第24話 魔法使いは捧げる
呪文を地面に描き終えて、ヒースは、光を固めて刃を作った。ローブを捲り上げ、地面に描いた呪文の上に腕を突き出す。その腕に光の刃をあてる。
「……本当は、首を掻っ切るとかのが早いんだろうけど」
「ヒースくん!?」
「リゼに怒られそうだからやめとくよ。……というわけで、リゼ、僕がいいっていったら、治療お願いね!」
そのまま、一気に刃を引いて、腕を切り裂く。ぼとぼとぼと、と、流れ落ちる血が地面を濡らしていき──そして魔法が発動する。
滴り落ちた血が空中で渦を巻き、宝石のような、赤黒い石が作られていく。ユグレアのところで作った試作品よりずっとずっと大きい石になってきたが、まだ足りない。
流れ落ちる血にありったけの魔力を込める。魔力と血を失いすぎて頭がくらくらする。
でももう少しだ。
「……まあ、こんなもんでいいだろ」
並の魔法使い一人分、には、十分の量になったはずだ。ヒースは完成した石を掴んで、声を張り上げた。
「ヴァネッサ!」
放り投げる──だけの腕力はないから、残った魔力でどうにか魔法を発動して飛ばし、アズロと対峙していたヴァネッサの手元に届ける。そこで限界が来て、膝をついて、リゼが慌てて発動した治療魔法の恩恵をありがたくうけながら、ヒースはどうにか渾身の力で叫んだ。
「これを、っ、どうにかして、あいつの口に突っ込んで!!」
「どうにか!?」
石を受け取ったヴァネッサが『無理言うな』みたいな顔をしているが、ヴァネッサならどうにかしてくれるだろう。事実としてヴァネッサはどうにかアズロの口の中にその石をねじ込むことに成功したらしく──ぐわっ、と大きく波が盛り上がり──大きく身を震わせたアズロが、充足を示すように一度大きく息を吐いて動きを止める。
盛り上がった波が弾けて、海水が、土砂降りのように辺りに降り注ぐ。
「……終わった、のか?」
呟いたのは、ヒースだったか、それともリアムだっただろうか。同時に、キンと高い音が響いて──「ここまでです」と、魔王の剣を杖で弾いたエセルヴォルドが言った。
「アズロは満たされた。少なくとも今は、もう、生贄を求めはしないでしょう。……これからのことは、また、エルセリニアが考えるべきことだ」
エセルヴォルドが、淡々と言葉を重ねる。
「それでも……そこのものを傷つけられた憂さを、私で晴らしますか? 貴方がここに居られる時間も、もう、さほど長くないと思いますが」
エセルヴォルドの指摘に、ヒースははっと顔を上げた。瘴気のないここで魔王が活動できているのは、おそらく、自前の瘴気を使用しているからだろう。それが尽きれば、当然、ここでの活動は困難になる。舌打ちをする魔王に、エセルヴォルドは続ける。
「今であれば、城までの帰還の手助けもしましょう」
「……自分で帰れる」
「では、そのように」
エセルヴォルドが首肯し、魔王が、リアムのところに下りてくる。リゼの治療で随分顔色が良くなったリアムは、「……この馬鹿」と、幾度目かになる罵倒を口にした。
「なにしに来たんだ? 引っ掻き回すだけ引っ掻き回しやがって」
「……お前が、これを持っていなければ、来ることもなかった」
魔王が、リアムの首元に掛かったままの石をつまみ上げ──リアムが、嫌そうな顔で視線を逸らす。ヒースは自身の見る目のなさを思う。それから少しだけ、彼らの未来のことを考える──前途は多難だが、でもきっと、上手くいくのだろうとなんとなく思った。
上手くいくのだろう。──ヒースとは違って、彼らは確かに、思い合っているのだから。
ヒースは横へと視線を流した。
少し離れたところで、もうひとつの説教が行われているのが見える。いつの間にかアズロの側にいたエセルヴォルドが、アズロに向かって何やら語りかけているのだ。
「全く。貴方には、学習能力がないんですか?」
珍しい、本気で呆れ返ったような声音だった。
「貴方の頑固は承知しています。『人の子は対価を支払うべきだ』という考えにも、同意しないわけではない。……ですが、《《あの子から貴方を守った際》》、私は貴方に伝えたはずです」
……今、なにか、奇妙な表現が聞こえなかったか?
座り込み、ずきずきと痛む手首を抑えて、リゼの治療を受けながら、ヒースはぎょっとしてエセルヴォルドを見る。エセルヴォルドはその視線に気付かず続ける。
「『生贄』という仕組みは早晩限界を迎える。人間は、生贄を求めるような存在を許さなくなる。この子のような力が強いものは他にも生まれ、魔法は発展し、貴方はいずれ滅ぼされる。……そうなる前に、人間以外のものから力を得る仕組みを構築しなさい、と」
アイリスの言葉、そして魔王の言葉が蘇ってくる。『私は、エルセリニアに、民に命を捧げさせ続ける国であっては欲しくない』。『民を食らう竜を『神』と崇める愚かさへの罰』。
「人はいずれ、瘴気に対する結界さえ、自らの手で張るようになるでしょう。そのとき貴方が討ち滅ぼされるか否かは、貴方の行動にかかっているのです」
エセルヴォルドはそう言って、アズロの体にそっと手を添えた。
「……眠りなさい、海竜アズロ。貴方の体に、あの子の魔力は多すぎる。消化には時間が掛かるでしょう」
アズロが、頷いたような気配がある──ヒースが感じ取ったとおりに、アズロが、海の中へと消えていく。
海は凪ぎ、風は穏やかで、すべてはひとまず『片付いた』。
あとは?
「……師匠?」
エセルヴォルドが、ヒースへと歩み寄ってくる。ヒースも叱責を受けるのだろうか。最初に我が身を投げ出そうとした愚かさを? ヒースは僅かに顔を顰め、挑むようにエセルヴォルドを見上げた。
エセルヴォルドが、戸惑ったように足を止める。そうしてエセルヴォルドは、彼にしては珍しいことに、どこか言いづらそうに口を開いた。
「……怒っていますか」




