第22話 魔法使い、知恵を絞る
ヒースは、ぱちりと目を瞬いた。
叱られている。……もう一度目を瞬いた拍子に、ぽろりと一粒だけ涙がこぼれた。リアムがぎょっとするのを見て、慌てて拭って、それから尋ねる。
「……リアムの中の僕のイメージ、どうなってるの?」
「見たまんましか言ってないが。なあ?」
リアムはリゼとヴァネッサに話を振って、一瞬振り向いた二人が同時にしっかり頷く。そんな馬鹿な。この薄幸の美青年を捕まえてなんてことを? 思わず文句が口から出そうになるヒースに、「ともかく」とリアムは早口で言う。
「お前が喰われるのはナシだ、ナシ。考えろ」
「考えろ、って、そんなこと言われても……てか、こういうのって、助けに来る側が策も持ってくるもんなんじゃないの?」
「いつもの調子が出てきたようで何よりだよ。まあ、なんだ、……時間は、俺とヴァネッサで稼ぐから! 頭脳労働はそっちで頼む!」
「丸投げ!?」
そうして、リゼと入れ替わりになるように、リアムはアズロに向かっていってしまう。その背中を見ながら、戻ってきたリゼがため息を吐いた。
「すみません、無計画で……」
「……いや、まあ、いいけど……でも、実際、どうするの? 『花嫁』の代わりになるものなんて持ってないけど」
アズロは腐っても『海竜アズロ』、エルセリニアの西の要なので、まかり間違っても殺してしまうわけにはいかない。リアムとヴァネッサが防戦メインで奮闘するのを横目に、リゼは「ものすごく単純化すると、ですが」と前置いて言った。
「色々、各地の『生贄』についても調べたんですが……生贄とは、やはり、基本的には、魔力を捧げるための儀式のようです。アイリス様が言っていた『海の魔女セイレン』に現在捧げられている歌や踊りも、多量の魔力を含んだものでした。セイレンは、生贄を直接食らうのではなく、歌や踊りを経由して、捧げられた魔力を摂取する方針に切り替えられたようです」
アズロが吐いた水の飛沫がかかるが、流石に気にしている余裕がない。
「『銀髪の成人女性』という、見た目の問題は、単なる好みに過ぎないと……『花嫁』という呼称もおそらく無視していい、と私は考えます。事実として、ヒースくんは男性ですが、アズロが気にした様子はありませんでした。好みの人間を捧げさせやすくするための条件に過ぎないのでしょう。大事なのは『魔力』だけ……であれば、魔力を……魔法使い一人分の魔力を、どうにかしてアズロに与えればいい。そこまでは考えたんですが」
「肝心の魔力をどうするか、か」
ヒースは腕を組んで眉を寄せた。
「魔石を使う? いや、人一人分の魔力を持つ石はそうあるもんじゃないし、魔石でいいのかもわからない」
ユグレアの研究室で見せてもらったとおり、魔力には明確に『種類』がある。リゼは頷いた。
「はい。……『生贄』は、人を守るために人に『対価』を払わせる儀式とも言われています。人間由来の魔力である必要はある、と私も考えます」
「となると、このあいだリゼがやってもらってたみたいに、直接流し込むとか」
「あれは、相互に魔法が必要なんです。一方的に流し込むことはできません。治療のための魔法では、魔力は体内に残りませんし……」
「……となるとやっぱり、物理的に『食わせる』っていう、『生贄』と同じ方法を取るのが確実か……。……腕の一本ぐらいなら許容範囲かな?」
「いや駄目ですよ、まず自分を差し出す発想から離れて下さい!?」
そうは言っても。議論は煮詰まり、解決策を閃く気配もない。どうしたらいい。焦る空気のなか、ヴァネッサが「リアム!!」と叫ぶ声が響いて、ヒースとリゼは揃ってそちらに視線を向けた。
「……ッ……!」
血が。
リアムの肩から胸元にかけてがざっくりと切り裂かれ、大量の血が、吹き出している。どうやら、アズロの繰り出した水の刃を避け損なったらしい。ヒースは咄嗟に杖を振って叫んだ。
「リアム、……くそ、ここからじゃ治癒が、……下がって、こっちに来て!!」
ヴァネッサがアズロの攻撃をかいくぐってリアムを運んできて、ヒースとリゼは二人がかりで治療の魔法をかける。傷は深い。直接傷口を押さえて止血もしながら、ヒースは「……駄目だ、やっぱり」と低く呟いた。
「馬鹿はそっちだ。こんな怪我して、……僕以外が犠牲になるんじゃ本末転倒だ。やっぱり僕が」
「駄目、ッ、だめだ、……」
「ああもう、喋るなって! 駄目って、リアムが僕より先に死んだらそれこそ駄目だろ!!」
考えろ。考えろ──
「ッ、……くそ、」
一人必死に皆を守っていたヴァネッサの体が、地面に叩きつけられる。考えろ? この状況で? ──びりびりと空気が震え、声もなにも聞こえないのにただ、脳髄を揺らすような不快な『音』が、ヒースを呼んでいる。
アズロが、──ヒースに、『早く来い』と言っている。
元より、それですべてが解決するのだ。ヒースが立ち上がろうとし、「だめだ」と、うわ言のようにリアムが呟いた瞬間──リアムの胸元が、赤く、ひどく赤い光を放った。
「……何だ?」
切り裂かれた服の合間から、先端に小さな柘榴石が揺れる、華奢なネックレスが覗いている。不意に、魔王城での夜を、何かを押し付けられそうになっていたリアムを思い出す。
その石から、光が溢れている。何の光だ、と思うのと、その声が聞こえるのとが同時だった。
「……全く」
石から溢れた光の粒子が収束し、人の姿を形作る。
「『俺以外に殺されるな』と言ったのを、忘れたか?」




