第23話 魔王招来、そして──
リアムが、薄っすらと目を開き──その姿を認めて、ぎょっと大きく目を見開く。
「……魔王……!?」
「贈り物の扱いを理解しているようで何よりだ。……さて。我が婚約者に手を出した罪は重いが、どこの……ふむ、そこの竜か」
「っ、……誰が婚約者だ、……違う、待て、何をする気だ!?」
突如現れた魔王シゼルが、優雅とすら言える足取りで、アズロに向かって歩いていく。リアムが慌てて体を起こす。
「やめろ馬鹿!! お前がそいつを殺したら、それは、エルセリニアへの侵略行為だ!」
魔王が、ちらりとリアムに視線を流す。そうして魔王は、不思議そうに首を傾けた。
「民を食らう竜を『神』と崇める愚かさへの罰だ。なにがいけない?」
「なにもかもだ、ッ、……!」
「っ、だめですリアム、動かないで!」
リゼの制止を聞かず、リアムは剣を杖にして必死に立ち上がる。ぼたぼたと赤い血が溢れる。それでもリアムは魔王を止めようとする。
「その罪も罰も、エルセリニアのものだ。お前の領分じゃない! ……シゼル……!!」
「……リアム。俺は怒っているのだ」
言葉とは裏腹に、魔王の口元には笑みが浮かんでいる。
「その怒りには、この程度の竜に殺されかけているお前へのものも含まれる。……故に、お前の願いを聞いてやる義理はない。さあ」
ニヤリと──アズロを見上げる魔王の顔は明らかに楽しげで、彼がただ、彼本来の闘争心を満たそうとしていることがわかってしまう。魔王がアズロを殺す? ──それは、リアムの言うとおり、考えうる限り最悪の展開だ。エルセリニアを守護する竜を、ヴェドニカの魔王が殺したとなればどうなる? いや、それ以前に、アズロを失ったなら、エルセリニアの国土は無事で済むのか? 一体どっちを止めればいいんだ! 考えうる限り最悪を更新していく状況に、ヒースは「だから僕が」ととにかく話を戻そうとする。
けれども、その声は、アズロの発する奇妙な音と、魔王の好戦的な笑い声とにかき消され──
「……そこの勇者の言うとおりです」
……そうして、二人目の闖入者が、空から現れる。
アズロが鋭い警戒音を発し、魔王が上を向いて笑みを深くする。
「今代の『魔王』は、随分と考えなしのようですね。ヴェドニカは、エルセリニアと戦がしたいのですか」
ヒースの良く知っている声が、一段上の存在であることを示すように、ごく静かながら圧倒的な力を持つ声で、その場の全ての騒音を押しつぶして響く。けれども魔王は、その圧力をまるで気にせず声を張り上げた。
「……漸くお出ましか、エセルヴォルド。随分と呑気なことだな!」
どうして。
どうして今になって──ヒースが食べられそうになった瞬間は来なかったくせに、今このときになって、のこのこ姿を表すことが出来るんだ、この人は? ヒースの問いへの答えは、すぐに本人からもたらされた。
「ヒース」
ヒースの方に、視線を向けることさえしないで。
「勘違いしないように言っておきますが、……私は、そこの愚か者を止めに来ただけです」
事務処理でもするような淡々とした調子で。
「あなたを、迎えに来たわけではない」
念を押すように、エセルヴォルドは言った。
その瞬間──アズロと魔王、そしてエセルヴォルドとが同時に視界に入り──そこで、ヒースの癇癪は爆発した。
「……わかってますよ!!!」
もう、悲しさを覚える段階は通り越していた。
「でもじゃあ、あんた何しに来たんだ!!」
「……その愚か者を止めにですが」
「わかってるっつってんだろ!!!」
聞かれたから答えたのに……理不尽……みたいな顔をするエセルヴォルドに、ヒースは思い切り舌を打った。
「人が、せっかく、大人しく、ことを収めてやろうって言ってるのに!! どいつもこいつも好き勝手して!! なんなんだよもう!!!」
杖を構える。
「やめだやめだ、馬鹿らしい。もう全部吹き飛ばして終わりにするか?」
「ヒース」
「わかってますよ、ちゃんとやります。……あんた、僕に、『ちゃんとやれ』って言いに来たんでしょ!!」
エセルヴォルドが、僅かに驚いたように目を見開く。そのエセルヴォルドに、「お前の相手は、今はこっちだ!」と魔王が高らかに言うのが聞こえる。いいよもう、そっちはそっちで好きにやっててくれ。ヒースは何やら魔法でやり合いはじめた二人を完全に無視し、どん、と地面に杖を突き立てた。
大人しく死んでやる気は、もう、すっかり消え失せていた。
どいつもこいつも──どいつもこいつも、自分のやりたいことばかりやって、じゃあ、ヒースがそれをしたっていいはずだろう。ヒースは地面に突き立てた杖で、がりがりと文字を描きながら叫んだ。
「リゼ!! ごめん、僕に魔力回せる?」
「は、はい!? リアムの止血は終わりました、行けると思いますが」
「いいね、……ヴァネッサ、動ける? リアムは? どっちか、動ける方にお願いがあるんだけど!」
「……悪い、いける」
「いや俺が」
「ばか!! リアムはだめです!!」
ヴァネッサが立ち上がり、リアムはリゼに無理やり頭を押さえつけられて寝かされる。ヴァネッサがヒースに視線を向ける。
「何か、思いついたか……?」
「人間由来の、魔力の塊。……ないならもう、作るしかないだろ」




