幕間 北の霊峰にて(2)
──同時刻。
なるべくヒースの好みに合うようにとエセルヴォルドが厳選して設えた真新しい机の上に映し出された光景を見ながら、ジルはちらりとエセルヴォルドを見やった。
「……あの」
「なんでしょう」
「あれは……あの、不可抗力ですからね? 治療ですから」
ヒースに触れた魔族の手を『切り落とす』と言ってのけたエセルヴォルドである。恐る恐る告げたジルに、エセルヴォルドは不可解そうな顔をした。
「わかっていますよ」
「ああ、そうですよね。流石にね。いや、今までだって、治療では当然触ってたか。すみません、失礼な早合点を」
「しかし」
ほっとするジルの横で、考え込むようにエセルヴォルドが腕を組む。
「彼……あの患者は、『娘が生まれたばかり』と言っていましたね」
「へ? ああ、そういえば、そんなことを言っていたような……?」
「であれば」
エセルヴォルドは、ごくごく真面目に、心の底からの懸念がうかがえる顔で言う。
「ヒースに手を握られ救われた記憶によって、万が一、道を踏み外してはいけません。記憶を消したほうが彼のためなのでは……?」
「うわあそう来たか!」
ジルは短い腕で頭を抱えた。無論エセルヴォルドのこれは男を案じているのではなく、単に記憶を消したいだけだ。ジルは慌ててエセルヴォルドを制した。
「いやいや、せっかく治した相手に忘れられてたらヒースが可哀想でしょう! やめてあげてください!」
「……それはそうですが」
「それより!」
ジルは強引に話を変えた。
「西の瘴気のほうが気になりませんか!? 気になりますよね!? 調べなくていいんですか!?」
「……西は、アズロの管轄です。それに……」
エセルヴォルドは、軽く眉を寄せて呟く。
「私は、それらには……国と精霊との契約には、関わらないと決めています」
「……へ? そうなんですか?」
「はい。……しかし……」
ジルの目線の先で、エセルヴォルドが何やら考えはじめる。こうなったエセルヴォルドは、結論が出るまでは反応もしないだろう。ジルはとりあえず、ヒースが救った患者からエセルヴォルドの意識が離れたことに安堵して、瘴気のことやアズロのことは、すぐに忘れてしまったのだった。




