第13話 魔法使い、思い出話をする
「いやー、なんとかなりましたね!」
言葉とともに手渡された飲み物を、座り込んだまま受け取って、ヒースは「ほんとにね」とため息を吐いた。
「知らなかった。聖女の治療ってわりと力技なんだな」
「重度の瘴気酔いは、根源を絶たないことにはどうにもなりませんから。今回は久々に大掛かりでした」
ヒースの隣にしゃがみ込み、自身のカップに口をつけながら、達成感に溢れた顔でリゼが言う。それから、ヒースに向かって微笑んで続けた。
「ヒースくんも、ありがとうございました。治癒魔法もお得意なんですね」
「……得意ってほどじゃないよ」
「でも、声掛けも的確でしたし」
ふふ、と、リゼが小さく笑いをこぼす。
「失礼ながら、ヒースくんがああいったことが出来るとは。驚きでした」
ほんとに失礼だな、とは言わなかった。ヒースは飲み物を一口飲んでから、肩を竦める。
「……リゼの印象が正しいよ。別に得意じゃない。師匠の真似をしただけ」
「えっ」
リゼが、大きく目を見開く。
「大変失礼ながら……そちらのほうが、驚きでした……」
「だろうね。僕もそう思う」
エセルヴォルドは、無表情で、必要なことしか喋らなくて、厳格だ。ヒースの持つ印象がそうなのだから、リゼに伝わっているのもそのままのものだろう。ヒースは手元に視線を落とし、思い出しながら小さな声で語る。
「……一回だけ。死にかけたことがあって、そのとき、師匠が言ってくれたのを覚えてたんだ。手を握って、『大丈夫だ』って、『良くなる』って」
……あれは、ヒースがいくつのときだっただろう。
ジルを連れてならばひとりで出歩くことも許されるようになっていた頃だから、十は超えていたはずだ。エセルヴォルドが家を空けていて、村で病人が出て呼ばれて、必死で治療した帰り道──運悪く天候がひどく荒れ、吹雪に巻き込まれて死にかけた。
『ヒース。……ヒース、大丈夫です。大丈夫ですよ』
朦朧とする意識の中で、エセルヴォルドの声だけを聞いていた。
温かいものに包まれていた。当時はそれをエセルヴォルドの腕だと思っていたけれど、今思えば治癒魔法に全身包まれていただけかもしれない。けれどもヒースの記憶の中では、ヒースはエセルヴォルドの腕の中にいて、そっと抱きしめられていたことになっている。
そう、エセルヴォルドはヒースを抱きしめ、その体温でヒースの体を温め、ヒースの額に祈るように唇を落として言った。
『……君に死なれては、困ります』
まるで、彼の方が苦しんでいるような声だった。
だからヒースはあのとき、大丈夫です、と言いたかった。
(僕は、死なない)
凍りついた四肢が溶けていくような感覚の中、微睡みながら、ヒースは思った。
(貴方に救われた命なんだ。貴方がいいと言うまでは死ねない……)
その気持ちは、エセルヴォルドに対する感情に『恋』が加わった今も変わらない。
「……それで、随分安心したから、言ったほうがいいんじゃないかって思っただけ。咄嗟に」
「そうですか」
リゼの視線が、なんだか奇妙に温かい。ヒースは「なんだよ」と唇を曲げてリゼを見上げ、リゼは優しく微笑んだ。
「いえ。……わかるなあー、って、思って」
「ええ? ……言っとくけどね、僕の語る師匠より、本物はずっと怖いからね? 無表情だし」
「え? ああ、いえ、牽制は不要ですよ。……こんなに素直でかわいいお弟子さんがいたら、さぞ大変だっただろうなあって思っただけですから」
「え? こっち?」
というか大変とはどういうことだ。ヒースは寧ろ、すこしも可愛いと思われていなそうなことに苦しんで出てきたわけなのだが。きょとんとするヒースに、それ以上は説明する気がなさそうなリゼは、「とにかく」と自分の飲み物を飲み干して立ち上がった。
「今日は助かりました。……しかし、あれほどの瘴気酔いは、私が見た中でもはじめてです。一体何があったんでしょう……」
リゼが首をひねったところで、患者を連れてきた──別室で待機していた男たちがやってくる。男たちは目に涙を浮かべ、「ありがとうございます」とリゼに頭を下げた。
「瘴気は抜けたと、あと数日で治ると聞きました。本当にありがとうございます」
「アグは娘が生まれたばかりで……」
ひたすら頭を下げながら言うふたりは、西からの長旅の苦労を表すように薄汚れていた。それでもなお、連れてきた男のことばかり心配しているのか。それなりに苦労したけどどうにかなってよかった、と一歩引いて眺めるヒースに、リゼが「礼なら彼に」と水を向けてきた。
「彼は、神殿の関係者ではないにも関わらず、善意で協力してくれた魔法使いです。彼が居合わせてくれなければ、今日中に落ち着けることは無理だったでしょう」
「え。いや、僕は……」
「そうなのですか」
「ありがとうございます」
「すみません、碌な謝礼の持ち合わせもなく」
「神殿への治療費だけはどうにか持ってきたのですが」
「! い、いいです、大丈夫、偶然居合わせただけで、必要ならそこの聖女から貰うから! とにかくあなた達も休んで下さい!」
詰め寄るように礼を言われて、ヒースは慌てて首を横に振った。村で仕事を受けたことも、怪我や病気の治療を請け負ったこともあるが、ここまで感謝されるような事態には居合わせなかった。そもそも、こんな見るからに満身創痍、かつ裕福でもなさそうな相手から何かを受け取ることなんてできるわけがない。ヒースの慌てように、リゼがくすくす笑うのが見える。
「そうですね、ヒースくんには、神殿から業務を委託したということで、謝礼はこちらからお支払いします。……宿舎を手配しておきました。あなた方も、しばらくはそちらで休んで下さい」
「ありがとうございます……!」
頭を下げながら、男たちが部屋を立ち去っていく。その姿が見えなくなって、ヒースはやっと体から力を抜いた。
「……びっくりした。こっちに話を振らないでよ」
「感謝は相応しいものに与えられるべきですから。……どうです?」
「どうです、って、何」
悪戯っぽくリゼが微笑む。
「神殿で、働いてみたくなりました?」
その話、まだ続いていたのか。ヒースは流石に根負けした。
「……まあ」
軽く笑う。
「こういうのも、悪くないかもね」




