第12話 魔法使い、人助けをする
「聖女様、……だれか、だれか、助けて下さい……!!」
ひどく掠れた、悲鳴のような声が、響くというにもか細くヒースの耳に届く。ヒースがそちらに踏み出すより、リゼが駆け出すほうがずっと速かった。
「通して下さい! はい、聖女です、怪我ですか、病気でしょうか!」
駆け寄りながら、手早く状況を確認する。遠巻きにする群衆をすり抜け、ヒースもやっと声の主を視認し──数人がかりで運ばれてきたらしい人物の容態に、目を見開いた。
「……瘴気酔い……!?」
リゼが顔色を変え、その場にいた聖女たちに応援を呼ぶよう指示している声が聞こえる。ヒースとともにリゼに駆け寄ったリアムが、「どういうことだ」と眉を寄せ、最初に声を発した、随分と薄汚れ疲れ果てた様子の男に尋ねる。
「瘴気酔いが起きるほどの瘴気は、国内では発生しないはずだ。まさか、ヴェドニカに行ったのか?」
「違います! 我々は、西の……アズロの入り江付近の村に住むもので……」
「西?」
ヴェドニカとは正反対の方角だ。リゼが瘴気の中和を行うのを横目に、体力回復の魔法をかけてやりながら、ヒースはリアムの尋問を聞く。
「はい。アグは……この男は、入り江の島での漁を生業としていたのですが……その島で瘴気に当たったのか、気を失った状態で岸辺に流れ着いたんです。すぐに神殿で治療をして貰って、こうして一命は取り留めたのですが、これ以上の治療は無理と言われ、王都の神殿であればあるいはと」
「島で瘴気が……? そんな話は聞いていないが」
「我々は暫く王都を離れていましたから、その間の話かもしれません」
リアムの疑問に応じたリゼが、「……ここでは無理ですね」と小さく呟く。
「だいぶ深いところまで瘴気が及んでいる……沈殿しまっているようです。中和では埒が明きません。治療院へ運ぶので、手伝っていただけますか」
「勿論。すまない、運ぶぞ」
ぐったりとした男をリアムが抱き上げ、リゼの指示に従って運んでいく。ヒースは魔法を掛け続けながら、リアムに尋ねた。
「瘴気って、人が瘴気酔いするほどになる前に、神官か聖女が浄化するもんじゃないの? 誰も気付かなかったってこと?」
「……どうだろうな。入り江……『アズロの入り江』は、島の西に位置する、幾つかの島を内包する大きな入り江だ。魚は勿論、鉱石なども採れる場所だから、人の行き来は多いはずだが……」
「てか、『アズロ』って、さっき話に出てきた『海竜アズロ』だよね? 北の霊峰と同様、契約の要所ってことじゃないの?」
ヒースの指摘に、難しい顔でリアムが「ああ」と頷く。
「まさか、アズロの守りが緩んでいるなら、それは大きな問題だが……瘴気について報告が来ているなら、もう、調査団は出ているだろう。その結果待ちだろうな」
ふうん、とヒースが相槌を打つと同時に、リゼの指示で用意されていた部屋にたどり着く。清潔な寝台回りに数名の聖女が待機し、枕元には聖水の瓶が置かれ、準備万端といった体制だ。リアムが男の体を寝台に横たえ、リゼが「治療を行います」と宣言する。
「この人数が居れば足りるとは思いますが、出力は下げぬようにお願いします。メインの魔法は私が」
聖女たちがリゼの声に頷き、寝台の回りで手を繋いで目を閉じる。続けてリゼは、「ヒースくん」とこちらに指示を出した。
「もう少し、力を貸して頂けますか。……これから、体内に沈殿した瘴気を押し流す魔法を行います。強い魔力を体に流すため、患者の負担が大きい魔法です。回復の魔法を継続して掛け続けて頂きたいのです」
「勿論」
「すみません、お願いします。あと、リアムは……ええと、特に手伝ってもらうことはないので、王宮にひとっ走り報告とか行きます?」
「言い方! ……行くよ、というか、島の瘴気の件が気になるから聞いてくる。なにかわかったら報告するよ」
後でな、と軽く片手を挙げてリアムが去っていく。リゼが目を閉じ、呪文を唱える。
聖女たちの魔力がリゼに集まっていき、リゼ一人では賄えない量の魔力を必要とするらしい魔法が、男の体を包みこんでいく。指示の通り、体力回復の魔法を掛け続けながら、ヒースは純粋に驚いて目を見開いた。
(魔力の受け渡し。……そういうこともできるのか)
ヒースの知る魔法使いは、長く、エセルヴォルドと自身の二人だけだった。エセルヴォルドは勿論のこと、ヒース自身も膨大な魔力を持っているため、そもそも魔力が『足りなく』なったことがない。だから考えたこともなかった。
(……知らないことが、たくさんあるな……)
それを認めることは、ヒースにとって、少しの痛みを伴うものでもあった。ヒースはエセルヴォルドの元を出るべきだったと、そう思わされてしまうからだ。思慮に沈みそうになったヒースを、男の苦しげなうめき声が引き戻す。ヒースははっとし、咄嗟に男の手を握った。
「……! もう少しです、大丈夫ですから!」
少し考えに沈んだぐらいで魔法に乱れが出るヒースではないが、集中していなかったのは良くなかった。ヒースは慌てて、けれども丁寧に言葉を続ける。
「大丈夫ですよ。……苦しかったですね。もう少しです。良くなりますから。大丈夫です」
治療の間中男の体力を持たせるのがヒースの仕事で、その『体力』には気力の意味合いも含まれる。ヒースはゆっくりと言葉を重ねた。
そうして、約一時間後──治療は無事完了し、体内に留まっていた瘴気の塊が洗い流され、男はやっと、穏やかな眠りにつくことができたようだった。




