第3話 魔法使い、勇者パーティーの『魔法使い』になる(前)
エルセリニア国の王都の夜は、昼間とは違う熱を帯びている。
王城で開かれた壮行会の後、ホールへと場所を移しての宴会は、無礼講の様相を帯びはじめていた。王族はもう席を外し、残る貴族は『魔王退治』なんてものに興味を示すような変わり者と、料理と酒目当ての下位貴族ぐらいのものになっている。むせ返るような酒の匂いの中で、ヒースはつまらない顔でグラスを傾けた。
──勇者パーティーの『魔法使い』に選ばれるのは、赤子の手をひねるより簡単だった。
空を飛んで王都に辿り着き、『今まさに王城で魔法使いの選抜が行われている』という情報を仕入れたヒースは、そのまま『空から』選抜会場に入り込み、試験のために発生させられていた『瘴気』を一瞬で消し去った。
瘴気とは、魔族領ヴェドニカに充満している高濃度の魔力と邪気とを含んだ気体である。勇者パーティーは当然魔族領に向かうことになるから、『魔法使い』の第一の仕事は、僧侶とともにその瘴気からパーティーメンバーを守ることだ……ということを、その時のヒースは知らなかった。だから『なんだか空気が悪いな』ぐらいの感覚で、その場の空気をすべて浄化したのだ。
当然、会場は大混乱に陥った。
本来であれば、『その瘴気からパーティーメンバーを守れれば合格』という濃度の瘴気、魔族領からわざわざ運んできて、試験後には宮廷魔法使いが十人がかりで浄化する予定であった瘴気が、根本から消し去られてしまったのである。
けれどもヒースは、その状況にひとつも気付かないまま、慌ててその場に降り立って言った。
『すみません、遅くなりました! まだ間に合いますか? 北の霊峰から来たヒースです。紹介状はこれで』
そうして、村長を脅して書かせた紹介状を取り出し、誰に渡せば……と辺りを見渡したところで、ヒースははじめて、自分に向けられる愕然とした視線に気がついた。
『あー……すみません、やっぱり門から入らないとダメでした? 間に合わないかと思って……』
田舎育ちのヒースには、王都も王城も迷路のようで、とても歩いて会場にたどり着ける気がしなかったのだ。けれどもやっぱり無礼だったかもしれない。しょんぼりとするヒースに声をかけてきたのは、少し離れた席に座していたうちのひとり、おそらく審査員だろう人々の中で、最も年若く見える男だった。
『……ヒースと言ったな。今、何をした?』
『何って……あ、浄化のことですか。王城にも瘴気なんてあるんだなとは思いましたけど……浄化してはいけないものでしたか?』
『……いや、』
若い男──後に『勇者』リアムであることがわかる男は、は明らかに『いけないものだった』と言いたげな顔で、けれどもヒースを安心させるように言った。
『まあ、浄化してはいけない瘴気などない、か。しかしまあ、これでは試験をどうしたものかな』
そうしてリアムは、困ったような笑みを作って、試験の内容をヒースに説明した。
『うわ、それは申し訳ないことを……ええと……じゃあ、どうしよう、もう一回出しますか?』
『出せるのか……』
『もしくは……ええと、魔法使いの役目は瘴気と魔物からのメンバーの護衛と聞いています。ということは、一番強いものが相応しいと言えますよね。全員倒せばいいならそうしましょうか?』
というかヒースは、そういう会だと思って来たのだ。選抜というからには戦わせられるのだろう、と、短絡的に。ヒースはへたり込んでいる他の候補者たちへと視線を向け、小さな声で付け加える。
『……たぶん、そんなに待たせることはないと思いますけど』
ひいっ、と悲鳴に近い声が聞こえてくる。リアムは、のんびりと笑いながらヒースを制した。
『それも悪くない、というか、俺としては、もっと実力を見せてもらいたいところなんだけど。……まあ、そんなことしなくても、決まりだろ』
リアムは『ちょっと待ってろ』と言いおいて、審査員席の中心に座していた男──魔法省の大臣に紹介状を渡す。大臣が必死でこくこく頷く。
そういうふうにして、ヒースは、正式に、勇者パーティーの『魔法使い』になったのだ。




