度になったのだ。

 そうして、それぞれの場所に、人の国エルセリニアと、魔族の国ヴェドニカが建国された。

 魔族は瘴気のある場所でしか生きられず、人間は、瘴気のある場所では生きられない。領土は瘴気の濃淡によって分かれており、互いにその境界を超える理由は存在しない。二国に争う理由は存在しなかった──が、それでも、国境線を巡る争いだけは別だった。

 境界部分は瘴気が薄く、人間も魔族も両方が生活できる土地が僅かに存在していたのだ。争いは長く続き、エルセリニアは魔王との交渉あるいは戦闘のため、特に腕の立つものを集めた、少数精鋭のパーティーを結成した。

 そのパーティーは交渉に成功し、相互不可侵条約が結ばれた。

 それは、今ではもう遠い昔の、もはや『歴史』となった出来事で──同時に、現代まで続く『勇者パーティー』のはじまりなのだった。



「……魔族は弱いものを認めないから、『魔族が認めるに足る』だけの腕の持ち主との親善試合がまず必要。そのうえで、エルセリニア以外との交易手段を持たないヴェドニカへ、他国の珍しい品を運ぶこと。それが、こちらがこの儀式を『魔王退治』と呼ぶことの条件とは、割に合うような合わないような……」


 試合の成り行きを見守りながら、リゼが軽くため息を吐く。

 魔族とは、根本的に人間にとって『恐ろしいもの』である。一般的な人間は、魔族の圧倒的な魔力と身体能力に対抗するすべを持たないからだ。故に、エルセリニア側は、ヴェドニカに対して『優位に立っている』と国民に思わせることが、人心安定のために必要だった。

 対するヴェドニカは、島の南に位置する大陸の国々の品を手に入れるために、エルセリニアを窓口にする必要があった。大陸には魔族は存在せず、その恐れられかたは、エルセリニアからヴェドニカに対するものが可愛らしく思えるほどの、絶対に国交を結ぶことなど不可能であると思えるものだからだ。

 そういうわけで、エルセリニアとヴェドニカには、条約を結ぶメリットが存在している。勇者パーティーの『戦士』、赤金色の豊かな巻き毛の凛とした女騎士・ヴァネッサが、リゼの言葉を受けて肩を竦めた。


「十分以上に割に合ってるだろ。強い輩ってのはプライドが高い。それが『退治』なんて言われることに甘んじてるとは、よっぽどエルセリニアの……エルセリニアの外の国のものが欲しいのさ」


 ヒースは欠伸とともにその会話を聞き、ぼそりと呟く。


「……欲しいなら、奪えばいいのに」

「こら」

「おい」


 リゼに小突かれ、ヴァネッサに頭を叩かれて、ヒースは流石に首を竦めた。


「危険なことを言うんじゃない。……まあ、瘴気のない場所で活動できる魔族はごく一部、特に海超えは不可能と言われているからな。奪いたくても奪えない、というのが事実ではあるだろうが」

「ヴァネッサさんも、不謹慎ですよ! ……まあ、確かに『手柄を立てたい』ヒースくんとしては、物足りない任務だったかもなのですが……でも、報酬は十分に出ますので……!」

「なんだ、手柄が欲しいのか? この仕事が終わったら騎士団に来るか? お前の実力なら大歓迎だぞ」


 任務が物足りないのは事実だったが、就職がしたいわけではない。ヒースは軽く眉を寄せた。


「嫌だよ。……いや、手柄が欲しいっていうか……リゼ、それ、リアムから聞いたの?」

「ええ」


 リゼはあっさりと頷いて、こてんと可愛らしく小首を傾げた。


「『田舎の女が嫌だから、王都で手柄を立てて嫁探しをするのが目的らしい』って……」

「いや、どう解釈すればそうなるんだよ!?」


 風評被害だ。ヒースは眉を吊り上げてリゼを見た。


「ぜんぜん違う! いや、嫁取りを勧められて逃げてきたのはそうだけど、後半が違う!」

「違うんですか? でも、手柄は立てたいんですよね。身分のない方が成り上がるにはやはり、貴族との婚姻が早道だろうと思うのですが……」

「ああ、違う違う。そこが違うんだ。『功績を上げたい』みたいなことは言ったけど、別に、成り上がりたいわけじゃない」


 説明が面倒だからと要のところを端折ったのが、どうやら裏目に出たらしい。不思議そうな顔をするリゼに、ヒースは仕方なく説明を加えた。


「僕はただ……見せつけたいというか、証明したいだけなんだ。僕の力を」

「見せつけたい? 誰にですか」

「……師匠に、だよ」


 師匠? ときょとんとするリゼに、『自分は捨て子で、師匠に育てられた』というリアムにしたのと同じ説明をしてから、ヒースは軽くため息を吐いた。中途半端な説明は誤解させるばかりのようだ、と、仕方なく説明を加えていく。


「で、きっかけは確かに、その嫁取りとか独立とかの話だったんだけど。……それに僕が、『結婚も独立もする気はない、ずっと師匠と一緒にいたい』って言ったら」

「……え、いや、待って、待って下さい」


 リゼがふとヒースの言葉を遮り、まじまじとヒースの顔を見た。


「……何」

「それ、恋の話ですか?」

「……!?」


 リゼはそのまま、真剣な顔でヒースに尋ねる。ぎょっとして絶句するヒースに、慌てたようにヴァネッサが言う。


「あー……悪いな。リゼは聖女様だから。神の加護には『愛』が含まれるからな。聖女は浄化やら治療やらの他に、愛の祝福やら、場合によっては恋愛相談なんかも業務でやってる。だから」

「いえ、私のこれは趣味ですけど」

「フォローの意味!」


 ヴァネッサが軽くリゼの頭を叩いて、リゼはそれでも真面目な顔でヒースを見続ける。その視線に気圧されて、ヒースは仕方なく、「……そういうふうに思ってもらっていいよ」と頷いた。

 隠したいわけではなかったが、誰かに話すつもりもなかったから、どうしていいかわからない。思わず視線を逸らすヒースに、けれどもリゼは容赦がなかった。


「詳しく聞きたいです」

「君、遠慮とかないのか?」

「ありません! というか、お役に立てると思います!」


 リゼは自信ありげに胸を張った。


「ヴァネッサの言う通り、恋愛相談は聖女の業務のうちなので。詳しい状況を聞けば、アドバイスなどもできると思います。それでなくとも、話すだけで楽になるということもありますし!」

「……、……なるほど?」


 ヒースが恋愛初心者であることは間違いない。縋れるものは、藁でも縋ったほうがいいのかもしれない。ヒースは少し考えて──実際のところは、殆どリゼの視線に押し切られるような形で──あの日のやりとり、ヒースにとっての二度目の転機、村長がヒースに縁談をもちかけてきた日のことを語りはじめた。



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