第16話 魔法使い、王城に赴く
柔らかな日差しが、王城の庭園に降り注いでいる。
「よく来てくれた。似合っているよ」
ヒースをこの庭に──この場でこれから行われるガーデンパーティー、第三王女ミスティカの五歳の誕生日を祝う会に招待したのは、今は第一王女アイリス付きの騎士を務めているヴァネッサだった。
「別にいいけど。……どうせリアムも警備に駆り出されてるから、近くにはいる予定だったしね」
ヒースの日々は変わらない……というには、随分行き先が増えてしまった。リアムの仕事の日はリアムとともに王城に向かうが、休みの日は神殿に行ったり街に行ったり魔法学院に行ったり、リアムを連れて忙しく過ごしているのが現状だ。
いつまでも続けられる生活ではない、というか、リアムの好意に支えられているだけの日々であることはわかっている。そろそろ身の振り方を決めなければならない、ということも。けれども何も考えたくない。ヒースは思考を遮断して、ヴァネッサに向かって首を傾げた。
「でも、わざわざこんな服まで用意して、会場の警備を手伝ってほしい、っていうのはあんまり穏やかじゃないな。どういうこと?」
普段身につけている魔法使いのローブは、今はクロークに預けられている。ヒースはヴァネッサが用意してくれた盛装を身にまとい、髪のセットまでさせられて、王城の庭に迎えられているのだった。ヒースの問いに、ヴァネッサは「それなんだが」と頭を抱える。
「リアムから話を聞いているかもしれないが……西側で、瘴気だまりがいくつか観測された」
「……この間、リゼと一緒に『瘴気酔い』患者の治療をしたけど……入り江以外にも瘴気が発生してたの?」
「ああ。無論、すぐに浄化のための隊が派遣されたし、今のところ問題は発生していない。……しかし、瘴気との関係があるのかは不明だが、最近、地震や天候不順の報告が多くてな。まさか王城に影響があるとは思えないが」
ヴァネッサは軽くため息を吐いた。
「王妃様が、非常に不安がっておいででな。そこでお前だ。お前の存在は、社交界でも話題になっているだろう?」
「……そうなの?」
「そうなんだよ」
ヴァネッサは大真面目に頷いた。
「その顔をリアムが連れ歩いてるってだけで目立つのに、騎士団の魔法使い部隊との模擬戦で圧勝し、大神殿では聖女顔負けの治療魔法を見せ付けて、研究所はすぐにでもお前に来てほしいって言ってる。引っ張りだこだな。結局お前、どこに就職する気なんだ?」
「……」
黙り込むヒースに、ヴァネッサが「おや」という顔をする。どこにもいかない、と即答されると思いこんでいたのだろう。けれどもそれ以上詳しく尋ねてくることはなく、ヴァネッサは続けた。
「まあ、そういうわけで。お前が護衛に加わってくれれば、少しは安心なさるだろうというのが、今回の依頼の主な狙いというわけだ」
「なるほど。……あー、だから昨日、王妃様と王女様にだけ挨拶させられたんだ?」
「そういうことだ。……いや、助かったよ。お前の顔は役に立つな。少なくとも、王女様方の不安は消し飛んだようだ」
警備の打ち合わせの際、上から十五、十二、そして末の五歳の三人の王女たちは、確かにヒースの姿に釘付けだった。
「うちの姫様なんて、リアムと一緒にいるお前を何処かで見かけてから、お前の話しかしなくてな。旅の道中について、随分細かく聞かれたし……実は、お前のそれも、姫様の見立てで。前々から用意してたんだ」
「……は?」
「今も、見かけたら連れてこいとうるさくて……すまないが、一緒に来てくれるか?」
「うわあ」
突然明かされた真実に、ヒースは流石に鼻白んだ。
ヴァネッサの言う『うちの姫様』、第一王女アイリスは十五歳だ。その年代の少女の好意を、単なる『好意』と受け取ることは難しい。あからさまに警戒するヒースに、ヴァネッサは「そう怯えるな」と苦笑した。
「お前の懸念が……姫様がお前に特別好意を向けているのが気のせいだとは言わないが、姫様は聡明なお方だよ。お前に何かを無理強いしたりはなさらない」
「それは……まあ、そうだろうけど。ていうか、行く以外の選択肢もないけどさあ」
田舎生まれの孤児であるヒースにとって、王族は本来拝謁することすら不可能とさえ言える存在だ。ヒースの側に、そもそも断る選択肢などあるわけがない。そうしてヒースは、王妃と王女たちのいる場所へ連れて行かれた。そこには、ミスティカのために集められたのだろう、同年代の幼い子どもたちもいる。
「魔法使いさま!」
ミスティカが幼い顔を輝かせてヒースを呼び、ヒースは軽く腰を折って礼をとる。
「お誕生日おめでとうございます、ミスティカ姫様」
「ふふ、ありがとう。素敵なお洋服ね、王子様みたい!」
「ありがとうございます。アイリス様が用意してくださったとのことで……」
そこで、ちらりとアイリスに視線を向ける。アイリスはぱっと頬を染め、それから、そっとこちらに歩み寄ってきた。
「……想像以上だわ。とても良く似合ってる」
「ありがとうございます」
とにかく当たり障りなく、を意識して微笑み、けれども衣装への礼は忘れない。
「着慣れないはずなのですが、着ていてしっくりくるというか、動きやすくて……これなら、護衛の仕事も問題なくこなせそうです。今日は、しっかり皆さまをお守りさせていただきます」
「期待しているわ」
アイリスとて、平民であるヒースに対して、それ以上に何かを言えるわけでもない。では、と立ち去ろうとしたところで──くい、と、小さな手がヒースの上着の裾を掴んだ。
「……魔法使いさま、お仕事しちゃうの?」
「え?」
ミスティカが、大きな瞳でヒースを見上げている。
「魔法使いさまは、ミスティと踊ってくれないの?」
その真剣な顔に、ヒースは流石に言葉に詰まった。目の前にいる少女は、ただ王族であるというのみならず、今日のパーティーの主役であり、何より、誕生日を迎えた少女だった。
誕生日は、特別だ。──ヒースは己の誕生日を知らないけれど、エセルヴォルドがヒースを拾った日をそれと定めて、毎年何かしらの祝いの品をくれたから知っている。ヒースはミスティカの前にしゃがみ込んだ。
「……ミスティカ様」
踊れるか踊れないかでいえば、当然ながら、踊れないが。
「リードをお願いできますか? 不調法者で、心得がないのです」
ヒースはそう言って、そっとミスティカの手を取った。ミスティカの目が喜びに輝き、ぱっと王妃へと向けられる。
「お母様! 魔法使いさまと踊ってきていい?」
「少しなら。お仕事の邪魔をしてはいけませんよ」
「勿論です。アイリス姉様、終わったら変わって差し上げますから!」
えっ。それは困るが。
と口にすることができるわけもなく、ヒースはミスティカをせめてエスコートしなければと歩きはじめる。小さなお姫様に合わせて腰をかがめ、庭の中心に設えられたダンス会場へと足を進める──と。
そのとき──大きく、地面が揺れた。




