第25話 師匠は弟子に希う
「『怒っていますか』!?」
エセルヴォルドの行動のどこに、ヒースが怒らないでいられる要素があっただろう。ヒースを追いかけてくることもなく、身を投げようとしてもアズロに食べられそうになっても気配すら見せなかったくせに、アズロが殺されそうになったら慌てて出てきて──……
(……いや)
状況を整理したら、別に、怒る要素なんて無い気がしてきた。
(師匠は……大神エルセは、ただ、魔王から国を守りに来ただけだ。僕を助けに来る理由なんて無い)
そもそもヒースは自ら生贄になりに来たのであって、助けに来てもらう必要もない。当たり前だ。ヒースは、自らの未練たらしさに愕然とした。
(この期に及んで、……僕は、助けに来て欲しかったのか、この人に)
馬鹿らしい。突如俯いて黙り込んだのち自嘲気味に笑ったヒースを見下ろして、エセルヴォルドは、困ったような──途方に暮れたみたいな声で、小さく言った。
「やはり、来てはいけませんでしたか」
思わず、顔を上げる。
「……は?」
「アズロを守りに来たということで……その、『貴方を迎えに来た』には、当たらないだろうと思ったんですが……」
「……はあ?」
なにを言っているんだ、この人は?
「『迎えに来るな』と貴方は言った。その約定を、破るつもりはなかったのですが」
愕然とするヒースの目の前で、エセルヴォルドはどこまでも真面目だった。
「……師匠」
恐る恐る尋ねる。
「はい」
「あなた、僕が、その約束を破ったから怒ってると思ってるんですか?」
「……違うんですか?」
「もしかして、飛び出した僕を追いかけなかったのも、ギリギリまで……『アズロを守る』っていう言い訳が立つまで来なかったのも、その約束のせいだって言います?」
「……、……違うようですね……」
「違いますよ!! 馬鹿ですかあなたは!?」
ヒースは思い切り怒鳴って、怒鳴った拍子に腕の傷口が痛んで、その場で悶絶してしまう。リゼが「興奮しないで下さい!」とヒースを叱りつけるより先に、ものすごい勢いで駆け寄ってきたエセルヴォルドが、ヒースの傷口をそっとなぞった。
……傷口がみるまに塞がっていき、リゼが大きく目を見開くのを感じる。治療を終えたエセルヴォルドが、「では」と、すっかり綺麗になったヒースの腕を見下ろしながら、ごく小さな声で尋ねた。
「……私は、君を、迎えに行って良かったのですか。いつでも?」
エセルヴォルドは、どうやら本気で当惑していた。ヒースは軽い目眩を覚え──それをこらえて、しかつめらしく眉根を寄せて、ごく真面目な顔を作って言った。
「師匠。いいことを教えてあげましょうか」
「はい」
「師匠はですね、ずっと、僕に、『自由』だとか、『君がそうしたいなら』とか言ってましたけど」
どうやら──ここが、根幹だ。
「師匠もですね、していいんですよ。自由に。したいように。そうじゃないと、対等じゃないでしょう?」
エセルヴォルドが、ヒースのことをほんとうに『一人前』として扱うのなら。
「……確かに」
エセルヴォルドは目を瞬いた。
「そのとおりです。ヒース」
「はい」
「……君が、充実した日々を送っていたのは知っています。多くの人に求められたことも」
「はい。……うん?」
「ですが」
なんで知ってるんだ? 一瞬首を傾げたヒースを気にせず、エセルヴォルドは続ける。
「帰ってきて下さい。……私には、君が必要です」
ヒースは笑った。
「……しょうがないなあ……」
きっと、ものすごく得意げな顔をしている。そういう自覚がある。ヒースは、エセルヴォルドに抱きついた。
「帰ってあげます。師匠はどうやら、僕のことが、大好きらしいので!」




