第14話 魔法使い、魔法学院に赴く
平日はリアムと共に近衛騎士団に赴き、リアムの休日に王都各所を案内してもらう。
そういうルーチンが完成した頃、ついにヒースが足を踏み入れることに成功したのは、王城のすぐ近くにある、城に劣らぬ大きさの、厳粛な雰囲気を持つ建物だった。
王立魔法学院。この国の、いわゆる『最高学府』である。リアムと共に中に一歩足を踏み入れ、ヒースは軽く眉を上げた。
「すごいな」
「……何が?」
「敷地内に、複数の結界が張られてる。その上干渉も破綻もしてない。王城より高度な守りだよ」
例えばここでヒースが戯れに魔法を発動すれば、すぐに探知されてしまうだろう。
「思ったより楽しめそうだ。さ、行こうか」
北にいたころに読んだ論文の著者にアポをとっているから、まずは彼の話を聞きたい。意気揚々と歩き出したヒースは、「その石は……!?」の声に足を止めた。
「……? 僕に言って、」
尋ねるより、声の主が距離を詰めてくるほうが圧倒的に早い。三十歳前後に見える男は、がっと一気にヒースに近寄ってきて、ヒースの手の杖にずいと顔を寄せた。
「これは……魔石? いや、魔石じゃない、魔力の質が違う、……君、これをどこで!?」
「貰い物ですけど……いやいきなり何? 誰ですか?」
「あっ、すみません不躾に! 僕は魔力物質研究科のユグレアです!」
「魔力物質研究科のユグレア……? てことは、貴方があの論文の著者なんですね。僕はヒース。論文についての話を聞きに来たんですけど」
「ああ、君が!」
ユグレアはきらきら目を輝かせ、「ちょうどいい」とヒースを先導した。
「話をしている間、その石の測定をさせてくれないか。その石は、もしかしたら、僕の研究を完成させてくれるものになるかもしれない」
ユグレアが杖を測定機にかけている間、ヒースはわけが分からない顔をしているリアムに簡単な説明をした。
「『魔石』っていうのは、自然状態で稀に発見される、『魔力が籠もった石』のこと。これを使うと、自分の魔力に石の魔力を上乗せできるから、自分の実力以上の魔法が使えるようになる」
リゼが聖女たちの力を借りてやっていたようなことを、魔石にこもった魔力で行うということだ。
「魔法使いが杖を持つのは、魔法を発動させるとき、意識を集中する宛にするため……なんだけど、僕の杖みたいに魔石がついてるやつは、魔石によるブーストも可能ってこと。使ったことはないけどね」
「中に入ってる魔力は、石の大きさに比例するのか?」
「そんなことはないよ。使ったら石が小さくなるわけじゃないしね。でもこの石は、結構入ってる方だと思う」
「結構も何も!」
戻ってきたユグレアが、ヒースの言葉を遮って叫ぶ。
「これほど魔力の籠もった石は、見たことがないですよ。だから、普通の魔石ではないんじゃないかと思ったんです」
「そ、そうなんだ……? で、えーと、ユグレアは、その『魔石』を人為的に作り出そうとしてる。ですよね?」
「そういうことになりますね」
ユグレアは、二人の向かい側の席に腰をおろして頷いた。
「隣の研究科では、人間の魔力ではなく、『魔石』を動力源にした魔法の研究が行われています。今は、魔石から魔力を取り出す起点として魔法が必要ですが、それをなくそうと……魔石からオートで魔力が放出されるようにしようという試みです。これが実現すると、どうなると思います?」
「魔力を持たない人間が、『魔石』を動力源として、『魔法』が使えるようになる」
ユグレアの問いにヒースは即答し、それから、軽く肩を竦めた。
「……と言っても、制御機構は必要になるだろうから、『魔法を実現するための道具を使って』魔法が使えるようになる、というほうが正しいでしょうね」
「そのとおり! 僕らはそれを、今のところは『魔法具』と呼んでいます。……しかし、とにかく魔石というものは貴重で高価なんですよね。研究費でもなかなか賄えない。だから、人為的に魔石を作り出す……魔石から魔力を『取り出す』ことができるなら、魔石に『入れる』こともできるんじゃないか、と、苦し紛れに考えた。そこからはじまったのが、僕らのプロジェクトです。……それで、君はどうして僕の話を聞きに?」
「論文を読んで、便利そうだと思ったから、ですかね」
師匠が取り寄せた論文類には、ヒースも当然目を通している。普段は読んで再現実験をする程度で終わりなのだが、今回は魔法学院に案内してもらえるということで、この論文のことを思い出したのだ。
「ごく単純に、今日の分の余力を貯めておいて、大事な日に使えたら便利でしょう? 体力でそれをすることは不可能だけど、魔力ならそれが可能なら……とりあえず、『魔石』として売ったら稼げるし」
「はは、即物的ですね。……まあ、君のように豊富な魔力を持つものであれば、魔力を『使い切る』ようなことは滅多にないだろうし、余剰分を取っておきたいと思うのも当然か」
ユグレアはうんうん頷いて、それから、横の測定機にかけられたヒースの杖を見た。
装置の上の水晶玉が、淡い金色に発光している。ヒースは軽く眉を寄せた。
「……それは、魔力の判定用のもの?」
「そう。……しかし、残念だな。これはどうやら、魔力が多いだけのただの魔石のようです。ちょっと、波長が違う気がしたんだけどな……」
「波長が違う?」
「そう。実はね、魔力には種類があるんです。例えば、人間の魔力だと……」
言いながら、ユグレアは水晶玉を手にとった。金色の光が失われ、水晶玉の中に、淡い紅色のモヤが宿る。
「人にもよるけど、大体は赤系統。魔族のものは青系統。自然由来のものは黄色系統……と、この石は魔力の質を判定するんです。だからこの杖は自然由来……普通に、自然状態で石に魔力が溜まった『魔石』ということになりますね」
「なるほど。……面白いな」
試しにと借りて力を込めてみたら、確かに眩い赤に発光する。ということは、ヒースの杖の先端の石は、どうやら魔石ではあるらしい。この大きさの魔石はかなり珍しいが、エセルヴォルドが自力で見つけたものなのだろうか?
(そういえば、魔王城で会った宰相も、この石に反応してたけど……大きいからびっくりしてたのか?)
なにせヒースは田舎者なので、物の価値というものがよくわからない。なんとなく杖の先端を眺めてから、「それはそれとして」とヒースは話を戻した。
「その、人為的に魔石を作り出す話は、どこまで進んでるんですか?」
「進捗というほどの進捗はありませんね」
「成功例はないってことですか。……魔道具の方は、どんなものが?」
「まずは、騎士団からの依頼が多いですね。攻撃魔法を再現できるもの、索敵や治療に関するものなどでしょうか。こちらも、今のところは、魔法使いでなければ起動できず、必要とする魔石も多いため、あまり普及する気配がないのが実際のところです」
「……そうだな。俺は騎士団所属だが、聞いたこともなかった」
「まだ実戦段階にない、ということでしょうね」
ユグレアはすこしばかり残念そうに言い、ヒースは少し考えた。魔力を少し込めれば、誰でも同じ魔法が使える『魔道具』。
「……僕は、北の霊峰から来たんですけど。あの辺りの村には、風土病……というか、冬になると流行りやすい病があるんです」
ほう、と、興味深そうにユグレアが相槌を打つ。
「とにかく体力さえ持てば治るんですが、特に子どもが重症になりやすい。それで、僕も師匠も良く治療に駆り出されて、ひたすら体力を回復させる魔法をかけ続けてた」
ヒースが一度死にかけたのは、その治療からの帰り道だった。人を助けて自分が死にかけていては世話がないのだが、当時はヒースも未熟だったのだ。連れていたジルは先に寒さでやられていて当てにならなかったし。
「治療に必要な魔法そのものはシンプルな回復魔法です。……もし、単純な回復魔法が掛けられる魔道具があって、ちょっと魔法が使える程度の魔法使いでも発動できれば、あの病はきっと恐ろしいものではなくなる……」
エセルヴォルドもヒースも優れた魔法使いだが、物理的に治療可能でなければ救えない。間に合わず救えなかった子どももいるし、そもそも、治療を求めることもできずに死んでいったものだっているだろう。一度考えに沈んだヒースは、ふ、と視線を上げてユグレアを見た。
「……そんなこと、考えもしなかった」
考えもしなかったことが多いな、と、ヒースはやっと己の無知を認めた。
ヒースはかつて、北の霊峰には、すべてがあると思っていた。足りないものなどなにもないと。それは、一面では正しく、一面では間違っていた。
エセルヴォルドとの暮らしは、満ち足りていた。エセルヴォルドとヒースの手の届く範囲は。それはとても狭く、ヒースが満足していた世界はとても狭いのだと、今まさしくヒースは思い知らされていた。




