第21話 魔法使い、勇者に叱られる
海が、揺れている。
『生贄』の作法を聞かなかったな、と気づいたのは、かつてヒースが投げ落とされたという崖までたどり着き、おそらく常より荒れているのだろう波を見てからだった。
ここから、身を投げれば良いのだろうか。しかしヒースはなにせ息をするように魔法が使える身の上だ、海に身を投げたぐらいじゃ死ねる気がしない。どうしたものかな、と首をひねったところで──こつんと、背後から頭を小突かれた。
「こら」
振り向くと、リアムとリゼ、それにヴァネッサが並んでいるのが見える。
「全く、友達甲斐のないやつだな。……エセルヴォルドと話をしに行ったんじゃなかったのか」
「行ったよ」
ヒースは頷いた。
「確認は取れた。僕は確かにかつてここで捧げられた『生贄』だった。……ただ、師匠は僕を、『生贄』にし直すために育てたわけじゃないっぽかったけど……」
「ほら」
やっぱり、と言いたげにリアムが唇を曲げる。
「そんなはずないんだよ。……ん? いや待て、じゃあなんでお前はここにいるんだ? 止められただろ?」
「止められてないよ。……『君は死ねと言われれば死ぬのか』って、なんかすごく怒ってたけど」
「それ、止められてるって言いません?」
「でも、他にないじゃん、方法が」
リゼの指摘に、ヒースは僅かに目を逸らした。
「……師匠だって……別に生贄にするために育てたわけじゃなくたって、エルセリニアと僕とを天秤にかけたら、どっちを選ぶかは明らかだ。多分、止めに来てくれたんだと思うんだけど、僕はもう決めたんだ。だから、いいんだよ」
勇者パーティーがみんなこうなのかはわからないが、少なくとも、ヒースは仲間に恵まれた。彼らにも礼を言っておくべきだろう。あと、『どこにも就職できなくてごめん』も。ヒースが口を開きかけたところで──ごおおっ、と凄まじい水音がして、ヒースははっと海の方を振り向いた。
波が、渦を巻いている。
「……! 下がれ、ヒース!」
リアムとヴァネッサが剣を構え、リゼがヒースの前に防護結界を張る。渦巻きながら持ち上がった水の中から、何かが──生贄の匂いを嗅ぎつけた、海竜アズロが姿を現す。
長い首、長い体、翼のない背。竜というより、巨大な蛇にも見える。光沢を帯びた鱗は深海の色──深い藍色に近い黒色で、ヒースを見据える目はエセルヴォルドと同じ金だった。竜は皆この色の目をしているのかもしれない。ヒースはアズロを見上げ、その金色の目と目が合った瞬間──びりりと、怒りの気配で空気が震える。ヒースは素直に頭を下げた。
「お待たせして、大変申し訳ありません」
リアムが止めようとするのを無視し、一歩、前へと進み出る。
「ですがその分……魔力の量と質に関しましては、今までの生贄数十人分にも匹敵するという自信はあります。ですから」
ヒースは顔を上げ、真っ直ぐにアズロの瞳を見据えた。
「僕で、最後にしてもらいたい。この国は変わった。『生贄』を差し出せるのも、此度が最後です。我々は、新たな契約を結ばなければ」
怖くはなかった。同じ色の、もっと恐ろしいものを見たばかりだったから。アズロの目からはヒースの言葉を理解したのかが伝わってくることはなく、ただ、その大きな顎がかぱりと開かれる。はやくしろ、ということだろうか。せっかちだな、とヒースは苦笑した。
十八年前も、同じ事が起きたのだろうか。そこにエセルヴォルドが割って入ったのだろうか? そういえばその経緯を聞かなかったな、と、今更思ったところで後の祭りだ。
ヒースにはもう、それを尋ねる機会はない。
(……大丈夫だ。別れは済ませた)
エセルヴォルドは追いかけてこなかったし、今、この場に現れる気配もない。それが答えなのだと知っていた。
わかっているから、辛くないし、悲しくない。ヒースは少し考えて、ローブを脱いで、手にしていた杖を地面において、祈るように手を組んだ。
『花嫁』だというのなら、他の誰かに貰ったものを身につけていくのは無粋だろう。そうして、ヒースは目を閉じて──……
「……なんで、最後だけそんなしおらしいんだ、この馬鹿!!」
がっ、と、思い切り肩を掴まれた。
「……!?」
そのまま後ろに引きずっていかれて、アズロからどんどん距離を取らされる。杖とローブをヴァネッサが素早く拾い上げ、ぽかんとしているヒースに投げてくる。ヒースがそれを受け取ったことを確認したリアムは、再び「この馬鹿」とヒースを容赦なく罵った。
「お前がそんな『触れなば折れん』みたいな風情してると、ほんとに『哀れな生贄』みたいじゃねえか! ……違うだろ、お前は!! ヴェドニカで俺を見放して恋バナしてたやつだろお前は!? その杖ひとつで、どんな問題でも、涼しい顔で解決してきたのがお前だろ!!」
アズロの操る水が怒り狂ったようにこちらに伸びてくるのを、ヴァネッサの剣とリゼの防護が防ぐ。その攻防をまるっと無視して、リアムは滾々とヒースに続ける。
「『僕を生贄にするなんて、世界の損失だ』ぐらい言うのがお前だろうが!!」




