第15話 魔法使い、発明する
「僕が……『魔法使い』が個として優れていることは、実は、大した意味がないんだな」
ぱち、と目を瞬いて呟くと、リアムが「意味がないってことはないと思うが」と流石に口を挟んでくる。
「事実として、お前は今までたくさん人を救ってきたし、俺と『魔王退治』もしたし、意味あることばっかりしてると思うが」
「でも、そんなのは、本当にささやかな功績だよ。もし『魔石』や『魔道具』が完成すれば、文字通り、世界が変わる」
今まで、手を伸ばそうと考えたことすらなかったところ。広い世界。ヒースの知らなかったもの。
──ヒースを、わくわくさせるもの。
そのとき──ぱちっと脳裏で何かが弾けた気がして、ヒースは机の上の紙とペンを咄嗟に手に取った。
イメージが、頭の中から湧き上がってくる。脳に命じられるがまま、がりがりと紙に文字を書きつけながら、浮かされるようにヒースは口を開いた。
「人の持つ魔力を固める。魔力を外に出す……体内の魔力を『魔力のまま』外に出すなら、一番手っ取り早いのは、物理的に『外に出す』ことだ。つまり、血や涙、あとは髪あたり」
「……お、おい? ヒース?」
「問題は、人体の外に出てしまうと、それらに含まれる魔力はすぐに霧散してしまうこと。……物理的に固めるだけじゃ足りないな。もっと……」
ヒースはきつく親指を噛んだ。
ぽたぽたと、傷口から滲んだ血が紙の上へと落ちていく。
その中には、たしかに魔力が含まれている。ヒースはペンの先でトンと紙を叩いた。
紙の上に描いた文字が発光し──ころんと、ごく小さな赤い宝石が、光の中から現れる。
「……さっきの測定機、借りても?」
蟻ほどの大きさの宝石をつまみ上げ、ユグレアに尋ねる。ヒースの魔法を呆然と見ていたユグレアは、はっとした顔で水晶と測定機を差し出した。
測定機の上に宝石を乗せると──水晶が、ほんの僅かに、赤い光を帯びる。ユグレアが息を呑み、ヒースの手元から紙を強奪して、舐めるように読みはじめた。
「……固定……じゃない、なんだこれは……? 一度物理的に固めて……なるほど、これで魔力ごと固まる……? いや、減衰していかないかも確認しないと判別できない」
「それは僕からもお願いしたい。……もしかしたら、定期的に固定し直す必要があるかも。完全に霧散を防ぐのは無理だと思うし」
「ああ。……だが、現段階では間違いなく『成功』だ。血液を使う方法は僕達も考えてはいたが、なるほど……」
いつの間にか、お互いの口調から敬語が抜け落ちている。ヒースは治癒魔法で指先の傷を治し、それから、ふと隣のリアムを見た。
「あ、ごめん、急に……てか、リアム、どうしたの?」
奇行としか言えないことをした自覚はある、が、リアムの強張った表情は、ヒースに向けられたものではないようだった。
「リアム。……リアム?」
「……あ、悪い」
「いや、悪いのは急に魔法文字とか描きはじめたこっちだと思うけど……それより、難しい顔をしてるね。どうしたの?」
リアムの表情には、単なる驚愕とは明らかに違うなにか、もっと厳しい感情が浮かんでいた。リアムは軽く眉を寄せたまま、考え込みながらヒースの問いに答える。
「……今のって、つまり、血を『魔石』に変えたってことか?」
「うん。そうだよ。見てのとおりだ」
「……『魔石』って、今は、『貴重で高価』なものなんだよな」
そこまで言われてはじめて、ヒースにもリアムの懸念の中身がわかった。あ、と目を見開くヒースの前で、リアムが言う。
「魔道具とやらがないうちはいいが、もし、それが爆発的に普及したら……『魔石』のために、魔力ある人間の血が搾取される可能性はないか?」
「……ある」
可能性どころか、確実に起きる。ヒースもまた、リアム同様に眉を寄せた。
「魔力を持つ人間が、活かさず殺さずで血だけ抜かれ続け、魔石の材料にされ続ける。普通に有り得る」
「そこまで行かなくとも、売血行為は横行するだろうな。結果として死に至るものも出てくるだろう」
ユグレアは他の研究員を呼びに行ったのか、いつのまにか姿を消していた。ヒースはそろりとリアムを見て尋ねる。
「……マズいものを、作っちゃったかな?」
リアムは軽くため息を吐いた。
「さっき、『血液を使う方法は考えていた』って言ってたな。その『考え』の中に、同様の懸念が含まれていたことを祈ろう。……現実的には、製造法を厳格に管理するぐらいしか思いつかないが。まあ、幸い、魔道具はまだ普及していないし、血以外からの生成方法が見つかれば問題はなくな……りはしないだろうが、少なくはなるだろうから、今の会話も杞憂で終わる可能性もあるしな」
リアムはそう話を着地させ、何もかも一つも考えていなかったヒースは、これもまた知らない世界だ、と思いながら目を瞬いた。
「……魔法ひとつで、考えなきゃいけないことが随分多いね」
「そうだな」
リアムの指摘を受けてから、背中がなんだか冷たい気がする。
なにも考えていなかった──ヒースとエセルヴォルド、二人と一匹のあの家では、なにも考える必要なんてなかった。ヒースが危ない魔法を作り出してエセルヴォルドに文字通りの雷を落とされたことは手指の数ではすまないが、それはただヒースが繰り返さなければいいだけで、制度とか仕組みとか、そういうものが必要になることはなかった。
けれども、ここでは違う。
世界は広い。そして、広い世界と繋がっているということは、ヒースの思いつきひとつが、恐ろしい影響をもたらすかも知れない、ということだった。
(それは……それは多分、だいぶ、怖いことだ)
ヒースは思わず、縋るように杖を握る。そんなヒースの背中を、リアムの手がぽんと叩く。
「……そういう意味では、世の中ってのは、『今のまま』が一番楽ではある。新しいものっていうのは面倒なんだ。だとしたら、新しいものは選ばれなくて、世の中は変わらないままなのか?」
リアムは尋ねる。わからないからヒースは答えられない。リアムは答える。
「そうはならないんだよな、これが。どうしてか、そうはならないんだ。……この魔法だって、今お前が見つけなくても、きっと、他の誰かが見つけただろう。そうやって人々の暮らしは変わっていく。世界は少しずつ変化していく。……ヒース」
不意に、エセルヴォルドの言葉が思い出される。
『ここ出て、広い世界を見るのもいい。君の才はきっと、世のためになるでしょう。……けれども、そうすることを君が望まないなら、ここにいても構いません』
ぜんぶ、見通していたみたいな言葉だ。広い世界、世界のためになる力。
それを使うことが、恐ろしいような気持ち。
(僕は──僕は、僕の力をどうするか、自分で決めなきゃいけないのか?)
少なくとも、『君は自由だ』と繰り返したエセルヴォルドは、ヒースにそれを望んでいた。ヒースが、自分自身で、エセルヴォルドとは関係のないところで、自身の処遇を決めること。
それはなんて。
「……お前さ」
ヒースの惑いを知ってか知らずか、ごく軽い口調でリアムが言う。
「さっき、随分楽しそうだったよ。紹介状なら書いてやる。……魔法学院に入って、研究してみるのもいいんじゃないか?」




