第4話 魔法使い、勇者パーティーの『魔法使い』になる(後)
──それから、『魔王退治』についての説明があり、出立の準備があり、やっと明日、ヒースたちは魔族領へと向かうことになる。酒を過ごしたところで旅に影響が出ると思っているわけではないが、帰って寝ていいなら普通に寝たい。というか、『勇者パーティー』のことを思うなら、当然そうするべきじゃないのか? 考えながら杯を傾けたところでふと視線を感じ、ヒースはちらりと横を向いた。
「『帰りたい』って顔してるな」
勇者リアム。
先の試験以降なにかとヒースを気にかけてくれる彼は、伯爵家の三男坊であり、近衛騎士団の所属でもあるらしかった。エセルヴォルドよりは小さいだろうが、それでも、ヒースより頭ひとつ分ほどは大きい立派な体躯。くすんだ金髪に人懐っこそうな垂れ目の、美丈夫と言って差し支えない外見の男である。ヒースは軽く肩を竦めた。
「そこまでは思ってないよ。なんの意味があるのかな、とは思ってるけど」
リアムはヒースより当然年上だったが、早々に『パーティーなんだからタメ口で頼む』と言ってきたため、その言葉に甘えさせてもらっている。ヒースの言葉に、リアムは笑ってヒースの肩を叩いた。
「まあまあ。お前は王都に功績を上げに来たんだろ? なら、顔を売っておいて損はないさ。幸い、見れば一目で覚えてもらえる顔だ」
勇者パーティーを志望した理由については、『腕試し』と回答していた。『勇者パーティーに所属すれば、手っ取り早く功績が上げられると思った』とも。それにしても、と嫌な顔をするヒースに顔を寄せ、「それより」とリアムはヒースに尋ねる。
「やっと時間がとれた。お前の話を聞こうと思ってたんだよ」
「僕の話?」
「ああ。これから三ヶ月旅をする仲間なんだ、お互いのことを知っておきたいのは普通だろ。……『僧侶』は教会の聖女だし、『戦士』は俺と同じ騎士団の所属でね。元々それなり以上の顔見知りだし、経歴も趣味も性格も知ってる。でも、『魔法使い』のお前だけ情報がゼロだ。これはよくない」
「……もしかして、元々は身内で固めるつもりだった? 選抜試験は形だけだったのかな」
「いや、その懸念は杞憂だよ。魔法使いに知り合いがいないわけじゃないが、あいにく、候補になれるほどの実力の奴はいなかった。だからこそ、『魔法使い』だけ、市井からも広く募集する羽目になったんだ。……というわけで、さくさく話してもらおうか。年齢は? どこで魔法を習った? 好きなものと嫌いなものは?」
「……年は紹介状に書いてあったと思うけど」
つめたく突っ込みつつも、にこにことした笑みとともに尋ねられれば邪険にはできない。ヒースは律儀に問いに答えた。
「年齢は十八。魔法は師匠に習った。好きなものは師匠、嫌いなものは……お節介な人間、かな」
「お。最後のは俺のことか? いい性格してるな~、お前」
「違……わないか? いや、別に、リアムのことは嫌いじゃないけど。今のところは」
さらりと言うヒースにリアムは「正直だな」と爆笑し、ヒースのグラスに酒を注ぎ足す。
「いいな、お前。正直なやつは嫌いじゃない。……それより、この短い回答に二回も出てきた『師匠』ってのが気になるな。学舎で魔法を習ったわけじゃないのか?」
「北の霊峰から来たって言っただろ。あんな田舎に学舎、ましてや魔法を教えられるようなところなんて存在しないよ」
「ああ、それもそうか。魔力があるかどうかは血筋による……結果として、魔力持ちは貴族が多くなるからな。魔法が教えられる場所なんて、田舎にはそうそう存在しないのか」
「そういうこと。で、師匠が何者かなんだけど……それは、僕もよく知らないんだよなあ」
「……へ?」
リアムがきょとんとした顔でヒースを見て、ヒースは注がれた酒を一口飲んだ。師匠が許してくれなかったから、実は飲酒は今日がはじめてである。結構美味しいな、と思いながら続ける。
「えーと……面倒だから、最初から説明するね。そもそも僕は、捨て子だったところを師匠に拾われたんだ。って言っても、赤子の頃の記憶は流石にないから、聞いた話を総合すると、ってことだけど。多分、よくある生贄か何かだったんじゃないかな?」
この国──エルセリニア王国は、そもそも瘴気に覆われていた島の西半分を、島の精霊たちとの契約によって瘴気を払い、人間の居住を可能にすることによって生まれた国だと言われている。
故にと言うべきか、国の特に辺境地域では、竜や精霊といった存在に対する『生贄』の慣習が未だ存在している。リアムは「なるほど」と頷いた。
「北の霊峰は、エルセリニアの結界にとって重要な土地の一つだからな。そういうこともあるか」
「なのかな? とにかく、師匠は赤子の僕を拾って育ててくれて、僕に魔法を教えてくれた」
ヒースは僅かに視線を上げて、師匠の──エセルヴォルドの姿を思い出す。
「僕が見る限り、師匠の外見には変化がないから、不老に近い……格の高い魔法使いだってことは間違いない。でも、僕が知っているのはそれだけだ」
「それだけ?」
信じがたい、と言いたげに、リアムが軽く眉を寄せる。
「それだけってことはないだろう。名前は『エセルヴォルド』だったか。家名は? 魔法使いって言うなら、所属してる派閥もありそうなもんだが」
「それも知らない。……いや、そんな顔されてもね。ずっと北の霊峰で二人暮らしで、訪ねてくるのも麓の村の村人ぐらいで、他の魔法使いとの交流さえなかったんだ。師匠は研究熱心だったから、王都から研究論文とかを色々取り寄せてはいたけど、師匠自身が何かを発表したりすることはなかったしね。だから、師匠が何者かなんて、そもそも気にもならなかった」
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ。……その生活が、ずっと続くと思ってたし」
後半は独り言めいて小さく呟き、ヒースは「だからもう、師匠の話は終わり」と話を切り上げた。
「そもそも、師匠が何者かなんて、君には少しも関係ないだろ」
「なくはないさ。なにせお前の『好きなもの』だし、お前の行動の根幹なんだろ?」
「……」
「図星だ。……ずっと続くと思ってた『その生活』を捨てて、親代わりとも言える大好きな師匠のもとを出て、こんなところまで『腕試し』に来たのは、一人前になったところを見せるため? それとも他に理由があるのか?」
「……地獄耳」
「褒め言葉だな」
リアムは悪びれずににっこり笑い、ヒースはひとつ舌打ちをした。
他の理由。
二度目の転機。ヒースが家を飛び出す直接のきっかけになった出来事が、脳裏に蘇る。
「……『お節介が嫌い』だと言っただろ」
ヒースは仕方なく口を開いた。
「田舎だからね、年頃の男を見ると縁談を持ってくる爺婆がいるんだよ。危うく、娘を押し付けられそうになったんだ」
勿論、それが真の理由ではない。けれども完全に嘘でもないし、出会ったばかりのリアムに詳細を告げる必要もない。ヒースは軽く肩を竦めて続けた。
「そんな干渉が続くと思うと、嫌になってね。……逃げ出す理由としては十分すぎるだろ?」
ヒースの言葉に、リアムが「違いない」と大笑いする。もしかしたら、リアムにも、意に沿わぬ縁談を持ち込まれた経験があるのかもしれない。そうしてリアムは、慰めるようにヒースの頭をぽんぽんと撫で、ヒースは仏頂面でそれを受けながら、ぐいとグラスを空にする。
そのとき。
まるでその気安い接触を咎めるかのように、ヒースの持つ杖の石が一度鋭く煌めいたが──ヒースもリアムもそれに気づくことはなく、王都の夜は、賑やかなから騒ぎとともに過ぎていったのだった。




